メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

事象の地平に猫はいない ②䞉十分の予蚀者

    〜バベルの塔建蚭秘話集界隈〜

    䞉十分の予蚀者

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    䞀 也いた村


    画像

    その村は、也いおいた。

    氎が足りないわけではない。井戞は深く、川は䞀幎を通しお流れおいた。

    也いおいたのは、蚀葉だった。

    この村では、䜕も起きないのが自慢だった。

    起きそうなこずは先に片づけ、起きたこずは小さく䞞め、できるこずなら起きなかったこずにしお眠る。

    朝になれば、皆が同じ枩床で挚拶をした。

    「今日も平和だ」

    その蚀葉が増えるほど、平和は軜く、薄くなっおいった。

    争いはなかった。

    争いを犁じおいるわけでも、恐れおいるわけでもない。

    誰かが腹を立おおも、声を䞊げる前に考えた。

    ――これを蚀っお、䜕か埗になるだろうか。

    誰かが悲しんでも、泣き続ける前に考えた。

    ――明日の仕事に差し支えないだろうか。

    喜びは目立たぬよう角を萜ずされ、悲しみは仕事に戻れる濃さたで薄められ、怒りは途䞭で勘定された。

    葬匏で泣き厩れる者はいなかった。

    結婚匏で螊り続ける者もいなかった。

    倫婊喧嘩は倕食たでに終わり、子どもの癇癪は近所に聞こえる前に菓子で塞がれた。

    倜になるず、家々の明かりは申し合わせたように同じ速さで消えた。

    笑いも、ため息も、同じ速さで閉じた。

    この村には、長匕くものがなかった。

    保存食のような日々は、よく日持ちする。

    だが、味がしない。

    味のしない日々が続くず、人は倖から来たものを、刺激ではなく正しさだず思い始める。

    そのこずに、ただ誰も気づいおいなかった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    二 半里県


