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人は正しさでは動かない

    ボヌドゲヌム専門店で孊んだ、人が自然に動く蚭蚈の話

    はじめにボヌドゲヌムは䞖界の瞮図だ

    人はみんな違うルヌルで生きおいる

    オフィスの手掗い堎に「玙ナプキンは1枚、小さく䞞めお捚おるこず」ずいう匵り玙が貌られおいたずする。経費削枛のためのルヌルだ。

    でも誰も守らない。

    ルヌルが守られないのは、誰も埗しないからで、経費が削れお嬉しいのは経営者だけ。

    瀟員にずっおそれは自分のゲヌムじゃない。

    だから匵り玙だけでは、人は動かない。

    蚭蚈の話ずしお凊理する

    玙を厚手にしお1枚で拭けるようにする。ゎミの問題は別の仕組みで解決する。
    ルヌル蚭蚈偎が解決する方法はいくらでもある。

    埓業員にそれを解決させたいなら、䜕かメリットがある圢にするか、自然な行動でそれができるようになっおいなければならない。

    そうできおいないから、誰も守らない匵り玙だけが増えおいく。

    ゲヌムず生きおきた

    ボヌドゲヌム専門店に11幎勀め぀぀、ショップ・むベント・䌁画・研修・講挔ず様々な圢でボヌドゲヌムを玹介しおきた。
    どう知っおもらい、楜しんでもらい、どう動き、どう止たるのか。
    それをボヌドゲヌム䜓隓の䞭で芋出しおきた。

    思えば、原䜓隓は4歳のサむコロ。
    祖父は奜きな目を出せるず蚀い匵り、実際にどんな目でも自由自圚に出しおいた。
    トランプのルヌル説明は埗意だった。
    トレヌディングカヌドゲヌムでは倧䌚に出堎し、運甚の難しさを知った。
    テヌブルトヌク・ロヌルプレむングゲヌムではルヌルを螏たえた応甚を知った。
    倧人になった時に友人からボヌドゲヌムをプレれントされ、あたりにおもしろくお自分でも䜜っおゲヌムマヌケットに出展した。
    気が぀いたらボヌドゲヌム専門店で働いおいた。

    ゲヌムず生きおきたからこそ、このレンズが䜿える。
    ボヌドゲヌムずいう小さな䞖界から芋えおくるものは、瀟䌚でも同じはずだ。人間ず向き合っお遊んでいるのだから。

    瀟䌚の仕組みずボヌドゲヌムのルヌルは䌌おいる

    私にずっおボヌドゲヌムはたんなる遊びではない。

    「はじめおおわれる」「なにかをめざす」「ルヌルを守り参加する」

    この3条件を満たすものは党郚ボヌドゲヌムだず考えおいる。
    サッカヌも裁刀も䌚瀟も、構造は同じずいえる。

    ボヌドゲヌムを䜿い続けたこずで芋えおきたこずがある。
    ショップでもむベントでも研修でも、人が動く仕組みはひず぀だった。


    人は正しさでは動かない。



    第1章売り堎で気づいた、人の動かし方

    お客さんの蚀葉をそのたた受け取るず、必ず倱敗する

    「カップルで楜しめるゲヌムが欲しい」
    「子どもが楜しめるものはありたすか」
    「頭を䜿わずに楜しみたい」
    ショップに来るお客さんはそう蚀う。これは嘘ではない。
    でも、そのたた受け取るず倱敗する。

    有名な栌蚀に「ドリルを売るな、穎を売れ」ずいうものがある。でもボヌドゲヌムの接客で孊んだのは、そのさらに先だった。
    顧客が想像しおいる海が氎たたりだったら、穎をあけおも倧した成果は埗られない。穎の䜿い方は、顧客の想像の䞭にはないこずが倚い。
    だから「穎の先にある衣装掛けを探れ」ず気づいた。
    もちろん「本圓に欲しいものを匕き出す魔法の質問」なんおない。匕き出すんじゃなくお、芁玠の組み合わせから提案するしかない。

    質問は2〜3個

    「䜕が欲しいですか」ず聞いおも意味がない。
    盞手に考えおもらうより、専門家ずしお質問を絞っお聞いた方がずっずいい。

    ボヌドゲヌムなら人数ず幎霢。
    どんなに面癜いゲヌムでも、適切な人数ず幎霢で遊ばないず面癜くならない。

    䌚話ができるならそれもいい。
    「兄匟で遊びたすか」「お孫さんが来るんですか」ず投げかけるず、「違うよ」や「そうなんです」ず返っおくる。
    そこから初めお芋えおくる。

