
石垣島の日常「ここではなんでも500円」
午後5時南の島のカンカン照りの真昼間にうちは自転車で乗り付ける、石垣島のお土産物街「ユーグレナモール」の裏通り銀座通りにあるお店「カロライナの肉屋」ここはBARという体裁を保った不思議なお店だ。
他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているが誰でも大歓迎のお酒やコーヒーが飲める場所、あとは常連さんになると不思議なことが分かる場所。
うちは東京と石垣島を行ったり来たりして約7年が経った、恋をして絵を描いて遊んでギターを弾いて後何をしたんだっけ?そのくらいの時間が流れた訳だ。
「こんにちは〜」「ああ久喜か元気か?」店先に立って絵を描く人物に声をかけると微笑むもなくいつもの調子で返事が返ってきた。
自転車を「カロライナの肉屋」の目の前の「公設市場」の駐輪場に停めて最近ハマっているドレスコーズの曲を鼻歌で歌いながら「カロライナの肉屋」へと歩く徒歩約10歩。
「元気そうじゃないですか何かニュースはありますか!」
ニクヤさんは細いマッキーペンで過ぎ去ったカレンダーの裏側に描いていた手を止めてうちを真っ直ぐと射抜く。
「ピッピがね魔人のいびきで眠れなくて仕事始めたんだって」
「新聞じゃ1面じゃないじゃないの、ほら椅子は中ね」
ニクヤさんは少しつまらなさそうにまた目を落とし絵の続きを書き始めた。
ニクヤさんは「カロライナの肉屋」のオーナーでうちの絵の師匠でもある、うちが勝手に師匠と言ってるだけなんだけど。
ニクヤさんもうちも絵は独学で描いている、ニクヤさんの人生経験から滲み出る禍々しい繊細な線の絵が好きだ。細いマッキーペンを柔らかく曲線に操ってニクヤさんは愛するおねぇちゃんを描いている。絵のことはニクヤさんがそっと教えてくれるのだそれは人間の真理に近いような、気がしている。自分の命を賭けて生きてきたところから滲み出る説得力。だから師匠。
うちはお店の中から足の長い椅子と銀色の使い古された灰皿を持ってきてお店の入り口前にドカンと外に設置された大きなテーブルの右端に座る。ニクヤさんはうちの右前で立って絵を描いている。
うちは持ってきたカバンからマッキーペンを取り出して8切の画用紙を取り出す、煙草に火を付けて今日は何があるかなと視線を後ろを通る観光客の繋いだ手とか異様な「カロライナの肉屋」の雰囲気に目をそらしたり興味深く舐めるように見てくる人をじっと眺めたりする。「カロライナの肉屋」は海と太陽自然いっぱいの観光地とは真逆の人間の臭さが漂い浮いている、周りは観光用の親しみやすいお店ばかりだから。
うちはここが大好きなんだけど観光客はここを奇異と見ていくその反応も知らない個人の性格が出ていてとても面白い。
「久喜、絵は自分だ!事件を起こしなさい」
「浅川マキのカモメかけてくださいよ、あの曲好きなんです」
「自分でかけろ」
めんどくさいと言いながらニクヤさんは渋々店内にあるパソコンで浅川マキをかけてくれる、店は開放してあり「ユーグレナモール」の銀座通りに鳴り響く影のある歌声が暑さを少し和らげた気がした。
海風が走っていく夕方なのに石垣島はまだお昼の顔をしてこめかみに汗が流れる。
うちは石垣島に来たらこの「カロライナの肉屋」でライブドローイングをするのを決めている。要するに下書きなしの一発勝負の絵を描く。
この万年真夏の最果ての島は下書きしてペンでなぞってるようじゃ汗で紙がよれてしまうのだ、なんだか過去をなぞってるようでうちの性分に合ってはいない気がするし。それならば思ったことをリアルタイムで描き綴っていく方が面白いじゃないかとこの手法で描くことを始めた。
1匹の首輪だけをした中型犬が西の方面「18番街」の方へ駆けて行った。
さあ描き始めるかと画用紙を切るように赤色の線を紙の上に置く。
「赤犬だったらなぁ」ニクヤさんは自分の絵から目を離さずに大きな声で呟いた。
「食べるんですか?」ニクヤさんの一言にうちは大浜のおじいの言葉を思い出していた。
(戦争があっただろ?食べるなら持っていけ、ねーねーならあげるよ)
