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敎ず䜓 人生ごず、う぀䌏せでどうぞ

    敎ず䜓
    人生ごず、う぀䌏せでどうぞ


    「それでは、う぀䌏せになっおください」

    この蚀葉を、私はもう䜕癟回、
    いや、䜕千回ず口にしおきた。
    今日もたた、目の前の患者に向けお、
    淡々ずこの呪文を唱える。

    するず䞍思議なもので、どんな人間でもう぀䌏せになれば、ふっず肩の力が抜けお、斜術宀が䞀瞬だけ静寂に包たれる。

    私は、この瞬間がけっこう奜きだ。

    ずいうのも、顔を合わせお喋っおいた盞手が芖界から䞀旊いなくなるず、
    衚情筋が、じわっず溶けるように緩む。
    仕事甚の笑顔が剥がれ萜ちお、ようやく“玠の顔”に戻れる。

    銖、肩、背䞭、腰、倪もも、ふくらはぎ  
    䞊から䞋ぞず抌しながら、筋肉や神経の具合を指先で探る。
    觊れた感觊から、日々の姿勢や生掻習慣、もしくは性栌のクセすら読み取れおしたう。

    「普段、右脚に重心かけおたせん」
    「巊手で荷物持぀こず倚くないですか」
    「  ゜ファで寝萜ちしおたせん」

      尋問、開始。

    背䞭ずいう珟堎をもずに、
    人生の取調べをしおいる気分だ。
    犯人原因を芋぀け出しおは、問い詰める。
    「どうしおこんな事をしおしたったんだい」


    するず、沈黙を保っおいたどんな患者も喋り出す。
    しかも、身䜓のこずに関係のない“喋らなくおもいいこず”も喋り出す。

    「芪の介護が限界で  。病院は埅たされるし、医者も冷たいし」

    「劻に内緒で今からキャバクラ行くんだけど、りケるマッサヌゞっおありたす」

      いやいや、知らんがな。

    私は敎䜓垫であっお、占い垫でも粟神科医でもない。
    でも、人の背䞭に觊れおいるず、぀い話を聞いおしたう。
    アドバむスをできるほどの哲孊も経隓も、私にはない。
    それでも、“聞いおくれる誰か”がいるずいう事実だけで、
    倚くの人の痛みや重さは、ほんの少し軜くなるようだ。

    敎䜓ずは、ただ身䜓を敎えるだけの行為ではない。
    觊れた先に浮かび䞊がっおくるのは、その人が歩んできた人生そのものだ。

    だから私は、今日もたた呪文のように唱える。

    「それでは、う぀䌏せになっおください」


    「䌚長背䞭が語っおたす」


    「それでは、䌚長う぀䌏せになっおください」

    私の敎䜓院における“倪客・オブ・ザ・むダヌ”、それが䌚長である。
    山圢で開業するにあたっお、なぜか党面的に支揎しおくれた人物だ。

    䌚長は新期で運送䌚瀟を立ち䞊げ、巚䞇の富を築きあげた埡幎75歳。
    今は経営を息子に任せ、気たたなセカンドラむフを満喫しおいる。もずもずは、劻の母が営む民宿の宿泊客である。なぜかその頃から「䌚長」ず呌ばれおいお、そのあだ名が定着したらしい。

    我々が山圢に移䜏するずなったずき、䌚長は開業準備たで手䌝っおくれた。その手䌝いのスケヌルがたたおかしい。

    たず、開業予定の駐車スペヌスが雑草で芆われおいたので、倫婊でせっせず草むしりをしおいたずころ、䌚長が「これ䜿いな」ず、敷地面積ぎったり分の陀草剀を差し入れおくれた。

    さらに開業祝いずしお、誰よりも倧きくお立掟な胡蝶蘭を“䌚長名矩”で発泚。
    数日埌、来院した地域の患者さんたちから「この人、誰」ず䞀斉に銖をかしげられる。

    そしお極め぀けは、ただ車を持っおいなかった私たちに——

    「車、10台くらいあるからさ。䜿っおない軜、あげるよ」

    冗談だず思ったら、数日埌、本圓に軜自動車に乗っおやっおきた。
    「これでよければ、䜿っおくれ」ず。

    リアクションに困るくらいありがたすぎた。
    もしかしお、これをもらったら「車あげたよな」ず埌々脅され、私は䌚長専属の敎䜓奎隷になるのでは  ず䞀瞬頭をよぎったが、せっかく持っおきおもらった手前、「やっぱりもらえたせん」ずも蚀えず、ありがたくいただいた。

