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盆くよう

    (あらすじ)
    タヌキのヌーは、一年前に母をなくし、さみしい毎日をおくっていました。ある日、友達のツネリが畑から野菜を盗み、それを返しに行く途中で、ヌーはキミばあさんと出会います。キミばあさんもまたヌーと同じ一人ぼっちでした。キミばあさんが孫娘の盆くようをする話をきいたヌーは、人間の子『たきち』に化け、キミばあさんに近づきます。ヌーも盆くようをして、母に会いたいと思ったのです。しかしヌーは、サンジの罠につかまってしまいました。助けられたヌーは、再びキミばあさんの家へとむかいます。そして、キミばあさんは、『たきち』がタヌキだったことを知ります。キミばあさんとヌーは、二人で盆くようをするのでした。

     しとしととふる長雨で、森の木々はぐっしょりとぬれています。
    森からふもとの村へ続く道のかたわらには、青や紫のアジサイが咲きほこり、その大群のアジサイの奥に、小さなほら穴がありました。
    そのほら穴で、天井からポツンポツンと落ちる雨をながめながら、たぬきのヌーはつぶやきました。
    「ああ、おなかがすいた」
     ヌーは、もう三日もなにも食べていなかったのです。
     ほら穴からを出た崖からは、村がよく見えました。
    どの畑も、今年はやさいの育ちがわるく、畑のすみにはくさって黒ずんだやさいがほうってありました。
    「こんなに雨がふったら、また食べものがくさっちゃうよ」ヌーはかなしそうに言いました。

     ヌーのほら穴に、モグラのモグリンがやってきました。モグリンは、ヌーの小さい時からの友だちです。
    「ヌー、食べものをもってきたわ」
    モグリンは、ヌーの顔を見ると、ポケットから、かんそうした山ぶどうをとり出しました。
    「うちの母ちゃんがヌーにって」
    「ありがとう。モグリン」
     モグリンのお母さんは、時々食べものをくれました。一週間前も、モグリンのお母さんから干したイモをもらったばかりでした。
     こんな時、ぼくにも母さんがいてくれたら、とヌーは思いました。ヌーの母さんは一年前にびょうきがひどくなって、なくなってしまったのでした。それからというもの、ヌーは一人ぼっちでほら穴でくらしていました。

     梅雨がおわり、夏がやってきました。
     木々の緑が太陽に照らされて、まぶしいくらいに輝いています。夏は、どうぶつたちにとって、心おどる季節でした。虫たちも、いそがしく森の中をとびまわっています。さなぎからかえった蝶も、土のなかから出てきたセミも、大好きな夏を思いっきり楽しんでいるようでした。
    心躍る季節がやってきたというのに、ヌーの心はトンネルのなかにいるかのように、ずっしりとしずんだままでした。時々、むねのあたりがスーっとなって、さみしさがこみあげてきました。食べものがない時もかなしいのですが、それ以上に、だれかに食べものをもらった夜は、とくに心がいたくなりました。
    「さみしいよ。母さん、すごく会いたい」ヌーはほら穴で涙をながすのでした。

     となり山のツネリが、ヌーのほら穴にやってきました。ツネリも一人ぼっちの小ギツネでした。
    「なんだよ。しらけた顔してんな、ヌー」ツネリが言いました。
    「そんなことないさ」
    「おっかさんが亡くなって、一年だろ。いつまでもいじけてんじゃねえよ。おれなんか、生まれた時から一人ぼっちだぞ。だけど、慣れれば全然へっちゃらさ。気楽なもんだよ」
    「ツネリ、夜も一人でこわくないの?」
    「こわいわけないだろ。臆病なやつだなあ」
    そういってツネリは、エンドウ豆をさしだしました。
    「このえんどう豆、どうしたの」
    「キミばあさんの畑で、ちょろっとな」
    「まさか、ぬすんだの」
    「しかたないだろ。食いもんがなきゃ死んでしまう。それに、キミばあさん一人じゃ食べきれないだろ。おれはな、人助けをしているのさ」
    「ぬすむなんて、よくないよ」
    「ふん。せっかく持ってきてやったのに、何だよ」
    「ツネリ、人のものをぬすむのはよくないんだ」
    「ちっ、じゃおまえが返しにいけ。ふん」
     ツネリは、えんどう豆をドンとおいて帰っていきました。
    「ツネリ」
     気を悪くしたツネリは、そのまま怒って帰ってしまいました。
     ツネリにはっきりと言いすぎたかしら、ヌーはそう思いながら、母さんの言葉を思い出していました。
    「ヌー、人のものをとったら、ぬすっとになるぞ。つらくても、ぬすっとだけはなってはいけないよ」
    ヌーは、母さんが言っていた言葉を守りたかったのです。

