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体験価値は、売上につながるのか。----AIとみなおす、商業施設運営の物語

    「楽しかった」体験は、商業施設の売上になったのか


    商業施設の運営には、もう二十年以上かかわっています。

    イベントには人が集まる。
    笑顔も生まれる。
    「また来るね」の声も聞こえる。

    来場者数も見てきました。
    売上の前年比も、クーポンの利用数も、
    館内のにぎわいも確認してきました。
    手応えがなかったわけではありません。

    むしろ、イベントは今も、施設のブランドを育て、
    ファンになってもらい、長く来てもらうための大切な取り組みです。

    ただ、それでも残る問いがあります。

    その「楽しかった」体験は、
    どの売場の、どの売上に、どうつながったのか。

    今まで、その問いに答えようとしなかったのではなく、
    答えにたどり着くまで、細かく結果をたどる事が難しかったのだと思います。

    測れるものを測り、見える範囲で検証してきた。
    けれど、体験から売上までの道筋を、
    設計段階で仮説として描き、確かめられる接点を残し、
    想定した動きと実際の結果を比べながら、
    一本の線として説明し切ることは簡単ではありませんでした。

    AIが変えてくれるのは、ここです。

    人の手だけでは追い切れなかったデータとデータの掛け合わせ。
    実施前の仮説と、実施後の検証。
    そのあいだに残っていた道筋を、もう少し細かく見直せるようになる。

    この記事は、その問いに、AIとどう向き合うかの話です。
    AIの裏技でも、人を機械に置き換える話でもありません。
    積み重ねてきた現場の「見方」を、AIの時代にどう活かすか。
    読み終えたとき、いつも流し見していた売上の数字が、
    少し違って見えたら成功です。

    身近な問いから始めて、最後は商業施設の現場へ戻っていきます。
    ゆっくりでいいので、自分の仕事に置き換えながら読み進めてください。


    ※文中の施設名は架空ですが、エピソードは筆者の現場での経験をもとにしています。
    ※この記事は少し長めです。
    商業施設のイベント、体験価値、売上検証、AI活用について、考えながら読めるように書いています。
    一度で読み切らず、気になる見出しから読んでいただいても大丈夫です。


    第1部 良い答えには、前提条件がいる

    おすすめのお店、すぐ答えられますか


    突然ですが、質問です。
    同僚から、こう聞かれたとします。

    「大学時代の友人が、今週末こっちに旅行に来るんだけど、
    夜ごはん、どこかおすすめない?」

    あなたなら、すぐに答えられるでしょうか。
    少し、考えてみてください。

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    お店の名前がすぐ浮かぶ人もいるでしょう。

    でも、本当に良い提案をしようとすると、逆に聞きたくなりませんか。

    その友人は何歳くらいで、この街は初めてか。
    何人で、予算は。

    カジュアルがいいのか、少し落ち着いた店がいいのか。
    苦手なものは。
    どこに泊まるのか。

    これは、質問に答えられないということではありません。
    むしろ逆です。

    良い提案をしたいからこそ、前提がほしくなる。

    相手、目的、場所、時間、好み、予算。

    それが分かるほど、提案は具体的になります。

    たとえば、こう分かったとします。

    三十代の女性が二人。
    この街は初めて。
    少し落ち着いた、その土地らしい食事がいい。
    予算は一人六千円ほど。
    駅の近くで、写真も撮りたい。
    お酒は少し、魚は好き。
    翌朝が早いので、長くはいられない。

    ここまで分かると、ぐっと提案しやすくなりますね。

    あなたなら、どの店を思い浮かべますか。
    その店がなぜ浮かんだのかは、このあともう一度考えてみます。

    家族なら、なぜ少ない確認で済むのか

    今度は、家族からこう言われたとします。

    「明日の夕方、街に用事があるから、
     久しぶりに一緒に美味しいの食べようよ」

    このときは、さっきほど質問しないと思います。

    「十八時でいい?」「最近、食べたいものある?」確認は、それくらいでしょう。

    なぜ、少ない確認で済むのか。

    家族のことを、すでに知っているからです。

    好きなもの、苦手なもの。
    食べる量、歩ける距離。
    雰囲気の好み、だいたいの予算。
    最近の体調。
    前に喜んでいた店。

    その情報が、もう自分の中にある。
    だから、短いやり取りでも提案できる。

    ふたつの話が、同じことを教えてくれます。

    その人の背景を知らないから、「質問」が増える。
    家族の事は知っているから、少ない「確認」で済む。

    つまり、よい答えには、「前提条件」がいる。
    これは、AIも、まったく同じです。

    「前提の話」がなければ、一般的な答えしか返せません。
    「どんな人なのか」前提があれば、答えはとても的確になる。

    この「前提の情報」を、AIの世界では「コンテキスト」と呼びます。

    たとえば、AIに「プレゼン資料を作って」とだけ頼んだら、
    AIはかなり困ります。

    横型のスライドなのか、A4一枚の資料なのか。
    誰に説明するのか。
    部長か、役員か、現場の担当か。
    結論を先に出すべきか、経緯を丁寧に語るべきか。
    前提が分かるほど、答えは具体的になります。

    前述の「同僚からの質問」と「家族からの問」の違いと同じです。

    AIは「育つ」のではなく「参照している」


    ときどき「AIが育つ」「AIが賢くなる」と言います。

    でもこれは、人のように経験を積んで成長する、という意味ではありません。
    実際には、保存された情報を、その都度、参照しているだけです。

    会議録。
    過去資料。
    売上データ。
    現場メモ。
    業務マニュアル。
    取引先情報。
    こうしたものを読み込めると、短い指示でも、かなり使える答えに近づきます。

