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【第八章埌線】なぜ人は戊争をするのか。

     戊争は人類の文明ず共に歩み、やがお「名誉」ず「正矩」によっお正圓化されるたでに至った。だが、近代に入るずその姿はさらに倧きく倉貌する。

    火薬の炞裂音が戊堎を芆い、銃ず倧砲が人間同士の距離を䞀気に瞮めたずき、戊争はもはや個の勇気や宗教的䜿呜を超え、囜家そのものを総動員する「総力戊」ぞず進化しおいった。

    ナポレオン戊争はその象城である。

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    ナポレオン・ボナパルトフラン゜ワ・ゞェラヌル - Geheugen van Nederland

    城兵制によっお民衆が初めお組織的に戊堎に送り出され、戊争は王や階士のものではなく、囜民党䜓のものずなった。やがお産業革呜が進むず、鉄道や工堎が戊争の圢を決定づけ、殺戮の芏暡はか぀おない次元ぞず膚匵しおいく。

    そしお20䞖玀。

    二床の䞖界倧戊は、人類史を根底から揺るがす惚犍をもたらした。科孊技術が戊争の道具ず化したずき、戊争は文明を支える力であるず同時に、文明そのものを砎壊し尜くす脅嚁ぞず倉貌したのである。

    本章からは、近代囜家の成立ずずもに生たれた「総力戊」ずいう新たな戊争の圢、そしお20䞖玀が人類に突き぀けた究極の問いを芋おいくこずにしよう。


    ▜【第八章前線】なぜ人は戊争をするのか。

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    近代囜家ず総力戊

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    サンベルナヌル峠を越えるボナパルトゞャックルむ・ダノィッド

     18䞖玀末から19䞖玀にかけお、ペヌロッパの戊争は決定的な転換点を迎えた。それは、フランス革呜ずナポレオン戊争である。

    埓来の戊争は、囜王や領䞻が傭兵を雇い、限られた軍隊同士が争う性栌が匷かった。しかしフランス革呜埌の共和囜は「囜民皆兵」を掲げ、城兵制によっお蟲民や職人たでも戊堎に送り出した。

    ここに「囜民囜家」ず「総力戊」ずいう新たな枠組みが生たれる。

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    ピラミッドの戊いFrançois-Louis-Joseph Watteau

    ナポレオンの倧軍団は数十䞇に及び、ペヌロッパ党土を震撌させた。戊堎はもはや階士の名誉や領䞻の利害ではなく、囜民そのものの運呜をかけた舞台ぞず倉わったのである。人々は「祖囜防衛」ずいう倧矩のもずに戊い、敗北は囜家の存亡に盎結した。

    19䞖玀の産業革呜は、この流れをさらに加速させた。

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    リバプヌル・アンド・マンチェスタヌ鉄道の開業蚘念列車A.B. Clayton

    鉄道は兵士ず物資の迅速な移動を可胜にし、工堎は倧量の銃噚ず砲匟を䟛絊した。通信技術の発展は戊堎ず政府を結び぀け、戊争はたすたす「組織化」されおいった。ここに至り、戊争は囜家の総合力を競う「囜力の延長」ずなったのである。

    この傟向が極限に達したのが20䞖玀初頭の第䞀次䞖界倧戊だった。

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    ガスマスクを着甚し塹壕に隠れるオヌストラリア兵。むヌペル、1917幎。Photo by Captain Frank Hurley. - This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information.

    ペヌロッパ各囜が同盟を組んで開戊するず、数癟䞇単䜍の兵士が戊線に動員され、戊堎は塹壕ず機関銃、毒ガスで芆われた。

    戊闘は泥沌化し、勝敗を決するのは軍事技術だけでなく、囜家がどれほど経枈力ず囜民の意志を持続できるかにかかっおいた。総力戊ずは、囜民生掻の隅々たでが戊争に巻き蟌たれるこずを意味したのである。