     日がしずむとすぐに、ヌーは村へ行く準備を始めました。夜のうちにキミばあさんの畑へ返しにいこうと思いました。
     キミばあさん家の場所は、前から知っていました。何度も、母さんと村へ行ったことがあったからです。
    ツネリがぬすんだえんどう豆を大きな袋にいれて抱えると、ヌーはキミばあさんの家に向かって歩き出しました。
    キミばあさんの家に行くには、川沿いに歩くのが近道です。
    ヌーが一人、川沿いを歩いていくと、川に写った月がゆらゆらと揺れているのが見えました。
    「今日の月は、まんまるだな」
    昼間の暑さが和らいで、ひんやりとした涼しい風も吹いています。その風が吹くたびに、川面に写ったまんまるの月が割れてくずれていきました。そして、風がやむと、また元のまあるい月に戻っていきました。
    ヌーが川を越えて、村までやってくる頃には、夜もとっぷり暮れて、村全体が静まり返っていました。
    村人たちは、もう寝ている時間でしょう。家の明かりが消えて、街灯の明かりだけがぼんやりと光っていました。
    キミばあさんの家までは、まだまだです。
    ヌーは、ひたすら歩きつづけました。
    村の長者の家でしょうか。かわら屋根に、大きく張り出したひさし、門かぶりの大きな松が、その家の繁栄を物語っているようでした。そして、広い庭には、白く光るものがありました。
    「なんだろう」
    ヌーは、その白いものがあまりにも美しくて、思わず足をとめて、のぞきこみました。
    それは、夕顔の花でした。夕暮れ時から咲き始め、翌朝にはしぼんでしまうその花は、街灯の明かりからは遠ざかり、うすぐらい闇のなかで白く浮かび上がっているように見えました。人気のない場所でも、だれも見ていない時間でも、凛として上を向き、その生命を必死にともしているように見えました。
    「きれい」
     幼いころから、人間が住む村は、おそろしくておっかない所だと聞いていたけれど、ヌーは、本当はそうでもないのかもしれないと思ったのでした。

     キミばあさんの家は、人里はなれた村のはずれにありました。
     夜にもかかわらず、キミばあさんは、ちょうど小豆をぐつぐつと煮ているところでした。
    「あの子が好きだったおはぎを、今年もたんと作ってやらねばな」
     そういって、キミばあさんは、鍋のなかの小豆がぴょんぴょんと跳ねているのをうれしそうにながめていました。

     ちょうどその時、一人の男が入ってきました。
    「くそババア。生きてるか」
    その男の名前は、サンジ。猟師でした。
    幼い頃に両親を亡くしてからというもの、ずっと一人で暮らしていました。猟師としての腕は一流でしたが、口の悪いところがあり、村の人でサンジと仲良くするものは数少ないのでした。そんなサンジをあわれに思ったのか、キミばあさんだけは、サンジに優しくしていました。
    「サンジか。相変わらず口が悪いな。そのせいで、お前は村の人から煙たがられていることを忘れるんじゃない」
    「うるさいな。また小言か。くそババアめ」
     サンジがいいました。
    「ばあさん、腹へったぞ。何かわけてくれ」
    サンジは、時折、こうやってキミばあさんの家に立ち寄っては、食べものをもらって帰るのが日課でした。
     サンジは、キミばあさんの郵便受けに入っていた郵便をテーブルの上におきました。
    「そうそう。ばあさん、息子から手紙がきてたぞ」
    キミばあさんは、息子という言葉を聞いて、あわててテーブルの手紙を手に取りました。
    日頃、何の連絡もよこさない息子でも、お盆の時ぐらいは、キミばあさんの家に帰ってくるにちがいない。今年は、息子夫婦にも家族がふえたのだから、きっと家族全員でキミばあさんに会いにくるだろう。そのために、たくさんのおはぎを作って準備しているのだから。そう思いながら、キミばあさんは、手紙の封をあけました。そして、キミばあさんは、読むのが待ちきれないという様子で、中から手紙をだし、読み始めました。
    サンジは、手紙を読むキミばあさんの顔が見る見るうちに、かげっていくのに気が付きました。
    「なんだ。どうした。浮かない顔だな」
     キミばあさんはだまっています。
    「ふん、そうか」
    「何が『そうか』だ」
     キミばあさんは、思わず声をだしました。
    「お盆には来ない。そう書いてあるんだろ」
    「なんだって」
     キミばあさんは、わざと聞こえないふりをしてみせました。
    サンジに、手紙の内容を知られたくなかったからです。
    しかしながら、サンジは、キミばあさんの傷口に塩を塗るような言葉を吐いてきました。
    「川で死んだ孫の供養をしないなんて、とんだ罰当たりだな」
    「サンジ、おだまり」
    「なんだよ。本当のことじゃねえか。一年前、川で死んだ孫のこと、忘れちまったのかよ。ばあさんがあんなにかわいがってやったのによ」
    「サンジ、やめろ」
    キミばあさんは、それ以上、サンジと話すのをやめなければと思いました。
    これ以上、サンジと話していたら、胸におさえこんだはずの感情がふきだしてしまうかもしれない、もしかしたら、サンジの前で涙を流してしまうかもしれない、そう思ったのです。
    「サンジ、もう帰っておくれ。どうせ、お前だって、たいした用もないんだろ。ほら、そら豆とじゃがいもの煮物でも持っていきな」
     そういって、キミばあさんは、平静を装いながら、サンジに煮物のおかずを渡しました。
    「なんだよ。ばあさんがさみしいだろうと思って、来てやったのによ」
    「いいから、帰っとくれ。夜もふけた」
     そういって、キミばあさんは、サンジを追い出すように帰しました。
    文句をいいながらも、やっとのことで帰ったサンジを見送ったあと、キミばあさんは、もう一度、手紙をひらきました。

