
《邪鬼》人の支えになる鬼 【藤原郁三展】で知った愛らしさ
仏様の説法により改心し、「縁の下の力持ち」を選んだ鬼。彼らが邪鬼。台座をもたない四天王の台座の代わりをしている邪鬼。
2024年に東京国立博物館で開催された「神護寺ー空海と真言密教のはじまり」展図録の「広目天」の足元。邪鬼を確認。


2024年、東京国立博物館で開催された「中尊寺金色堂」展図録。「国宝 持国天立像」の足元にも邪鬼を確認。


藤原郁三さんは、栃木県の益子を拠点に活動する陶壁作家。あまりのも陶壁の仕事が過酷で、身体を壊し、美術を学ぶ原点にいつもあった「邪鬼」の制作で心身のバランスをとろうと思った。
益子美術館
2026年6月7日(日)~8月23日(日)企画展「栃木県文化功労者受章記念 環境陶芸の地平 藤原郁三展」
企画展に行ったら、偶然ご本人が作品の解説をしていた。本当に幸運。陶壁作家としての作品解説の後、「邪鬼」のコーナーへ。熱量が違った。日本画を芸大で学んだ方であり、縄文文化、つまり自然との一体化も常に意識されている方。土で作り、最後は土へ返す。だから邪鬼に色は付けない。

藤原郁三展に合わせて出版された「邪鬼 藤原郁三 陶彫集 Part2」という書籍では、「踏み台としての役割を与えられていたヤクシャー神が、日本に入ってきてから、悟りきれない人間性、つまり煩悩の象徴として、恐ろしさをもつ「邪鬼」というかたちに変貌した。p.38」と書かれている。


土の塊から削り出す。引き算の考えで制作された邪鬼。この制作方法の良いところは、気に入らなかったら何回も焼き直せる。下の作品は、トータル15日間窯に入れ、15パーセント縮んだんじゃないかな。とおっしゃっていた。

「現存する木彫の鬼のもっとも古い彫像は、お尻がシッポのように突き出ている」「邪鬼 藤原郁三 陶彫集 Part2」p.80
ご本人が楽しそうに邪鬼のことを説明してくださるので、健気な邪鬼が愛おしくなった。推しに出会えたような嬉しさ。
陶壁には益子の土が適していると、益子へ移住した彼は、益子参考館で円空仏に出会う。その時に、固くした粘土の塊を、円空のようにナタやノミで掘り出す手法が邪鬼作りに最も適していると感じた。





企画展で作家ご本人にお会いしたのは初めて。「鬼」は日本の昔話や行事に登場するため、意識したことがなかった。考えてみれば、西洋から見れば独特な存在なのだと新しい発見があり、「鬼」についての本を読みたくなった。作家ご本人の話は心に響く。企画展の作品の見方がより丁寧になった。