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掌編小説 | 駄菓子屋の矜持 【せりふ三題噺】 

大人になるということを考えてみた。

校庭で躓つまづいて転んで出来た膝小僧のかさぶたが、少しずつ乾いていき、途中、痒かゆみに耐えながらも再生していく。
けれど、前よりは、ちょっぴり強く。

夕焼けを追いかけて、いつまでもどこまでも走りたかった。
そんな気持ちを忘れちまった代わりに、都合の良い嘘を覚えた。

僕は一族経営の三代目を継承したばかりの若社長。32歳独身。
中肉中背、自己評価は、そこそこイケメン。
で、何の会社かって?
そこが問題。
そして話は、創業者の爺ちゃんにまで遡さかのぼる。

爺ちゃんは、いわゆる昭和一桁の生まれ。
十代の青春の日々は、きっと我慢の日々だったに違いない。

爺ちゃんは、ガキの頃から昔話と甘いものが大好きで、けれど、ほとんど思い通りに手に入る時代ではなかったから、おこぼれ頂戴で駄菓子屋の店番をさせて貰っていた。
戦後まもなくの頃の話だ。
暇な時間、たいていはそうだったが、そんな時は、夢中になって学級文庫や巡回貸出文庫で借りた物語たちをむさぼり読んだ。

だから、若き日の爺ちゃんが紙芝居屋を思い付いたのは、必然だったのかも知れない。
「黄金バット」や「鞍馬天狗」が悪を懲らしめ、「鉄腕アトム」は子供たちの夢を乗せて宇宙を駆け巡った。

けれど、紙芝居は慈善事業ではなく、商売だ。
「飴売り」が本業で、「水飴」「棒飴」「ソースせんべいに梅ジャム」なんかが定番人気商品だった。
いわゆる、移動(自転車)型の「駄菓子屋」で、「紙芝居」は集客のためのツールということになる。

スポーツバーとキッチンカーを併合したような発想が、この国の昭和五年には登場していたことは、驚嘆に値する。

さらにそれはフックとして、子どもたちを店舗へと誘導する。
「今度、お店の方にもおいでよ。駄菓子ももっといろんな種類在るし、
おもちゃも置いてるからね。」

なんてキャッチーなんだ。
子供たちのハートを鷲掴みだ。ぎゅっ。

駄菓子屋文化は、終戦(昭和二十四年)後、砂糖の統制が撤廃されると急速に復活した。
爺ちゃんは、見事にその波に乗った。
第一次ベビーブームも追い風になった。

そんな中、昭和三十年代に、「駄菓子三冠王」が登場した。
「麩菓子・きなこ棒・ラムネ」が子どもたちの口を独占し、隆盛を極めることとなった。

駄菓子屋は、単なるお菓子屋から脱却し、「めんこ、ビー玉、おはじき、
独楽こま、銀玉鉄砲、等々」の玩具おもちゃを介在とした子どもたちの社交場であり、店主との人生相談の場として機能することもあった。

そして、その当時の子どもたちは、現在その場を平日午前中の整骨院、
もしくは診療所に移行したはずだ。

このようなコミュニティの発展は、子どもたちに「経済的ヒエラルキー」と「運の存在」を教示した。
子ども界隈の番付順位を決定するものは、賢さでも足の速さでも歌の上手さでもなく、小遣いの多寡なのであると。
また、きなこ棒の赤い当たり串を選び抜く運の強さが存在するのだと。

思えば、僕はその両者を兼ね備えていたはずだ。
しかし、僕の子ども時代には、残念ながら駄菓子文化の方が運に見放されてしまっていた。

そこで、創業二代目、つまり僕の親父は、玩具の方に目を付けた。
TVや映画の映像文化の革新的発達、食料品量販店の格安販売の普及。

紙芝居、駄菓子文化には致命的逆風が吹き荒れた。

爺ちゃんはことあるごとに、自分がこれまで支えてきた自負と共に、
この「駄菓子文化の隆盛と斜陽」を無念そうに語った。

そんな爺ちゃんのことを孫の僕は、「盛者必衰の理には抗あらがえない。」と達観した風に受け入れていた。

が、穏やかではないのは、爺ちゃんの息子である僕の親父だ。
爺ちゃんは、酒のせいか、憤懣まんのせいか、目と耳たぶを真っ赤に染めて、口角泡を飛ばして、親父を叱咤激励していた。