    サンジの言う通り、息子からの手紙には、キミばあさんの期待とは反対のことが書かれてありました。

    母さん、今年は仕事がいそがしくて、そっちには行けない。それから、半年前に生まれたばかりの子どももいるから、しばらくは、母さんの家に行けないかもしれない。まあ、たっしゃでやってくれ。むすこより

    息子夫婦に、半年前に孫が生まれたことは知っていました。それは、息子からではなく、村の人が教えてくれたことでした。
    この村には、大きい病院がなく、村人たちが病気の検査をするときにはいつも町の大きい病院へ行かなければいけないのです。
    ある村人が町の病院に出かけた時のことでした。
    そこで、生まれたばかりの赤ん坊を抱いた一組の夫婦をみかけました。それが、キミばあさんの息子夫婦だったのです。
    村に帰ってから、その人がキミばあさんに教えてくれました。
    「とっても、かわいらしい男の子だったよ。元気ないい声で泣いてさ。きっと、近いうちに、息子さんからも連絡があるにちがいないよ」
     村の人はそう言いました。
    しかしながら、待っても待っても、一向にキミばあさんに連絡がくることはなかったのでした。
    それでも、キミばあさんは、あきらめませんでした。
    息子夫婦は、きっと赤ん坊の世話で忙しいにちがいない。赤ん坊の世話が落ち着いたら、息子だって、母親であるキミばあさんのところへ連絡をくれるにちがいない、そう思ったのでした。
    でなければ、子どもが生まれたという知らせひとつ寄こさない息子を、うらめしく思ってしまいそうだったからです。

    だから、キミばあさんがこの手紙をサンジから受け取ったとき、期待したのです。手紙にはきっと、孫をつれた息子夫婦がお盆に帰省することが書かれている、なくなった孫娘の供養をいっしょにやろうと書いてある、そう思ったのでした。
    しかし、現実は違っていました。

    キミばあさんは、その手紙を読んだあと、どっと疲れが押し寄せてきて、何とも言えない悲しさがこみあげてきました。
    「やるせないね。何のために生きてるんだか、もうわからなくなったよ・・・」
     川で亡くなった孫娘の供養は、一人でやることになりそうです。
     鍋のなかにある小豆も、とても一人では食べきれません。
     ああ、こんなにたくさん作るんじゃなかった。
     キミばあさんは、大きなため息をつきました。

     キミばあさんは、悲しい気持ちのまま、布団に入って寝ようとしたその時です。
     月の明かりが窓いっぱいに差し込んできました。
     窓を見上げると、雲間から月が顔をだしています。
    「そうか。今日は満月じゃったな」
     布団に入っても眠れそうにない、キミばあさんは、思い切って、外に出ていくことにしました。

     月明かりは、キミばあさんの畑一面を照らしていました。
     キミばあさんは、畑にはいっていきました。
    真上にあがった月が、まぶしい光を放っています。
    「なんて、きれいなお月さまだろう」
     キミばあさんは、そうつぶやきました。
     野菜畑の一面には、月がこうこうと差し、野菜の葉を照らしています。

     ちょうど、その時、ヌーがキミばあさんの畑にやってきました。たくさん歩いたせいか、足に豆ができていました。
     ヌーは、ふと、その畑にだれかが立っているのに気づきました。よく見ると、それは、キミばあさんでした。
    うなだれて小さくなったその姿は、前みたときよりも小さくみえました。
    キミばあさんは、何やらぶつぶつと話しています。
    ヌーは、誰と話しているのだろうと思い、あたりを見回しましたが、他にはだれもいません。
    どうやら、きゅうりとナスに向かって話しているようでした。
    「いいか、お前たちだけは、しっかり育ってくれよ。でないと、あの子に会えなくなるからな」
     キミばあさんはそう言いながら、きゅうりとナスをなでています。そして、時折、首にまいたハンカチで顔をぬぐっていました。
    もしかして、泣いてるのか・・・
    ヌーは、とっさにそう思いました。
    そして、なぜか見てはいけないものを見たような気がして、後ずさりしました。
    ヌーが後ずさりしたせいで、足が木の棒にあたり、カサカサッと音がしました。
    「まずい」
     ヌーが思った瞬間、キミばあさんがヌーに気がつきました。
    「だれだ」
     ヌーはびっくりして、飛び上がりました。
    「ぬすっとか」
    キミばあさんがさけびました。
    ヌーは、おそろしくなって、持っていたエンドウ豆の袋を放り投げました。
    そして、後ろもふりかえらず、ひたすら走りました。
    走って走って、畑が見えなくなるまで走りました。