    読める情報をためておくと、AIは賢く振る舞える。
    この考え方は、この先の商業施設の話でも何度も出てきます。

    AIを仕事で使うときに大事なのは、AIそのものを育てることではなく、
    AIが参照できる前提を残しておくことです。

    なぜ、そのお店が浮かんだのか

    さっき、あなたは「おすすめの店」を思い浮かべました。

    もう一度、思い出してください。
    なぜ、その店が浮かんだのでしょう。

    多くは、自分が行ったことのある店ではないでしょうか。

    あの料理が美味しかった。
    窓からの景色がきれいだった。
    誰かと行って、楽しかった。
    思っていたより、ずっと良かった。

    だから記憶に残り、人にすすめられる。
    おすすめとは、情報提供ではなく、自分の中に残った体験の共有なのです。

    そして人が覚えているのは、店の名前だけではありません。

    あそこで食べたケーキ。
    映画のあとのコーヒー。
    子どもが大笑いしたイベント。
    店に入ったときの空気。
    帰り道に話したこと。
    人は、場所だけでなく、そのときの気持ちを、いっしょに覚えています。

    記憶に、残るもの

    記憶に残りやすいのは、二つだと考えます。
    ひとつは、嬉しさや驚きで心がプラスに動いたとき。
    もうひとつは、怒りや不満を感じたとき。

    後者は、選ばれたい記憶ではありません。
    だから、考えたいのは前者です。

    思っていたより美味しかった。
    思っていたより楽しかった。
    子どもが喜んだ。
    写真がきれいに撮れた。

    小さくても、予想を少し超えたとき。

    それが記憶になり、「また行こう」「あそこ良かったよ」と言いたくなる、
    次の行動のきっかけになります。

    思い出されなかった、お店のこと

    では、逆を考えてみましょう。

    あなたが浮かべた店は、記憶に残っている店です。
    だから思い出せた。

    では、思い出されなかった店は、どうでしょう。

    一度は行った。
    嫌な思いもしていない。
    料理がまずかったわけでも、接客に不満があったわけでもない。
    でも、次に食事を考えたとき、候補に上がらなかった。

    ある飲食店が、来店客にこう聞いたとします。
    「その後、また利用しましたか」「していない方は、その理由は」。
    いちばん多かった答えが、これだったとします。

    「行く理由が、なかったから」

    ここが、大事なところです。

    もう一度行かなかったのは、嫌なことがあったからでも、
    不満があったからでもない。

    ただ、思い出さなかった。
    きっかけが、なかった。
    それだけだったのかもしれません。

    これは、よそごとでしょうか。
    商業施設でも、同じことが起きていないでしょうか。

    イベントで楽しい時間を過ごしたのに、売場のことは思い出されない。
    来館したのに、立ち寄る理由が浮かばない。
    嫌われたのではなく、ただ、つながらなかった。

    私たちは、説明できているだろうか

    忘れられない言葉があります。

    館内を巡回していて、あるテナントの店長と立ち話をしていたときのことです。
    店長は、こう言いました。

    「イベントで集客するのはいいけどさ。
    うちの商品を買うお客さんを、連れてきてよ」

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    正直、最初は「わがままを言うなぁ」と思いました。

    でも、すぐに気づきます。
    浅はかだったのは、私のほうでした。

    これは、出店者側の、いちばんストレートなニーズです。
    店長は、本音で語ってくれたのです。

    では、胸を張って答えられたか。

    「あのイベント集客は、おたくの売上に、これだけつながりましたよ」と。
    言えませんでした。

    商業施設は、来館したお客様を売場につなげようと、ずっと工夫してきました。

    クーポンを配る。
    館内放送をする。
    ポスターを貼る。
    イベントのあとに売場へ案内する。
    どれも、施設を支えてきた大切な取り組みです。

    だからこそ、もう一歩。
    お客様の「気持ちの流れ」に沿えていたか。

    「安いから来てください」ではなく、「この時間を過ごした後なら、
    この売場に立ち寄りたくなるかもしれない」。
    そういう売場への接続が、できていたか。

    あの日から私は、イベントから店への「売場への接続」を意識するようになりました。
    そして、運営者をずっと悩ませてきた問いに、行き着きます。

    私たちは、体験価値が売上につながるまでの道筋を、
    十分に説明できているだろうか。

    このイベントで、いくら売上が増えたのか。
    この体験は、どの店の売上に、どうつながったのか。

    現場には確かに人が集まり、笑顔があり、「楽しかった」の声があった。
    けれど、それを売上や回遊との関係で説明するのは、簡単ではありませんでした。

    ここに、AIを使う(AIとみなおす)意味があります。

    AIは、感動そのものを作る魔法ではありません。
    けれど、その感動がどう記憶に残り、どの導線を生み、どの売場につながったのか。
    そのシナリオを描き、結果と照らし合わせ、次の仮説に活かすことはできます。

    説明しきれなかった道筋を、シナリオとして描き、結果と結びつけ、次に活かす。
    それが、AIと描く、これからの運営です。

    では、その「描く」を、施設の中へ持ち込んでみましょう。


    第2部 体験価値と売上の道筋を、AIで描く

    来場者の一日を、脚本にする

    施設には、それぞれの「期待を超える魅力」があります。
    都市型の複合施設なら、本物のエンターテインメントに出会える街。
    郊外の日常型モールなら、買い物を好奇心で満たす場所。
    レジャー型なら、来場者みんなが参加して笑い合える一日。
    施設の性格によって、お客様に提供している価値は、まるで違います。

