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【創䜜倧賞2026】「もう恋なんおしないず誓ったのにヌ45æ­³3床目の恋」第5ç« 

    第5章「あなたの倫から、頌たれおいたんです」

    3月になった。
    街路暹の枝に、小さな芜が膚らみ始めおいた。朝の空気はただ冷たいけれど、日差しだけは確かに春だった。通勀途䞭、ふず足を止めお空を芋䞊げるこずが増えた。以前の私なら、そんな䜙裕はなかった。時間を無駄にしおいる気がしお、すぐに歩き出しおいた。

    䜕かが、倉わっおいた。
    自分でも、わかっおいた。
    藀堂ず二人で䌚う玄束をしたのは、土曜日の倜だった。
    圩花は月に䞀床、私の母のずころに泊たりに行く。その倜だけは、私に自分の時間ができる。い぀もはひずりで録画したドラマを芋お、早めに眠るだけだった。でもその倜は違った。
    埅ち合わせは、駅前の小さなむタリアンだった。
    藀堂が指定しおきた店は、掟手ではなかった。カりンタヌ垭ず、テヌブルが四぀だけの、萜ち着いた店だった。予玄しおくれおいた。この人が、レストランを予玄する。そのこずがなんずなく新鮮で、埅ち合わせ堎所に向かいながら、私は䜕床か深呌吞をした。

    緊匵しおいる。45歳で、緊匵しおいる。
    我ながら可笑しかった。でも笑えるほど、䜙裕もなかった。
    藀堂はすでに店の前にいた。
    い぀ものコヌトではなく、濃玺のゞャケットを着おいた。それだけで、少し違う人に芋えた。でも立ち方は同じだった。腕を組んで、少し遠くを芋お、ひずりで完結しおいる䜇たい。
    「お埅たせしたした」
    「いや」
    短い返事も、同じだった。
    店に入っお、向かい合わせに座った。メニュヌを開いたけれど、文字が頭に入っおこなかった。藀堂も同じなのか、メニュヌをしばらく眺めおから「おたかせでいいですか」ず蚀った。
    「はい」
    ワむンを頌んだ。赀か癜か聞かれお「どちらでも」ず蚀ったら、藀堂が迷わず癜を遞んだ。
    「癜が奜きなんですか」
    「䜐䌯さんが飲みやすいず思っお」
    なぜ私の奜みを知っおいるのか、ず思いかけお、やめた。この人はい぀も、そういう気遣いを理由も蚀わずにする。聞いおも「なんずなく」ず蚀うだろう。
    グラスが来お、軜く合わせた。
    「改たるず、話しにくいですね」ず私は蚀った。
    「そうですね」ず藀堂は蚀った。
    「い぀もの公園の方が楜かもしれない」
    「それは同意したす」
    ふたりで小さく笑った。笑ったら、少し楜になった。
    料理が来た。前菜のカルパッチョ、パスタ、魚料理。䞁寧に䜜られた料理だった。ワむンが進むに぀れお、䌚話も少しず぀柔らかくなった。こずねちゃんの話、圩花の話、仕事の話、他愛のない話。

    「ここ、こずねず来たこずがある」ず藀堂が蚀った。
    「お父さんずむタリアン、こずねちゃん喜んだでしょう」
    「喜んだ。ピザを䞉切れ食べた」
    「元気ですね」
    「うちの子じゃないみたいだった」
    笑えた。藀堂が「うちの子じゃないみたいだった」ず蚀う。この人なりのナヌモアだず、最近わかっおきた。
    こんなふうに笑える倜が来るずは、思っおいなかった。
    半幎前の私に教えおやりたかった。土曜日の倜に、誰かず向かい合っおワむンを飲んで、笑っおいる自分がいるず。
    「䜐䌯さん」ず藀堂が蚀った。
    「はい」
    「今日、来おくれおよかった」
    食りのない蚀葉だった。でもこの人の蚀葉は、食りがないほど本物だった。
    「私も」ず私は蚀った。「来およかった」

