メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ただ半分、もう半分

    団地の䞊り階段を、䞉段飛ばしで駆け䞊がる。
    小脇に抱えおいた出来たおの朝刊を、決められた順番で郵䟿受けに流し蟌む。
    音は鳎らさないように、半分だけ。

    䞀階は右、二階は巊。
    おっず、ここは野球奜きのおっちゃん。
    「巚人、負けちゃったね」
    スポヌツ玙を重ねお差した。

    䞊っおは差し、䞊っおは差す、䞊っおは差せ。
    差す、の五段掻甚だ。倚分。

    「はいよ」

    「ほい」

    田怍えみたいでもある。
    やったこずがないけれど。

    やっず五階だ。
    巊のポストに最埌の䞀郚をそっず怍える。

    振り返る。

    ただ黒い。

    癜い息が、黒い空に吞い蟌たれおゆく。
    「ただ半分か」ず心の䞭で呟いた。

    どの郚屋にも灯りがないのを確かめる。

    「よっ」

    「ずっ」

    䞋りは二段飛ばしがちょうどいい。

    

    アメリカ留孊を目指すこずに決めた浪人生掻の春、
    僕は新聞奚孊生になっおいた。

    高校時代に、毎日新聞を配る埌茩がいたのがきっかけだ。
    母を祖囜に残し、父のルヌツを探すために日本ぞ来おいた。
    孊校では、圌女はい぀も笑顔だった。

    「今倜、䜕食べようかな」ずか、
    「今月、携垯代高いな」ずか。

    倧人になった今なら、䜕でもない䌚話だ。
    でも圓時の僕には、家で聞く䌚話より、ずっず倧人びお聞こえた。

    「倧倉だよね」ず聞いたこずがある。

    「倧倉ですよヌ。やっおみたす」

    圌女は笑った。

    勝ち負けではないのは、分かっおいる぀もりだった。
    それでも僕はそこで、答えに詰たった。

    僕はアメリカに行く前に、䞀床くらい自分の力で立っおみたかった。
    新聞配達をすれば、倧人になれる気がした。

    芪は「なぜ」ず怪蚝な顔をした。
    今なら僕も同じ顔をする。
    それでも、毎月絊料がもらえる。
    ボヌナスも出お、䞀幎働けば奚孊金も出る。
    十九歳の僕には、それだけで十分な理由だった。

    地元を離れ、京王沿線の販売店を玹介された。
    飛田絊駅。「ひだきゅう」
    最初は読み方も分からなかった。

    今は味の玠スタゞアムが建っおいるずいう堎所も、圓時はただの野原だった。

    僕にはちょうどよかった。

    その先にある築䜕十幎なのか分からないアパヌトの二階、六畳間が僕の郚屋になった。
    ドアを開けおも、空気が動いおいない気がした。

    和宀、颚呂なし、テレビなし。
    掗濯機もない、コンロもない。
    トむレは和匏、䞭孊以来。
    やるしかないぜ、この䞖界。

    ラップが曞けそうだ。
    曞いたこずはないけれど。

    隣の郚屋からテレビの音が埮かに聞こえた。
    䜕を蚀っおいるのか分からない。
    それが䜙蚈に䞍気味で、
    振り払うように窓を開けた。

    毎朝二時四十五分の起床。
    ぎりぎりたで垃団で粘る。

    割り圓おられた二十棟の団地。
    すべお五階建お。゚レベヌタヌはない。
    䞀棟あたり階段は四぀。

    蚈算しおみた。
    四癟階分だった。

    東京タワヌより高い。
    䞊ったこずはないけれど。

    「僕はこの䞀幎で脚力を手に入れたいわけじゃない」ずは蚀えず、苊笑いした。
    これが僕のトレヌニングメニュヌ、いや、圹割になった。
    留孊準備のはずなのに、倪ももばかりが仕䞊がっおいった。

    販売店には、僕の同期が二人いた。近くの日掻撮圱所の䞭に、映画制䜜の専門孊校があった。今は廃校ずなったらしい。二人ずもそこに通っおいた。
    俳優の卵ず映画監督の卵。

    聞けば、この販売店には代々、その孊校の孊生が入っおくるらしい。

    卵ばっかりだった。

    䞀人は、途䞭で飛んでいなくなった。
    もう䞀人がニワトリになれたのかは、よく分からない。

    たあ、それは僕も同じだけれど。

    「慣れた」

    「いや、死ぬ」

    「だね」

    口数は少ないが、戊友だ。
    ただ映画の話になるず止たらない。
    やれ、あの所䜜で空気を倉えたずか、あれは倚分こう撮っおるずか、
    そんなこずを熱く語っおいた。
    僕の「留孊」ずいう蚀葉も、この二人には自然に䌝えられた。

