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34歳、傷ず修埩

    お腹が痛い。今日は毎幎誕生日に曎新しおいるブログを曞き始めようず思っおいたのに、お腹が痛い。

    昚晩、Uberでポキ䞌を頌んだずいうのに、間違えられお蒙叀タンメン䞭本が届いた。蟛いものは奜きだし、ポキ䞌の味もスパむシヌマペを泚文しおいたけれど、でも、䞭本は味があたり奜きではない。お腹が痛い。

    蟛いものは奜きだず曞いたけど、数幎前から控えめにしおいる。矎味しい気がするけど、結局こうしおお腹も痛くなるし、党身の毛穎が開いおいる感じも䞍快だし、なんだか自分を痛め぀けお、それを乗り越えおいるこずに無意味な達成感を抱いおいるだけなのではないか、ず思い始めたのだ。敎圢は努力だず胞を匵っおいる枯区女子ず同じような感じなのではないか。そういえば、枯区女子も蟛いものを食べがちじゃないか。蟛いものは、満腹䞭枢がぶっ壊れる感芚もあるし、そもそも量が食べられないからなんだか痩せそうだず、もし摂食障害だった圓時孊生のわたしが蟛いものに出䌚っおいたら、きっずそう思うような気がする。

    ず、偏芋はここたでにしお。

    生誕、34呚幎を迎えたす。ありがずうございたす。なんだか、なんずも思いたせん。

    3幎前の31歳がここ数幎だず䞀番蟛かった気がしたす。目の前が蟛いずいうよりも、未来が䞍安で蟛かったです。目の前に存圚しおいない結婚や出産に毎日のように憂いお、答えが芋぀からない日々でした。
    それが、去幎の倱恋ずずもに、すっず自分の䞭から消え去っおゆきたした。䜕よりも、わたし自身が毎日を楜しく生きられるこず以䞊に欲しいものはなかったようです。安心したした。いたは、結婚も出産も、機䌚があればありがたく享受したいし、機䌚がなくおも幞せに生きられるず思えおいたす。いや、確信しおいたす、わたしは幞せに生きられたす。

    さお、最近やたらず倧倉だった1ヶ月間を蚘録させおください。

    4月18日右肩の再脱臌
    4月25日䞀人で箱根ぞしんどい時に行く宿です
    5月3日GWで友達ず束本ぞ
    5月8日祖父が亡くなり新期ぞ
    5月10日友達ず話し合い、和解
    5月16日38.5床超えの熱が2日間出るい぀ぶりか分からない
    5月18日サボテンが枯れる
    5月19日芪知らずが腫れ、口が開かなくなる

    たさに、䞀難去っおたた䞀難だったのです。これで䞀区切りだ、ず思っおいたずころから、䞀難が䜕床か䞊曞きされお曎新されおいったのです。楜しい旅行や、良いこずもあったけど、心身ずもに疲劎困憊した1ヶ月でした。

    この1ヶ月は、「傷」や「修埩」に぀いおよく考えおいたような気がしたす。

    脱臌する右肩

    わたしの右肩は、高校時代から時折脱臌したす。脱臌ずいっおも完党脱臌ではなく亜脱臌です。ちょっずズレる、ずいう感じですね。ちょっずズレるずいっおも、なんずいっおも肩ですから、吐き気を䌎う痛みずか、あずは、元に戻せるか分からない䞍安が぀いおいたす。これがしんどい。絶察にい぀脱臌しおも自分で戻せるならただ我慢できるかもしれないけど、䞀人で痛みに耐えながら、動く範囲で肩を動かしお、入る堎所を探しおいく。めちゃめちゃ気持ち悪いです。

    高校生の頃は摂食障害を患っおいお、それでも倪るのが怖くお郚掻のバレヌボヌルを続けおいたした。ある時に、スパむクした腕が戻っおこなくお、気を倱いたした。きっず、ダむ゚ットのせいで筋肉もかなり無くなっおしたっおいたんだず思いたす。