    今回は、都市型の施設を例にします。
    ここでは仮に「リバーサイドシティ」と呼びましょう。

    夏の昼、びしょ濡れで笑う子どもたち

    夏休みの、よく晴れたお昼すぎ。

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    中央広場の芝生に設けた水のステージで、
    子どもたちがびしょ濡れになって遊んでいます。
    水しぶきと、きゃあきゃあという歓声。
    四歳、五歳の子が水着でかけまわり、おむつの子まで一緒になって笑っている。
    三十代のご家族が多い。
    親御さんはベンチの陰で、タオルで隠しながら、ひそひそと着替えをさせています。

    広場を取り囲む大人たちの顔も、さまざまです。
    我が子を見て微笑む母親。
    通りがかりに足を止め、自分の子が小さかった頃を思い出しているような人。
    自分が子どもだった夏を、思い出しているような顔の人。
    楽しさが連鎖して、空間ぜんたいが、少し柔らかく、温かくなっていく。

    私は、毎年この光景を見てきました。
    もう、夏の風物詩です。

    ここで、運営者の視点で、もう一歩だけ踏み込みます。

    この家族は、このあと、売場を回るでしょうか。

    ……回らないかもしれません。
    びしょ濡れですから。
    着替えて、ご飯を食べて帰ってくれるかな。
    想像すると、少し厳しい。

    あの時間が、家族の記憶に残る体験だったことは、確かです。

    でも、売上の道筋は、ここでぷつんと途切れてしまう。

    最高の体験と、売場としてのお店。
    そのあいだが、つながっていないのではないか。

    「今じゃ、ないんだよな」

    こういうとき、私たちが現場でよくやってきたのが、クーポンです。
    濡れたあとに、子ども向け商品やお店の割引券を配る。
    クーポンは、多くの成果と接点を生んできた大切な道具です。

    あの水遊びの広場でも、配ったことがあります。
    遊ぶ子どもを見守っている親御さんたちに、一枚ずつ手渡していく。

    そのとき、少し迷惑そうな顔をされた方が、何人かいました。

    たぶん、こういうことだったのだと思います。
    今、ゆっくりしているのに。
    今、子どもの笑顔を見ているのに。
    「今じゃ、ないんだよな」

    その後、配り方を変えました。
    脇にテーブルを置いて、必要な人が自分で取りに来る形にする。
    それだけで、空気は変わりました。

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    どんなにお得な内容でも、人には「受け取りたいとき」がある。
    問題はクーポンそのものではなく、届く「タイミング」だったのです。
    私たちが配った券が、「今これが欲しかった」というタイミングで届いているか。

    第1部の話に戻ります。
    「安いから来てください」ではなく、
    「今のあなたなら、これが嬉しいかも」。

    びしょ濡れの直後。
    家族の気持ちは動いています。

    体が冷えた子ども。
    はしゃぎ疲れた高揚感。
    お腹がすき始める時間。
    一息つきたい親御さん。
    この流れに沿って、何を差し出せるか。
    割引券を配る前に、まずこのシナリオを読む。

    人は1通り。AIは、100通り

    びしょ濡れ直後の気持ちの流れに沿って、
    AIは「ちょうど嬉しい」接続をいくつも描けます。
    冷たい飲み物。
    乾いたタオル。
    座って休める場所。
    夕飯どきの、記憶に残る一皿。
    ひとつ二つではありません。
    百通り、二百通り。
    割引券も、その中のひとつの形に変わるかもしれない。
    出発点が「安いから」ではなく、「今のあなたなら」に変わるのです。

    しかも、条件を変えれば、別の一日が立ち上がります。
    猛暑の日なら。
    夕方から、すぐ近くの大型アリーナでコンサートがある日なら。
    昼の家族連れと、アリーナ帰りの夜の大人客では、気持ちも回遊も、まるで違う。
    天候、時間帯、同伴者、周辺イベント、過去の売上。
    これらを掛け合わせて、AIは短時間に細かい仮説を何通りも作ります。
    人ひとりの想像では、とても追いつかない量です。

    ただし、AIが感動そのものを作るわけではありません。
    AIは情報を読み、仮説を出し、シナリオを描く。
    人は現場で感じ、確かめ、意味を与える。
    あの広場の、連鎖して柔らかくなっていく空気は、データには写りません。
    現場で見た人しか、知らないのです。

    新しいことを始めるのではありません。
    私たちがずっと大切にしてきた「記憶に残る時間」を、
    AIの時代だからこそ、もう一歩、お客様に近づける。
    その話を、次は現場の話として考えてみます。

    幕間 ここで、ひと息

    よければ温かい飲み物でも淹れて、少し目を休めてください。
    私も、ここで一度、お茶を淹れました。

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    その間に、ひとつだけ。
    第1部で浮かべた「おすすめの店」を、もう一度思い出してください。
    あなたは、なぜ、その店をすすめたくなったのか。

    ここから先は、現場の話です。
    文章も、少し実務の言葉に変わります。
    商業施設の担当者として想像してみてください。
    担当する店舗。
    よく見るデータ。
    気になっているお客様。

    店舗の仕事でなくても、かまいません。
    あなたの仕事にも、「相手(お客様)がいて、
    その相手を良く知る事が、仕事において活きてる」という場面が、きっとあるはずです。
    それを意識して読むと、第3部は、あなたの話に置き換わります。


    第3部 既存データを、AIが使える資産に変える

    まず、小さく試す

    ここまで、身近な問いから考えてきました。
    AIに必要なのは、ただの質問ではなく前提条件であること。
    そして、記憶に残る体験が、売場や購買につながること。