    画像

    ある日、村に五人の旅人がやっおきた。

    幎霢も顔立ちもばらばらだった。

    䞀人は片目に黒い硝子を掛け、䞀人は䞡腕に数字の刺繍された垃を巻き、䞀人は腰から现い金属板を䜕十枚も䞋げおいた。

    衣服は掟手だったが、食りに統䞀はなかった。

    五人に共通しおいたのは、それぞれが抱えおいる玙束だけだった。

    玙には、数字にも文字にも芋える蚘号が曞き連ねられおいた。

    線は枝分かれし、亀差し、途䞭で消え、離れた堎所で再び぀ながっおいた。

    䞀本の道を描いおいるようにも芋えた。

    無数の逃げ道を朰しおいるようにも芋えた。

    玙を抌さえる重石には、叀い溝が刻たれおいた。

    二本に分かれ、たた䞀本に戻る線。

    塔の石に、か぀お同じ印があったずいう話を、村の老人の䜕人かは知っおいた。

    だが、塔を芋た者は䞀人もいなかった。

    「半里県だ」

    誰かが蚀った。

    「ああ、たた来たか」

    別の誰かが蚀った。

    千里県なら、誰もが知っおいた。

    この村に半里県が来たこずなど、䞀床もなかった。

    それでも誰も、その蚀葉を䞍思議に思わなかった。

    知らないものを知っおいるふりをする方が、知らないず認めるより穏やかだった。

    「芞を芋せおくれるんだろう」

    村人に聞かれ、旅人たちは吊定しなかった。

    肯定もしなかった。

    五人は広堎の䞭倮に玙を広げた。

    画像

    しゃがみ蟌み、蚘号を曞き、消し、線を匕いた。

    それだけだった。

    やがお倧人たちは拍子抜けし、仕事ぞ戻っおいった。

    子どもだけが残った。

    その䞭に、十䞀歳の少幎゚ルがいた。

    日が暮れおも、五人は手元を照らさなかった。

    それなのに、玙の䞊の蚘号は芋えた。

    墚は黒䞀色ではなかった。

    ペンを持ち替えおいないのに、線は曞かれた先から青くなり、黄に倉わり、赀く沈み、最埌には玙ず同じ癜ぞ消えおいった。

    ゚ルは、その手぀きから目を離せなかった。

    䜕を描いおいるのかは、わからない。

    画像

    だが、それが村のどんな䌚話より、どんな玄束よりも正盎だず感じた。

    正盎。

    その蚀葉が浮かんだこずに、゚ルは少し驚いた。

    村では、ほずんど䜿われない蚀葉だった。

    五人のうち、黒い硝子を掛けた女が顔を䞊げた。

    たっすぐ゚ルを芋た。

    「䜕が芋える」

    ゚ルは答えられなかった。

    女は玙の端に、短い線を䞀本匕いた。

    線はすぐ二本に分かれた。

    二本は四本になった。

    四本は十六本になり、玙の䞊を埋め尜くした。

    画像

    女はその䞭倮に指を眮いた。

    「この先は、誰のものだ」

    ゚ルには意味がわからなかった。

    女は答えを求めなかった。

    玙を折り、立ち䞊がった。

    翌朝、半里県たちはいなくなっおいた。

    玙も、重石も、焚き火の灰も残っおいなかった。

    広堎の土に、䞀本の円だけが描かれおいた。

    円の䞀郚は、閉じおいなかった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    䞉 䞉十分


    その日、゚ルは半里県の真䌌をした。

    玙も机もなかったから、庭の土に指で円を描いた。

    石を䞊べた。

    昚倜芋た蚘号の配眮を思い出しながら、意味のわからない線を匕いた。

    䜕をしおいるのか、自分でもわからなかった。

    だが、迷いはなかった。

    昌過ぎ、母が鍋の蓋に手を䌞ばした。

    そのずき、庭の線が䞀か所だけ赀くなった。

    本圓に色が぀いたわけではない。

    ただ、゚ルにはそう芋えた。

    赀い線は母の手銖から鍋ぞ䌞び、床ぞ萜ちおいた。

    「危ないよ」

    ゚ルが蚀った瞬間、母は鍋を取り萜ずした。

    倧きな音がした。

    母ぱルを芋た。

    ゚ルは母を芋た。

    二人で笑った。

    そのずき二人の間に流れたものを、゚ルはただ胜力だずは思わなかった。

    ただ、母の手をよく芋おいたから気づいたのだず思った。

    翌日、犬が吠える時刻がわかった。

    その次の日には、父が昌食の垭で腹を立おる瞬間がわかった。

    雚が降り始める盎前には、土の円の端が暗くなった。

    ゚ルは䜕床も詊した。

    石を増やした。

    線を现かくした。

    人の歩く癖、颚の向き、声の高さ、戞の軋み、食噚を眮く匷さ。

    目に芋えるものを配眮するず、ただ起きおいない出来事が、線の先に浮かび䞊がった。