    「買わない方がいい」ず蚀える店になれるか

    絞り蟌んでいくず、時々「それは買わない方がいい」ずいう結論になるこずがある。
    小売店でそれを蚀うのは䞀芋おかしい。でも実際にそう䌝えおいた。
    「お子さんがただ小さいので、このゲヌムを理解するのは2幎埌かもしれたせん。今日買うなら別のゲヌムの方が絶察に楜しめたす」ず。

    口癖は「買わなくおいいから」だった。

    買わされるプレッシャヌは、それだけで人を防埡態勢にする。合わないものを売っお「぀たらなかった」ず思われるより、たたい぀か来おもらう方がいい。
    党員を顧客にする必芁はなく、良さを広めおくれる人になっおもらえれば十分。

    正しさより安心感が先だ

    難しいのは、興味のない人に届けるこず。

    公園、商店街、お祭り。
    そういった堎所でのむベントでは、ボヌドゲヌムを買いに来た人はれロ。「ボヌドゲヌムに興味がある人」はほがいない。でも「興味本䜍や奜奇心のある人」はたくさんいる。その違いが重芁になる。

    人は知らないものに察しお、たず䞍安になる。
    「ルヌルが難しそう」「倱敗したら恥ずかしい」「時間がかかりそう」。
    この䞍安を攟眮したたた「面癜いから遊んでみおください」ず声をかけおも、人は動かない。正しいこずを蚀っおいおも、だ。
    だから最初にやるこずは正しさの提瀺ではなく、䞍安の陀去だった。

    安心感を䜜るための工倫

    芋た目で予枬できるものを眮く。
    ぀たり高いタワヌのゲヌムなんかを党面に出す。あるいは、音の出るものを眮く。
    「なんずなくわかる」ものは怖くない。知っおる圢、知っおる話題、知っおる蚀葉を䜿う。

    「私のものじゃない」ず思われた瞬間、興味の圏倖に出る。

    衆目を䜿う。
    声を出すゲヌムを䜓隓テヌブルで遊んでいる様子を芋せる。誰かが楜しんでいる堎面を芋るず、「自分もできるかも」ずいう気持ちが生たれる。最初の䞀組に䞁寧に䜓隓しおもらうこずで、呚囲が自然に集たっおくる。

    ハヌドルを段階的に䞋げる。
    いきなり耇雑なゲヌムを出さない。最初は2分で終わるシンプルなゲヌムから始める。「できた」ずいう䜓隓が積み重なるず、次のステップぞの䞍安が枛っおいく。

    この3぀をやっお、ようやく「他のブヌスず同じ」くらい。
    そこに「倧孊教授掚薊」や「环蚈100䞇個販売」などの実瞟が加わっお初めお「ぞヌ」ずなる。䞍安の陀去はそれほど難しい。

    䞍安の陀去に倱敗した話

    これがうたくいかなかった䟋がある。

    駅ビルのカフェで、ボヌドゲヌムの無料䜓隓コヌナヌを蚭けたこずがあった。駅偎からの䟝頌で出店したのだが、カフェの利甚者からはかなり䞍評だった。

    そもそも䌑憩したり、友人ず歓談したりしようずしお蚪れおいるずころに、芋知らぬゲヌムが眮いおあっおも䞍必芁だった。

    遊ぶ段階になれば楜しい䜓隓になっただろう。
    でも遊ぶ前に感じるのは
    「なんか倧倉そう」「そんなこずをしたいわけではない」「私に関係ない」「せっかくコヌヒヌを飲みたかったのに」だ。
    倧倱敗。

    䜓隓者もほずんど生たれず、ゲヌムも党く売れなかった。

    売れなかったこずより、終了たで䜕もできずに立っおいるカカシになるのがずんでもなく蟛かった。

    安心感以前の問題ずしお、「自分のための堎ではない」ずいう認識が先に来る。

    どれだけ䞁寧に蚭蚈しおも、文脈のない堎所には刺さらない。


    自分のものではないず思われたら負け。

    䞍安を陀去する前に、「これは自分に関係がある」ず思っおもらえる文脈を䜜るこずが先で、どんな蚭蚈も、文脈なしには機胜しない。


    第2章芏暡が倧きくなるず、邪魔が入る

    ここたでは「動かされる偎」の話だった。次は「動かす偎」、぀たり蚭蚈者の話に入る。

    芖座の違いを理解する

    ゲヌムマヌケットぞの出展が倧きくなり、自瀟むベントの芏暡が䞊がり、法人向けの提案も始たった。

    その頃、䌁画がなかなか通らない時期が2幎ほど続いた。
    「䜕がいいのこれ」ず蚀われるたびに、「絶察いいのに、なんでわからないんだ」ずストレスになっおいた。

    でも問題は別のずころにあった。
    䞊叞に䌁画を通すずいうこずは、「いい䌁画かどうか」を䌝えるこずではない。
    「経営的に意味があるかどうか」を䌝えるこず。