ここは沖縄県石垣島石垣市54年前にアメリカから日本へ返還された歴史を持っている。
おじいの話だと子供の時は普通に食べていたそうだ、地域差はあると思うけれどもうちからしたら半世紀は身近な歴史の話、テレビで見た夜間の戦闘機銃撃戦の映像、食べることに困る子どもたち、募金、遠くの景色を今身近に感じている。犬より鳥の方がいいなぁ。
「食べやしないよ、だったら焼き鳥屋で久喜の奢りで食べた方が美味しいよ!」ニクヤさんは笑いながら言った。
「ピッピの奢りで食べ行きましょうね、今日自転車あったからお昼寝してると思うけど」
うちは画用紙に砂金のゲロを吐く鳥を書き進めていった。
ピッピとは同じドミトリーに住む友達のことだ、コロナ禍でしていた仕事は「離島フェリーターミナル」で乗船するお客さんの体温をピッとおでこで測る仕事。そこからうちは彼ツボイのことをピッピと名付け許可を取り呼んでいる。
「ツボイくんの奢りでも味は変わらないからな電話してみるか!」
うちは画用紙に電波が支配する模様を描き込んでいく。
3コールもしないうちにニクヤさんは電話を切る、履歴を残してればかかってくるだろうとうちにウインクをしておねぇちゃんの続きを描き始めた。
「ニクヤさん、このおねぇちゃんは誰なんですか?」
「久喜に説明したって文章のネタにされるだけじゃないの、まぁね、向き合ってくれたおねぇちゃんに向けて描いてるんだよ、最近は欲しいって言ってくれる人にあげちゃうんだけどな」
「売れば良いのに」
「銭が入れば潤うよ、そういうことじゃないんだよ、1人のおねぇちゃんのために精も根も枯れるまで出し尽くす、食う、それで喜んでくれるのが良いんだよね、久喜も例外じゃないぞ喜んでくれますか!」
うちは画用紙に長い髪を書き足した。
「うちは遠くから見てるだけで楽しいですよ」
「つれないねぇ!これもおねぇちゃんに書いたんだけどねムカついて破っちまった」
そういうとスケッチブックに挟んであったハガキよりひと回り大きいサイズの茶紙に細密に描かれたおねぇちゃんが描かれた破れた顔が3枚テーブルに置かれた。
「もったいない、なんで破っちゃうんですか?」
「ムカついたからに決まってるじゃない!その時はいいよ、だけど絵が揃ってくると思うところはあるよ」
「後悔とか?」
「後悔なんかしないよ、絵は揃ってこそ良いと思うんだよなぁ、分からんか」そういうとニクヤさんはうちの手から茶紙を「もういいですか」と取り上げお店の中へ持って帰った。
「また描けばいいしな」
うちはニクヤさんのこの言葉が好きなのだ、また描けばいいし。生きている感じがしてとても良いのだ、だからうちも何枚も描く絵に失敗はない。ただ描き続けるのみなのだ。
画用紙に風が吹いて生きていることを直感的に書き殴った、ペンの先が潰れてもいいそのくらいうちの中ではとても生きていることを実感できる時間なのだ。
ザザザザとアーケードの屋根が何万粒の振動を始めたスコールだ。
生ぬるい風に海の匂いを降らせて「ユーグレナモール」は雨宿り先を見つけて人が増えてくる、両腕に持った有名菓子店のビニールバッグが水滴で光り輝いている。
思い出の宝物を大切そうに持って雨粒の大きさに笑い声が響く。バカンスはなんでも新鮮で楽しいそんなことを自分に言い聞かせながら口角を上げてみる。
うちは画用紙にキラキラとプラスティックのメビウスの輪を描き足した。
「左に少しズレな、そこじゃ濡れるよ」
ニクヤさんはそう言うと描きかけの絵をスケッチブックに挟んでお店の中へしまいに行った。うちは椅子をテーブルの真ん中までずらして雷で光った観光客のシルエットをなぞっていた。東の空は晴れている、風も吹いている。止むまで後10分ってところかな。
内地と違って朝も昼も夜も気温差はない、スコールが一掃しても夏のまま太陽はまだ燦々と輝いている。うちは夢を見る、きっと入道雲の中に大きなクジラが1匹跳ねて水飛沫をこの島にふらしているんだ。
うちは画用紙に夢見るクジラを描き足した。はみ出る程大きく、そしたらはみ出たインクがテーブルに雨と滲んでいる。右腕で拭き擦りない物とした、汚したらニクヤさんに怒られちゃうから、当たり前なんだけど。