    だが、どこたでも芋えるわけではなかった。

    䞉十分より先を芋ようずするず、線は急に増えた。

    䞀぀の動䜜が二぀に分かれ、二぀が四぀になり、四぀が八぀になる。

    誰かが立ち止たる。

    誰かが声をかける。

    鳥が飛ぶ。

    颚が倉わる。

    気が倉わる。

    䞉十分を越える頃には、土の䞊は線で埋たり、䜕䞀぀読み取れなくなった。

    遠い未来が暗いのではない。

    倚すぎるのだ。

    䞉十分以内なら、ただ人は自分の癖の䞭にいる。

    その先では、誰かの迷いが別の誰かの迷いに觊れ、未来は圢を保おなくなる。

    ゚ルに芋えたのは運呜ではなかった。

    人の癖。

    堎の空気。

    蚀葉にされなかった感情。

    先送りされた修理。

    芋お芋ぬふりをされた疲れ。

    蚀いかけお飲み蟌たれた蚀葉。

    珟圚が、すでに䌞ばしおいる指だった。

    ゚ルは誰にも話さなかった。

    蚀えば、䜕かが終わる気がした。

    䜕が終わるのかは、うたく説明できなかった。

    庭にしゃがみ、土の䞊に指を走らせる時間。

    ただ誰の圹にも立っおいない時間。

    圓たるか倖れるかを、誰にも採点されない時間。

    それを倱う気がした。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    四 列

    村が゚ルのこずを知ったのは、井戞端での䞀蚀がきっかけだった。

    「今日、北の橋は枡らない方がいい」

    ゚ルは、桶を運ぶ女にそう蚀った。

    䞉十分埌、橋の欄干が厩れた。

    誰も怪我をしなかった。

    それだけのこずだった。

    だが村は、それだけのこずを、そのたたにしおおけなかった。

    翌朝には䞉人が蚪ねおきた。

    雚が降るか。

    荷車は着くか。

    牛は柵を砎るか。

    ゚ルは答えた。

    圓たった。

    次の日には䞃人が来た。

    その次の日には、゚ルの家の前に列ができた。

    「子どもが熱を出しおいる」

    「取匕盞手は玄束を守るか」

    「隣の男は、私の悪口を蚀っおいるか」

    「䞉十分埌、倫はただ怒っおいるか」

    ゚ルは答えられるものに答えた。

    芋えないものには、芋えないず蚀った。

    だが村人たちは、芋えないずいう答えを嫌った。

    未来が芋えないこずより、゚ルが䜕かを隠しおいるず考える方が簡単だった。

    やがお、広堎の鐘が䞉十分ごずに鳎らされるようになった。

    鐘が鳎るたび、村の䜿いが゚ルの家に来た。

    「南の畑に颚は来るか」

    「井戞の瞄は切れるか」

    「今からパンを焌いお間に合うか」

    初めのうち、母は蚪ねおきた者に怅子を出した。

    氎を出した。

    ゚ルが疲れおいるずきには、代わりに断った。

    だが村人は途切れなかった。

    倜にも戞を叩く者がいた。

    早朝にも窓を叩く者がいた。

    母ぱルより先に起き、゚ルより埌に眠った。

    質問を曞き留め、順番を敎え、怒る者をなだめた。

    食卓に眮いた匙を萜ずすこずが増えた。

    立ち䞊がるずき、机に手を぀くこずが増えた。

    ゚ルは気づいおいる぀もりだった。

    匙を萜ずす音も、机に手を぀く姿も芋おいた。

    けれど、それらを母の疲れずしお受け取らなかった。

    芋えおいるこずず、芋おいるこずは、同じではなかった。

    ある倜、長老が来た。

    癜髪の、背の䜎い男だった。

    䞁寧な蚀葉を䜿ったが、その目の奥には固いものがあった。

    期埅ではない。

    䟝存に䌌おいた。

    だが䟝存より冷たかった。

    「明日の朝、誰かが怪我をするか」

    「明日の朝は芋えたせん」

    「では、朝になっおから聞く」

    長老はそう蚀った。

    本圓に翌朝、鐘が鳎る前に来た。

    ゚ルは庭に線を匕いた。

    指先が痺れた。

    䞀人の男が畑で足を挫くのが芋えた。

    たいした怪我ではない。

    ゚ルは、答えなかった。

    「わかりたせん」

    長老は少し間を眮いた。

    「そうか」

    その䞀蚀の䞭に、倱望が混じっおいた。

    倱望もたた、蚘号の䞀皮だった。

    䞉十分埌、男は畑で足を挫いた。

    村人の䜕人かが゚ルを芋た。

    なぜ蚀わなかった。

    その目が、そう蚀っおいた。

    その日から、゚ルは芋えたものを答えるようになった。

    答えが圓たれば、たた聞かれた。

    倖れれば、疑われた。

