メインコンテンツへスキップ
見出し画像

強制ログアウトする身体。腸閉塞と共に考える仕事と生活

    ※本稿は腸閉塞という、見えにくい病と働き方をめぐる記録です。同じように外からは見えない痛みと働き方に悩んでいる人の参考になれば幸いです。

    労働をシステムと例えたとき、身体は時に強制的なシャットダウンを起こすことがある。

    腸が詰まるとき、私は眠りに落ちる。それは心地良い睡眠というよりも、強制的に意識を断ち切られる感覚に近い。

    数時間後に目を覚ますと、腹部の張りや痛みが少しだけ和らいでいる。
    奇妙な現象だが、私にとっては救済でもある。

    これは腸閉塞という病気の話であり、同時に、働きながら生きる身体の記録でもある。

    詰まりかける身体

    私の腸は七度の手術によって所々癒着している。高校生の頃から腸閉塞(イレウス)は慢性的な持病となり、食生活やストレスコントロールに気を使っても、必ず数か月に一度は「詰まりかける」状態になり、数日寝込むことも珍しくない。

    始めの頃は食事もストレスも気にかけなかったから、毎月一度のペースでサブイレウスを発症していた。

    家族も原因が分からず、私が食事を拒否しても「食べないと良くならないよ」と言われるばかりだった。

    一週間もすれば症状は治るし、そのタイミングで受診や定期検診を受けてもはっきりとした診断は下されないので、結局二十歳を過ぎるまで、自分の腸の癒着が原因だとは気付けなかった。

    腸閉塞に気付いたきっかけ

    大学生になってからも状態は変わらなかったが、布団から動けず、講義に出られない日が続くと流石に単位にも影響が出てくるようになった。

    私自身、これは自分の甘えに由来している不定愁訴なのかもしれないと思い始めていたが、当時手に入れたばかりのスマートフォン(iPhone4)で試しに自分の症状について調べてみた。

    そこで初めて腸閉塞という言葉を知り、次に同じ症状が出たタイミングで、痛む身体を引きずって検査したところ、サブイレウスという診断を受けた。

    結婚までは毎月一度は腹痛に悩まされる

    自分の術創が原因で痛みを引き起こしていることを知った後も、私は「知った」ことに満足して具体的な改善をしなかった。

    結局食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、欲望に忠実に過ごした結果、それまでと同じようなスパンで痛みは訪れた。

    今振り返るとどうしようもない話なのだが、当時の私はこの症状に対してある程度諦めてしまっていたのだ。

    七度も手術をしているし、腹部には無数の傷があるのだから、今更食事やストレスなんて気を付けても、物理的な原因が取り除かれない限りどうにもならないだろう、と。

    しかし結婚を機に守るものができて、このままでは健康に働けないし、障害者雇用の制度や自分の生涯年収のことなどを鑑み、健康に対して抜本的な見直しが必要だと考えた。

    生活と体質の改善

    小説を書ききる人間というのは私が知る限り、自分も含めて大体変人でストイックである。

    毎日同じ文字数を淡々と書き、何十回も見直し、何万文字も削除し、書き直すということをやるにはそもそも根気が必要だし、世の中の様々な誘惑に絡め取られずにそういうことに熱中できるのは、プロにしろアマにしろ、やはり普通ではないのだと思う。

    だから私も結婚を機に、それまで続けていた喫煙習慣を一切やめ、体重を二十キロ近く落とし、食事を塩分制限仕様のものに切り替えた。
    ※言うのは簡単だが、これには妻の努力もあったし、私自身も始めの三ヶ月間は、大袈裟でなく食べ物の味を感じられなかった。

    もう何年かしたら飲酒もやめようと考えているが、良くも悪くもやるとなったらとことんやるところが自分にはあると感じる。

    他にも働き方や生活習慣を見直し、ストレスや疲れといった、目に見えない自分の状態にも関心を傾けるようになった。

    そのおかげで、日々軽度な癒着はあっても、入院が必要なほどの腸閉塞(イレウス)の発作は数年に一度に減った。

    最後に入院したのは令和六年の四月と最近だが、その前は四年空いているし、大抵は点滴での通院や、自宅での絶食で乗り越えている。

    とはいえ日常の中で小さな予兆に怯える生活は今も続いているし、これからも変わらないだろう。

    労働中にデスクに向かいながら、軽作業で身体を動かしながら、遠出をした帰りに、腹部が鈍痛を訴え、やがてそれが疝痛に変化すると「また始まった」と悟る。

    この痛みは外から見えない。だからこそ孤独だ。悪意のある言葉をかけられたとき、その場で私自身は気にしないつもりでいても、その晩に腹部が痛んだときなどは、自分の弱さを知って情けなくもなる。