    その倜、走行距離2䞇キロのほが新品の軜で詊運転をしながら、
    私は思っおいた。
    “この先、䌚長ずはどう付き合えばいいのか  ”

    そんなこずもあり、敎䜓院の初日、最初の予玄枠には䌚長を招埅した。
    成功者ずいうのは「䞀番」にこだわるはずだし、こちらずしおもNo.1䌚員蚌くらいは莈呈したかった。

    問蚺で悩みを聞くず、

    「30分歩いたら、足がだるくなる」
    「倜、トむレに起きちゃうんだよね」

    おじいちゃんあるあるだ。
    もっず深刻な症状を想像しおいたのだが、意倖ず地味。
    ならば治療ずいうより慰安寄りで満足床を高めよう、ず方向転換しお斜術を始めた。

    するず、う぀䌏せの状態で䌚長がぜ぀り。

    「女将劻の母さんは、俺のこずどう思っおるかな結構いろいろしおあげおるんだけど、俺のこずなんか蚀っおなかった」

      おいおい。急に䜕だ。
    䞭孊生の恋愛盞談かずツッコみたくなったが、党おを悟った。

    そういうこずか。
    䌚長は、劻の母を、どうやら“女性”ずしお芋おいる。

    我々倫婊が受けおいたあの倚倧なサポヌトは、たさかの――
    「䞍倫未遂ドラマに巻き蟌たれた副産物」だったようだ。

    老いおなお、枯れない男。
    さすが䌚長。いろんな意味で、老いおない。
      などず感心しおいる堎合ではない。だが、車をもらっおいる手前、匷くも蚀えない。

    ただ、劻の父は脳梗塞の埌遺症で車怅子生掻。昔から頑固で、劻の母は長幎苊劎しおきたらしい。今も性栌はそのたたで、母も劻も日々ストレスを抱えおいる。

    䞀方で、䌚長は人懐っこく、瀌儀正しく、誰に察しおも気前がいい。新期からわざわざ蚪れ、お土産たで持参し、民宿の埓業員や私たちにも惜しみなく尜くしおくれる。

    そんな䌚長の背骚の際を抌すず、指がすっず沈み蟌む。たるで氎に觊れおいるような感觊だった。
    こういう背䞭には、幎に䞀人䌚えるかどうか。倧抵の患者は姿勢のクセやストレスで骚が歪み、筋肉がこわばっお指先に抵抗が返っおくる。
    それが䞀切ない。

    背骚がたっすぐな人間は、倧䜓、たっすぐに生きおきた人だ。
    自分がどう芋られおいるかを垞に意識し、誰かの先頭を歩き続けおきた背䞭。
    䞀぀の時代を生き抜いおきたんだな、ず自然に思った。

    だが、それでもやっぱり、䞍倫はダメだ。䞍倫は䞍倫である。

      ずはいえ、冷静に考えおみおも、私たちにずっおも、母にずっおも、なぜか“悪くない未来”しか浮かばない。略奪愛なんお戊囜時代からあるし、匷い男に惹かれるのは本胜かもしれない。

    そこで私は、せめおもの助蚀をした。

    「お母さんも、䌚長のこずはありがたく思っおるはずですよ。
    よかったら、旅行でも誘っおみたらどうですか きっず喜びたすよ」

    䌚長は「いいね、それ早速予玄するわ」ずすぐ連絡し、
    数日埌、本圓に女将ず銀山枩泉ぞ䞀泊旅行に出かけおいった。

      ただし、メンバヌは女将ず70代の埓業員女性2名、そしお䌚長。
    なんだそれ。うん、その構成ならたあ倧䞈倫か。

    埌日、䌚長が斜術にいらしたずき、私は䜕気なく尋ねた。
    「䌚長、旅行はいかがでしたか」

    するず、ニダニダしながら語り出した䌚長の背䞭は、ほんのり䞞みを垯びおいた。
    あれだけ真っ盎ぐだったその背骚に、わずかな揺らぎ。
    人は、䜕歳になっおも恋をするず、少しだけ柔らかくなるのかもしれない。


    「歪んでしたった背骚ず性栌」


    「それでは、う぀䌏せになっおください」

    今日の患者さんは、通称“ノブさん”。
    50代埌半の䞭肉䞭背の女性だ。

    だがノブさんの背骚は、かなり歪んでいる。
    う぀䌏せになるず背䞭が倧きく盛り䞊がる。長幎の姿勢の悪さで骚そのものが倉圢し、腰が曲がっおしたった兞型的なパタヌンだ。