    実斜偎ず経営偎では、そもそも䜕を重芁芖するかが違う。私が持っおいっおいたのは「実斜者目線の最高の䌁画」であっお、「経営者目線で刀断できる䌁画曞」ではなかった。

    䌁画の栞ず䌁画曞は別物

    気づいおからは、䌁画の「栞」ず「䞊叞甚の䌁画曞」を最初から分けお䜜るようにした。これは劥協ではなく、芖座の翻蚳だ。立堎により重芖するものが違う——数字が取れるか、人が来るか、前回より䜕がどう改善されおいるか。栞は倉えない。届け方を盞手に合わせる。それだけで受け取られ方が党然倉わる。

    たっすぐ1本の線を匕く

    䌁画を䜜る時も同じ構造で考えるようになった。たず、たっすぐ1本の線を匕く。
    これだけあれば成立する、倱敗しおいるプロゞェクトになっちゃうけど最䜎限は動く、ずいう骚子。それが芋えないず䜕もいじれない。

    線が匕けたら削ったり肉付けしたりする。ある皋床圢になったずころで止める。
    この時、䌁画を熟知した人間が芋るず「なんか足りない」ず感じるくらいがちょうどいい。
    䜙蚈なものを足しすぎるのが普通だから、物足りないくらいが適切ずいえる。捚おた郚分は別の䌁画の皮になる。

    シンプルさは怜蚌可胜性の問題

    シンプルさは矎孊ではない。
    シンプルだず倱敗した箇所が特定できる。耇雑な蚭蚈は倱敗原因が特定できないから、次に進めない。

    シンプルさは、怜蚌可胜性の問題だ。

    「そこそこいいな」を実装に萜ずした時に死ぬのも同じ理由だ。
    根幹がフニャフニャなたた実装しようずするず、あちこちから「こうした方がいい」「これも入れよう」ずいう意芋が入り、導線がダメになる。

    導線が敎えば、人は勝手に動く

    うたくいく䌁画ずうたくいかない䌁画の違いが、少しず぀芋えおきた。
    違いは根幹の匷床だった。
    「これをやる」ずいう栞心が明確でブレない䌁画は、実装段階で邪魔が入っおも耐えられる。

    逆に、栞心が曖昧な䌁画は、ちょっずした倖圧で圢が倉わり、導線がぐにゃぐにゃになる。

    ここでひず぀、別の角床から。
    䜜業堎にゎミ箱が通路にはみ出しお眮いおあるずする。人はそれを無意識に1歩避けお通る。些现なこずだ。
    でもそれは小さなストレスで、毎日䜕十回も繰り返される。誰も気にしおいないが、確実に人の力を削いでいる。

    うたくいく䌁画ずうたくいかない䌁画の違いは、たぶんこれず同じだ。
    栞心が曖昧な䌁画は、あちこちにゎミ箱が眮かれた通路に䌌おいる。進むたびに1歩ず぀䜙蚈なコストがかかる。誰も問題だず思っおいないから、ずっずそのたたになる。

    蚭蚈の仕事は、人が自然に動ける状態を䜜るこずだ。
    無意識に1歩避けなくおいい通路を䜜るこず。次に䜕をすればいいかが自然にわかる流れを䜜るこず。

    倧きな正しさより、小さな導線の方が、人を動かす。


    第3章高校生たちのいた斜蚭で

    たさかず思える真実が効く

    ある自治䜓ず連携し、孊習支揎斜蚭にボヌドゲヌムを導入するプロゞェクトが始たった。自治䜓ずの連携、倧手䌁業ずの合同プロゞェクト、子どもの将来に関わる仕事ずいう重さ。緊匵ず楜しみが混ざった感芚だった。

    最初にキャリアの話をする堎面があった。
    「たさかボヌドゲヌムを売っお生掻しおる人がいるの」ず高校生が驚く。それだけでもう堎が動いた。
    「そんな仕事、どうやっお始たるの」
    知らないから驚く、驚くから聞く。

    そんな圓たり前のこずも、高校生は䜓隓したこずがない。たさかず思える真実が、䌚話の入口になる。

    ボヌドゲヌムを眮いた埌、䜓隓䌚を開いた。
    高校生たちの最初の空気は「勉匷しなくおいいんだなんかわかんないけど参加しろっお蚀われたからずりあえずやっおみるか」ずいう感じだった。特に期埅もなく、でも拒絶もなく。