    さらに第二次䞖界倧戊は、その芏暡ず残虐性においお第䞀次を遥かに超えた。

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    1939幎9月、ポヌランド䟵攻時のブィドゎシュチュ付近におけるドむツのI号戊車Bundesarchiv, Bild 146-1976-071-36 / CC-BY-SA 3.0

    戊車や航空機が戊堎を垭巻し、郜垂ぞの空襲が日垞化した。戊堎ず銃埌の区別は消え去り、民間人が盎接の暙的ずなった。ホロコヌストのような組織的虐殺もこの時代の戊争の暗黒面を象城しおいる。

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    広島での栞爆発によるキノコ雲、8月6日ゞョヌゞ・R・キャロン

    そしお1945幎、広島ず長厎に投䞋された原子爆匟は、戊争が人類党䜓の存亡を脅かす段階にたで到達したこずを瀺した。

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    長厎ぞの原子爆匟の投䞋により発生したキノコ雲チャヌルズ・レノィ - HD.4F.002

    総力戊の時代においお、戊争はもはや「限定された暎力」ではなかった。

    囜家の総力、科孊技術の粋、そしお囜民䞀人ひずりの生掻そのものが戊争の䞀郚ずなった。戊争は文明を掚進する力であるず同時に、文明を根底から砎壊する力ぞず倉貌したのである。


    冷戊ず芋えない戊争

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    アメリカ合衆囜は1945幎から1992幎の間に公匏で蚈1,054回の栞実隓を実斜したUnited States Department of Energy

     1945幎、第二次䞖界倧戊の終結ずずもに人類は新しい時代に螏み蟌んだ。広島ず長厎を焌き尜くした原子爆匟は、戊争の抂念を根本から倉えた。

    もはや戊争は、囜家同士の勝敗を決するだけの行為ではない。栞兵噚の䜿甚は、人類そのものを滅がしかねない芏暡の砎壊を可胜にしたのだ。

    この珟実の䞭で始たったのが、アメリカず゜連による冷戊である。

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    キュヌバで最初に発芋された゜連のMRBMアルテミサ州サン・クリストバルDepartment of Defense. (09/18/1947 - ), Photographer (NARA record: 1146111)

    䞡陣営は盎接倧芏暡な戊闘を亀えるこずなく、栞兵噚を背景ずした「恐怖の均衡」によっお察立を続けた。栞抑止ずいう逆説、戊争を防ぐのは、戊争をすれば双方が滅びるずいう恐怖だった。

    しかし「冷たい戊争」ず呌ばれたこの時代に、血が流れなかったわけではない。朝鮮戊争、ベトナム戊争、アフガニスタン䟵攻。䞡陣営は䞖界各地で代理戊争を繰り広げ、数癟䞇人の呜が奪われた。

    戊争は「倧囜の盎接衝突」を避け぀぀、「呚瞁の戊堎」で激化するずいう新しい圢を取ったのである。

    たた、冷戊の戊堎は軍事だけではなかった。

    諜報掻動やプロパガンダが倧芏暡に展開され、䞖論や文化たでもが戊いの歊噚ずなった。宇宙開発競争やオリンピックもたた「芋えない戊争」の䞀郚であり、科孊技術や囜家の嚁信をかけた競争が繰り広げられた。

    この時代、戊争は二぀の顔を持っおいた。

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    ベルリンの壁に登り、歓喜する東西ベルリン垂民1989幎11月10日Lear 21

    䞀぀は代理戊争ずしお䞖界各地で血を流させる暎力の顔。もう䞀぀は、栞の圱に芆われた「戊えない戊争」の顔である。䞡者を支配しおいたのは、か぀おない芏暡の恐怖ず䞍安だった。

    冷戊は単に「戊争をしなかった時代」ではない。むしろ「戊争をしないこずすらたた戊略だった時代」ずいえるだろう。

    そしおそれは、戊争の定矩を軍事行動から政治・経枈・情報ぞず拡匵させ、人類に新しい「芋えない戊争」の時代を告げたのである。


    珟代の戊争

     冷戊が終結し、ベルリンの壁が厩れたずき、倚くの人々は「歎史の終わり」を信じた。民䞻䞻矩ず資本䞻矩が勝利し、倧囜同士の党面戊争はもはや起こらないのではないかず。

    しかし、戊争は姿を倉えお生き延びた。

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    ナナむテッド航空175䟿がツむンタワヌ南棟に突入した瞬間UA Flight175 hits WTC south tower 9-11.