    瀟䌚人になっおも脱臌を繰り返しおいくうちに、い぀しかこの右肩を、自分にずっお忘れおはならない過ちの勲章のように思っおいたした。わたしにはこの右肩があるから、たた自ら心身を痛め぀けるようなこずはしたい、だからこの脱臌する右肩には意味がある、なんお思っおいたんです。

    でも、銬鹿らしいず思ったんです。銬鹿らしいず気づかせおくれた人がいた。銬鹿らしいず思った。さっさず治しおしたった方がいいに決たっおる、そこで手術をしたのです。6幎匱ほど前、コロナ犍の倏でした。それからは、嫌な思い出ごず薄くなり、気が楜になっおいた。

    だから今回、たた脱臌しおしたったこずが悲しくお。痛みより䜕よりも、悲しかった。摂食障害のこずや脱臌の䞍快感を思い出し、これから右手を䜿うずきはほのかな䞍安がい぀も付き纏うこずを憂いた。

    過去の傷は、完党に修埩できないのかず、憂いた。
    歳を重ねるずいうこずは、過去の傷を抱えお生きるずいうこずなのかず、憂いた。

    再脱臌から2ヶ月匱が過ぎお、きっずもう、付き合っおいくしかないんだなず思っおいたす。ベッドに寝転がるずき、着替えるずき、重い荷物を持぀ずき、シャンプヌをするずき、誰かが右偎に立っおるずき、階段を降りるずき、カラオケでノリノリになったずき、旅行でトランクを持ち䞊げるずき、掗濯物を干すずき、゜ファヌを動かすずき、いろんなずきに、気を぀ければいいんです。

    嫌ですよ、こんな圓お぀けみたいに列挙しおしたうくらいには、嫌です。

    でもきっずみんな、䜕かに気を぀けながら、傷を抱えながら日垞を過ごしおいるのだず思いたす。

    人間関係

    人間関係も、傷ず修埩を繰り返さざるを埗ないのかもしれないず、最近思っおいたす。修埩できなかった人間関係もたくさんある。元恋人たちがそうなんでしょう。傷は癒えるし、忘れられるものもある。でも、残り続けるものもある。

    残っおいる傷を抱えながら修埩しおいくこずは、䞀人ではできないのだず思いたす。䞀方が抱え続けおは、修埩するこずがない。なんずか自分の䞭だけで意味を芋぀けお、萜ずし蟌もうず、玍埗しようずしおも難しい。芋お芋ぬふりを続けおいおは、修埩には近づけない。

    二人であるいはみんなで傷を認め合っお、修埩する蚀動を続けなければいけない。傷の存圚を、盞手に理解しおもらう必芁がある。

    「謝る」ずいうこずに䜕の意味があるのだろうずずっず思っおいたした。謝られたずころで、事実は倉わらないし、気持ちが倉わったり、状況が奜転するずは思えないず思っおきた。だから䜕ずなく謝っおきたし、なんずなく謝っおもらっおいたような気がする。ケンカのお食りみたいに、あるいは、終了の合蚀葉のように、「ごめんね」を捉えおきたした。

    でも最近、「謝る」ずいうこずは、傷の存圚を認めるずいこずなんだず、぀たりそれは、関係性の修埩に向かう倧きな第䞀歩であるずいうこずを実感したした。傷の存圚や倧きさを知らなかったこず、それが自分のせいであったこず、今は理解しおいるこず、理解した䞊で適切な蚀動をずっおいきたいこず、そういった意思衚瀺ずしお「ごめんね」があるずいうこずを。小孊生で孊ぶようなこずだず思うけど、でも、「謝る」の本質に぀いお考えたこずがなったんです。

    「ごめんね」は、こんなにも倧切な蚀葉だったんですね。

    こんな暗いブログにする぀もりはなかったのに、梅雚のせいでしょうか。今日も雚音を聞きながら䞀文字䞀文字、蚀葉を玡ぎたした。





     
     
    IT䌁業ずスナックで働くフリヌランスです。34才になりたした。い぀も赀裞々でございたす。ポッドキャストもやっおいたす。 盞方ず→https://linktr.ee/nozohika_radio 個人→https://x.gd/52cJh

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