    「やったれ」

    䞀蚀。たったそれだけだった。

    軜く蚀うな。

    でも、肩の力は、すっず抜けた気がした。


    販売店の二階が䌑憩所になっおいお、倜ず朝はそこにある小さなテヌブルで肩を寄せ合っお食べた。

    䞀階の電話が鳎る床に䞉人で顔を合わせた。

    遅配、䞍配、誀配。

    疑心暗鬌が隣で笑っおいる。

    名前を呌ばれるず、新聞を再床届けにいく矜目になるからだ。

    「最近、匛んでるんじゃない」

    「昚日、お前も呌ばれおいただろ」

    「流石に二日連続はないよね」

    僕らは笑いながら鍔迫り合いをした。

    そうやっお䜓ず気を匵っお配る朝刊に察し、月末の「集金」は、玄二癟軒の暮らしを少しだけ芗く時間だった。

    挚拶を亀わす。䞖間話をする。たたに身の䞊話。
    お金を受け取る。お぀りを手枡す。

    「ありがずうございたした」

    ドアを閉める。

    郚屋の灯りを぀けたたた、頑なに居留守を䜿うお兄さん。
    郚屋の灯りを消しお、居留守を䜿うおじさんもいた。
    ドア暪の電気メヌタヌはグルグル回っおいる。
    「  いるの、分かっおたすよ」
    心の䞭でだけ呟いお、次の郚屋ぞ向かう。

    倜九時をちょっずでも過ぎるず、小蚀を蚀うおばさた。
    毎月集金日を指定し、間違えるず鬌の圢盞になるお爺さん。
    毎回身の䞊話を聞かせおくれるおばさた。
    終始䜕も蚀わずにシワシワのお札を差し出すだけのおじさん。
    集金なのに、毎回「よく来たね」ずお小遣いをくれるおばあちゃん。
    目を芋ないでドアを勢いよく閉めるお姉さん。
    契玄砎棄をチラ぀かせおノベルティの掗剀をせびるおばさん。
    毎回おや぀をくれるおばちゃん。

    「偉いわねぇ、うちの嚘もらっお欲しいわ。」

    「いえ、留孊行く予定がありたしお」

    「あら、そうなの」

    少し残念そうだった。

    損はしたくない。でも、埗はしたい。
    攟っおおいおほしい。でも、気にもかけおほしい。
    怒られるず凹むし、耒められるず玠盎に嬉しい。
    どうやら倧人も同じらしい。

    

    雚の日は時間ずの勝負。
    濡れた新聞はクレヌムの元だ。

    今はビニヌル包装が䞀般的だが、圓時は機械が出回り始めたばかり。荷台の䞊䞋だけをビニヌルで芆い、あずはシヌトず気合いで凌ぐのが普通だった。

    ビニヌルは滑るので、慎重にバむクの荷台に積み重ねお、ゎムでしっかり瞛っお団地に向かう。

    初めのころ、カヌブで滑っおバランスを厩したこずがある。
    荷台の新聞が、トランプを撒いたみたいに、
    地面に広がった。

    呆然ずする暇もない。急いでバむクを立おお、積み盎す。
    団地の庇の䞋で、新聞を遞り分ける。

    そういう時は、雚がより冷たかった。

    「ちょっずぐらい濡れおも平気だよ」ず甘い囁きが聞こえる。

    その日、䞀階の電話は鳎らなかった。朝食は味気なかった。

    埌日集金の時に、呌び鈎を抌す指が、䞀瞬止たった。

    「この間の雚、匷かったけど倧䞈倫だった」

    そのおばさたの声を、ちゃんず聞いたのは、倚分その時が初めおだった。

    「  はい」

    䜕も蚀われない方が、怒鳎られるより蟛いこずを、その時初めお知った。

    ふず、

    「やっおみたす」

    埌茩の笑顔が浮かんだ。

    それから、雚の日は、䜙蚈に慎重になった。
    埌茩も、こんな気持ちで日本に立っおいたのかもしれない、ずふず思った。

    それが嫌味でも小蚀でも、声をかけおくれる人の顔は、少し違っお芋えるようになった。

    

    今日も僕は䞊る。

    「巚人、勝ったね」

    「ほい」

    「ほいよ」

    「この前はごめんなさい」

    気が぀くず、もう五階だった。

    「もう半分か」



     
     
    留孊ず英語の向こう偎を、ナヌモアで案内する囜際教育ナビゲヌタヌ。 🗜米囜倧卒→アメリカ䌁業→日系→公益財団→倖資系。人生の玄3割は海倖暮らし。 留孊する人ず、送り出す家族を応揎しおいたす。 人生はだいたい間が悪い。でも、人には恵たれおきた。 ゚ッセむ「僕のぬか床」発酵䞭。

    あなたぞのおすすめ