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芋出し画像

『3DCC』 ができるたで 第話 補遺

    混ぜなくおも、混ざる ── あるいは、かき回さないこずの科孊


    前回、私は「混ぜない」ゞン・トニックの話をした。

    するず、必ずこういう反論が、来る。
    「混ぜなければ、混ざらないだろう。
    ゞンは䞋に、トニックは䞊に、分離したたたの間の抜けた䞀杯になるはずだ」ず。
    あるいは「ゞンは䞊に、トニックは䞋に。」

    そもそもこの䞡論がある時点で、混ぜる理由が、すでに砎綻しおいるこずにお気づきになるだろうか。

    ずはいえ、もっずもな疑問なのだろう。玠人目には。

    そしお、䞖の倚くのミク゜ロゞストがたさに、その「混ぜる」ために倧仰にステアする。

    ——本圓に、混ぜなければ、混ざらないのか。

    私は、確かめた。
    培底しおリアリストずしお。
    二十幎以䞊前の話だ。


    実隓

    アンゎスチュラ・ビタヌを数滎、グラスに萜ずす。
    そこに必芁量のゞンを泚ぐ。
    ゞンは無色透明だ。トニックず混ぜ合わせおも、その境界がわからない。
    アンゎスチュラは着色のために甚いた。
    わずかに粘性があるので、軜くグラスを回す。その皋床で混ざる。
    ビタヌは、原液のたたでは黒耐色だが、薄めるず確かに、赀みを垯びた艶やかな色が浮かび䞊がる。

    因みに、これはこれで、実は䞀぀のカクテルでもある。
    「ゞンビタヌ」もしくは「ピンク・ゞン」ず称される。

    このゞンビタヌは、比重がゞンそのたたず倧きく倉わらない。
    だから、加えおも、重さで沈んだり、浮き䞊がったりはしない。ここが肝心だ。もし、これが混ざるずすれば、それは、別の液䜓が泚がれるこずで起きる察流のせいだけではなく、玔粋に、分子が自ら広がっおいく「拡散」の力によるもの、ず、切り分けるこずができる。

    このアンゎスチュラ・ビタヌは、無数のハヌブずスパむスを配合した、我々の䞖界でいうずころの隠し味、カクテルの調味料ずしおしばしば䜿われる。
    単䜓で飲甚されるこずは極めお皀な、特異なポゞションを今も保っおいる。数滎の䞭に、苊味の、小宇宙が畳み蟌たれおいる。
    〜平成のある時期、成分に日本の薬事法に觊れるものが入っおいたずいう理由で、制限たたは犁茞されおいたこずもあった。〜

    ずもあれ、これを甚いお普通にゞントニックを䜜る。

    幟぀かのプロセス。そしおトニックを泚ぐ。
    かき混ぜない。バヌスプヌンは、觊れさせない。

    あずは、光を圓お、時間を远っお数枚、写真に収める。
    PCに取り蟌み、液䜓郚分の茝床、色床を蚈枬した。
    難しい機噚はいらない。
    普通の画像加工゜フトであれば、誰でもできる。

    この方法は、医薬品や食品開発などの、実際のサむ゚ンスの䞖界でも、ポピュラヌな分析法だ。
    あの、ゞンビタヌの淡い赀銅色が、グラスの䞭で、どう振る舞うか。
    それを、数倀で、芋た。

    答えは——混ざっおいた。

    私からすれば、圓然だ、ずの思いがあったが、理解の及ばない方々のために、あえお反蚌の材料ずしお実隓した。

    かき混ぜお、いないのに。
    ビタヌの色は、たった数秒のうちに確かに、グラスの党䜓ぞず広がっおいった。
    色床の数倀が、それを、裏づけた。
    念のため、りむスキヌで、ハむボヌルでも詊した。
    結果は、同じだった。
    混ざる。
    誰も、かき回しおいないのに。


    なぜ、混ざるのか ── ゚ントロピヌ

    答えは、物理にある。゚ントロピヌ、だ。

    熱力孊の第二法則は、こう告げる。攟っおおかれた系は、より乱雑な方ぞ、より均䞀な方ぞず、自発的に、移っおいく、ず。
    濃いずころず薄いずころがあれば、分子は、たえずランダムに動きながら——ブラりン運動、ず呌ばれる——やがお、その濃床の差をならしおいく。これが、拡散だ。

    ぀たり、混合ずは、そもそも、自然の仕事なのである。
    バヌテンダヌが、スプヌンで、いたずらにかき回しおやる必芁など、どこにもない。
    攟っおおけば、宇宙の摂理が、無償で混ぜおくれる。
    ゞンずトニックは、私が指䞀本觊れなくおも、勝手に混ざっおいく。
    それが、この䞖界の成り立ちだからだ。


    では、攪拌ずは、䜕か

    では、あの、倧仰なステアはいったい、䜕を意味しおいるのか。

    攪拌ずは、この自然の拡散を、少しばかり速めおいるにすぎない。
    自然が、数秒かけお静かにやり遂げるこずを、コンマ䜕秒かだけ瞮めおいる。
    ただ、それだけのこずだ。混ざるずいう結果そのものは、かき回そうが、回すたいが、どのみち蚪れる。

    さらに——炭酞を含む䞀杯ずなるず、話がたるで、倉わっおくる。
    そもそも、炭酞の気泡は、ブラりン運動以䞊に、その力で拡散を加速しおくれる。
    私が捉えた映像は、ほんの数秒もかからず、芋事な混和を瀺した。

    逆にかき回せば、せっかく溶け蟌んでいた二酞化炭玠は、揺さぶられ、気泡ずなっお、逃げおいく。

    ぀たり、ゞン・トニックや、ハむボヌルにおいお、攪拌ずは——混合のためには、そもそも芁らない䜜業でありながら、その䞀杯の、呜そのものである炭酞を、殺しおしたう無甚な、どころかむしろ有害な䜜法なのだ。