ああ画用紙を雨の下に置いて水墨画にしたら良かったかな。
黒い雨、ペン先で画用紙に揺らして降らした、描けば良いじゃないのただそれだけ。
「久喜、こういう曲線がいいんだよね」
ニクヤさんはもうすぐ完成しそうな絵を見ながら空中に線を描いている。
「真っ直ぐな線はカタイんだよね、おねぇちゃんは曲線でできているから絵になるんだよ」
「うちもおねぇちゃんを描いた方がいいですかね?」
「久喜は久喜の食らったものを描け」
そう言うとニクヤさんは読みかけの小説に目を落とした、中国の歴史の分厚い小説だ。
うちはこの石垣島で何を食らったのかな、東京という喧騒から出てきて、聴覚過敏症ゆえのヘッドホンというお守りを肌身離さず着けている。自分の好きな歌だけが街に溢れている。石垣島に来るとヘッドホンはいらない。鉄を切る電車の音も不協和音の笑い声も当たり屋もここには居ない。
ドミトリーで朝起きてお庭で目覚めの一服をしていると遠くからぼおっと聞こえるフェリーの汽笛の音と宿の前を歩くおばあの民謡育ちのおまじないのようなことばの羅列の綺麗な歌声。
何もかもゆっくりと雲の流れを見て過ごす、日常がここにはある。
うちは観光客でも島の人でもないけれど受け入れてくれた懐の広さに腰をおろして絵を描くことを許されている。
うちは幾重にも重なる指の祈りの手を描き足した、この生活を許してくれる出会ったみんなに感謝している。
ニクヤさんは少し絵を覗き見ると「そろそろ完成ですか?」と聞いてくる。
「サインを入れて完成です」と右下に小さく自分のサインを黒色で締めた。
テーブルに散らばったマーカーを手提げの中に片付けて絵の写真をスマホで撮り終わると自分のスマホをニクヤさんに手渡す。
「今日はどこで撮りますか!」と島ぞうりを足の指の間にしっかり踏み込む、絵を描き終わり絵の撮影を終えたら次は絵を持った「私自身と絵」の撮影が始まる。
「あの店の看板もいいな、久喜あっち行ってみようか青色の看板で撮ろう」
ここは「ユーグレナモール」の銀座通り、裏通りになるのでメインストリートに比べたらとても静かで人通りもちらほら、この銀座通りの活性化を目論み個人的にお店の看板の前で絵と写真を撮る。地域活性化だと言っている小さなうちらの本気の遊びだ。
「ここらへんでいいですか?」
高く上がった青い看板の前に立ち絵を真上にあげる。ニクヤさんは下から狙うもどうやら違う様子だった。
「もう少し絵を高く上げてくれ看板が写らん」
脚立を持ってくるとニクヤさんは「カロライナの肉屋」の中に一旦戻ると中から2m近くある脚立を持ってきた。
「のぼれ」
うちは躊躇いもなく青い店の前に置かれた脚立に登り絵を掲げ体をくねらせてポーズをとる。
「もう一枚ね、はい、いいよ」
脚立からジャンプして降りるとスマホを返される、撮影もライブだ構図が写りがあーだこーだは関係なしに撮影は粛々と終わるのだ。
「カロライナの肉屋」に帰ってきてうちはニクヤさんに絵を差し出す、これは2人で約束した儀式というか経済だ。ニクヤさんはジーパンのポケットに入れていた使い古された財布から500円玉を一枚出す。それを息を吹きかけて手で擦るとピカピカに光った。
「確かに買い取りましたよ」とうちの右手にしっかりとお金を握らせ、ニクヤさんは絵を受け取った。
「久喜、ここではなんでも500円だ、もっといいやつに絵を買い取ってもらえ、ほら大きな白い車に乗ってるあいつとか、10倍くらいになるだろ」
確かにそうかもしれないのだがそういう気分になれないのだ、お金は欲しいけどもっと大事なものがこの関係にはあるような気がして。
うちが黙っているとニクヤさんは自分のお腹をさすって言う。
「ヒラヤチー食べて行きますか?ほら、ハヤシ君から岐阜の味噌が届いてね、最近凝ってるんだよヒラヤチー作るの、余ってるんだよ、食べてくれたら助かるんだけどね」とおどけて見せた。
「ありがとうございます!やったー!そしたらシークヮーサーの炭酸もいただけますか?」