    画像

    答えたために事故が防がれるず、本圓に事故が起きるはずだったのかず疑われた。

    答えなかったために事故が起きるず、なぜ黙っおいたのかず責められた。

    どちらにしおも、鐘は鳎った。

    䞉十分ごずに。

    指先の痺れは、少しず぀匷くなった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    五 効が萜ちる

    北の橋が萜ちたのは、倏の終わりだった。

    朝、゚ルは土に線を匕いた。

    䜕本もの線が橋ぞ集たっおいた。

    欄干。

    橋脚。

    流朚。

    昚倜の雚。

    䜕幎も替えられおいない楔。

    それらが䞉十分埌、䞀぀の点で重なる。

    ゚ルは広堎ぞ走った。

    「䞉十分埌、橋が萜ちる」

    鐘が鳎らされた。

    誰も橋ぞ近づかなかった。

    䞉十分埌、橋は萜ちた。

    倧きな音がした。

    氎しぶきが䞊がった。

    怪我人は出なかった。

    村人たちは息を吐いた。

    それから、誰かが蚀った。

    「゚ルが蚀ったから萜ちたんじゃないか」

    別の誰かが蚀った。

    「蚀わなければ、萜ちなかったかもしれない」

    どちらも正しくなかった。

    だが、どちらも完党には間違っおいなかった。

    ゚ルの蚀葉によっお、橋はただの叀い橋ではなくなった。

    萜ちるず名づけられた橋になった。

    その日から、村人は壊れた橋よりも、゚ルの蚀葉の方を恐れるようになった。

    数日埌、長老が尋ねた。

    「次に萜ちるのは、䜕だ」

    ゚ルは答えなかった。

    「橋か。屋根か。人か」

    「わかりたせん」

    「芋おくれ」

    広堎の鐘が鳎った。

    ゚ルは土に指を眮いた。

    線が珟れた。

    川。

    氎際。

    小さな足。

    赀い髪玐。

    効だった。

    「このたただず、䞉十分埌、効が川に萜ちる」

    村は動いた。

    効は家に入れられた。

    戞に鍵が掛けられた。

    窓も閉められた。

    庭には䞉人の男が立った。

    川ぞ続く道には瞄が匵られた。

    母は効を抱き、䜕床も倧䞈倫だず蚀った。

    誰もが鐘を芋た。

    最初の十分が過ぎた。

    効は泣いた。

    次の十分が過ぎた。

    母は効をなだめた。

    残り五分。

    誰も話さなかった。

    残り䞀分。

    村人たちは息を止めた。

    鐘が鳎った。

    䞉十分が過ぎた。

    効は川に萜ちなかった。

    歓声が䞊がった。

    誰かが笑った。

    誰かが゚ルの肩を叩いた。

    その盎埌、台所で音がした。

    鍋が床に萜ちた音だった。

    画像

    ゚ルが駆け蟌むず、母が壁にもたれお座り蟌んでいた。

    あの日ず同じ鍋が、傍らに転がっおいた。

    だが、今日は笑えなかった。

    母の顔は癜かった。

    呌吞が浅かった。

    医者が呌ばれた。

    母の額に觊れ、脈を取り、医者は眉を寄せた。

    「䞉日前から熱があったはずだ」

    誰も答えなかった。

    「この脈で、よく立っおいたな」

    母は目を閉じおいた。

    村人の䞀人が呟いた。

    「効の代わりに、母芪が倒れたのか」

    医者は母の手銖を取り盎した。

    「この人は今日、急に病んだんじゃない。前から病んでいた」

    母の萜ずした匙。

    机に眮いた手。

    倜䞭の咳。

    朝の遅い足音。

    どれも、もうそこにあった。

    誰もが効の䞉十分埌を芋おいるあいだ、誰もそれらを芋なかった。

    ゚ルは郚屋の隅に立っおいた。

    わかるはずだった。

    母が倒れるこずも。

    母が疲れおいるこずも。

    母がずっず無理をしおいたこずも。

    だが、このずきだけは蚘号が芋えなかった。

    芋たくなかったのかもしれない。

    倜、人が匕いおから、゚ルは母の手を握った。

    母は目を開けた。

    䜕も蚀わず、握り返した。

    その握り返しが、゚ルには堪えた。

    責めおいない。

    蚱しおいる。

    それが堪えた。

    責められた方が、ただよかった。

    蚱されるずいうこずは、自分がしたこずが本圓にあったずいうこずだ。

    取り消せないずいうこずだ。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    六 芋えるが、蚀わない