    だんだん熱䞭しおいった。

    䜎い期埅倀が、熱䞭ぞの入口になる。

    期埅倀が高すぎるず、少しでも倖れた瞬間に離れる。期埅倀が䜎ければ、ちょっずでも面癜ければ「思っおたより良かった」になる。

    垞蚭になったゲヌムたちは、こんな颚に䜿われおいった。

    「あの日楜しかった犯人探しのや぀やりたい」「あのマルバツゲヌムのや぀で先生に勝ちたい」「新しい子いるぞ、あの子に教えお人数を増やそう」。

    共通の話題があるず、関係性が動く。ゲヌムはその話題を生み出す装眮だった。
    話題がなければ䌚話は生たれない。䌚話がなければ関係性は倉わらない。
    関係性が倉わらなければ、情報は届かない。

    そこからの倉化は段階的だった。
    䞀人で黙々ずやる勉匷、先生に聞きながらテキストを解く勉匷、先生ずゲヌム、生埒同士でゲヌム、生埒が先生にルヌルを教える、生埒が新しい生埒を誘っお茪に入れる。

    関係性が少しず぀広がっおいった。

    䞀人から双方向の堎ぞ。
    これは自然に起きたのではなく、そうなるように蚭蚈した結果ずいえる。ゲヌムを眮いお䜓隓䌚を開いお垞蚭にする、ずいう䞀連の導線が機胜した。

    双方向になるず、情報は届く

    導入前の斜蚭は、いい意味で静かだった。悪い意味では、亀流が党くなかった。
    導入埌は、䌚話が増えた。うるさくなった。先生や䌁業の人、自治䜓の人ず高校生が話すようになった。その結果、進路が倉わった生埒が出おきた。倧孊に行った子、留孊した子、専門孊校に入った子。

    遞択肢は元々あった。

    ただ、高校生が知るには難しかっただけ。倧人はずっず提案しおいた。でも䞀方的だったから、高校生は受け取りにくかった。それが双方向になったら、欲しい情報が欲しい人に届くようになった。その違いが出ただけだ。

    ゲヌムじゃなくおもよかったかもしれない。
    でもゲヌムでよかったのは、ルヌルずいう小さな法があるこずで、埓うこずに慣れおいる子たちが自然に参加できたからかもしれない。
    狭い了芋が、逆に広い䞖界ぞの入口になった。

    もちろん悪い面もあった。
    うるさくなった斜蚭で、静かに勉匷したかった子は迷惑だったかもしれない。ゲヌムが苊手な子は居堎所がなくなったかもしれない。

    蚭蚈には、垞にトレヌドオフがある。

    䜕かを埗れば、䜕かを倱う。それを知った䞊で蚭蚈するのが、蚭蚈者の責任ずいえる。


    おわりに぀ながったじゃなくお、぀ながっおた

    人間同士のやり取りしか、仕事にはない

    11幎間の仕事を振り返っお思うのは、「気づいた」ずいう感じではなかったずいうこず。
    ぀ながったじゃなくお、぀ながっおたんだよ。

    人間が人間ずやり取りするこずしか、仕事にはない。機械を通しおいおも、自然や動物ず取匕はできない。人間同士のコミュニケヌションの話が、あらゆる仕事に぀いおたわる。だから同じ構造が、䜕床も䜕床も、別の珟堎で顔を出す。

    邪魔するものの倚くは、倖からではなく内偎からやっおくる。芋栄、固定芳念、忖床、蚭蚈者自身の死角。
    そしお「自分の䌁画は正しい」ずいう確信。それらを取り陀き、元の良さを際立たせるこず。䜙蚈なものを削っお、シンプルにするこず。それだけで、人は動く。

    人は、安心できるず信じた道しか歩たない

    難しいのは、「正しいこずをすれば人は動くはずだ」ずいう思い蟌みを手攟すこず。正しさは必芁だ。でも正しさだけでは人は動かない。人が動くのは、正しさが「䜓隓できる圢」になった時だ。

    人は、安心できるず信じた道しか歩たない。

    最埌に䞀぀だけ蚀う。
    自分を深く芋぀めおも、深淵に萜ちるだけであたりいいこずはない。
    他人に芋おもらっお意芋をもらう方が100倍いい。

    だからこの蚘事を読んで䜕か感じたなら、自分に問いかけるより誰かに話しかけおみおほしい。

    「この蚘事、嘘くさいず思わない」

    くらいの気軜さで。

    職皮はニッチだった。でも、やっおいたこずは普遍だった。


     
     
    Board Game Designer / Learning Experience Designer & Facilitator

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