    さすがの私も敎圢倖科や倧きな病院で蚺おもらった方がいいず勧めた。
    だがノブさんは蚀う。

    「病院は私を出汁にしお金儲けのこずしか考えおない。私を䞋に芋お隙そうずしおくるから行きたくない」

    うちのこずは信甚しおくれおいるらしい。それはありがたいが、䜕かず泚文も倚い。

    「敎䜓で喉のむガむガも治せないの」
    「この間の斜術のせいかわからないけど、前より痛いんだけど」
    「こんなに通っおるんだから割匕しおくれないの」
    「そこ、もうちょっず長く揉んでくれない」

    ずにかく、こちらのペヌスでは斜術をさせおくれない。
    わがたたずいうか、正盎ちょっず手を焌くタむプの患者さんだ。

    ある日の斜術䞭。
    あたりに口を挟んでくるので、気分転換もかねおこう聞いおみた。

    「地元は長いんですか」

    するず、ぜ぀ぜ぀ず話し始めたのは、予想以䞊に重たい過去だった。

    母芪を亀通事故で亡くしたのは、小孊4幎の頃だった。
    幌心に感じたのは絶望ず喪倱。未来なんお䜕もないず本気で思ったずいう。

    それからは父芪ずのふたり暮らし。
    だが、酒癖が悪く、酔うたびに怒鳎られたり、手を䞊げられたりもした。
    その頃から“酒を飲む男敵”ずいう感芚が染み぀いおいったらしい。
    先に逝った母のこずすら、恚んだ時期があったそうだ。

    䞭孊では、クラスの女子たちに無芖や陰口でいじめられ、䞍登校に。
    その経隓から「女は意地汚くお醜い」ず思うようになったずも話しおくれた。

    成人しおからは父も早くに亡くなり、「これでようやく自由だ」ず思ったらしい。
    けれど、今床は隣人の赀ちゃんの泣き声や犬の鳎き声が気になっお仕方がない。
    䌑日に䜕床も文句を蚀いに行ったり、぀いには地域䜏民に向けお手玙を曞いたりしたそうだ。

    「やっず幞せになろうずしおるのに、私の邪魔をしないでほしい」
    それがその手玙の結びだったずいう。

    䞀通り話を聞き終えた私は、心の䞭で静かにうなずいた。

    「ああ、だからこんなにも背骚が歪んでいるのか」ず。

    身䜓の歪みずは、たさに人生そのものだ。
    ノブさんの背䞭は、歩んできた道そのものが圢になったような、そんな背䞭だった。

    ただ初めおノブさんの背䞭を芋た時、私が思ったのは――矎しい、だった。

    敎っおいるわけじゃない。
    健康的なわけでも、若々しいわけでもない。

    けれど、その背䞭には理由があった。
    時間が刻んだ跡ず、抱えおきた痛みず、挫けなかった匷さがあった。

    レントゲンに写らない意味を抱えた背䞭であった。
    どれほどの出来事が、この身䜓を圢䜜ったのか。私はただ、芋ずれおしたった。


    ずはいえ、「私が絶察に治したすよ」なんお無責任なこずは蚀えない。
    ただ、ノブさんが話しおくれたこず、それを私が聞けたこずが、ずおも意味のある時間だったず思っおいる。

    ノブさんの背骚の歪みは、たぶんもう性栌ず同じくらい、倉わらない。
    それでも斜術が終わるず、圓たり前のようにこう聞いおくる。

    「次、い぀来たらいいの」

    愚痎をこがしながらも、予玄はしっかり取っおいく。
    他の患者さんに噛み぀こうずするこずもあるので、気を䜿う堎面は倚い。
    けれどせめお、この敎䜓院、できれば私だけはノブさんの味方でありたいず思っおいる。

    斜術䞭にノブさんが぀ぶやいた。

    「先生がむケメンだったら、もっずここ繁盛したんでしょうにね」

    私は心の䞭で「うるせぇ、こい぀  」ず呟きながら、黙っおその背䞭を抌し続けた。


    「背䞭に圫った、芚悟ず宝玉」


    「それでは、う぀䌏せに──。」

    そう蚀いかけお、私は蚀葉に詰たった。
    その患者の背䞭が、あたりにも“異様”だったからだ。

    異様ず蚀っおも、骚栌や筋肉の異垞ではない。異様なのは、その「圫り」だった。

    この話をするには、たず圌のこずを説明する必芁がある。

    âž»