「いいけど飲み物は500円ね、ここではなんでも500円!」
「わかったか!」とニクヤさんは顔を明るくし両の手のひらをパーにしてうちに笑いかけたと同時にうちの右手に握っていた500円を丁寧に取ってお店の中に入って行った。
「ここではなんでも500円」
暗くなってきた商店街に小さな街頭がポツポツと明かりを灯す。
観光客も更にまばらになり予約したご飯やさんに足を向けて行ったのだろう。風通るここの景色を感じながらうちは煙草に火をつけた。
お店の中からガリガリと氷を砕く音が聞こえてくる。知らないんだけどなんだか懐かしいような嬉しい音がBGMに変わった。
うちはその音を背中に聞きながら「公設市場」の2階のトイレに向かい階段を少し駆け足で登って行った。
戻ってくると大きなテーブルにはヒラヤチーが4枚乗った大皿と銀製のコップが汗をかいて置いてあった。
「遠慮しないで食べてね、シークヮーサーの砂糖漬けは皮まで食べられるからな」
「あの、種はどうすればいいですか?」
「種も食べるんだよ」
そうなのか、とうちはいつもここで「知らなかったこと」を学んでいる気がする。皮は噛むと砂糖の甘さが染み出して歯をくすぐるその後にシークヮーサー独特の皮の苦味がやってきて癖になる。種は硬くて噛めなかったので炭酸と一緒に喉の奥へと飲み込んだ。本当に食べられるのかな、ヒラヤチーの赤味噌がパンチがあって美味しいしいいか。
無駄のない循環した世界がここにはある、とても不思議なでとても平凡な特別な生活だ。
「どうもどうも〜したっけ寝てました〜」
「カロライナの肉屋」に自転車に乗って現れたのはピッピだった。
「寝れる時間がこの時間しかなくてねぇ」とふわふわの肩まで伸びた癖毛をぐしゃぐしゃと掻いて自転車から降りてこちらに歩いてくる。
ニクヤさんはウインクをうちに向けて飛ばす、これはうちに黙っといてくれよというサインだ。うちはニクヤさんとピッピを視界にいれ何食わぬかを装いながら動向を見守る。
「ツボイくん!おはようございます!焼き鳥食べに行きませんか!久喜の絵を買って懐がマイナスなんですよ!」
そういうことねと目を瞑りながら頷く、追わねばならぬとうちも後を追う。
「シークヮーサーの炭酸飲んでうちも懐がマイナスなんだよ〜」
ピッピは一瞬「ほえ?」と顎に手をあてるも考えることはやめたようでどっしりと構えてうちら2人に言う。
「行きましょう!わしも飲みたくてアナグラから飛び出して来たんじゃあ!」
「そうと決まれば店じまいだ!久喜早く食え!」
「ごちそうさまでした!ピッピナイスタイミング〜」
ニクヤさんはうちに特大のダブルピースを向けてニコニコ顔で空になった大皿と銀製のコップを片付け始める。うちも荷物を整えて椅子から飛び降りて自転車を急いで取りに行く。
「あり?絵を売るでしょ?ヨウちゃんは炭酸を飲んでて・・・」
「細かいことは気にしない!みんながハッピーならいいじゃないの!」とニクヤさんはお店から出てきてそのまま自転車をひくピッピの前を歩き焼き鳥屋へ誘導している。こっちの水は甘いぞとピッピもニクヤさんについて行く。
「ピッピ細かい人間は嫌われるぞ!」とうちも自転車に跨り走り2人に追いつく。
「お2人さんよお、夜は長いから覚悟しとくのよ〜!」
「久喜俺は20時には帰るからツボイくんのことよろしく」と笑いながらうちを見た。「死ぬなら諸共〜!!」とうちは2人を追い越し目的の焼き鳥屋さんへ先に向かう。
「ユーグレナモール」の銀座通りを抜けて3人はゲラゲラ笑い転がりながら暗くなった商店街の出口を抜けて夜の街に消えていった。
完
久喜ようた
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久喜ようたの詩画集発売中です。
ここは日本最南端の石垣島のアーケード商店街、この観光客あふれる商店街の二本ある通りの裏通りに「カロライナの肉屋」はある。そこで私は今日もお客さんとたわいの無い話をしながらブラックインクで下書きなしのドローインクで「日常」を描く。 ドローイング+散文(見開き)23作収録。