    では、何をすればいいのか。

    答えは、大きな仕組みを一気に作ることではありません。
    まずは、小さく試すことです。

    AI活用を進めようとすると、つい大きく考えたくなります。
    私も、そうでした。
    全館で使える仕組み。
    全テナントに配信するアプリ。
    すべてのデータがつながったダッシュボード。
    でも、そこを最初から目指すと、たいてい動き出せません。
    データが足りない、システムが違う、誰が入力するのか。
    始まる前に、重くなってしまう。

    だから、最初は小さくていい。
    たとえば──

    ・昨日のイベント後、どの店舗に影響がありそうかをAIに聞いてみる
    ・担当店舗の売上とイベント予定を見て、店長に聞くことを整理する
    ・平日夕方のお客様像を仮に置き、現場で合っているか確かめる

    自分で試す。
    自分が納得する。
    小さな結果を残す。
    それを共有する。
    すると、周りも少しずつこう思い始めます。
    「それなら、自分の担当でもできるかもしれない」。
    この空気を作ることが、第3部のいちばんの目的です。

    この第3部は、ひとつの道を順に歩きます。
    データを整える。
    お客様像(ペルソナ)を描く。
    その人の一日をシナリオにする。
    その人の今に合った提案を考える。
    期待を少し超える体験につなげる。
    そして、記憶に残す。
    データ、お客様像、シナリオ、提案、体験、記憶。
    この六つの段を、一段ずつ上がっていきます。

    既存データを、AIが読める資産にする

    最初の一歩は、データを整えることです。

    AIに聞く前に、今ある情報を、AIが読める形にしておく。
    売上データ、来場者調査、店舗別売上、時間帯別売上、
    イベント情報、天候、店長やスタッフの声。
    共有フォルダの奥で眠っているExcel。
    過去の企画書。
    アンケート結果。
    誰かの引き継ぎ資料。
    担当者の頭の中だけにある現場感覚。

    それらは、まだ「使えない情報」なのではありません。
    AIが読める形に整えられていないだけです。
    ばらばらに置けば、ただの記録。
    目的を決めて整理すれば、AIにとってのコンテキストになります。

    ここで大切なのは、AIに「全部分かっている前提」で聞かないこと。
    AIは、あなたの会社のことも、施設のことも、
    昨日のイベントの空気も、何も知りません。
    だから、まず説明します。
    どんな施設か。
    このデータは何を示すか。
    どの期間で、どの店舗が対象か。
    何を知りたいか。
    これが、第1部で話したコンテキストです。
    AI活用は、プロンプトを書く前に、前提を整えるところから始まります。

    データは、掛け合わせるとお客様の姿が見えてくる

    データは、ひとつだけでは記録です。
    来場者数だけなら「人が多かった」、
    売上だけなら「売れた・売れない」しか分かりません。
    でも、それだけでは、お客様の姿までは見えてこない。

    掛け合わせると、少しずつ具体的になります。

    どんなお客様が、どんな気持ちで来て、何に迷い、どこで心が動いたのか。
    どの売場へ向かい、何を買う可能性があったのか。

    その見立てを、データと現場の声で確かめていきます。

    ・来場者数 × 時間帯別売上
     → 人は多いのに売れていない時間が見える
     → 売場接点や導線を確かめる
    ・イベント時間 × 店舗別売上
     → イベント後に伸びた店舗が見える
     → 休憩・飲食・物販への接続を考える
    ・店長メモ × 売上推移
     → 数字と現場感の、一致とズレが見える
     → 追加確認や小さな実験を設計する

    見えたもので終わらせず、「では、次に何をするか」まで書く。
    掛け合わせは、そこまでがワンセットです。

    掛け合わせる目的は、数字を増やすことではありません。
    お客様像や行動シナリオの精度——つまり、
    お客様理解の「解像度」を、少しずつ上げていくためです。

    ペルソナとは何か

    データが整ってくると、少しずつお客様像を描けるようになります。
    ただし、データだけでお客様が分かるわけではありません。

    売上
    時間帯
    買い回り
    天候
    そして、店長やスタッフの実感

    そうした情報を重ねながら、
    「今、実際に来てくださっているお客様は、どのような人なのか」
    を考えるための仮説。

    それが、ここでいうペルソナです。
    ペルソナは、売るために都合よく作る架空のお客様ではありません。
    まずは、今来てくださっているお客様を深く知るための仮説です。

    なぜ来るのか
    誰と来るのか
    どこを回るのか
    何を買うのか
    何を買わないのか
    どこで迷うのか
    何があると、また来たいと思うのか

    そこを知ろうとするために、ペルソナを置きます。
    売る前に、知るために作る。
    この順番を、大切にしたいのです。

    そのうえで大切になるのが、ペルソナの「解像度」を高めること。
    ただし、ひとりの人物像を細かく書き込むことだけではありません。

    方向は、四つあります。

    ひとつは、一人のお客様像を深くすることです。
    どんな暮らしをしているのか
    何に迷っているのか
    何を期待して来ているのか
    どんな場面で、少しうれしいと感じるのか

    もうひとつは、お客様像の種類を増やすことです。
    親子連れ
    仕事帰りの人
    日常的に食品を買いに来る人
    イベント目的で来る人
    祖父母と一緒に来る家族
    雨の日に駅からそのまま立ち寄る人

    施設には、ひとつのお客様像だけでは説明できない、
    いくつもの来館理由があります。

    さらに、同じペルソナでも、場面によって動きは変わります。
    平日の夕方
    週末の午前
    雨の日
    夏休み
    イベント前
    イベント後
    一人で来た日
    子どもと来た日
    祖父母と来た日