「わかった!わかった!!!」
親父が爺ちゃんをいなすせりふはいつもこうだ。

「おまえに何が分かるって言うんだ!」
「おれだって、先代の業績を尊重した上で、玩具産業に移行しようとしてるんだよ!」

水掛け論には落とし所が見えない。

親父にしてみれば「駄菓子や文化の凋落は周知の事実だが、玩具産業までもが衰退しているわけではない。大がかりなものではなく、当時は流行った台紙くじの景品キーホルダーやスーパーボール付キーホルダー、ヨーヨーなどの廉価な玩具に特化してやっていこうと。」

着眼点として、決して的外れではない。
こうして、親父の決断である玩具業界への転出によって、なんとかうちは存立した。
ファミコンとたまごっちに趨勢すうせいを持って行かれるまでは。

これでやっと冒頭の回答に移ろう。
で、何の会社かって?

ここが自称イケメン三代目の腕の見せ所、時は移って、1990年代半ば。
ガラケー、PHSがトレンドを迎え、老若男女こぞって手にするようになった。

所持を禁止されたのは、甲子園出場をガチで狙っている強豪校の硬式野球部員ぐらいのものだ。(これは、結構マジです。)

僕は爺ちゃんにとっては可愛すぎる孫だし、親父からみても上出来の跡継ぎ…のはず。
であるから、我が一族のここに至るまでの伝統は重んじる。

紙芝居屋、駄菓子屋、玩具屋の系譜だ。
そして、この混迷の時代の荒波を乗り越えた矜持だ。

そこで、全社員の英知を結集した。
あとは、イケメン若社長の決断だ。
「わかった!わかった!!!」
「これしかない!」
「きなこ棒の当たり串は、我が社が引き当てた!」

かつては駄菓子屋の人気商品であった「キーホルダー」。
これを、やがて来るであろう「一億総携帯電話時代」に欠かすことの出来ない「ストラップ」に進化させて、売って売って売りまくるのだ!

商品開発は生命線だ。
年齢層、性別、職業、居住地などのファクターをこれでもかと細分化し、そのニーズに応じた個別性を最重要課題とした。

眼鏡を掛けたまま、「おい、わしの眼鏡はどこじゃ?」とすっとぼけた爺婆じじばば用には首掛け式の反射板付。これで、安心して夜間徘徊できる。

JKのためには、不相応な巨大リング付のものを用意する。大人たちには理解不能のぬいぐるみたちを、ぶら下げまくる必要があるから。

小学生たちはキッズ携帯だから、ランドセルにぶら下げやすく、さらに、万が一の不審者対策に熊よけスプレー内蔵タイプもオプション設定するか?

上客のリーマン、OLには、標準装備で名刺入れ兼用だ。
こちらのオプションは、パワハラ上司お呼ばれ対策超小型レコーダーを仕込んでおくか?

とまあ、こんな具合にアイディアは無限だ。

企画会議室のホワイトボードを前にして、わいわいやいやい言い合っている僕を含めた社員たち。

メンコやベーゴマに興じる男の子。
綾取りとおはじきで遊ぶ女の子。
きっと、あの頃と同じ笑い声が聞こえてくる。

了

#せりふ三題噺   #きなこ棒細分化ストラップ


はらとけい様、お疲れ様です。今回初めて「せりふ三題噺」のお題企画に参加させていただきました。
なかなかの難題に「うんうん」唸りながらでしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。


なお、トップ画像は「黒羽さん」のご了承を得て使用させていただきました。
その他の超絶ハイクオリティのイラストの数々も、是非ご覧ください。



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