松任谷由実がリフレインを叫ぶ横で、おっさんがイブのケンタで絶叫
校則はバイト厳禁だったにも関わらず、高校1年の夏からバイトをした。
ケンタッキー・フライドチキンが好きすぎたからだ。
ケンタの掻き入れどきはもちろん、クリスマスイブだ。
1988年の冬、ケンタッキーフライドチキンの店内BGMは、松任谷由実の「Delight Slight Light KISS」であった。
「どうしてどうして 僕たーちーはー」が鳴りまくっていた。「Nobody Else」、「幸せはあなたへの復讐」。けっこうドロッとした曲に合わせ、チキンを売って食べ続けた。アルバムは持ってないけどほぼ歌える。
クリスマスの予約は、半月ほど前から受け付ける。 クリスマスイブの店はごった返し、イートインは受け付けない。飛び込みでフライドチキンを食おうなんて情弱は門前払いだ。予約の半券を持った者だけが、チキンを手に入れられる。
しかし、中にはとりあえず列に並んでしまうウッカリ者もいる。カウンターにたどり着き、店員に「予約券をお預かりします」と言われ、「???」となる。そういうやつは、たいてい粘る。「ちょっとくらい、余ってるでしょ。ここまで並んだんだからなんとかしてよ」
当時は、今ほどの”予約文化”ではなかったし、とりあえず行列の後ろにつけば、食べられたり買えたりしたシンプルな時代だったのだ。
ときはまだ、ギリ昭和。多くの客は、「ふざけやがって!」とか「2度と来ないわよ!」など捨て台詞をガンガンに吐く。カスタマーハラスメントなんて言葉は遠く先にある。「売ってくれるまでどかねえからな!」などと言うおっさんもいる。たかが唐揚げだが、クリスマスイブのフライドチキンにはそれだけの唯一無二の力がある。
ユーミンがリフレインをエンドレスで叫んでいる店内で飛び交う怒号。
予約券を手にした客たちの勝ち誇った顔。
そして私の立つカウンターに、そのおっさんは来た。
予約はしていないという。しかし今日、家族のチキンを買って帰ると約束してしまったという。しかし、そんなこと、私の知ったことではない。
家族がみんな、楽しみにしているという。でも、私の知ったことではない。
おっさんは、
「家族はケンタッキーを食べたことがないので、ぜひ、食べさせてやりたい」と言う。
でも、無理なもんは無理。
「とにかくうちの子どもたちはケンタッキーが好きで好きで、とても楽しみにしているのだ」と言う。
設定が変わっている。
しつこく押し問答を続けていたが、おじさんは突然、
「おおおおおおおおおう!?」と叫んだ。
「あるじゃないの! これでいいよ! これ! これちょうだい!」
カウンター下の冷蔵庫を指差す。
それは、形だけは立派な、真空パックのスモークチキンだ。
骨がついていて、サイズは体感、多分ウクレレくらいある。
しかし、ほぼハムだ。
私はさすがに気が引けたので、
「お客さま、それは揚げてなくて、スモークしたやつで……なんか、冷たくて」と高校生なりに説明する。
「いい、いい。これ2個ちょうだい!」
「でも、これはチキンではなくて、あの、あの」
「いいから! これ2個! 他のやつに取られたらどうすんだよ! 早く!!」
自分だけが、ルールの穴をすり抜ける”いいもの”を発見したとばかりに目が血走っている。
「でも、これ、あの、なんか、結局ハムなんですけど」
「うるさい! とにかく、なんか持って帰んなきゃいけないんだから!」
おじさんは、スモークチキンを2個、持ち帰った。
要するに、ハムなのに、あれは。