
その背中を追いかけて
夏休みの思い出といえば何を思い浮かべるだろうか。
海水浴か、同級生の仲間達と自転車で飛び出した大冒険だろうか。きっと誰にでも忘れられない思い出があることだろう。
そういう僕は何をはじめに思い浮かべたのか、僕は祖父と過ごした日々を思い出す。
祖父は外遊びからITまで若者にも負けないアクティブな人だった。物心ついた時から祖父は遊ぶことの楽しさを全力で教えてくれた。
それもあって夏休みに限らず休日に祖父の家に家族で泊まりに行くのが大好きだった。
小学校へ入学した頃には僕の好奇心は大爆発。祖父の企画に大喜びで参加していた。
学校に行く時はギリギリまで布団に潜っていたくせに、祖父の家では早朝4時に起床すると、懐中電灯片手に裏山へ突入。
樹液がたっぷり滴る木をみつけると、思いっきり木の幹を蹴る。すると上からボタボタとカブトムシやクワガタが落ちてくる。
ショッピングモールで売られているカブトムシしか見たことのない僕には衝撃的な光景だ。
早朝の闇夜の不気味さも忘れて、夢中で木を揺らしてカブトムシを捕まえていた。
早朝の遊びはこれだけではなく、ある朝は海岸へ。
岸から仕掛けを投げての魚釣りだ。生き餌を使うためヌルヌルとした気持ちの悪い虫を針へつけていく。祖父は餌の付け方は教えてくれるが、付けるのは僕自身。「うえ〜」と弱音を吐きながら餌を摘む。
それでも魚が釣れると喜びが増し、餌の気持ち悪さなどいつの間にかどうでも良くなっていた。
釣れた魚は持って帰って天ぷらにする。鮭の大骨が刺さったことがトラウマとなり魚が大っ嫌いだった僕に祖父は、自分で釣ったから美味しいぞととても理論的とは思えない励ましの言葉をかける。
おそるおそる口に運ぶと、ふわっと香ばしい香りと程よい海水の塩気が口のなかいっぱいに広がりこれがまた美味しい。あっという間に吊り上げた魚たちは胃袋へと吸い込まれていった。
海といえばもちろん海水浴をした。が、泳ぐのが目的ではなく祖父が銛で魚をついていたように潜水して海底の魚を網で狙う。低学年の僕もこの海水浴のおかげで水泳の授業は満点だった。
海水浴場なんてさほどたいした魚など獲れないだろうと思うだろうが、侮るなかれ。
ヒラメの稚魚やイザリウオ(アンコウの仲間)、タツノオトシゴが獲れた。
もちろん魚の名前など知らなかったが、祖父が全て教えてくれた。
普段は海水浴を終えたら海へ帰すのだが、あまりにも豊漁な時は宿泊先のペンションへ持ち帰り、自由研究のために数日間飼育した。
毎年親族で集まる時も、海のペンションか山の山荘と名のついた旅館に泊まるのが恒例行事だ。
泊まりとなると僕は当時ゲームにもハマっていたため、当然持ち込んで遊んでいた。祖父は決してゲームはダメとは言わなかった。言わなかったがやはり外で遊ぶ楽しさを教えたかったのだろう。
夕食前には宿の裏山に入り、軽い登山をした。
山頂の展望台で夕陽に染まる街を眺める。子供の頃はその景色を眺めてゆっくり黄昏時を楽しむ、なんてことは流石になかったけども特別な景色という印象は残っている。
年に一度見るその景色は、旅館も展望台がなくなってしまった今も脳裏に色濃く残っている。
時は巡り今の僕はというと、変わらず外遊びをしている。ゲームもそれなりにしているけれど(笑)
週末には登山をし、カメラ片手に旅行へ行く。実のところ祖父も退職後は世界中をカメラ片手に飛び回り、僕の大好きなものを写真に収めてお土産に持って帰ってきてくれた。
僕が動物のなかでも鳥が好きだと話すと、ジャングルへ行きカラフルな野鳥を撮って見せてくれた。
物知りな祖父は遊びを通して僕に何を伝えたかったのだろう。残念ながらその答えを祖父に直接聞くことはもう叶わない。
認知症になってからも祖父は、僕の視線の先にあるもの、好きそうなものについてたくさん語ってくれた。僕のことを父と勘違いするようになっても、誰かわからなくなっても、僕にいろんなことを教えてくれた。
なんでこんなにいろんなことを知ってるんだろう、教えてくれるんだろう、そう思っているうちにお別れの時は来てしまった。
避けることのできないその日は、今までの祖父との思い出が溢れて感情がぐちゃぐちゃになった。それでも最期はみんなに笑っていてほしいと常々話していた祖父の思い通り、集まった親戚のみんなの話題の中心は祖父が教えてくれたことで溢れていた。僕だけではなくみんなが、いろんなことを祖父から教わり、一緒に経験していた。
それが楽しいことばかりだったので、自然とみんな笑顔でどこか懐かしく、和やかに話していた。
その時祖父が伝えたかったのは、この知り、体験して、学ぶ楽しさ。そしてそれを誰かと共有する喜びではなかったのかと思った。
通りで祖父と過ごした日々は、色濃く、決して色褪せることのない思い出として心に残っているのだろう。
それからもう数年経ち、僕は結婚し新たな家庭を築いている。
次は僕が妻や子供へ、祖父が教えてくれたこの色褪せない思い出を一緒に残していけるよう生きていきたい。祖父のように、知る楽しさを、共有する喜びを誰かと分かち合える人生を歩んでいきたい。
だから僕は今も、祖父の背中を追いかけている。