    キミばあさんは、帰ろうとしたとき、ふと畑のまん中に、大きな袋が落ちているのに気づきました。
    「ん?」
    それは、ヌーが落としていったものでした。
    袋の中身をのぞいてみると、そこには、たくさんのえんどう豆がはいっていました。
     キミばあさんは、笑いだしました。
     それは今朝、キミばあさんの畑から盗まれた、えんどう豆だったからです。
    「おやおや、とったものを返すなんて、律儀なやつじゃ。おかしなタヌキじゃのう」
    キミばあさんは、そういって逃げたタヌキの行き先をみながら、ほほえみました。

     翌日、ヌーは、モグリンの家へ行きました。
     ヌーは、きのうあったことをモグリンと、モグリンのお母さんに話しました。
    「聞いてよ。おかしいんだ。キミばあさん、きゅうりとナスに話しかけてた。『大きくならないと、あの子に会えない』って。どういうことなの?」
    「そうね。あの子というのは、きっと、孫娘のことね」
    「まごむすめ?」
    「ちょうど、一年前のことよ」
     そういって、モグリンのお母さんは話しはじめました。

     キミばあさんは、息子夫婦と一人の孫娘と住んでいました。孫娘は、とても活発な女の子で、川遊びが大好きでした。その孫娘が、一年前、大雨の翌日、水かさが増した川におちてしまい、亡くなってしまったのです。息子夫婦の悲しみは、底知れず、息子のお嫁さんは、何日も何日も寝込んでしまいました。キミばあさんも同様で、深く嘆き悲しみ、お葬式では、自分が代わってやりたいと何度も何度も言いながら、おいおいと泣いていたのでした。
    そして、息子夫婦は、こんな危険な森では子どもを育てられない、ここにいては心が壊れてしまいそうだと言って、森を出て行きました。それ以来、キミばあさんは、ずっと一人で、暮らしていたのでした。

     モグリンのお母さんが続けて言います。
    「人間はね、毎年夏のお盆になると、亡くなった人をよんでくようしてるの」
    「くよう?」
    「そう。亡くなった人を思い出してあげることよ。その時、きゅうりで作った馬とナスの牛をつくるの。それは、亡くなった人がそれに乗って、この世界に戻れるようにするためなのよ。キミばあさんはきっと、孫娘にもう一度会うために、きゅうりとナスを育てているのね」

     キミばあさんもだいじな人をなくしたのか。
     だから泣いてたんだ。
     ぼくといっしょだ。
     ヌーは、キミばあさんの気持ちがすごくよくわかると思いました。そして、キミばあさんがとてもいい人に思えてきました。


     それからというもの、ヌーは月が出る時間になると、キミばあさんの畑に行くようになりました。そして、きゅりとナスがしっかり育っているか見に行きました。
    暑さでしおれている時には、川から水をくんできて水をかけてやりました。そのおかげか、きゅうりとナスの葉はぐんぐんと大きくなりました。
     ある日のこと、ヌーがキミばあさんの畑の水くみにそろそろ出かけようとじゅんびをしていると、モグリンとモグリンのお母さんがやってきました。
     夕焼けがヌーのほら穴を照らしていました。
    「モグリン、こんな時間にどうしたの?」
     ヌーは、わざわざ二人が来た理由がわかりませんでした。
    「ヌーこそ、どこへいくの?」
     モグリンがききました。
    「どこって」
    「キミばあさんの畑だろ」
     ヌーは、何も言えませんでした。
    「ツネリに聞いたんだ。ヌーが、キミばあさんの畑に毎晩のように行ってるって。人間がどんなにおそろしいかヌーも知ってるだろう。ヌーの母さんが、人間の罠に捕まったこと忘れたの。あのサンジってやつが、ヌーの母さんを捕まえなければ、ヌーはひとりぼっちにならずにすんだんだよ。人間の近くにさえ行かなければ、安全なんだよ」

     忘れるわけない。
     サンジの罠のせいで、母さんはけがをしたんだ。そして、その罠から逃げ出すことはできたけれど、血がたくさん出ていたから、体が弱っていたんだ。そのあと、母さんがびょうきにかかって死んだのは、サンジの罠のせいなんだ。 

     モグリンのお母さんが口をはさみました。
    「ねえヌー、わけをおしえて。どうして毎晩、キミばあさんの畑にいくの?」
     ヌーは泣くのをぐっとこらえて言いました。
    「きゅうりとナスがあれば、ぼくだって母さんに会えるんだ。モグリンのお母さん、この前、ぼくに教えてくれたでしょう。『亡くなった人は、きゅうりで作った馬とナスの牛に乗って、この世界に戻ってこられるんだ』って。だから、きゅうりとナスさえあれば、ぼくの母さんだって、夏のおぼんの日に帰って来られるんだ。そうでしょう。ぼく、母さんに会いたいよ。一目でいいから、母さんに会いたいんだ」
    ヌーは、キミばあさんの話を聞いて、自分も死んだ母さんに会いたいと思ったのです。そのために、きゅうりとナスの水やりをやっているのでした。
     モグリン母さんは、ヌーをぎゅっとだきしめました。
    「そうだったのね。お母さんに会うために、毎晩、水やりをやっていたのね。ごめんなさい」
    「ごめん、ヌー。知らなかったよ」モグリンもいいました。
    「いいんだ」
     ヌーはなんども涙をぬぐいました。
     三人はだき合って涙を流しました。