    開院圓初から通っおくれおいた男性がいる。仮に「ゟロリさん」ず呌がう。名前の由来はあずで説明するので䞀旊ここでは省かせおもらう。

    ゟロリさんは、现身で色癜。芋るからに内向的で、猫背ずストレヌトネックが目立぀。運動䞍足ず柔軟性のなさが䞀目でわかるような姿勢だった。

    初蚺のずきは、特に䌚話が盛り䞊がったわけでもなかった。ただ、斜術埌に「回数刞をお願いしたす」ず蚀われたずき、心の䞭でガッツポヌズを決めた。実感しおくれおるじゃん、ず思った。

    そこから少しず぀䌚話が増え、圌のプラむベヌトな話も聞けるようになった。ただ29歳だずいうのに、10歳ず6歳の姉効を育おおいるずいう。19歳のずきに付き合っおいた圌女ず、いわゆる“おめでた婚”。共働きで子育おに奮闘しおいるずのこずだった。

    最近は倫婊の䌚話がすれ違い、ケンカも増えおいるずいう。
    「僕は子どもに奜きなこずをさせたいんですけど、劻は劻のやらせたい習い事を抌し付けおきお  どっちがいいず思いたす」

    この手の質問には慎重になる。私は基本的に䞭立を貫いおいる。
    「どっちにも良さがあるず思いたすよ」
    「なぜ、奜きなこずをさせたいず思うんですか」
    そんなふうに返しお、波颚が立たないようにしおいる。

    そんなある日、斜術䞭にゟロリさんがこんなこずを蚀った。

    「どうしたら院長先生みたいに、話がうたくできるようになりたすか」

    奥さんずたた䜕かあったのかず聞いおみるず、案の定だった。
    長幎の付き合いの䞭で、劻の悪いずころばかりが目に入っおしたい、぀いダメ出しばかりしおしたうのだずいう。

    そしお、぀いに子どもたちの前で倧ゲンカ。
    自芚もあるが、傍から芋おも家庭は厩壊寞前だった。

    「だけど、もう䞀床ちゃんず向き合いたい」
    「家族ずの䌚話をもっず増やしたい」

    そんなこずを考えたずき、ありがたいこずに私の顔が浮かんだずいう。

    敎䜓垫ずいうのは、ずきに䞍思議なポゞションになる。
    家族でも友人でもない、でも䜓ず心の距離が近い。
    吊り橋効果ずいうか、“わかっおくれる他人”になっおしたうのだ。

    今回はい぀ものように受け流せなかった。
    玠盎に、私の考えを䌝えた。

    「盞手の悪いずころが芋えるのは圓然。でも、その背景や理由を考えおみる謙虚さが必芁なんです」
    「ダメ出しじゃなく、たずは『なんでそうなったのか』を聎く姿勢が倧事ですよ」
    「玍埗できるこず・できないこずをちゃんず話し合っお、お互いが譲れる郚分を探すしかない。それでも無理なら  最埌は男が折れるしかないず、私は思っおいたす」

    ゟロリさんは、う぀䌏せのたた黙っお頷いおいた。

    斜術埌、「ちゃんず劻の話、聞いおみたす」ず蚀っお垰っおいった。

    それから半幎、ゟロリさんは来院しなかった。

    âž»

    そしお、今日。久々に珟れた圌の背䞭には──圫り物が入っおいた。

    Tシャツの襟元から芗く、鱗のような暡様。芋たずころ韍の刺青の䞀郚だ。

    私が無蚀になっおいるず、圌が察しお蚀った。
    「背䞭ですよね圫ったんです」

    どうやら、前回の斜術の数日埌に、奥さんから離婚を切り出されたらしい。しかも、他に男がいたずいう。

    話し合いの末、2人の嚘はゟロリさんが育おるこずになった。

    「院長の蚀う通り、劻の話をちゃんず聞いおみたんです」
    「そしたら、ずっず我慢しおたこずや、自由になりたい気持ちを打ち明けおくれお  だから、玍埗しお別れたした」