    同じ人でも、時間帯や天気や同伴者によって、求めているものは変わります。

    そして最後に、導線の解像度があります。
    どこから入るのか
    どの売場の前で足を止めるのか
    どこで迷うのか
    どの店に入りやすいのか
    どの提案なら、自然に受け取ってもらえるのか

    ここまで描けると、ペルソナは単なる人物紹介ではなくなります。
    売場で何を準備するか
    どの時間帯に人員を厚くするか
    どの商品を前面に出すか
    店長に何を事前に伝えるか

    そこまで考えるための、現場の仮説になります。
    もちろん、ペルソナは万能ではありません。

    どれだけ細かく作っても、それは正解ではありません。
    あくまで仮説です。

    AIは、人の手では出し切れない数のお客様像やシナリオを、
    短時間で広げることができます。

    でも、それは答えではありません。
    現場で確かめるための、「たたき台」です。

    AIは、ばらばらのデータやメモを整理し、
    複数のお客様像や行動シナリオを広げ、
    現場で確認すべきことを問いの形にします。

    人は、お客様の立場で売場の表情を見て、
    足が止まる瞬間を見て、
    店長やスタッフの声を聞き、
    違っていれば直します。

    AIだけでは、現場の空気は分かりません。
    人だけでは、膨大な情報を短時間で整理しきれません。

    だから、この往復に意味があります。
    その往復を、次の節で、実際にひとり分やってみます。

    Aさんに、データを重ねる

    ここでは、ある郊外型モールを例にします。
    仮に「フォレストモール」。
    日常の買い物を中心にした、地域密着の施設です。

    最初から完成形のペルソナは出しません。
    「夕方の買い物をここで決めたい人」のような結論めいた名前は、
    分析の後に見えてくる姿です。
    最初は、もっとニュートラルでいい。

    たとえば、Aさん。
    近隣に住む共働き子育て世帯。
    配偶者と、子どもが一人か二人。
    平日は時間に余裕が少ない。
    食品や日用品、子ども関連で来ていそう。
    でも、本当に夕方利用が多いのか、何を買い、
    どこで迷うのかは、まだ分かりません。

    この粗いAさんに、データを一枚ずつ重ねます。

    <来場者調査>
    食品・日用品目的が多く、平日は短時間利用。
    「必要なものを短時間でそろえたい人」かもしれない。
    <時間帯別売上>
    平日17〜19時に食品売上が伸びる。
    「仕事帰りに夕飯の買い物を済ませたい人」かもしれない。
    <買い回りデータ>
    食品だけでなく、子ども用品や飲食にも寄る。
    「限られた時間で、家族の用事をまとめたい人」かもしれない。
    <店長・スタッフの声>
    「夕方は献立に迷う方が多い」「子どもが食べるか気にしている」。
    「今日の夕飯を、迷わず決めたい人」かもしれない。
    <天候・季節・イベント>
    雨の日は短い導線で。猛暑は涼みたい。
    週末イベント後は、疲れた子に軽く食べられるものを。

    ここまで重ねると、Aさんは固定された一人ではなくなります。
    その日の状況で、迷い方も、嬉しい提案も変わるお客様として見えてくる。
    粗いスケッチだった一人が、暮らしぶりまで見えてくる。
    ようやく、Aさんの一日を、シナリオとして描けるようになります。

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    シナリオから、感動、そして記憶へ

    お客様像が見えたら、その人の一日をシナリオにします。
    どこから来て、何を期待し、どの導線を通り、どこで足を止め、
    何に迷い、何を買い、何を記憶して帰るのか。
    その流れを、仮説として描く。

    平日夕方のAさん
    仕事帰り
    時間はない
    でも夕飯は決めたい
    子どもが食べるものも考えたい
    できれば旬のものも
    でも、献立を考える余裕は少ない

    このとき売場で、
    「今日はこれがおすすめです」
    「この野菜なら、これと合わせると簡単です」
    「お子さんにも食べやすいですよ」
    という一言があると、Aさんの気持ちは少し軽くなるかもしれません。

    それは、単なる売場提案ではありません。
    Aさんの一日の負担を、少しだけ減らす提案です。
    ここでは、こうした短い提案を「売場会話」と呼びたいと思います。

    安さを知らせるだけではなく、
    目の前のその人の今日に合わせて、
    「今のあなたなら、これが嬉しいかもしれない」
    と届ける一言。

    データを整え
    お客様像を磨き
    シナリオを描く
    ここまで歩いてきた道は、突きつめれば、この一言の精度を上げるためにあります。

    感動というと、大きなイベントを思い浮かべるかもしれません。
    でも日常型の施設では、もっと小さな感動があります。

    迷っていた夕飯が決まった
    子どもが喜ぶものが見つかった
    いつもより少しよい果物が買えた
    雨の日に、濡れずに必要なものがそろった

    こうした小さな感動は、記憶に残ります。
    そして記憶に残ると、次に思い出すきっかけになる。
    第1部で考えたとおり、人は記憶に残った場所を思い出すのです。

    データを整えるのは、お客様像を描くため。
    お客様像は、シナリオを描くため。
    シナリオは、その人の今に合った提案を考えるため。
    その提案は、期待を少し超える体験につなげるため。
    そして、その体験は、記憶に残してもらうためです。

