メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bydaritta

第4話:日本人にとって日本語が話せる海外人材は貴重なのです


    日本は古代から多くの民族が混ざり
    合いながらも、島国という地理が文化を
    ゆっくりと収斂させてきました。

    方言はあっても、テレビが全国に広がった
    ことで、私たちは同じイントネーション、
    同じ言葉遣い、同じ価値観を共有するように
    なりました。「同じ言語を話すこと」が、
    社会の安心や一体感を支える大きな要素に
    なったのです。

    一方で、中国大陸やアジアの多くの地域では
    日常的に複数の言語や方言が共存しています。
    家庭で話す言葉と学校で使う言葉が違う、
    都市と農村で言語が異なる国境を越えれば
    別の言語が当たり前に存在する。
    例えば華僑の方々は家庭では中国語を話し
    外では英語やその国の言語を使いこなして
    生活しています。彼らにとって
    「違う言語があること」は驚きではなく
    日常なのです。

    そのため、言語を切り替える力や、新しい
    言語を学ぶ感覚が自然と身についています。
    日本人が語学習得に苦手意識を持ちやすいのは
    能力の問題ではなく、
    “同質性の高い言語環境で育った”
    という構造の問題なのです。

    だからこそ、日本語を学び、日本語で
    コミュニケーションを取ろうとする海外人材は
    日本社会にとって非常に貴重な存在になります。
    彼らは単に「日本語が話せる人」ではなく
    異なる前提を越えて関係を築こうとする力を
    持った人材なのです。

    アリーくんは、日本の大学で経営学を学び、
    卒業後は製造メーカーの営業職として働く
    ことになりました。大学時代は日本人の友人
    たちと交流しながら勉強を続け
    日本語検定1級も取得しました。
    はじめは日本語で技術的な専門用語を
    覚えるのに苦労しましたが、もともと頭の
    回転が速く外交的な性格もあって
    少しずつ自信をつけていきました。

    自社の部品を売り込むために、お客様の
    調達担当者や設計者のもとへ頻繁に足を
    運んでいると、やがて
    「日本語ペラペラな外国人が来るぞ」と
    口コミが広がり、社内外のさまざまな人と
    つながりが生まれていきました。

    彼の日本語力は単なる“言語能力”ではなく
    関係を開き信頼を築くための大きな武器に
    なっていったのです。外国人であることを
    逆手にとり、むしろ“人気”をつくって
    いったのでした。

    ある日、お客様を訪問した帰り道、車の中で
    たわいのない話になりました。
    「私はサッカーが好きで、自分でプレーするのも
        観るのも好きなんです。この前、お客さんを
        連れて名古屋グランパスの試合にも行きました。
        車を運転するのも好きで、免許は大学4年生の
        ときに合宿で取りました。
        ところで、お腹すきません? ラーメンでも
        食べに行きませんか?」
    「でも、ラーメンは食べられるの?
     豚肉はいってるけど…」
    「だいじょうぶです。親は守っていますけど、
        私は食べちゃってます」
    「いいのかよ(笑)」

    車内に笑いが広がり、ほんの数分の会話なのに
    距離がぐっと縮まった瞬間でした。

    言語は単なる“道具”ではなく、人と人の間に橋を
    かける力なのだと、改めて感じさせられました。

    アリーは、落ち着いた褐色の肌にくっきりとした
    目鼻立ちを持つ青年で、日本語を話すときの
    柔らかい表情が印象的でした。その存在そのものが
    異なる文化を越えて関係を築く力を象徴している
    ように思えたのです。

     
     
    17年の海外経験と日本企業での事業企画・教育設計の知見を生かし、企業が海外人材を採用し活躍へと進む道筋を共に設計しています。誰かの未来が輝く瞬間には必ずドラマがあります。その思いを拾い、提供するのが「BEYOND FUTURE STUDIO」です。

    あなたへのおすすめ