    それから䞉日間、゚ルは土に䜕も描かなかった。

    描こうず思えば描けた。

    線の癖も、石の眮き方も、身䜓が芚えおいた。

    だが、描いた瞬間に䜕かが芋える。

    芋えれば、答えを求められる。

    答えれば、誰かが自分で芋るこずをやめる。

    ゚ルは䜕もしなかった。

    䜕もしないこずが、いちばん安党に思えた。

    だが、それが嘘であるこずも知っおいた。

    芋なくおも、起きるこずは起きる。

    四日目の倜、母が庭ぞ出おきた。

    ただ顔色は悪かった。

    ゚ルの隣に座り、星を芋た。

    しばらくしお母が蚀った。

    「最初の鍋のこず、芚えおる」

    ゚ルは頷いた。

    「あのずきは、笑ったね」

    「うん」

    「あれが、よかったず思う」

    ゚ルは母を芋た。

    「でも、その埌は」

    「その埌の話じゃない」

    母は蚀った。

    「あのずき、あんたは未来を芋たんじゃない。私を芋おた」

    ゚ルは答えられなかった。

    「私の手を芋お、危ないず蚀った。それでいいんだよ」

    「母さんが倒れるのは、芋えなかった」

    「芋ようずしなかったんだろうね」

    母は静かに蚀った。

    責める声ではなかった。

    「私も、自分を芋おなかった」

    母は星を芋たたた、゚ルの頭を撫でた。

    画像

    問いも、評䟡も、期埅もない觊れ方だった。

    ただ、ここにいるずいう合図だった。

    翌朝、長老が来た。

    広堎の鐘が鳎った。

    「南の斜面が厩れるかもしれない」

    長老は蚀った。

    「芋おくれ」

    ゚ルは答えた。

    「芋えたす」

    長老の顔が緩んだ。

    「では――」

    「でも、蚀いたせん」

    長老の衚情が止たった。

    「なぜだ」

    「橋は、ずっず前から傷んでいたした」

    「だからこそ、お前が蚀うべきだ」

    「母さんも、ずっず前から疲れおた」

    「それで人が救えるなら、䜕が悪い」

    「救えた人だけを数えるからです」

    長老は黙った。

    「もう、答えたせん」

    「村のために力を䜿わないのか」

    ゚ルは返事をしなかった。

    長老は拳を握った。

    怒っおいるように芋えた。

    だが、怒りの線の䞋に、別のものがあった。

    恐怖だった。

    「私は䞀床、自分で決めた」

    長老は䜎い声で蚀った。

    「昔、川が増した幎だ。東の堀を切れば氎は畑ぞ流れるず思った。私が決めた」

    ゚ルは黙っお聞いた。

    「氎は家ぞ流れた。䞉人死んだ」

    長老の拳が震えた。

    「それから私は、決める前に確かなものが欲しかった」

    「だから、私に決めさせるんですか」

    長老は顔を䞊げた。

    ゚ルは長老を責めおはいなかった。

    ただ、問いを返した。

    長老は長い間、立っおいた。

    やがお、䜕も蚀わずに垰っおいった。

    村は二぀には割れなかった。

    䞉぀にも四぀にも割れた。

    ゚ルを解攟すべきだず蚀う者。

    力を持぀者には䜿う矩務があるず蚀う者。

    自分は䞀床も匷制しおいないず蚀い匵る者。

    もう予蚀は聞かないず蚀いながら、家の前を䜕床も通る者。

    長老を責める者。

    長老の気持ちもわかるず蚀う者。

    話し合いは長匕いた。

    倕食を過ぎおも終わらなかった。

    倜になっおも灯りが消えない家があった。

    村で初めお、結論の出ない話が、結論の出ないたた翌日に持ち越された。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    䞃 ただ決たっおいない石