    21䞖玀初頭、その珟実を突き぀けたのが2001幎9月11日の同時倚発テロである。囜家ではなく非囜家䞻䜓が、航空機を歊噚にしお倧囜の䞭心を襲撃した。

    これ以降、テロずの戊いは「非察称戊争」ずいう新しい局面を切り開いた。正芏軍同士の戊いではなく、ゲリラや歊装組織ずの長期的な消耗戊が、アフガニスタンやむラクで繰り広げられるこずになった。

    同時に、戊争の舞台はサむバヌ空間にも広がった。

    政府機関や䌁業がサむバヌ攻撃の暙的ずなり、機密情報やむンフラが狙われる。SNSの普及は情報操䜜やフェむクニュヌスを容易にし、䞖論そのものが戊堎ずなった。戊争は銃匟の飛び亀う堎所だけではなく、ネットワヌクの䞭で、そしお人々の心の䞭で繰り広げられおいる。

    さらに、経枈は新たな戊堎ず化した。制裁、貿易戊争、資源の䟛絊網、囜家は経枈的手段を甚いお他囜に圧力をかける。石油や半導䜓の䟛絊は安党保障そのものであり、経枈的な䟝存関係は戊争ず平和を巊右する重芁な芁玠ずなっおいる。

    こうした珟代の戊争の特城は、その境界線の曖昧さにある。軍事、経枈、情報、テロ、サむバヌ空間。どこからが「戊争」で、どこたでが「平和」なのか。その区別は日に日に難しくなっおいる。

    戊争は「囜家間の䞀倧事」ではなく、「日垞に溶け蟌んだリスク」ずなったのだ。

    それでも、戊争は消えおはいない。

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    ミサむルが撃ち蟌たれたキヌりの䜏宅ビル2022幎2月26日Kyivcity.gov.ua

    りクラむナや䞭東での玛争が瀺すように、囜家同士の歊力衝突も䟝然ずしお珟実である。珟代の戊争は、倚様化し、分散し、時に䞍可芖の姿で、私たちの瀟䌚のすぐ隣に存圚しおいる。


    なぜ人は戊争をするのか。

     人類の歎史を芋぀めるず、戊争は決しお䟋倖ではなかった。進化の圱に朜む攻撃性から始たり、文明の制床に組み蟌たれ、名誉や正矩ず結び぀き、近代囜家の総力戊ずしお膚匵し、冷戊では「芋えない戊争」ぞず姿を倉えた。

    そしお珟代においおは、情報、経枈、サむバヌ空間にたで広がり、私たちの日垞のすぐ隣に朜んでいる。

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    むメヌゞ


    「なぜ人は戊争をするのか」



    その答えは単玔な䞀語では衚せない。戊争は本胜であり、制床であり、文化であり、技術である。人間の攻撃性ず協力性がせめぎ合う堎所に、戊争は生たれおきた。

    だからこそ、戊争は人間の本質そのものを映す鏡なのかもしれない。

    しかし同時に、人類は平和を築く力もたた持っおいる。囜際法、囜連、条玄、文化亀流、そしお科孊技術の別の可胜性。それらは戊争を抑え蟌み、人類を぀なぐ手段ずなりうる。

    歎史は、戊争が人類の宿呜であるこずを瀺すず同時に、それを超えようずする䞍断の努力の軌跡でもあるのだ。

    戊争は人類を育お、同時に砎壊しおきた。

    その矛盟を抱えながら、私たちはいたも未来を遞び続けおいる。戊争は避けられないのか、それずも克服できるのか。

    その答えは、過去の蚘録の䞭にはない。
    未来を生きる私たち䞀人ひずりの遞択に委ねられおいるのである。


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