
残虐さは、いつ「正しさ」になるのか
私は常々、人間とはどこまでも優しく、またどこまでも残虐になれる存在であると感じている。
それは動物とは違う、高次な知性を備えた人間ならではの特徴だが、今回はその中でも負の側面である、人間の残虐さについて考察してみることにした。
私がこの問題について考えるとき、まず思い浮かぶのは、人間を天敵として認識していなかった動物たちの存在である。
ドードー、ステラーカイギュウ、オオウミガラス、リョコウバト。
何れも人間を恐れず、逃げるという行動様式を獲得する前に人間の手によって数を減らし、或いは完全に絶滅へと追い込まれた種である。
これらの動物が殺された理由は多くの場合、肉、毛皮、油、羽毛、剥製といった、具体的で換金可能な資源が目的だった。
人間は彼らを殺すために殺したのではなく、得るために殺した。
工程としての殺しと意味付け
残虐さは動機ではなく工程だったこの点において、そこに働いていたのは純粋な暴力性というより、物質を求める欲望であり、それを正当化する当時の経済構造だったと言える。
ただ目的はどうあれ、結果として起きたのは大量死であり、不可逆的な絶滅だ。誤解を与えないように断っておきたいこととして、目的が資源であったとしても行為が残虐でなかったことにはならない。
むしろ殺戮が効率化され、反復され、日常業務として処理されるにつれ、「殺している」という感覚そのものが薄れていった点には別種の恐ろしさがある。
残虐さが意識されなくなったとき、人は最も多くの命を奪うというのは、ナチスの大量虐殺も証明している。
一方で人間の殺害行為には、資源利用とも異なる系譜が存在する。スポーツハンティングや見世物としての殺し、衝動的・遊戯的な殺害だ。
絶滅動物に関しても娯楽や憎悪で殺された例があり、ゲームとしてドードーを棒で殴り殺したという話が残っているし、絶滅しているかどうかに関係なく、スポーツや遊びで殺されている動物はこの世界には無数に存在している。
人間が行ったこれらの行為は「動物的」、「理性を失った行為」として語られ、鹿の耳に糞を詰めるカラス、気まぐれに鼠を襲う猫、小動物を弄んで殺す猿といった行動と残虐さを重ね合わせる意見も耳にする。
しかしそれぞれの殺害には決定的な違いがある。動物は人間とは異なり、自らの行為に意味を与えない。
勿論近年の動物行動学や霊長類研究が示しているように、動物にも遊戯性や社会性、学習や模倣といった高度な行動は確認されている。
カラスが遊びを覚え、イルカが仲間と戯れ、霊長類が集団内で役割を持つことは最早珍しい知見ではない。
故にこれは人間中心主義的な主張や、動物の内的世界を否定しようとする意図ではないと断っておきたい。
ここで言う「意味」とは、それらの行動に対して事後的に理由を与え、記号化し、物語化し、正当化するための言語的操作を指している。
恐れられない存在と支配衝動
動物は殺しを語らず、説明せず、正当化しない。そこには観客も歴史も要らない。人間の残虐さが動物的ではなく文化的であるとすれば、それはこの「語り得てしまう能力」によって支えられている。
人間は時に殺害行為を儀式化し、競技化し、記録し、語り継ぐ。そこでは気まぐれな殺しから外れた意味が付与される。
これを見るに、人間の残虐さは動物的というより、過剰に文化的であり、理性や知性を欠いた結果ではなく、それらを動員した結果として現れるのではないだろうか。
この点で特に印象的なのは、冒頭で述べたような、人間を恐れない存在に対して向けられる怒りである。
危険や恐怖という概念を知らず、逃げもせず、その場に留まり続ける動物に対し、人は時に苛立ちや敵意を覚える。
それは恐怖への反応とは異なる、「恐れられるはずの自分」という前提が裏切られたことへの怒りに近い。
この「恐れられるはずの自分」という前提は、生物学的な強者としての自己像、社会的役割の優位、人間中心主義的な世界観、或いは文明を築いてきたことに対する自負など、複数の要素が重なり合って形成されている。
自分が世界の上位に位置しているという暗黙の了解は、意識されることなく内面化されるが、それが否定された瞬間に人は恐怖よりも先に侮辱を感じる。
これは人間と動物の関係に限らず、人間同士の間でも繰り返されてきた構造だ。特定の属性を持つ集団が自らの優位性を当然視し、それを揺るがす存在に過剰な敵意を向ける歴史は無数に存在する。
人間社会において恐怖は秩序の一部として機能することがあるからこそ、他者を恐れない存在は無害であっても秩序を脅かす。
人を恐れない鳩や鹿、あるいは人間の前に無防備に立ち尽くす動物は、無意識のうちに人間の優位性や支配の前提を揺るがす。その揺らぎに耐えられないとき、怒りや破壊衝動が生まれる。
平成三十一年に、都内の大学の准教授が鳩に劇物を混ぜた米を食べさせて殺したというニュースがあった。