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話せない私と話す夫

    私は家で、だいたい三語で暮らしている。

    「へー」「ふーん」「うん」

    音声入力で一日分の私の発言を文字起こししたら、たぶん三行で終わる。

    唐突だけど私の今の仕事は、結構「話す力」が必要。

    人前で説明する。
    相手の話を聞いて返す。
    自分の考えを整理して伝える。

    社会人の基本がそのまま信頼に直結する仕事だと思っている。

    よく言われる。

    「舞台やってたなら、話すの得意でしょ?」

    そのたびに、心の中で全力で首を横に振る。

    違う。全然違う!!

    私は、話すのがばりばり苦手だ。
    舞台役者をやっていたからといって、会話が得意になるわけではない。

    むしろ、舞台はありがたかった。
    なぜなら、セリフがあるから!

    決められた言葉。
    順番も決まっている。
    相手の返しも、基本決まっている。

    なんて優しい世界。
    私は、その言葉に別の人格と気持ちと身体を乗せればいい。
    はっきり言って最高だった。

    しかし、日常会話は違う。

    台本がない。
    自我がいる。

    相手が何を言うかわからない。
    自分が何を返せばいいかも、その場で考えなければならない。

    つまり、毎回ほぼ即興劇。
    私は役者時代もっとも即興を苦手としていた。
    練習のたびにトラウマになるぐらい泣いてた。

    会話は即興と同じだ。

    怖い。
    超怖い。

    「では、今からアドリブでいい感じに話してください」

    と言われているようなもの。
    無理である。
    こちとら、セリフください派なのだ。

    しかも、人見知りしていないように見られるが、実はかなり人見知りだ。
    命を削って人見知りなのを隠している。

    ただ誤解してもらいたくないのは人との会話に興味がないわけじゃない。
    頭の中には、話したいことがたくさんある。
    でも、それらがきちんと整列しているわけではない。

    「あれも言いたい」
    「これも大事」
    「でも相手はどう思う?」
    「話長くない?」
    「結論どこ?」

    気づいた時には、脳内で言葉たちが大乱闘スマッシュブラザーズ。

    一つひとつ落ち着いて並べれば、ちゃんと話の筋道はある。
    でも「どれから拾うか」が苦手なのだ。

    そしてもう一つ問題がある。
    相手がどう捉えるかを気にしすぎてしまうこと。

    この言い方で大丈夫かな。
    変に思われないかな。
    相手を嫌な気持ちにさせないかな。

    そう考え始めると、急に頭の中が真っ白になる。
    舞台で言うなら、本番中に次のセリフだけ綺麗に飛ぶ感じだ。
    しかも、相手役は待ってくれない。

    仕事は進む。
    会話も進む。
    私は内心で白目をむく。

    最近は、話す前に結論だけ決めたり、言いたいことを先に書き出したり、AIに向かって話してみたりしている。

    AIはありがたい。
    こちらがどれだけ話を散らかしても、怒らない。

    とりあえず投げた言葉は全て受け取ってくれるし、上手いまとめ方を教えてくれる。
    会話練習用の壁打ち相手としては非常にいいパートナー。

    と、まあ。そんな様子なので、家でも私はあまり喋らない。

    ソファに転がりながら、

    「へー」
    「ふーん」
    「うん」

    この三種の神器でだいたい会話している。
    会話と言えるのかわからないけど。

    一方、夫はとてもよく喋る。
    本っ当に、よく喋る。

    以前も書いたが、夫はハムスター寄りの生き物だ。

    走りたい時に走り、眠い時に眠る。
    そしてもちろん話したい時に話しだす。

    しかも、話したい時の出力がすごい。
    突然始まる家庭内ラジオだ。

    「そういえばさ」

    この一言が聞こえたら、興行開始の合図である。

    そこから、私には絶対にわからないプロレスのニッチな話が始まる。

    WWEの所属選手。
    技名。
    抗争の流れ。
    入場曲。
    あの技を出すまでの文脈。

    情報量がすごい。

    私はプロレス会場にいるのか、リビングにいるのか、たまに分からなくなるぐらい勝手に解説してくれる。

    さらに夫は、大のワンピース好きでもある。

    私はワンピースを読んだことがない。
    本当に一度もない。

    なのに、麦わらの一味、悪魔の実、覇気、空白の百年、シャンクス、世界政府、考察、伏線、回収、また考察。

    もはや、未読者に対する話ではない。
    しかも私は、

    「へー」「ふーん」「うん」

    しか言っていない。

    でも夫は気にしない止まらない。
    何なら、

    「そのぐらいの反応で聞いてくれるのがありがたいね(照」

    と理解に苦しむことをいう。

    そんなこんなで夫は、反応が薄っすい観客に対してなぜか一人で興行を成立させている。

    プロだわ。

    おかげで私は、WWEの選手の名前や技、ワンピースの世界情勢をだいたい理解している。

    読んだことはない。
    一巻もまともに読んでいない。

    それなのに、会社でワンピース談義が始まると、

    「ああ、そこって空白の百年絡みですよね」

    みたいな顔で会話に参加できる。読んでいないのに。

    途中で、

    「え、読んだことないんですか?」

    と驚かれる。

    私もびっくりだよ。
    なぜ私は読んでいない漫画の世界情勢を知っているか。

    私の相槌は、かなり省エネだ。

    前述の三種の神器と、気になることがあれば

    「それは強いの?」

    が追加されるだけ。

    それだけで、夫はまた5~10分喋る。
    燃費が良すぎる。

    夫の話は、自由だ。
    寄り道も多いし、脱線も多い。

    でも、不思議と聞いていられる。

    きっと夫は、相手に伝えようとしているというより、自分が好きなものへの熱量を外に出しているのだと思う。

    好きが、口からこぼれている。

    話すことが苦手な私にとって、夫がよく喋る人であることは、かなりありがたい。

    沈黙を埋めなくていい。
    無理に話題を出さなくていい。
    ただ聞いているだけで、家の中に音が生まれる。

    でも最近、少しだけ思う。

    私も、もう少し話す側に回ってみてもいいのかもしれない。

    上手に話せなくてもいい。
    結論から話せなくてもいい。
    途中で絡まってもいい。

    まずは、夫に向かって話すくらいならできる。
    だって昔飼っていたハムスターに話しかけることはできてたから。

    なんなら、途中で夫が勝手にプロレスに例えてくれるかもしれない。

    「それって要するに、ヒールターンみたいなこと?」

    知らんわ。
    でも、たぶん何かしら受け止めてはくれる
    はず?

    私は今日も、三語だけで暮らしている。

    「へー」「ふーん」「うん」

    でも明日あたり、そこにもう一語くらい足してみようかな。

    「ねぇ、聞いて」

    まずはそこから。

    もっとも、その前にワンピースを読んでおかないと、いつまで経っても「読んでないのに詳しい人」のままかもしれない...。

     
     
    旅とご飯が大好きな主婦兼会社員兼ダンサー。 夫はフリーのプロレスラー。 気が向いたら書く日記。

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