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⑥【拡散希望】19年前の中国旅行日記が面白すぎる!(カナス)マイミクさんよ、集まれ!

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    【カシュガル。2006年6月16日】

    どーもどーも!
    ご無沙汰してます。
    旅行中の中国のどらえもんです。

    今、カシュガルという町にいます。
    新疆ウイグル自治区の西の町です。
    シルクロードの中国の終点と言ったところでしょうか。

    いやーやっと日本語打てます。

    アルタイを出た後、

    カナス

    ボルジン

    クイトゥン

    アラシャンコウ

    ボル

    イーニン

    アクス

    (どこの地名も聞いたこと無いところばかりで…)

    そして本日、カシュガル到着。

    はっきり言って、昨日までウイグル自治区で迷子でした…
    なんせ地図持って無いので、自分がどこに居るのか解らなくて、バス乗り場にある地図を頼りに勘で南に下ってきた。

    行き先見ても、どこにあるのかまったく見当がつかずに、ホント困ったよ。

    ひどいところなんか、行き先が全部数字なんですよ!!!

    行き先の欄が
    25団
    128団
    47団
    52団
    なんて具合に…

    おいおいどこ行きゃいいんだよって感じ。

    結局、そこでは、バスじゃなくて白タクに乗りましたけどね。
    数字の地名なんて恐ろしくていけなーい!
    きゃぴー

    さて、やっとこの旅行の折り返し地点に到着!!!
    とにかく、移動移動で来たので、しばらくここでのんびりします。

    アルタイを出てからいろいろありました…
    簡単に報告。

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    寝台バスは、外れ無し!
    どれも足臭かった…
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    ホントに団ばっかり!

    ちなみにコロナ禍では、新疆生産建設兵団という組織が感染者データを日々更新し発表していたのである。全然関係ない情報でした…

    今思えばこの「七十八団」に行っておけば良かったと思う…
    根性ねーなー当時の便太郎は…。

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    【アルタイーカナス】

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    バス乗り場の客引きに身を任せて、知らない間に、連れて行かれました。

    どこだ?ここわ?

    アルタイから300キロほど移動したと思うが…
    詳しい場所がわかりません。

    この「カナス」というところは、町というか村全体が自然保護区域に指定されているらしく、村の入り口で200元の入場料を支払わなくてはなりません。

    きーてないよー!
    BY だちょう

    (村人は無料。最初、村人に紛れてただで入場を試みるがあえなくつかまりました。ぎゃふん!)


    しかも、ホテルも、食事もちょー観光地価格でべらぼうに高い!(っと言っても日本から見ればしれてます。)


    入り口から、さらにバスで40キロほど奥に入る。
    バスガイド風のおねえさんが、ホテル決まってないなら紹介するよって言ってくれたが、料金が300元~200元と言うので、もっと安いところ無いのって…

    そんなやりとりをしてたら、村人のおばちゃんが、
    「あんた、家に泊まりなさい!三食付で100元でいいよ。」
    って言ってくれたので、即決!

    ここから、ぷちウルルン滞在記の始まり…


    凄いですよここは!
    まるでカナディアンロッキーです。
    回りを氷河のある山脈に囲まれ、壮大な草原が広がって、雪解けの冷たい水の流れる川、カナス湖(この湖が観光名所らしい)

    そこに、ウマ、牛、羊、犬、ニワトリ、すべて放し飼い!
    車も走ってますが、みんなウマにも乗っています。

    日差しが強く、昼間は暑いが、夜はとても冷え込みます。
    まだ雪も少し残ってました。


    どうやらこの村は「トゥパモンゴル族」の村らしい。(正確な発音は解りません)


    家(ログハウスっぽい)に着いて出されたお茶(ミルクティーっぽい)が、しょっぱいので、思わず噴出しそうになった。
    人生初の経験。
    みんな普通に飲んでます。
    俺も、普通に飲みましたが、かなり動揺したな。

    この家は、2家族住んでいて、(一家の主は俺と同い年!)
    パパ、ママ、女の子4歳、男の子2歳、パパのおにいちゃん、パパのお兄ちゃんの嫁さん。
    こんな家族構成です。

    ちなみに、パパのお兄ちゃんの嫁さんが、俺に声を掛けてくれたひとね。

    パパのお兄ちゃん(以下おっちゃん)が俺の世話役になっていろりろ面倒を見てくれました。

    おっちゃんいわく。
    明日は、トゥパ族のお祭りがあるから、君はラッキー池田だねぇ!
    ここの景色はいつでも見れるが、ここのお祭りは滅多に見れないよ!
    ふぉふぉふぉ!

    でも、この村には、都会にあるような食べ物は無いので我慢してくれたまえ!
    パンとチーズとバターとお茶くらいしか無いんだよ。

    でも、明日はお祭りだから肉が食えるぞ!
    やっぱり君は、ラッキー池田(しつこい?)だなー!
    ふぉふぉふぉ!


    わーい!俺ってラッキー池田だー!
    がはは。


    はっきり言って飯はまずかった…
    パンは普通。
    バターは、まあまあ。
    チーズは、酸っぱくてしょっぱい不思議な味だが、一切れ食べて、二度と口にはしませんでした。
    晩御飯は、牛の干し肉入りのメンだったが、味が無い…
    それでも、4杯もおかわりしました!
    塩味を効かせたら、絶対うまいのに惜しい…

    野菜は、芋しかないらしい。
    他の野菜は、ここから160キロも離れた町まで買いに行かないと駄目なんだって!
    凄い生活です。
    そりゃー物価も高いわけだ!