    ここで目指しているのは、データを増やすことでも、
    AIを使うことでもありません。

    お客様の記憶に残ること
    また思い出してもらうこと
    そのために、データもAIも活用するのです

    小さく試すとは、深く試すこと

    最初の実践は、小さくてかまいません。
    ひとつの店舗
    ひとつのイベント
    ひとつの時間帯
    ひとりの仮ペルソナ
    ただし、小さく試すことは、浅く考えることではありません。

    最初から全館の売上への影響を証明しようとすると、話は大きくなりすぎます。
    必要なデータも増える。
    関係者も増える。
    正しく検証しようとするほど、なかなか始められなくなる。
    だから、最初はもっと小さくします。

    昨日のイベント後、会場に近い三つの店舗では何が起きたのか。
    そのうち一店舗の店長は、どんな変化を感じたのか。
    イベントに来たお客様は、そのあと、どこに立ち寄った可能性があるのか。

    このくらいなら、手元の売上データと現場の声だけでも試せます。
    ここでAIに、いきなり答えを出してもらうのではありません。

    事実として分かること
    推測できること
    まだ分からないこと
    現場で確認すべきこと
    この四つに分けてもらうのです。

    そのうえで、人が現場で確かめます。
    店長に聞く
    売場を見る
    時間帯を見る
    お客様の動きを思い出す
    イベント後の店頭の空気を確認する

    そして、確かめたことを、短いメモに残しておきます。
    何を目的にしたのか。
    どのデータを使ったのか。
    何が分かり、何がまだ分からないのか。

    ここまで残しておくと、AIとの会話は、その場限りで終わりません。
    次回、同じメモをAIに渡せば、続きから考えられます。

    小さな試行が、次の試行の材料になる。
    個人の気づきが、チームで使える知識になる。
    小さく試し、メモとして残す。

    では、その試行は、売上への道筋をどこまで見せてくれるのか。
    次に考えるのは、そこです。


    第4部 確かめ続ける ── 売上への道筋を、先に描く

    道筋は、あとから探すものではない

    ここまで考えてくると、ひとつの方向性が見えてきます。
    体験から売上までの道筋は、イベントが終わったあとに探すだけでは見えにくい。
    だからこそ、実施前に仮説として描いておく必要があります。

    イベントが終わったあとに、「どこかの売上につながったはずだ」と探しても、線はなかなか引けません。
    できれば実施前に、どんなお客様が来て、何に心が動き、
    どの売場へ向かうのかを考えておく。

    考え方は、大きく二つあります。

    ひとつは、売場から逆算すること。
    売上を伸ばしたい店舗や商品がある。
    そこにつながるお客様像を考える。
    そのお客様に来てもらう体験やイベントを設計する。

    もうひとつは、すでにあるイベントに来るお客様から、
    売場への導線を考えることです。
    すでに実施予定のイベントがある場合、
    そのイベントには、どんなお客様が来る可能性があるのか。
    その人は、体験のあと、どこへ向かうのか。
    どの売場で足を止め、何を買う可能性があるのか。

    どちらの場合も、「ファミリー層」「若年層」「シニア層」だけでは粗すぎます。
    同じ親子連れでも、午前と夕方では違う
    晴れの日と雨の日でも違う
    イベント前とイベント後でも違う
    祖父母と来ているのか、親子だけなのかでも、動き方は変わります。

    ここでAIが活躍します。
    AIが変えるのは、イベント後の集計だけではありません。
    実施前に、どれだけ深く仮説を持てるかです。

    なぜ、これまで定義し切れなかったのか。

    私は、能力でも努力でもなく、情報量の限界だったと思っています。
    一人の担当者が一日に見られるお客様は、せいぜい数十組。
    あのご家族がイベントのあとどの売場に寄り、
    翌週また来てくれたのか、半年後もまだ来ているのか。
    追いきれません。
    だから私たちは「賑わっていた気がする」「手応えはあった」と言うしかなかった。
    手を抜いたのではなく、限られた情報の中で、感覚を研ぎ澄ませてきたのです。
    その感覚こそ、現場のいちばんの財産です。
    ただ、それを検証できる形にして、次の人へ手渡すことが、難しかった。

    ここを変えてくれるのが、AIです。
    AIは、一人では追えなかった範囲を、束ねて見られます。

    縦に、時間軸。
    あのご家族がイベントの日に来て、次の週末にまた来て、ひと月後にも来た。
    一回きりの点ではなく、つながった線として、来館を追えるようになる。
    横に、人数。
    似たような来かたをするご家族が何組いて、そのうち何組が買ったのか。
    何百組をまとめて見られる。
    面に、施設全体。
    その体験が、ひとつの売場だけでなく、館のどこに効いたのかを見渡せる。

    縦 × 横 × 面
    この三つがかけ合わさったとき、
    「体験が売上につながる道筋」が、初めて輪郭を持ち始めます。
    ただし、AIが映し出すのは「こう動いた」という事実の並びです。
    それが本当にあのご家族の気持ちから来ているのか、ただの偶然の重なりなのか。
    読み解くのは、現場に立ってきた人の仕事です。

    仮説を、シナリオと頻度で確かめる

    体験が売上につながったかを確かめるには、
    二つの問いに同時に答える必要があります。

    ひとつは、お客様は「なぜ、どう動くのか」。
    これを「シナリオ」と呼びます。
    びしょ濡れの子を連れたお母さんが、なぜタオルの売場で足を止めたのか。
    どんな気持ちで、夕飯の食材を買って帰ったのか。
    これは、データには書かれていません。
    人が深く入り込んで、初めて描けます。