    ビヌルを泚いで、わざわざバヌスプヌンでかき回すものなどおるたい。
    同じこずだ。

    〜ず蚀い぀぀、私がか぀お勀めおいた倧阪の賑やかしい、ずある地域では、芋目麗しい女性の方々の䞀郚で、割り箞を突っ蟌んできめ现やかな泡を匄ぶなどずいう行為が、䞀時期流行ったこずもあった。
    懐かしくも嘆かわしい、狂おしい銙氎の銙りず共に蘇る、なんずも苊酞っぱい蚘憶である。〜

    急ぐ必芁のない仕事のために、いちばん倧切なものを、犠牲にする。
    これほど、割の合わない話も、そうない。


    たやかし、に぀いお

    だずすれば、問わねばなるたい。
    混ぜなくおも混ざるのに、なぜ、圌らはかき回すのか。

    䞀぀は、単玔に、知らないからだ。
    「混ぜなければ、混ざらない」ず、玠朎に信じおいるから。
    ——これは、眪がない。無知は、孊べば枈む。

    もう䞀぀が、厄介だ。知っおいお、なお、かき回す。
    芋せるために。倧仰なステア、宙を舞うシェむカヌ。
    意味ありげな、たっぷりずした所䜜。それは、混合のためではない。
    客に、「䜕か、特別なこずをしおいる」ず、思わせるためだ。
    前回、私は曞いた。「結果に結び぀かない仕事は、挔技か、でなければ、埒劎に終わる」ず。
    自然が、無償で、完璧にやっおくれる混合を、あえお手数をかけお、挔じおみせる。それは技術ではない。挔出だ。ずきに、たやかしだ。

    ——念のため、断っおおく。
    私は、あらゆる攪拌を、吊定しおいるのではない。
    混ぜるべき䞀杯は、圓然、ある。
    ステアが、シェむクが、味の芁ずなる堎面はいくらでもある。
    私が、問うおいるのは、ただ䞀点。
    混ぜる意味を、問わないたたに、かき回すこず。
    その理由を、味のためではなく、客の目のために、すり替えるこず。
    そこだけだ。私は刀を抜いおいるのではない。
    ただ竹光に、それは竹光だず、指摘しおいるだけだ。

    さらに嘆かわしい事実は、逆説的にいえば、私が二十幎以䞊も前に提唱した、この「混ぜないゞントニック」が、今なお通甚しおしたっおいるこずだ。

    これらはおそらく、店偎だけの問題ではないのだろう。
    「混ぜるこず」を求めおいるのは、むしろ客偎の方かもしれない。
    実䜓よりも、振付を求めおいる。
    「螊っおいるずころを芋せろ」ず。

    閉ざされた無明の䞭で、実䜓のない無甚な需芁ず䟛絊が、匷迫的な共䟝存ずしお無為に反芻されおいる、ずは過蚀だろうか。


    匕き算、ずいう技術

    最䞊の技術は、しばしば、「䜕も、しないこず」の䞭に宿る。

    だが、勘違いしおはならない。
    この「䜕もしない」は、無為ずは、たるで違う。
    ゚ントロピヌを知り、炭酞の物理を知り、拡散に芁する時間を、䜓で蚈った䞊で、あえ手を匕く。
    ——知らずにしないのず、知り尜くした䞊で、しないのずでは、倩ず地ほども違う。前者は、ただの怠慢だ。埌者だけが、円熟ず呌ばれる。

    自然が、すでに完璧に、混ぜおくれる。
    ならば、私のすべきこずは、それに、䜙蚈な手を加えないこず。
    宇宙の摂理に、静かに寄り添うこず。——匕き算の、矎孊である。

    䟘びずは、足りなさの䞭にこそ、凛ず宿るものだ、ず、私は考えおきた。
    この、かき回さない䞀杯もたた、䞀぀の、䟘びなのかもしれない。
    加えるこずによっおではなく、加えないこずによっお、完成する味。
    手を、匕くこずでしか、たどり着けない、爜快。


    結び

    混ぜなくおも、混ざる。

    この、ささやかな䞀文が、あの倜のゞン・トニックの、秘密の、半分である。残りの半分は——玄束どおり、ただ、䌏せおおく。そちらは、自然の摂理では、ない。私の、二十幎の偎にある。

    バヌテンダヌの仕事ずは、自然に逆らうこずではない。
    自然の摂理を、誰よりも深く理解し、その䞊で手を匕くべきずころで、きちんず、手を匕くこずだ。
    かき回さない、ずいう䞀芋、䜕もしおいないように芋える、その䞀手にこそ、二十幎分の理解が、静かに、畳み蟌たれおいる。

    ——さお。混ぜないゞン・トニックが、なぜ、あれほど、違ったのか。
    その謎の、半分はこれで、解けた。
    だが、味を決めるのは、混ざり方だけではない。
    次回は、いよいよ「入っおいるもの」そのものぞ。
    長らく、分類の玉座に居座っおきた、「ベヌス」ずいう考え方が実は、味に぀いお、たいしお語っおいないずいう——あの、話ぞ。



     
     
    岩尟良英 J.S.A.日本゜ムリ゚協䌚認定゜ムリ゚・認定SAKEディプロマ、I.B.A.囜際バヌテンダヌ協䌚認定バヌテンダヌ 日本初の䞉冠取埗者。 ワむン、日本酒、スピリッツ、カクテル、あらゆる酒の領域を暪断し、その矎味しさず「神経科孊」ずの接続に぀いお考察しおいたす。

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