    橋が萜ちた倏を知らない子どもたちが、広堎で遊ぶようになるたでに、䞃幎が過ぎた。

    広堎の鐘は、撀去されなかった。

    䞉十分ごずに鳎り続けた。

    だが、鐘が鳎っおも、䜿いが゚ルの家ぞ来るこずはなくなった。

    代わりに、人々は身の回りを芋るようになった。

    橋の楔を芋る。

    井戞の瞄を芋る。

    火のそばに垃がないかを芋る。

    牛の足を芋る。

    隣に座る者の顔を芋る。

    疲れおいる者がいないかを芋る。

    蚀いかけおやめた者がいないかを芋る。

    うたくいかない日もあった。

    鐘が鳎っおも、誰も動かない日があった。

    面倒だず蚀う者もいた。

    こっそり゚ルを蚪ね、答えだけ欲しがる者もいた。

    ゚ルが断るず、悪態を぀く者もいた。

    それでも、以前ずは違った。

    悪態を぀く者に、別の誰かが蚀うようになった。

    「自分で芋ろ」

    「倖れたらどうする」

    「倖れたら、そのずき考える」

    事故は起きた。

    争いも起きた。

    間違った刀断もあった。

    長老が決めた補修が倱敗し、倉の屋根が半分萜ちたこずもあった。

    幞い怪我人はいなかった。

    長老は屋根の前に立ち、長い間黙っおいた。

    やがお蚀った。

    「私が間違えた」

    村人は返事に困った。

    誰かが蚀った。

    「では、盎そう」

    それだけだった。

    ゚ルは胜力を倱わなかった。

    䞉十分先なら、今でも芋えた。

    雚の前に掗濯物を入れた。

    火が匷ければ鍋をずらした。

    誰かが蚀いすぎそうなずきには、氎を飲たせた。

    未来を支配するためではなかった。

    暮らすためだった。

    瞁偎では、母が掗濯物を畳んでいた。

    鐘が鳎っおも、その手は止たらなかった。

    ある倕方、䞀人の女の子が゚ルの庭ぞ来た。

    䞃歳くらいだった。

    手も膝も土で汚れおいた。

    手のひらに、䞀぀の石を乗せおいた。

    䞞くもない。

    尖っおもいない。

    どこにでもある石だった。

    「ねえ、これ、䜕に芋える」

    ゚ルは石を芋た。

    「石に芋える」

    女の子は銖を振った。

    「違う」

    「䜕なの」

    「ただ決たっおない石」

    ゚ルは少し考えた。

    「なるほど」

    女の子は満足そうに頷いた。

    石を庭の土に眮き、走っおいった。

    広堎の鐘が鳎った。

    村人たちは、それぞれの堎所で顔を䞊げた。

    橋を芋る者がいた。

    火を芋る者がいた。

    隣にいる者を芋る者がいた。

    鐘を無芖しお仕事を続ける者もいた。

    画像

    ゚ルは庭に残った。

    土に眮かれた石を芋た。

    線を匕けば、この石が䞉十分埌にどこにあるか、わかるかもしれなかった。

    子どもが拟う。

    鳥が蹎る。

    雚に埋たる。

    誰かが家ぞ持ち垰る。

    無数の線が、ただ描かれおいない土の䞋に眠っおいた。

    土の䞊に、十六本に分かれた線が芋えた気がした。

    ゚ルは指を動かさなかった。

    石は、ただ決たっおいなかった。

    ゚ルは、それを急がせなかった。


    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

    あなたぞのおすすめ