    もうひとつは、その行動を「どのくらいの頻度で取るのか」。
    これを「頻度」と呼びます。
    「3回来た人は、次の来館でよく買う」「平日夕方の親子は、
    土日より食品を買う割合が高い」。
    過去の実績データから、パターンを数字にしていく。
    「なぜ」ではなく、「どのくらい」。

    この二本を、噛み合わせます。

    シナリオが言う。
    「びしょ濡れの親子は、温かい飲み物に心が動くはずだ」。
    頻度が答える。
    「実際、雨の日の親子は、晴れの日よりカフェに寄る割合が高かった」。

    仮説を立て、データが裏づける。
    あるいは、裏切る。
    「心が動くはずだ」と思っていたのに、差が出ない。
    そのとき初めて、「では、なぜ外れたのか」という次の問いが生まれます。
    この二本が噛み合って、検証は回り始めます。

    データを扱うときの注意を、ひとつだけ。
    重いデータをいきなり全部AIに放り込んで、
    「何か出して」と頼まないことです。

    まず、「このデータで何が言えて、何が言えないか」の地図を描かせる。
    そのうえで、立てた仮説を、ひとつずつ数字に当てていく。
    この二段構えなら、情報の海で溺れずにすみます。

    検証のための接点を、体験の中に設計する

    ここで、ひとつだけ。
    越えてはいけない線の話をします。

    検証にはデータがいります。
    だからといって、「測るために、お客様を追いかける」のは、
    順番が逆だと思っています。
    先にあるのは、いつでも体験。
    計測は、その後ろをついてくるものです。

    カメラで全員を追跡すれば、技術的には測れます。
    でもそれは、ここまで大切にしてきた「お客様の立場に立つ」という姿勢と、正面からぶつかる。
    測られるために来る人は、いません。

    「今じゃ、ないんだよな」の顔を、思い出してください。
    配ることでさえ、お客様の時間に割り込めば、嫌がられるのです。
    測ることなら、なおさらです。

    だから、線を引きます。
    防犯や安全のための記録と、体験を確かめるための接点は、別のものです。

    では、どう確かめるのか。
    体験の中に、お客様にとって自然な「接点」を設計します。

    雨の日、びしょ濡れで来た子に、乾いたタオルを配る。
    これは体験です。
    水で冷えた子と、少し疲れた親御さんへの配慮です。
    そして、そのタオルを「受け取った」という事実が、
    運営側にとっては検証の接点にもなります。

    何組の親子が、雨の日にタオルを受け取ったのか。
    そのあと、どの売場に向かったのか。
    温かい飲み物の引換券を添えたなら、それは使われたのか。

    測るために何かをするのではなく、
    喜ばれる体験の中に、確かめられる接点を入れておく。
    クーポンも、スタンプも、タオルも、アンケートの一言も、
    お客様には「ちょっと嬉しい体験」であり、
    私たちには「参加してくれた記録」になります。

    計測を目的にすると、お客様は測定の対象になる。
    体験を目的にすれば、お客様は主役のままで、結果として検証の材料が残る。
    この順番だけは、間違えたくないのです。

    小さな検証を、次に残す

    最後に、いちばん実務的な話をします。
    検証で最悪なのは、外れることではありません。
    次に残らないことです。

    イベントをやった。
    賑わった。
    よかった。
    そこで終わると、次の準備がまた重くなります。
    人が替われば、知恵がリセットされる。
    これが、ずっと繰り返されてきた課題です。

    やりっぱなしを防ぐために、シナリオを設計するとき、三つをセットで決めます。

    ひとつ、いつの売上を狙うのか。
    その日か、夏のあいだか、来年の再来場か。
    時間軸を決めないと、いつまでも検証できません。

    ふたつ、何をもって成功とし、どう確かめるか。
    「賑わう」では検証できません。
    誰が・いつ・何のために・どれだけ、まで書いて、
    初めて検証できる仮説になります。
    定義と測り方は、セットです。

    みっつ、途中にマイルストーンを刻む。
    体験 → SNS投稿 → 口コミ → 再来場 → 購買。
    それぞれに、測れる到達点を置く。
    最終の売上に届く前に、「ここまでは来ている」「ここで止まっている」が見える。
    どこで切れたかを、切り分けられる。

    売上から逃げない。
    けれど、売上だけをにらまない。
    途中に点を打ちながら、確かめ続ける。

    次回に向けて直しているのは、イベントのやり方だけではありません。
    どんなお客様を想定していたのか。
    その人が、どんな気持ちで参加したのか。
    体験のあと、どの売場に向かうと考えていたのか。

    その見立てそのものを、データと現場の声で少しずつ直していく。
    つまり、イベントだけではなく、お客様像や行動シナリオの精度を、
    毎回少しずつ高めているのです。

    体験価値は、売上につながるのか

    体験価値は、売上につながるのか。

    この問いには、実は二つの問いが重なっています。
    ひとつは、「世の中一般で、体験は売上につながるものなのか」。
    もうひとつは、「うちの、あのイベントは、売上につながったのか」。

    一つ目に、私は答えられません。
    施設も、お客様も、体験も、ひとつずつ違うからです。
    でも、二つ目には、答えられるようになります。
    そのためには、次の3つの事前準備を必要とします。

    ①事前に仮説を描く
    どんなお客様が来て、どの売場へ向かい、
    どの売上につながる可能性があるのかを、企画の段階で置いておく。

    ②接点を残す
    体験に参加した人の動きが、あとから自然に確かめられるようにしておく。

    ③結果を比べる
    想定した動きと実際の動き、参加した人と参加しなかった人、
    その前後の売上を比べる。

    事前に仮説を描き、接点を残し、結果を比べる。
    この3つの事前準備による体験イベントは、終わったあとに、
    「つながった」か「つながらなかった」かを、数字で言えます。