    やっと雪が解けたので、これから畑で冬に備えていろいろな野菜を作るらしい。


    冬は雪が酷くて、車はまったく使えないので、馬ソリしか交通手段がなくなるんだってー!
    冬は完全に外界と遮断される。


    電気は一応通っています。
    食事は、かまどで作ります。
    風呂はありません。
    食事用の水は、湧き水を使用。
    バケツを持って天秤を使ってくみ行く。
    結構重労働だね。
    顔を洗ったり、するのは雪を溶かして水にします。

    テレビはあります。
    30キロ北はロシア、モンゴル、カザフスタンの国境なんだって!
    だから、いろんな国のテレビが見れる。

    トイレは、屋根あり、ドアなし、囲い低いタイプ。
    いわゆるニーハオ、ぼっとんトイレ。
    小便はどこでも自由です。
    まー免疫あったので問題ありませんでした。

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    公園内の住居
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    親戚の家
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    めっちゃ可愛い!
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    一番末っ子
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    仲良し兄妹
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    正面がロシア
    右がモンゴル
    左がカザフスタン
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    モンゴル風
    大草原の小さな家


    翌日、「オーバー節」という(正式な発音不明)モンゴルのお祭りで、お隣のモンゴルからも、親戚が集まってきて、盛り上がりました。

    民族衣装に身を包み、およそ400人くらいの村人が集まって歌や踊りを披露してた。

    村の長老に、自家製の牛乳で作ったお酒や、パンやチーズやバターをお供えして、長老が、なにやらお経らしいのをぶつぶつと唱えて、お祭り終了。

    その後は、宴会。
    肉、酒で、芝生の下に座ってみんなで食べます。
    でもね…
    この肉…
    味が無い…
    素材の味を100%いかした味付けとなっております。
    肉ってマズイなって、初めて思いました。

    メシはまずいが、村人はみんないい人ばかりで、おっちゃんに連れられて、いろんな人の家に遊びに行きました。
    (その度に、しょっぱいミルクティーの洗礼を受けるのですが…)
    逆に、いろんな人がおっちゃんの家にも遊びに来ます。
    誰が誰だかぜんぜんわからないし、名前なんか途中で覚えるのやめました。

    お祭りがどうこう言うより、すべてがカルチャーショックでしたね。

    夜、星を眺めながら、なんで俺はここにいるんだろう?
    なんて思いもしました。

    トータルで見るととても面白かったです。
    でも、飯が…

    2泊3日が限界ですね。

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    お世話になったご夫婦。
    左の奥様にバスで声を掛けられたんです。
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    日差しが強い
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    この帽子かぶってるお父さんと同い年だった…
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    長老にご挨拶
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    ありがたいお言葉を頂戴しているのだろうか?
    (妄想)
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    おめかしして記念撮影
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    この兄妹ももう成人しているんだろうなぁ

    それにしても、ここの人たちは、大自然と共に生きてるな。
    俺には、できないが彼らはとても幸せなんだろうなと思いました。
    こういう所で、生活してたら、都会に来て、文明人と称する我々社会が作ったマナーなんて守れるわけ無いよな。
    意味すら解らないよ。

    電車は、降りる人が先?!
    関係無いよ!俺は乗るんだ!
    女性専用車両とか禁煙マークなんて理解できない!
    信号?
    そんなもの要らない!

    何が正しいかなんてものは、所詮主観でしかないのだ。
    客観なんてこの世にはないのでは?
    ここに来て、そんな疑問を抱きましたね。

    いやー長くなったので、その後は、また明日。
    がはは。


    実はここ、ツアーで来るのが普通らしく、個人で来てる観光客なんて俺しか居ませんでした。
    薄々感ずいてはいたのだが、村を出て事実を知った。

    帰り、公共交通機関が無く、運悪く白タクも無く、警察のバンをヒッチして移動したんです…

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    便太郎!
    長いよ!
    もっと短く簡潔に面白く書けよ!
    あ、この頃は中国のどらえもんと名乗っていたのね?

    ここは本当にメシマズだった…
    口にするもの全てが乳臭いんです。
    この「オーバー節」に合わせて、ヤギ乳の蒸留酒も作ってて、
    この時、しこたま吞んだのに何も書いてないな?
    なんでだ?
    中国のどらえもんさんよう!

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    ヤギか羊の乳の蒸留酒を作っている
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    アルコール度数が高くて乳臭いお酒をしこたま頂きました。

    あの時、ちびっこだったこの子供たちはもう成人だもんな。
    今どうしているんだろう?
    会いに行ってみたいなぁ~。

    まだ、あそこに住んでるのかな?
    どうしているのでしょうね。
    なんか甘酸っぱい青春の香りが漂ってきたな~

    え?
    誰だ?
    加齢臭とか言った奴ぅ!!!


    ちなみに、このお祭りについてAIさんに聞いてみた。

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    そうそう、写真に無いけど競馬もやってました。

    観光客目当てでやってるようなお祭りじゃなかった。
    それだけに、実際にこの場面に居合わせた当時の便太郎は、
    本当にラッキー池田だったのかも知れない。
    がはは!

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    つづく、、、

    #創作大賞2025 #オールカテゴリ部門


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    2003年日本を脱出。2004年にBKKから、かる~いノリで上海へノービザで上陸。言葉の壁と金欠を運だけでかる~く乗り切りはや20年。現在は天津で嫁さまとお子さま猫2匹兎1匹グッピー1匹と、かる~いノリで暮らす中年中小企業戦士。自称俳句風中文の創始者でもある。つっちゃって~😎

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