
【エッセイ】自由のペンパイナッポーアッポーペン
社員食堂でいただきますと手を合わせた時、頭上のテレビにピコ太郎さんが映っているのが見えた。ピコ太郎さんは言わずと知れた"I have a pen. I have an apple. ... Ah! Apple-Pen!"の御仁である。私は心穏やかにピコ太郎さんのPPAPに目を細め、最初に彼のこのネタを見たときのことを思い出していた。
初めて入るDVシェルターは、想像と違って家庭的だった。むかし経験した児童相談所のように「隔離」されている感じはなく、こぢんまりとした真新しい和室で、畳が緑に香っていた。
そこまで連れてきてくれた女性支援員と、シェルターの職員と部屋に入り、抱っこ紐から我が子を出して、座布団の上にあおむけに寝かせた。
「もう大丈夫です」
越境、大移動、長旅の一次終着点。ここまで来れば確かに安全そうだ。女三人、胸をなでおろした。
「電気つけましょうね」と職員が立ち、天井の和風シーリングライトの紐を引いた。西日でオレンジがかった部屋が白の明かりに包まれる。文明、文化、贅沢。きのうまでいた場所なら、明かりをつけただけでぶん殴られただろう。殴る人間にとって、理由はなんでもよいのだ。
「テレビもつけときましょうね」
支援員がリモコンを手に取り、電源を入れる。そのとき彼女の携帯電話が鳴り、二人は「またあとで」と言って部屋を去った。
静かな小さな空間に、私と赤子が残された。
安堵。もう怯えなくていい。
その瞬間、テレビからコミカルな音が流れ始めた。見やると白い背景に怪しいいでたちの男性が一人、不可思議なステップを踏んでいる。思わず見入った。
"I have a pen. I have an apple. ... Ah! Apple-Pen!"
なにがAh!なのかなにがアッポーペンなのか、全然意味がわからないが、いや、意味はわかるし理解できるが、あまりに自分のいる場所との治安の差が激しく、私は呆気にとられ、そして崩れ落ちるように笑った。座布団の上でまだ寝返りが打てない我が子も、テレビに顔を向けニコニコしている。
そうだ。安全なところも、まだ、あるのだ。私たちは、助かった。
PPAPの余韻に浸りつつ、畳の上を抱き合ってころころ転がりながら、私は子どもと脱獄の成功を祝った。助け出してくれた女性二人が戻って来て言う。
「楽しそうでなにより!」
はい、おかげさまで。私と子供は助かって、こんな面白いものも見れました。ペンパイナッポーアッポーペン、知ってました?
「それ流行ってるんですよ」
そうですか。知らなかった。ああ、本当に、自由になってよかった。
時は流れ、子供は元気に学校へ。私は元気にお仕事へ。そうして昼間はテレビを見る。ピコ太郎さんが映っている。私にとっては自由の女神以上に、自由の象徴になっているヒョウ柄衣装のコメディアン。ごちそうさまでした、テレビの方角へ、手を合わせる。安心と安全と、自由な日々を支えてくれる各位の働きに、静かな感謝を湛えている。