    森のなかは、ひまわりがさきみだれ、黄色いじゅうたんのようです。セミもはねをふるわせて大がっしょうしています。
    「ちがうよヌー。もう一回やりなおし」
    「また」
    「ははは、しっぽがでてる」
     モグリンは、ヌーにとっくんをしています。
     ふたりは、あれから考えました。
    ヌーが人間につかまらずに、きゅうりとナスをそだてる方法はないだろうか。キミばあさんの畑へは、たぬきとしてではなく、人間のこどもにばけていけばいいのです。そしたら、罠につかまることもありません。
    『へんしんさくせん』
     モグリンとヌーは、この方法をそう呼びました。
    ドロドロポンポン ドロドロポンポン
    ドロドロポンポン ドロドロポンポン

     ヌーの変身の術です。
    ヌーは、たまに失敗もしますが、だんだんとうまくなっていきました。そして、一カ月がすぎるころには、しっぽも出なくなりました。
    「よーし。これならいいね。明日ためしてみようか」
     ヌーは、いよいよ人間の村へ行くことになりました。

     翌日の朝、ヌーは人間のこどもにばけました。かすりの着物をきた、五歳くらいの男の子です。かすりの着物は、モグリンのお母さんが用意してくれました。
    「ヌー、どう見たって、人間の子どもにしか見えないよ」
    モグリンがいいました。
    「そうね。着物もヌーにぴったりだわ」
    モグリンのお母さんがいいました。
    「うん。じゃ行ってくるよ」
     ヌーは、キミばあさんの畑へといそぎました。
    ふもとの川までは、モグリンとモグリンのお母さんがつきそってくれました。

     キミばあさんは、家のまえの畑で草むしりをしていました。そこへ、こどもにばけたヌーがやってきました。かすりの着物をきた、五歳くらいの男の子です。
    「おやまあ、見かけない子だねえ。どこからきたのかい?」
    「川のむこう」
    「なまえは」
    「えっと、たきち」
    「ひとりかい、おっかさんは?」
    「おっかあは、しんだんだ。えっと、おばさんときた」
    「そうだったのかい」
    「おばさんの用事がすむまで、ここにいてもいい?」
    「もちろん、いいさ」
     キミばあさんとヌーは、そうやって、二人で話をしながら草むしりをしました。畑には、大きくなったナスと、すこしまがったきゅうり、赤くいろづいたトマトがゆれています。そのほか、とうもろこしやピーマンもありました。
    ヌーが、ちらちらと畑の野菜をみるので、キミばあさんは声をかけました。
    「たきち、おなかすいただろ」
     ヌーは、なんと返事をしたらいいかこまっていました。
    「よかったら食べてみるかい?」
    「いいの?」
    「もちろん、いいさ」
    プチップチッ。
    キミばあさんはトマトをもぎとって、ヌーにさしだしました。
    「たべてごらん。おいしいよ」
     ヌーは、トマトを手にとって、口にほおりこみました。
    ちいさなトマトのあまいこと。
    ヌーは、おもわず「おいしい」とさけびました。
     それから、キミばあさんは、作り立てのおはぎを、たきちにわけてくれました。ぐつぐつと小豆をにて作ったおはぎは、ほっぺたがおちるほどあまく、ヌーははじめてこんなおいしものを食べたのでした。
    「ばあさん、すごくおいしいよ。おかわりしてもいい?」
    「おお、そうかい。もちろんだよ。たくさんお食べ。そうかい。そんなにおいしいかい。よかった」
     キミばあさんは、おはぎをこんなにおいしそうに食べてくれるなんて、作った甲斐があったと思ったのでした。
    けっきょく、ヌーは、おはぎを三つもたいらげてしまいました。
    「ばあさん、こんどはいつ、おはぎを作るの?」
     ヌーは、キミばあさんにききました。
    「おやおや、まだあるから、もっていくかい?おばさんにもあげるといい」
    「やった。ありがとう」
    「ふふふ、うまそうに食べてくれるだけで、うれしいよ。ありがとう」
    「変な、ばあさんだな。ごちそうしておいて、『ありがとう』なんて、おかしいよ」ヌーはいいました。
    「そうか。おかしいかい」
    「そうだよ」
     キミばあさんは、そう言って、笑いました。
     キミばあさんが大きな口をあけて笑ったので、ヌーも笑いました。

