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便太郎のおもひでぽろぽろ【第5話】中国語ゼロ、英語も怪しい…上海での就活

    2004年、冬の上海。


    蒸気の匂いが香る。
    小籠包を蒸す店。
    偽DVD屋の屋台。
    パンク修理のおっさん。
    竹の足場を組んで改装工事。
    (ジャッキー映画の世界感)
    そこで働くスーツ姿の労働者。
    無音で背後から忍び寄る電動自転車。
    スカート女子が皆無。
    外灘の時計台の鐘の音。
    灰色の街、上海。

    第一印象は正直あまりよくない。
    でも、来ちゃったものは仕方ない。

    中国のノービザ滞在は14日間。
    それまでにケリを付けねば。
    仕事である。

    まー過去にカナダアメリカニュージーランドオーストラリアイギリスで仕事探し経験がある便太郎。

    やれば出来るがやらない子。


    まずはネットで情報収集。
    それくらいバンコクでして来いって?

    明日出来る事は今日やらない!

    が、もっとーです(`・ω・´)ゞ

    2004年当時は「网吧」というのが、そこら中にあった。
    いわゆるインターネットカフェってやつだ。
    上海に限らず世界中どこにでもあったのだが、スマホの普及とともに、今や絶滅危惧種となっている。

    世界中を旅するナウなヤングのバックパッカーの間では、無料のホットメールアドレスを取得、出会った人とメールアドレスを交換して、ネットカフェでe-mailを送り合うのが爆発的大流行していた。
    (アレ?そうでしたよね?)

    上海のネットカフェではネットゲームをやっている若者で溢れていた。
    タバコも吸い放題でめちゃくちゃ空気が悪かったが、喫煙者の便太郎にとって、大した問題では無かった。
    料金は1時間2~4元くらい。
    (2004年当時のレートは1元=約7元くらいだったと思う)

    とりあえず「网吧」で就活開始!

    ググルと人材派遣会社からの求人が結構ある。
    あ、ちなみに当時の中国はGoogleもYahoo!もYouTubeも全部見れたし検索出来たんですよね~

    求人いっぱいあるけど中国語検定4級以上が必須。
    (当時、HSKって呼んで無かった気がする)
    英語ビジネスレベルとか。

    給料は月5,000~15,000元くらいと幅広い。
    業種は物流とか貿易関係が多かった気がする。

    そんな中、中国語レベルゼロ。
    英語サバイバルレベルの便太郎が、応募出来る会社は皆無。

    口コミ掲示板みたいなサイトに求人が載っていた。
    ずうーっとさかのぼって2003年6月の投稿に、

    年齢性別不問。学歴語学レベル不問。

    という、便太郎でも、誰でも良いですよって求人を見つけたのだ。

    職種は旅行業と書いてある。
    南米を目指して日本を出て、ヨーロッパとかフラフラして上海に辿りつた事だし、旅行業はあってるかも?
    と、思いつつもだいぶ昔の投稿だしなぁ。
    今も募集しているか分からんしなぁ。
    でも今は、これに賭けるしかないのである。

    しょぼい経歴とどうしても仕事たいと言う熱い熱意?
    (冷たい熱意はあるのか?)
    と、旅行大好きで、旅行のスペシャリストだという事を匂わせ、あることない事、適当につらつらと綴りメールを送信。
    返事を待つことにした。

    つづく

    【こぼれ話】
    当時のネットカフェは日本語入力出来ないPCとか結構あったんです。
    店によっては全部日本語打てないPCしかなかったりしたんです。
    そんな時どうやって日本語メール送ったと思います?
    私は、PCあまり詳しくないので自分で操作できないので、
    とりあえずURLを手入力してヤフージャパンを開くんです。
    これなら、英語入力で出来る。
    そのあと記事の日本語の文章をコピペして、
    自分の打ちたい文章を作ったり、
    検索したりしてたんですよ~!!!
    これ、当時のあるあるですよね?
    あ、違うか…
    それではまた。

     
     
    2003年日本を脱出。2004年にBKKから、かる~いノリで上海へノービザで上陸。言葉の壁と金欠を運だけでかる~く乗り切りはや20年。現在は天津で嫁さまとお子さま猫2匹兎1匹グッピー1匹と、かる~いノリで暮らす中年中小企業戦士。自称俳句風中文の創始者でもある。つっちゃって~😎

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