
「ハリウッド映画に出ませんか?」
今から20年以上前だろうか。
当時働いていた職場で
元モデルの先輩、Aさんと出会った。
ある日の朝。
「おはようございます」
「ちょっと、聞いて」
「どうしたんですか?」
「ハリウッド映画に出ませんか?って
たった今、博多駅でスカウト受けた」
周囲に聞かれないように小声で話す先輩。
「え、えー? ハリウッ!?」
一応、オフィスということもあって
口を押さえて興奮を制御する。
「芸能人になりませんか?」をすっ飛ばしてハリウッドオファー!?
360度どの角度から見ても整ってる9頭身美人の
元モデルの先輩にはそんなレッドカーペットルートもあるの?
博多駅をもう何千回と通過しているけど
無論、私の身にそんなことは起きたことはない。
もらったばかりの白色の名刺を見せてもらう。
先輩をスクリーンで観る日も近い?
今のうちにサインをもらっておこうかしら。
ああ、ハリウッドをこんなにも身近に感じたことは
これまでの人生であっただろうか。
あのハリウッドサインを、映画で、海外ドラマで
何度目にしたことだろう?
ひとごとなのに、心臓がドキドキしている。
「どうするんですか? 連絡」
興奮を抑えながら聞いてみる。
私なら、とりあえず連絡ぐらいはしてみますよ。
マネージャーとしてハリウッドにお供しますよ。
なんなら、通行人の役やりますよ。
なんて身を乗り出して言おうものなら
「あなた何言ってるの」と速攻ぶった斬られそうだったので
心の中でつぶやく。
モデルを離れてもAさんという逸材が埋もれることなく
スカウトが来るって凄い。
いや、必然だったのかもしれない。
先輩と一緒に歩く度に「注目を浴びる」擬似体験をしていたから。
一般人離れしたオーラと空気を一変させる存在感に
道行く人の視線が釘付けになるのだ。
それにしても、
スカウトマンって(地方にも)実際にいるんだ。
何時台の電車とかリサーチしてたのかしら?
じゃないと、こんなにタイミングよく名刺渡せないわよね。
先輩は、名刺を眺めながら言う。
「うーん。なんかアクションものって聞いたけど
変な映画だったら嫌じゃない?
連絡しないでおこうっと」
I didn't see that coming!
(ハリウッド映画風 心の声)
私はこの日、仕事が手につかなかった。
意識が完全にハリウッドに向かっていた。
ショービズの世界はもう先輩にとっては過去のものなのだろうけど
それでも、やっぱり、もったいない気がして。
大多数の人にとって想像をはるかに超えるぐらい夢がありすぎる話で
大物有名人もきっと喉から手が出るほど欲しいオファーだ。
そんな羨望の的となるハリウッドへの切符を
己の矜持であっさり手放してしまう。
無欲の感心を見事なほど地で行くお人だ。
今でも先輩の惚れ惚れする潔さを時折思い出すようにしている。
「私だって」「私なんて」をいい塩梅で薄めて
膨らむ煩悩を静める時に最適だからだ。
2000年代、ハリウッド女優が出演するアクション映画といえば
『チャーリーズ・エンジェル』である。
キャメロン・ディアス
ドリュー・バリモア
ルーシー・リュー
もしかして
もしかして
隣に座っていたAさんが
この錚錚たるキャストの中に名を連ね
アジアを代表するハリウッドスターになっていたかも!?
私の妄想だけは永遠に止まらない。