     それから、ヌーは、ときどきそうやって、人間の子どもにばけて、キミばあさんの畑に行きました。
    もちろん、人間のたきちの格好をしてですが。
     キミばあさんは、たきちが来るたびに、いろんなごちそうを用意してくれました。
     あるときは、いなりずし。
     キミばあさんの作ったいなりずしは、おあげにたっぷりと味がしみこんで、一口食べると、じゅわっと口のなかに旨味がひろがり、何個でも食べられるおいしさでした。
     そして、あるときは、五平餅。
     キミばあさんの特性ダレは、くるみと味噌を何時間もかけて煮込んだものでした。そのタレをつけて食べる五平餅は、キミばあさんの得意料理のひとつでした。
     そして、あるときは、きなこもち。
     ヌーはおもちを食べたのは初めてでした。きなこもちは、もちもちした白いものの上に、黄色い粉がかかっていて、それが甘くて優しい味なのでした。ヌーは、おいしいあまり、あわてて口になかに入れたので、何度ものどに詰まりそうになりました。そのたびに、キミばあさんは、たきちの背中をトントンとたたくことになりました。

     ヌーがキミばあさんの畑に『たきち』として来るようになってから、一カ月がたちました。ヌーは、キミばあさんの畑にくるのが楽しくて仕方ありません。そのため、ヌーは、二日に一度は、キミばあさんの畑にやってきました。
    畑にきてやることは、まずは、やさいの水やり。夏は、すぐ土が乾いてしまうので、朝と晩、必ず水やりをしました。そして夕方になるといつも、ヌーは、キミばあさんが作ってくれたものをたっぷりとごちそうになりました。
    いつしか、ヌーにとって、キミばあさんと過ごす時間は、心あたたまる安らぎの時間となっていきました。

     八月のある日。畑のそばにある大きな木の下にこしかけて、キミばあさんとヌーがスイカを食べているときでした。
    キミばあさんが、ニヤニヤして、たきちに話しかけました。
    「たきち、そろそろ、お前の好きなあれをつくろうと思ってね」
    「あれってなに?」
    「ふふふ」
    「ばあさん、おしえておくれよ」
    「お前のすきなものだよ」
    「すきなもの? ばあさんとこで食べたものぜんぶがおいしくて、おれは大好きだ。すきなもの一つになんか、しぼれないよ」
    「ふふふ、そうかい。うれしいこと言ってくれるね」
    「ばあさん、なにをつくるかおしえておくれよ」
    「おはぎだよ」
    「ほんと? おれ、あれは大、大、大、大こうぶつだ」
     ヌーは、目をまんまるくして、うれしそうに言いました。
    「ああ。そうだろうよ。お前におはぎを出したら、あっという間にペロリだもんな。あと三つ寝たら、孫娘が会いにくるから、また作ろうかね」
    「やった」
     ヌーはそのとき、かんがえました。モグリンのおかあさんは、たしか『キミばあさんの孫娘はしんだ』と言っていたはずでした。ということは、三つ寝たらその日がお盆なのかもしれない、そう思いました。

    ヌーは、キミばあさんと三日後にまた会いにくるやくそくをして、帰ろうとしたその時でした。
    キミばあさんが「ちょっと待っておくれ」といいました。
    ヌーが畑でキミばあさんを待っていると、赤いぞうりをもったキミばあさんがやってきました。
    「たきち、お前いつもはだしだろう。よかったら、これ履いてくれないか」
     それは、しんだ孫娘のぞうりでした。
     ヌーがだまっていると
    「そうだよな。男の子なのに、赤いぞうりじゃイヤだよな」
    「ちがう。履くよ。はきたい」
     ヌーは、とっさにそういいました。
    「そうか。履いてくれるか」
    「うん」
     キミばあさんは、ヌーの足に、赤いぞうりを履かせてくれました。
    かすりの着物に、赤いぞうりはとてもよく似合っていました。

     ほら穴の前では、モグリンとモグリンのおかあさんが、首を長くしてまっていました。
    「ヌー、どうだい。うまくいってるかい?」
    「もちろんだよ。一度もたぬきだって、ばれてないよ」
     そのとき、モグリンがヌーの赤いぞうりに気が付きました。
    「ヌー、それ」
    「ああ。キミばあさんにもらったんだ」
    「すごいな」
    「慣れなくて、歩きにくいよ」
    「ヌーの足にぴったりだ。すてきだよ」
     モグリンにそう言われて、ヌーもうれしくなりました。
    「ヌー、今度はいつキミばあさんのところに行くの?」
    「三日後だよ」
    「三日後?」
    「その日に、孫娘が会いに来るって言ってた」
    「じゃあ、その日がおぼんなのね。なくなった人をむかえるじゅんびをするんだわ。じゃあ、その日にナスときゅうりをもらいましょう」モグリンのおかあさんがいいました。
    「もらうって、どうするの?」ヌーが聞きました。
    「『おはぎさくせん』よ」
     『おはぎさくせん』は、こうでした。

    『たきち』にばけたヌーが、キミばあさんの畑にいく。そこで、二人でおはぎをたべながら話をする。『なくなった母さんのくようがしたいから、きゅうりとナスをわけてほしい』と、キミばあさんにおねがいをする。きゅうりとナスをもらったら、ヌーは葉っぱのおかねをはらってかえってくる。

    「これでいいわね」モグリンおかあさんがいいました。
    「うまくいくかなあ」とモグリン。
    「だいじょうぶ。ぼくのへんしんはかんぺきだよ」ヌーは言いました。
     あとすこしでかあさんに会える、そう思うだけで、ヌーはうれしくなるのでした。
     それからは、毎晩夜になると、ヌーは『おはぎさくせん』をなんどもなんども頭にたたきこみました。