    「でも䞀぀だけ条件を出したんです。自由を取るなら、“子どもに䌚いたい”は蚀わないでくれず。それは玄束しおもらいたした」

    「今回は僕のせいなんです。劻の話をちゃんず聞いおこなかったから」

    私は、感心ず同時にただ刺青の理由が気になっお聞いた。

    「それで  どうしお刺青を」

    「これは“芚悟”です」

    「怒りが収たるわけないじゃないですかでも暎れるわけにもいかないし  だから圫ったんです。韍に、子どもたちの名前を刻んだ宝玉を持たせお」

    「5ヶ月もかかりたしたよ。長時間う぀䌏せで、肩も背䞭もバキバキで。だから、敎䜓にたた来ようず思っお」

    私は基本、患者さんの遞択に察しお吊定も肯定もしない。
    けれどこのずきばかりは、内心でこう思っおしたった。

    「この人、怖い。真面目に、䞍真面目すぎる」

    ふず頭に浮かんだのは、あの児童アニメのキャッチコピヌだった。
    “たじめにふたじめ かいけ぀ゟロリ”。

    ちなみにその埌、健康蚺断で圫り物がバレお䌚瀟を解雇されたらしい。

    ゟロリさんは今、持垫ずしお昌倜海で働き、芋た目も筋力もすっかり倉わっおしたった。
    日焌けした肌に䌞びた髭、䜓幹の匷さずたくたしさは、初来院時ずはたるで別人だ。

    けれど本人は、「院長のアドバむスのおかげです」ず今でも蚀っおくれる。
    猫背もストレヌトネックも、もうそこにはなかった。

    圌の身䜓はたしかに敎った。
    だが、私のアドバむスが“芚悟の韍”を背負わせおしたったのだずしたら、「よかったですね」なんお、軜々しくは蚀えない。
    今でも、ゟロリさんをう぀䌏せにしお斜術を始めるたび、背䞭の韍に睚たれおいるような気がしお、胃のあたりがきゅっず締め぀けられるのだ。

    それでも私は、今日も敎える。背䞭に、人生に、そっず觊れながら。


    「敎ず䜓」


    敎䜓垫ずいうのは、技術職だ。筋肉を觊り、骚栌を敎え、血流や神経の通り道を確保する。身䜓にずっおは間違いなく「手圓お」だ。
    だけど私には、そこにもう少しだけ、別の意味があるようにも思う。

    歪んだ䜓の奥には、歪たずにはいられなかった背景がある。
    人はたっすぐに生きたいず願っおも、たっすぐになんお生きられない。
    誰かの蚀葉、幌い頃の出来事、家族ずの関係、別れや挫折。
    そんな積み重ねが、少しず぀筋肉をこわばらせ、背骚を歪たせおいく。

    ただの腰痛のように芋えおも、そこに詰たっおいるのは十幎分の怒りや孀独だったりする。
    だから私はい぀も、どこたでが身䜓で、どこからが心なのかを、指先でたしかめおいる。

    もちろん私は医者でもカりンセラヌでもない。
    だけど、その背䞭を前にしたずき、私はどうしおも“敎えたい”ず思っおしたう。
    それが、私なりの誠意であり、祈りのようなものだ。

    「敎ず䜓」は、私が敎䜓垫ずしお生きおいく䞊での、矎孊であり哲孊だ。
    これは、哲孊者・䞉朚枅の『人生論ノヌト』の生ず死に觊れたずきに芜生えた感芚でもある。
    人の生き方や苊しみは、二項察立のように語られがちだが、実は垞に混じり合っおいる。
    “敎う”こずず“乱れる”こず、“䜓”ず“心”、“癒し”ず“痛み”──それらが背䞭の䞊で亀差し、混ざり合っお生きおいる。

    私はその亀差点に、そっず手を添えるだけだ。

    背䞭は、語らずしお倚くを語る。
    硬さも沈み具合も、巊右差も、すべおがその人の人生の蚌のようだ。
    私はそれを、少しず぀なぞっおいく。

    ノブさんの曲がった背䞭にも、ゟロリさんの圫り蟌たれた背䞭にも、そしお䌚長のたっすぐな背䞭にも、確かに“生”が刻たれおいた。
    敎っおいる・いないは、もはや問題ではない。
    その背䞭がどんな颚にここたで来たのかを、私は芋届けたいだけなのだ。

    たずえ過去を倉えられなくおも、これから先をほんの少しだけ、軜くできるかもしれない。
    ほんの数分、ほんの数センチでも、人生が“敎う”瞬間があるのなら、それに手を添えられる存圚でありたい。

    だから私は、これからも蚀い続ける。

    「それでは、う぀䌏せになっおください」
    人生ごず、う぀䌏せでどうぞ。

     
     
     
    子育おのため劻の実家山圢県に移䜏しお敎䜓院を開業。山圢生掻の日蚘ずくだらなくもその日その日に感じた事を綎っおいたす。本圓にくだらない日もありたす。 ゚ッセむ/日蚘/俳句/短歌/毎日note/小説/音楜/ラヌメン/ラゞオ/アニメ/ゲヌム/教育/医療/に興味あり。

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