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「季節の音 季節の匂い」やっぱり私は・・・

    季節の変わり目になると、ふと「ああ、また季節がひとつ進んだんだな」と感じる瞬間があります。

    私がいちばん季節の移ろいを感じるのは、
    スーパーの食品売り場です。

    並んでいる食材が少しずつ変わり、旬のものが目に入ると、
    つい足を止めてしまう。

    「もう、こんな季節なんだ。」

    そんな小さな発見に、なぜか心が弾みます。

    日本には春、夏、秋、冬があり、それぞれに、その時だけの味や香り、音があります。

    たとえば秋。

    店頭から焼き芋の甘い香りが漂ってくると……
    その香りに誘われて、気がつけば足が自然とそちらへ🤣

    でも、季節を感じさせてくれるのは、食べ物だけではありません。

    日本語には、季節の空気まで閉じ込めたような美しい表現がたくさんあります。

    「しんしんと雪が降る」

    「雨がしとしと降る」

    「風鈴がちりんと鳴る」

    どれも子どもの頃から耳にしてきた、ごく普通の言葉。

    短い言葉の中に、景色だけでなく、その季節を生きる人の記憶まで宿っているようです。

    だからこそ、以前はその美しさを深く考えたことがありませんでした。

    けれど海外で暮らしたり、異なる文化に触れたりすると、あらためて日本語の繊細さに気づかされます。

    日本語の素敵なところは、単に「音」や「匂い」を表すだけではないこと。

    その言葉を聞いただけで、気温や光、風景、そしてその時の気持ちまで浮かんでくるのです。

    たとえば、

    「カナカナと、ひぐらしが鳴く」

    このひと言だけで、夕暮れの赤い空、夏休みの帰り道、少し涼しくなった風、そして夏が終わっていくような、ほんの少しの寂しさまで胸によみがえる。

    音を聞いて景色を思い浮かべ、香りから季節を知り、風の名前に心を重ねる。

    そんな感性が、私たち日本人の中には、知らず知らずのうちに息づいているのかもしれません。

    もしかしたら、世界中で愛される日本のアニメや物語にも、こうした「言葉にならない気配まで感じ取る力」が流れているから人気が高いのでは?と感じるのです。

    季節は、ただ巡っているだけではない。

    耳で感じ、鼻で感じ、舌で味わい、心で受け取るもの。

    そう思うと、いつもの景色が少しだけ愛おしく見えてきます。

    四季のある国に生まれ、こんなにも豊かな言葉に囲まれて暮らしていること。

    それは、当たり前のようでいて、とても幸せなことなのかもしれません。

    今日もまた、季節の音や匂いに気づける自分でいたい。
    と願うのです。

    あー、
    日本人として日本に生まれてきて、
    本当に感謝です🙏

     
     
     
    【お菓子と食の健康専門家】〜食べて整える大人の健康術〜 50代以上の大人が、無理なく食で整える健康習慣を発信しています。我慢ではなく、食べて整えて体の内側から若返る✨体が整うと心も軽くなり、人生も整います。noteでは、健康情報の他にも、私の想いや経歴もなどもお伝えしています。

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