     キミばあさんに会いに行く前日になりました。
    朝から森のなかは、セミの大合唱です。ヌーは、明日のじゅんびのため、かすりの着物をほしていました。セミの声があまりにも大きくて、ヌーはツネリがきたことに気がつきませんでした。
    「ヌー、とれたて野菜をもってきたぞ」
     ツネリのかごの中には、きゅうりとナス、トマトがはいっていました。
    「これは」
    「ヌーといっしょにたべようとおもってさ。キミばあさんのとこからもってきた…」
    「ひどいよ。また、ぬすんだの?」ヌーの声は、いつもより大きくて荒げた声でした。
    「なんだよ。ヌー、おこっているのか」
    「きゅうりとナスはだめだ。キミばあさんの畑はだめだ」 
     ヌーはそういうと、きゅうりとナスを袋につめ始めました。
    「なんだよ。ちょっとぐらいいいだろ」
    「だめだ。キミばあさんのはダメなんだ」
    ヌーは、袋を手にもって走り出しました。

    太陽が真上にあがり、ギラギラと照りつけていました。
    ヌーは、川沿いを走り、長者の家を通り過ぎ、キミばあさんの畑へと走り続けました。
    ヌーが、きゅうりとナスの袋をもって、キミばあさんの畑へはいろうとした、その時です。
    ガチャガチャガチャ。
    しかけてあった罠に、ヌーの足がはさまってしまいました。ヌーが足を抜こうとバタバタともがいていると、ギザギザの刃が、ヌーの足をぐさりとつきさしました。もがけばもがくほど、するどい刃がヌーの足のふかいところへ食い込んできました。ヌーは足が痛くて、どうすることもできませんでした。
    それから、どれくらいたったでしょう。
    真上にあった太陽も西のほうへとしずんでいきました。
    ぐんじょういろの空がひろがって、すこしずつ夜のやみがおとずれていきました。
    「やったぞ。ぬすっとをつかまえた」
     うすぐらくて顔は見えなかったけれど、聞き覚えのある声でした。「サンジだ」
    ヌーはそう思いました。
    忘れもしない、ヌーのかあさんが罠につかまったときに聞いた、あのサンジの声でした。サンジは、村人の中でもゆうめいな「罠名人」でした。罠をいくつももっていて、動物をつかまえては村人たちにじまんしていました。
    ヌーはもう、もがくこともできないほど、ぐったりとしていました。足のいたみをこらえながら、あの日、母さんが言ったことばを思い出しました。
    「サンジには気を付けるのよ。おそろしい罠をたくさんもっている。ヌーの父さんも、サンジの罠の傷がもとで命をおとしたのよ」
     その罠に、ぼくもつかまるなんて、なんてぼくは情けないことをしたのだろう。もうみんなにも会えないかもしれない。モグリン、モグリン母さん、ツネリ、そして・・・そのときでした。
     かさっこそっ。木のかげで、うごくものがありました。それは、しばらくじっとヌーを見ていました。
    「ヌー、ヌー」
    かすかに、そんな声がしたような気がしましたが、ヌーは、もう意識がもうろうとして、なにがなんだかわからなくなっていました。そして、すぐに人間の足音がきこえてきました。

    「おやおや、小さいのをつかまえたんだね」その声は、キミばあさんでした。
    「サンジ、あんた、子ダヌキ一匹つかまえたって、じまんにもならんぞ。はなしてやれ」
    「ばあさん。畑にどろぼうが入ったんじゃねえのか」
    「まあな」
    「だいじなきゅうりとナスをとられたんだろう。犯人はこいつだぞ、ほれ」
     サンジは、そういって罠のそばに落ちていたナスときゅうりをみせました。
     キミばあさんはだまっていました。
    「人のものを盗むとは許せんな。今夜はタヌキ汁にきまりだな」そう言ったのは、サンジでした。
    「いいから、サンジは帰れ」
    「ばあさん。こいつをゆるすのか」
    「いくら、きゅうりとナスをもってたからって、こいつが犯人とは限らないだろ」
    「だけどよ」
    「それに、おぼんに殺生なんてごめんだ」
    「ばあさん」
    「いいから帰れ」
    「だけどよ」
    「だまれ、サンジ」
     がんと言い放ったキミばあさんの言葉には威力がありました。
     サンジは、なっとくがいかない様子でしたが、キミばあさんをこれ以上怒らせてはいけないと、しぶしぶ帰っていきました。

