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「もうバラは植えない」と言った母が、再びバラを植える理由

    実家に到着したばかり。まだ車から荷物も下ろしていない私を連れて、玄関ポーチへ向かう母の手には、殺虫スプレーがある。

    「今年は虫がすごいのよね」と言いながら、バラの木にスプレーをかける。「向こうのバラはここまででもないのだけど」と次に向かうのは、敷地内にある自称バラ園だ。


    以前「バラ園にするの」と、庭の一角にバラを中心とした庭を作っていた。「もうバラの木は全部倒す」と全てのバラの木を処分したのは、3年前だ。

    でも私は知っている。一本、また一本とバラの木が増えていることを。

    「1.2.3.4.5。とうとう5本になってるじゃない」ちょっと非難の色を乗せながらつぶやいた私の言葉を、無視する母。

    「今年植えたのがこのバラよ」と指さした場所には、クリーム色をしたベースに、薄いピンクを溶かし込んだような、淡い色の花をつけたバラが植えられていた。

    「こういう色のバラを買ってきてよ。あと2本欲しいの。〇〇〇〇系のバラをね」と呪文を唱える。


    母が私にバラの苗木を買ってこいというのは、私が“バラのまち福山”に行くからだ。そのついでに、珍しいバラの苗木を買ってきてくれというのだ。

    簡単にいうけれど、私が過去に買った苗木はちょっと曰く付きだ。

    母がボタンに凝っていた30年前。デパートの催事で来ていた大根島(島根県:ボタンの産地)のおばあちゃんから「本当の牡丹色のボタン」を買って帰ったことがある。新卒で働き始めたばかりのGWだった。

    このボタンがどうしても咲かない。

    「あなたが仕事で悩んでいたときに買ったボタンだから、うまく咲かない」と、母が場所を変えやっと咲いたのだ。

    なんとなくボタンの二の舞になるような気がする。それでも色や品種を指定する母の言葉を聞きながら、「仕方ないなあ。あれば買って帰るか」と伝えていた。


    ところが当日の朝、出かける支度をしていた私に「バラは買って帰らなくていいから」と言い出した。

    「とにかく珍しい淡い色の小さなバラがいいの。多分バラ園で売っているのは、大きくてハッキリとした色のものが多いだろうから」

    私がまた「これが薔薇色といわれる本当のバラ」という言葉に、惑わされると思ったのだろうか?

    とにもかくにも、実家の庭にバラの木が増えることは免れた。バラの苗木を2本持って、新幹線に飛び乗るという目立つこともしなくても良い。正直、ホッとした。


    やれやれ、高齢になりバラのお手入れに自信がなくなったからバラの木を倒したのに、増やしちゃ元も子もないわあ。そう思いながら自宅へ帰る準備をしていた私に、母がダメ出しのようにこういった。

    「心配しなくても、バラの木はお手入れしないとすぐに枯れて倒れちゃうから。あなたがお手入れすることはないわよ」

    なるほど。母にとってバラの木は期間限定のお楽しみアイテムなのね。庭に増えているバラは、私が管理する頃には枯れているかもしれない。

    それでも今は、母自身の手でバラの花を庭に植えたいのだろう。


     
     
    山口県在住ライター|広島市出身|人と地域の思いを取材しています。記憶が未来へ受け継がれる、その瞬間を言葉にしたい。目に見えない思いや時間を言葉で記録しています。|周南市市民ライター|社会福祉士|日本アドラー心理学会会員|絵本・児童文学研究センター36期|マーブルスクール6期卒

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