
絶望から全力で逃げる
不安になる要素は数え出したらキリが無い。
仕事、健康、家計…
オペラ『リゴレット』はヴェルディが生み出した最高傑作の一つで、彼には呪われた宿命がある。
呪いとは何か?
そこに見えない恐怖や漠然と不安がある時、呪われていると感じることもある。
母と接していると、常に母は絶望から全力で逃げ切る精神力を持っていると感動させられることが多い。
過去の自慢話から、母の若かりし頃の辛い日々とそれを何とか教育によって救おうとした周囲の大人の存在が想起される。母はその恵みを知ってか知らずか強運として享受して、走り続け、起こりうる絶望からの逃走を成就しようとしているように見える。
つまり、私の母は呪いを跳ね返す力を備えていて、時に「強すぎる個性」として受け止められることが多いのだ。さらには、それを恐れることもない。
私はと言えば、いまや母が振り払った呪いを引き受けたかのように生きているのだが、不思議なことに引き受けたことに後悔も恨みもない。
何故なら、私は母の娘であり、同じく絶望から全力で逃げる途中だし、その道は呪いではなく祝福に変わるとどこかで信じているからだ。
でなければ、引き受ける覚悟など持てはしない。
歌劇リゴレットでは、最大の不幸は愛娘を失うこととされている。
私はそうならない。
リゴレットは娘への愛と公爵への復讐心で自らを呪いにかけただけだと思う。
私はその道を行かない。
もしそうなったとしても、「明日はきっと少しだけマシになる」と能天気に呪いを跳ね除けるだろう。
絶望に追いつかれる前にそれ以上のスピードで感謝やご縁や祝福に出会う。
時に舌打ちしたくなるような小さな不安に出くわしても、次がある。
明日が来る。
家族の安寧を願いながら。