    キミばあさんは、ヌーの近くまでくると、罠からヌーの足をはずしてくれました。ヌーの足からたくさんの血がながれていきました。
    「子ダヌキさんよ、いたかったな」
     キミばあさんは、そういって首にまいていたハンカチをヌーの足にまきました。
    「自分でぬすんでもいないのに、わざわざ返しにこなくてもよかったんだ」
     キミばあさんは知っていたのです。ヌーがきゅうりとナスをぬすんでいないことを。そして、以前、えんどう豆を返しにいったときのことを覚えててくれたのでした。
     ヌーは、キミばあさんにおれいを言いたくても、人間の姿ではないため、言葉を発することができませんでした。
    「いいか。もうここへは来るんじゃないぞ。それから、モグラの子におれいをいっとくんだよ」
     ヌーは、キミばあさんの言っている意味がよくわかりませんでしたが、足の痛みのせいで、考える力もヌーにはのこってはいませんでした。
     ヌーは、なんどもなんどもふりかえり、足をひきずりながら、山へと帰っていきました。

     ほら穴には、モグリンが待っていました。
    「モグリン」
    「ヌー、大丈夫かい」
    「まあね」
    「ぼく、ヌーがしんじゃうんじゃないかって心配で心配で、でもどうしたらいいのか、わからなくて。それで、キミばあさんをあの罠のところまでつれて行ったんだ」
    「そうだったんだね」
    「サンジは悪いやつだけど、キミばあさんはいい人みたいだからさ」
    「うん」
    「それに、前に母さんが『サンジはキミばあさんに頭があがらない』って言ってたのを思い出したんだ。キミばあさんなら、なんとかしてくれるかも、って思って」
    「ありがとう、モグリン」
    「友達だろ。当然だ」
    「でもさ、どうやって、キミばあさんをつれてきたの?」
    「キミばあさんがいつも使ってる草むしりの鎌があるだろう。それをくわえて走ったんだ。そしたら、ばあさんが『どろぼー』っていいながら追いかけてきて、サンジのところについたってわけ」
    「あははは。そりゃいいね」
     ヌーとモグリンは笑いあいました。

     その夜、ハンカチをまいたじぶんの足をながめながら、ヌーは、キミばあさんのことを考えていました。
    三日後という約束の日は、いよいよ明日です。でも、けがのせいでヌーはいけません。おはぎが食べたかったけれど、それもかないません。
    キミばあさんは、『たきち』がこないことを変に思うだろうな。それよりももっと、心配なことがありました。キミばあさんは、きゅうりとナスで馬と牛をつくれたのかな。孫娘にはちゃんと会えるだろうか。あれこれ考えていたヌーは、キミばあさんに会いたくなりました。会って、このハンカチのおれいもいわなくちゃいけない、そう思いました。

     翌朝、ヌーは早起きしました。
     足はまだ痛いけれど、昨日ほどではありませんでした。
    「やっぱり行こう。後悔するぐらいなら、行けるところまで行こう」
     ヌーは、ただ、じっとほら穴にいるのはいやだったのです。
    一人ぼっちでいるのもいやだと思いました。そして、なによりも優しくしてくれたキミばあさんとの約束はどうしても守りたい、そう思ったのでした。

    ヌーは、準備ができると、すぐにほら穴をしゅっぱつし、キミばあさんの畑へと向かいました。
    照りつける太陽と、ずきずきする足のいたみで、なかなか思うように足がすすみません。それでもヌーは、足をさすりながらキミばあさんの畑へと向かいました。
    川をこえ、長者の家を通り過ぎ、キミばあさんの畑まで、ひたすら歩きつづけました。
    ヌーは、朝早く出発しましたが、キミばあさんの畑へついたときには、もう夕暮れちかくになっていました。
     畑につくと、そこには、キミばあさんがすわって、草むしりをしていました。ヌーは、キミばあさんの後ろにまわって、おなじようにそっと草むしりをはじめました。
    ヌーは、かすりの着物をきていますが、たぬきの姿でした。たぬきの影ぼうしがゆらゆらとキミばあさんの前にあらわれたとき、キミばあさんは「あっ」と言って振り向きました。着物のすそからは、ハンカチをまいたタヌキの足と、赤いぞうりが見えました。
    「おまえ」
    キミばあさんは、かすりの着物を着ているのが、『たきち』ではなく、ケガをしたたぬきだと気づきました。
    「そうか。罠にかかったお前がたきちだったのか」
     ヌーはうなずきました。
     ふたりは、それからしばらくのあいだ、ならんで草むしりをしていました。

     その夜、ヌーは、キミばあさんの家のえんがわにちょこんとすわり、おはぎを食べながら送り火を見ていました。
     えんがわには、おはぎのほか、いなりずしやきなこもちもありました。
    そして、ごちそうの横には、きゅうりの馬と、ナスの牛もいました。
    「孫娘にあえたから、次は、おまえの母さんがここにくるよ」
     キミばあさんは、そういって笑いました。
     キミばあさんが松明に火をつけました。
     松明が燃え始め、ごうごうと燃えさかる炎を見てると、ヌーは、母さんに会えたような気がして、胸があたたかくなりました。

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    もうすぐ夏。お盆の季節ですね。
    大切な人を想う気持ちだけは、いつまでも忘れないでいたいものです。
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    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門

     
     

    Yasuko

     
     
    ICT教育支援、元雑誌ライター。 じーんと心が温まる本、魂を揺さぶるほど心が震えるストーリー、読んで良かったと思える本づくりを目指しています。

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