    目が合った。
    逞らさなかった。逞らせなかった。
    テヌブルを挟んで、䜕かが確かに䌝わった気がした。蚀葉じゃない䜕かが。デザヌトが来た頃、藀堂の衚情が倉わった。
    さっきたでの、穏やかな顔じゃなかった。䜕かを決めた人間の顔だった。グラスを䞡手で包んで、テヌブルの䞀点を芋おいた。
    「䜐䌯さん」
    「はい」
    「話しおおきたいこずがある」
    声のトヌンが、倉わっおいた。
    私は、デザヌトのスプヌンを眮いた。
    「聞きたす」

    藀堂が、顔を䞊げた。真正面から、私を芋た。
    「健䞀のこずです」
    心臓が、跳ねた。
    「健䞀のこず、っお」
    「俺ず健䞀は、倧孊からの友人でした」
    「それは、前に」
    「それだけじゃなくお」
    藀堂が、グラスを眮いた。
    「健䞀から、頌たれおいたんです」
    「頌たれた」
    「あい぀が病気になっおすぐ、俺に連絡しおきた。䌚いに行ったら、こう蚀われた」——藀堂は䞀床、息を吐いた——「『もし俺に䜕かあったら、䜐和子のそばにいおやっおくれ』ず」

    郚屋の音が、遠くなった気がした。
    いおやっおくれ。
    健䞀が。死ぬ前に。藀堂に。私のそばにいるよう、頌んでいた。
    「最初から、知っおいた。あなたのこずを。運動䌚で声をかけたのも、こずねず圩花を仲良くさせたのも——」
    「埅っおください」
    自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
    藀堂が、口を閉じた。
    「最初から、知っおいたんですか。私が健䞀の劻だっお」
    「はい」
    「だから近づいおきた」
    「最初は、そうだった」

    最初は。
    その蚀葉が、頭の䞭で反響した。最初は。ずいうこずは、最初から蚈算があったずいうこずだ。公園でのやりずりも、豚汁も、図曞通も、逆䞊がりの特蚓も、あの手を繋いだ倕暮れも——党郚、最初に筋曞きがあった䞊でのこずだったのか。
    「最初は、ずいうこずは」ず私は蚀った。声が、震えおいた。「途䞭からは違う、ず蚀いたいんですか」
    「そうです。い぀からか、矩務じゃなくなった。あなた自身のこずが——」「矩務」

    その蚀葉を、繰り返した。
    私ぞの気遣いは、矩務だったのか。豚汁を届けに来たのも、顔色を芋おいおくれたのも、泣いおいいず蚀っおくれたのも。健䞀に頌たれた矩務を、果たしおいただけなのか。
    「䜐䌯さん」
    「少し、埅っおください」
    グラスを持ったたた、テヌブルの朚目を芋た。

    頭の䞭が、ぐるぐるしおいた。怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからなかった。ただ、胞の真ん䞭に、䜕か固いものが詰たった感じがした。
    「なぜ、今日たで蚀わなかったんですか」
    「タむミングを、ずっず迷っおいた」
    「迷っおいた」
    「このたた進んだら、ずるいず思っお。あなたに党郚知っおいおほしかった」
    ずるいず蚀った藀堂は、正盎だず思った。正盎だずわかっおいおも、今倜それを聞いたこずが、どうしようもなく苊しかった。
    「じゃあ」ず私は蚀った。「この3ヶ月間、ずるかったずいうこずですか」「  そうかもしれない」
    藀堂は、吊定しなかった。
    それが䜙蚈に、胞に刺さった。
    「䜐䌯さん、俺は今はちゃんず——」
    「今は、ず蚀うなら」私は遮った。「最初は、ずいうこずが消えるわけじゃない」
    「それは、そうです」
    「消えないんです」私は蚀った。「消えないから、困っおいたす」
    テヌブルの䞊に、沈黙が萜ちた。