    そして私は眠る──“強制ログアウト”の瞬間

    痛みがじわじわと強まり、身体が重くなる。そういう経験は場所を選ばずにやってくる。時には楽しい時間でも、疲れて痛み出すこともある。

    そんなとき、帰宅後の私は布団に倒れ込み、意識が途切れる。それは眠気に抗えないというより、眠りに引きずり込まれる感覚で、睡眠というよりは気絶に近いものがある。

    だが数時間の無音を経て目覚めると、不思議なことに痛みは幾分か和らいでいる。

    まるで身体そのものが「お前は黙って休め」と命じているかのようで、私はその命令に逆らうことができない。

    腸と生きる術──日常生活の設計図

    こういう持病があると、自然と私の生活は腸を守ることを軸に組み立てられていく。食事は少なめに、柔らかく、よく噛み、水分は温かいものをこまめに摂る。

    仕事中は長時間座り続けず、腹部を捻るような姿勢を避ける。スマートウォッチが五十分置きに振動し、ストレッチをするように促す。

    症状の予兆が出たら短時間でも横になる。それは仕事や労働を中断することを意味するが、倒れて入院するよりはマシだ。

    休むことを躊躇わない。その選択を正当化するのに私は長い時間を要したし、今でも迷うことはある。

    実際目には見えないから、痛みやストレスを無意識に腸閉塞と結びつけてしまうこともあるし、そのことに甘えているのではないかと自分を責めるシーンもある。

    しかし一度本格的に倒れて入院までいけば、どんなに短くても一週間は出てこられない。その間は絶飲食を言い渡され、口からは何も入れられなくなる。

    退院直前までは常に点滴を繋がれているから死ぬことはないが、脳に栄養が行き渡らないせいか、集中力を要することは何もできない。

    端的に言えば、このときの私は生きているだけの状態になる。

    世の中にはもっと辛い病気や症状を抱えている人はいくらでもいるのだが、私なりにこういう縁(ふち)を体験すると、やはり生の、それも充実した生ともなるとその尊さを実感しないわけにはいかないし、残された時間でできることを逆算してしまう。

    だからこれは決してマイナスな時間ではないのだと私は考える。自分は人よりも弱いから、人よりも前を向くことができる。

    本来意志の弱い自分に与えられた戒めのようなものなのかもしれない。

    痛みを伝えることで、腸は少し安心する

    私は時々思う。腸の痛みを言葉に変えることで、身体は少しだけ落ち着いてくれるのではないかと。

    書くことや伝えることは、症状を消す薬にはならない。しかし一度痛みを外に置くことで、私は身体に支配されずに済む。

    腸閉塞という病気は治らなくても生きられる。大切なのは、共に生きる方法を探し続けることで、これはどんな痛みにも言えるのではないか。

    病気や痛みの話は暗くなりがちだが、私にとっては「どうやって働き、生きるか」を考えるきっかになった。

    同じように見えない不調を抱えている人や、そうなりかけている人は、まずそのことを外側に出してみてほしい。

    辛いことや痛いことを口に出したり文字にすることを良しとしない風潮も一部ではあるが、その人の痛みはその人のもので、誰かと比べたり人に評価されたりするべきではないと思う。

    だからこそ、辛いときには我慢をせず、何なら少し大袈裟なくらいの声量で助けを求めてみてもいいのではないだろうか。私も、これを読んでいる痛みを抱えたあなたも。

    私は腸と共に生きている。そしてあなたもまた、自分の痛みと共に生きていい。

    最後までお読みくださり、ありがとうございました。もし心に残るものがあれば、ぜひ感じたことをコメントで教えてください。もし少しでも響くものがあったら、リアクションやチップによるご支援も大きな励みになります。

     
     
    小説家です。一杯の珈琲を買うように気軽に気付きを。毎週日曜にエッセイを更新。各記事はマガジンでまとめていて、有料記事も途中までは無料で読めます。小説「私の遺言を聞いていただけませんか」「東京の女」等。その他紀行、詩集、学術書など。本文にはAmazonリンクを含みます

    あなたへのおすすめ