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オヒナマサマ

    毎年三人官女さんにんかんじょと五人囃子ごにんばやしに扮ふんした稚児舞ちごまいをする。
    お雛ひな様と語感が似ているし、お内裏だいり様とお雛様にあたるような道祖神どうそじんかと思うけれども、祠ほこらの中には何も無い。

    祭りも雛祭りや夏越なごしの祓はらえのように、厄やくを移して無病息災を祈念きねんするものとも違う。
    ただただ、このオヒナマサマを慰撫いぶしお祀まつりをする。
    すると呼び名の〈ナマ〉の部分が一気いっきに不穏ふおんな存在感を強めてくる。

    この祠の前はできるだけ通るなと言われている。通ったところで別段べつだん、何も無いのだが、できるだけ祠に気づかぬふりで、何食なにわぬ様さまで足早あしばやく過すぎ去れとも言う。
    他ほかに道もあるので難しくはないが、そういうものが村にある、というのが暮らしている者達にとっては何とはなしに一点、薄墨うすずみを垂らしたように不気味である。

    祠のお世話は最長老がすることになっている、というのも合わせて気になる。
    お世話といっても年に一度の祭りの時に、お猪口ちょこ一杯の日本酒と、小皿こざらにほんの二、三つまみの塩を祠の中に置くだけだ。祠の中は空からだという。

    ちなみにお下さがりの御神酒おみきと塩は、祭りが終わって下げてみると、どっちも何とも言えない胸焼けするような妙な味に変わっているとの話だ。
    食しても何とも成なりはしないが、気分が悪いので大抵たいてい、流しに捨ててしまうという。

     
     
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