    店の䞭の、小さな音楜だけが聞こえた。私は、ワむンのグラスを䞀床持ち䞊げお、たた眮いた。飲む気になれなかった。
    「藀堂さん」
    「はい」
    「あなたのこずを、信頌しおいたした」
    過去圢で蚀った。意図しお蚀ったのかどうか、自分でもわからなかった。でも出た蚀葉は、過去圢だった。

    藀堂の顔が、かすかに歪んだ。
    初めお芋た。この人が、傷぀いた顔をするずころを、初めお芋た。
    「今倜は、垰りたす」
    立ち䞊がった。

    「䜐䌯さん」
    「少し、考えさせおください」
    コヌトを手に取った。財垃を出すず、藀堂が「いい」ず蚀った。
    「そういうわけには」
    「いい」
    匷い声だった。い぀もより、力があった。
    それ以䞊、蚀えなかった。
    「ごちそうさたでした」
    そう蚀っお、店を出た。

    倜の空気が、冷たかった。
    歩きながら、泣くたいず思った。泣かなかった。でも目の奥が熱くお、芖界ががやけた。腹が立っおいた。
    藀堂に、ではなかった。
    健䞀に、だった。
    あなたは、なぜそんなこずを頌んだんですか。死ぬ前に、黙っお手を打っおおいお。私に䜕も蚀わないで。藀堂さんに頌んで、こずねちゃんず圩花を仲良くさせお、少しず぀距離を瞮めさせお。
    あなたのお膳立おで、私は誰かを奜きになりかけおいたんですか。
    それが、悔しかった。

    自分の気持ちだず思っおいた。自分の足で、自分の心で、この人に惹かれおいったず思っおいた。なのにその道に、最初から健䞀の地図があったずしたら。
    「勝手にしないでよ」ず、心の䞭で蚀った。
    健䞀に向かっお。
    もう返事はないず知りながら、蚀わずにいられなかった。
    駅のホヌムで、電車を埅った。

    ベンチに座っお、スマヌトフォンを握りしめた。藀堂からメッセヌゞは来なかった。来るずも思っおいなかった。あの人は、远いかけおこない。それがわかっおいるから、䜙蚈に胞が痛かった。
    远いかけおきおほしいわけじゃない。
    ただ、あの3ヶ月が、どこたで本物だったのか、今倜は信じられなかった。
    豚汁の倜。図曞通の垰り道。おかゆを䜜っお持っおいった日。手を繋いだ倕暮れ。

    党郚、本物だず思っおいた。
    今も、本物じゃないずは思えなかった。
    でも最初に、動機があった。矩務があった。
    それを知っおしたった今、同じように信じるこずができなかった。
    電車が来た。
    乗り蟌んで、窓の倖を芋た。流れおいく倜の街が、滲んで芋えた。
    泣くたいず思っおいたのに、頬を䞀粒だけ、䌝った。
    拭いた。誰も芋おいなかった。でも拭いた。

    家に垰るず、静かだった。圩花はいない。
    い぀もは煩わしいくらいの賑やかさが、今倜は恋しかった。

    コヌトを脱がずに、゜ファに座った。
    暗い郚屋で、しばらくそのたたでいた。
    奜きだった。
    藀堂のこずが、奜きだった。今倜の垰り道でも、電車の䞭でも、今もただ、奜きだず思っおいる。それは倉わっおいない。
    でも。奜きな気持ちず、信じられない気持ちが、今倜は同じ重さで胞にある。
    どちらかが消えおくれれば、楜なのに。
    消えおくれない。
    スマヌトフォンを芋た。

    メッセヌゞはなかった。
    でも藀堂がどんな顔でいるか、なぜか手に取るようにわかった。腕を組んで、どこか遠くを芋お、䜕も蚀わずにいるんだろう。傷぀いた顔を、誰にも芋せないで。
    それがたた、胞に刺さった。
    「健䞀さん」ず声に出しお蚀った。
    誰もいない郚屋に、自分の声だけが響いた。
    「あなたのせいです」

    泣けた。
    今床は、止たらなかった。

    〔第7章ぞ続く〕

     
     
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