    たとえば、あの夏の水遊びの広場に、この3つの事前準備をしたとします。

    事前に置く仮説は、こうです。
    「当日の、カフェと飲食の売上につなげる」。

    体験後に追える接点は、びしょ濡れの子に配る、乾いたタオルです。
    そこに、温かい飲み物一杯の引換券を添えます。
    割引券では、ありません。
    水で体の冷えた子と、はしゃぎ疲れた親御さんへの、
    「今のあなたなら、これが嬉しいかも」の一杯です。
    タオルを渡すときの、「冷えたでしょう、よかったらどうぞ」のひとこと。
    これも、その人の今に合った提案です。

    その日、タオルを受け取ったのは、300組。
    引換券が使われたのは、126組。
    42パーセントです。
    受け取らなかった、似た時間帯の家族連れでカフェや飲食に寄ったのは、
    およそ28パーセント。
    差は、14ポイント。
    客単価を掛ければ、「あの水遊びは、この日のカフェと飲食に、
    これだけつながった」と、初めて金額で言えます。

    第2部で、ぷつんと途切れていた道筋を、思い出してください。
    最高の体験と、売場のあいだ。
    あそこに三つを埋め込むだけで、道筋はつながり、しかも、見えるようになる。
    数字は、例です。
    でも、この形なら、あなたの施設の実数で、同じ文章が書けます。

    それに、思い出してほしいのです。
    手渡しをやめて、テーブルに変えた、あのクーポン。
    あれも、お客様を観察して、原因を考えて、直した、小さな検証でした。
    私たちは、特別なことを始めるのではありません。
    現場がずっとやってきたことを、仮説と数字が残る形にするだけなのです。

    つながらなかったら? それも、答えです。
    「体験は最高だったが、飲食には流れなかった」。
    なら、次に動かすのは、動線か、時間帯か、差し出すものか。
    外れた検証は、失敗ではなく、次の仮説の材料です。

    だから、この記事の問いに、私はこう答えます。

    「体験価値は、売上につながるのか」
    つながったと言える形に設計した体験は、つながったかどうかを、言える。
    言えないのは、体験に力がないからでも、
    現場が確かめてこなかったからでもありません。
    事前の仮説、体験後に追える接点、結果を比べる視点が揃う形まで、
    体験を設計し切れていなかったからです。

    言い切れない、から、言える設計へ

    「あとから探すだけでは、見えにくい」と、この部の最初に書きました。
    それは、あきらめの言葉ではありません。
    無条件には、言い切れない。
    だから、言える形に設計する。
    順番をひとつ変えるだけで、同じ誠実さのまま、答えが手に入ります。

    確かめ続けるとは、この設計を、体験のたびに埋め込み続けることです。
    なぜ動くのか(シナリオ)と、どのくらい動くのか(頻度)。
    二本の柱を噛み合わせて。
    お客様を測定の対象にせず、自然な体験の中に検証の接点が残る形で。
    次に残し、途中に点を打ちながら。

    去年より、今年。
    今年より、来年。
    事前に仮説を描き、接点を残し、結果を比べる。
    「言える体験」を、ひとつずつ増やしていく。

    そのためにも、人が現場にいる時間は減らしたくありません。
    売場を歩く。
    店長と話す。
    お客様の表情を見る。
    昨日何が売れ、何が足りず、次回は何を準備できるのかを、一緒に考える。

    AIは、その時間を奪うためではなく、取り戻すために使いたい。
    仮説整理や確認項目の洗い出しを手伝ってもらい、
    人は話すべき人と話し、見るべきものを見る。

    その積み重ねこそが、AI時代の商業施設運営の、
    いちばんの強さになると思っています。


    おわりに

    身近な問いから始めて、商業施設の現場へ戻ってきました。

    ひとつ、最初から最後まで変わらなかったことがあります。

    これは、AIに仕事を譲る話では、ない。

    AIが担うのは、仮説を広げ、整理し、検証の材料をそろえること。
    人が担うのは、現場で感じ、確かめ、関係をつくり、最後に意味を与えること。
    AIが並べた可能性の中から、現場の視点でいちばん良いものを選び、
    その人の今に合った提案、つまり「売場会話」として、お客様に届ける。

    なぜ、この施設に人が集まるのか。
    なぜ、また来たいと思ってもらえるのか。
    それを、自分たちの言葉で語れて、お客様の心に残る。

    そんな運営を、
    毎回ゼロから考え直すのではなく、
    知識とデータを積み重ねながら、続けていけるようになる。

    あの店長の言葉に、いつか数字で答えたい。
    「うちの商品を買うお客さんを、連れてきてよ!」
    わがままなんかじゃなかった。
    あれが、この記事の原点でした。

    そして最後に、ひとつだけ。
    閉じずに、あなたに手渡す問いがあります。

    足元の、自分たちの施設のデータは、活用できているか。

    おすすめのお店、すぐ答えられますか。

    この問いに、いつか、お客様一人ひとりの顔を思い浮かべながら、
    自信を持って答えられる売場を。

    一緒に、作っていきましょう。

    この記事が、あなたの現場で何か一つでも試すきっかけになれば、それだけで十分です。

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    最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



     
     

    HiroBerry

     
     
    ChatGPTを使い始めたのに、仕事が変わらない。その違和感から始めて、いまはPCの中にAIの会社をつくり、毎日まわしています。商業施設の現場25年×AI実践1000時間。現場の見方をAIの時代につくりなおす連載「AIとみなおす」を更新中。

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