
わたしの父は不器用人間
雨が降るとたまに父を思い出すときがあります。ある日の雨の日、父の思いがけない姿をみたからかもしれません。
わたしの家族は4人。優しい母と、なんだかんだ頼れる兄、そして厳格な父。
家のルールは父。ダメと言われたらダメ。厳しい父に母ははいと頷くだけ。いつしかわたしは父とは最低限の会話しかせず、距離を置いていました。
抑圧された空気がずっと苦しくて、出たいのに出れなくて、自分の意思と叫び出したい感情を押し込めていました。
社会人になっても一定の距離を保っていましたが、ある日の出来事がきっかけでわたしの気持ちに変化が訪れました。
仕事を終え、駅から帰宅しようとしたところ、しつこいナンパをされた時がありました。断っても断ってもずっとついてきて、家に帰れず困ってしまいました。ようやく解放された時、家がバレないように全力疾走で帰宅したのです。
その時出迎えた父に、そんなに慌ててどうしたのかと問われ、ことの顛末を話しました。
驚いたのは次の日です。小雨が降る中帰宅していると、団地の入り口に見覚えのある姿が。
そう、父が傘をさして立っていたのです。
今度はこちらがどうしたのかと尋ねると、
『そろそろ帰ってくる頃かと思って』とだけ言って、すたすたと先を歩いて行きます。今まで生きてきてこんなこと初めてで、ものすごく驚きました。
そして、思い当たるのが昨日のナンパ騒動。口には出さないけれど、心配して途中まで迎えにきたのだとすぐに分かりました。普段は気にもされていないと思っていましたが、もしかして、父はものすごく不器用なのか、、?
そういえば普段からわたしに何か言うときは必ず母経由。直前言えばいいのに、それも不器用さゆえのことだとしたら、父という人物像は、わたしのフィルターを通して捏造した姿なのかもしれないなと感じました。
そうか、わたしが不器用なのは完全に父譲りだ。二人とも気持ちを伝えるのが下手くそなのです。そう思ったらなんだか可愛く思えてきて、大人になった今は、ちゃんと父と向き合えている気がします。
あのときちゃんと言えなかったけど、お父さん、心配してくれてありがとう。