
【社会派ディストピア連載】沈む国の朝焼け(第1章)|これは、明日の日本かもしれない
※この作品は【noteクリエイター賞2025】応募作品です。
◆これはフィクションか、現実の延長か?
少子高齢化。介護と物流の人手不足。年金制度の限界。
あなたはそれらのニュースを「どこか遠くの話」だと思っていませんか?
この物語は、そんな社会の延長線上にある――2040年の日本を描いた、静かなディストピアです。
けれど登場するのは、特別なヒーローでも陰謀を暴く探偵でもありません。
ただ、ごく普通に生きている“誰か”――そしてあなたかもしれない人たちです。
◆第一章|静かなる崩壊
2040年。
東京23区の半分が「特定区域」に指定されていた。
かつて高級住宅街と呼ばれた世田谷や杉並では、ごみ収集が週に一度になり、インフラは崩壊寸前。
年金制度は「ポイント制」に変わり、受給開始は78歳から。
子どもを産む人はいなくなり、若者は絶滅危惧種と化していた。
通勤電車は空いている。
理由は簡単だ。働ける人間がいない。
65歳以上が労働人口の半分を占め、「新高齢者労働支援制度」により、国が“必要”と判断した仕事――介護・建設・物流など――に従事していた。
そんな中、**水嶋 莉央(みずしま りお)**は、廃ビルの影を縫うように歩いていた。
彼女は23歳。就職氷河期の“再々氷期”を超えられず、「国家指定支援活動者」として、給食センターで働いている。
かつて年収2000万を稼いでいた父は、リストラ後に消息不明。
海外に逃げた母も、どこにいるのか分からない。
“勝ち組”と呼ばれた家庭の末路を背負いながら、莉央はライン作業に向かう。
壁に貼られたスローガンが、風にめくれていた。
「人間は、必要とされる機械です。壊れたら交換するだけ。」
◆あなたに問いたい。
社会の歯車になって生きることは、
決して悪いことじゃない。
けれど、“役に立つかどうか”でしか
人の価値が測られなくなったら?
感情や痛み、祈りや願いすら「非効率」だと
切り捨てられたら?
莉央の生きる未来は、ただの空想でしょうか。
それとも――明日の日本かもしれません…。
次回|第二章:「祈るしかない場所」
廃ビルのオフィス街で、国家登録の“祈り屋”が働く者たちの心を支える――
感情を奪われた社会で、失われた“人間らしさ”を取り戻すための小さな祈り。
静かに、しかし確かに響く言葉が、主人公・莉央の心に触れる。
次回もどうぞ、お楽しみに。
✒️星埜 うつろ
社会の境界で生きる人たちに、物語という形で光を当てたいと思っています。
小説という手段で、問いを届けたい。怒りではなく、祈りとともに。
あなたは「人間の価値」を何で測りますか?