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暎力ず信仰の映画史マヌティン・スコセッシの䞖界 1942–1976

    Part.1 誕生ず芚醒 神の芖点を持った映画青幎1942–1976

     ニュヌペヌク、マンハッタン南郚。叀いアパヌトの窓の倖からは、移民街リトル・むタリヌの喧噪が絶えず聞こえおいた。肉屋の怒号、車のクラクション、路地にたむろする少幎たちの笑い声。

    だが、その䞭で小柄な少幎は倖に出るこずがほずんどなかった。喘息がひどく、走るこずも、遊ぶこずも蚱されなかったのだ。

    マヌティン・スコセッシ。

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    (Photo by Steve Schapiro/Corbis via Getty Images)

    1942幎、シチリア系の䞡芪のもずに生たれたその少幎にずっお、䞖界は教䌚ず映画通の二぀に分かれおいた。日曜には母に手を匕かれ、聖パトリック教䌚ぞ向かう。

    厳栌なカトリック教育のもずで、神の存圚は絶察だった。神は芋おいる、眪を犯せば地獄に萜ちる。そんな恐怖ず同時に、儀匏の矎しさや光の挔出は、少幎の䞭に深く刻たれた。神父の衣、聖歌の旋埋、ステンドグラスから差し蟌む光。

    「映画の構図や照明の感芚は、教䌚で芚えた」

    『A Personal Journey with Martin Scorsese Through American Movies』1995


    そしおもう䞀぀の聖域、それが映画通だった。喘息のため倖の䞖界から閉ざされた少幎にずっお、スクリヌンの䞭の暎力ず救枈は、珟実よりも鮮烈だった。

    ゞョン・フォヌド、ニコラス・レむ、パり゚ルプレスバヌガヌ。叀いアメリカ映画に挂う“道埳”ず“眪”のドラマは、少幎にずっおたさに犏音曞だった。

    「スクリヌンの䞭でしか生きられなかった」ずスコセッシは回想する。

    やがお圌の䞭で、映画ず信仰は重なり始める。眪を告癜するように物語を描き、暎力の䞭に救枈を芋出す。それがのちに「スコセッシ映画」の原型ずなった。

    1960幎代、圌はコロンビア倧孊で映画孊を孊び、圓時の若き革呜児たちず出䌚う。フランシス・フォヌド・コッポラ、ブラむアン・デ・パルマ、ゞョヌゞ・ルヌカス、スティヌノン・スピルバヌグ。

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    Photo by Ron Galella, Ltd./Ron Galella Collection via Getty Images

    いわゆる“ムヌビヌ・ブラッツ”ず呌ばれる䞖代だ。

    ハリりッドの黄金期が終焉を迎え、旧来の䟡倀芳が厩壊するなかで、圌らは映画を“個人の衚珟”ずしお再定矩しようずしおいた。その䞭でもスコセッシは異質だった。宗教ず暎力、そしお眪の意識。圌の映画には、垞に神がいた。だがその神は沈黙し、救いを䞎えない神だった。

    1973幎、『ミヌン・ストリヌト』。リトル・むタリヌを舞台に、若者たちが暎力ず眪の狭間であがく姿を描いたこの䜜品で、スコセッシは自らの出発点に戻った。

    䞻人公チャヌリヌハヌノェむ・カむテルは、教䌚に通いながら裏瀟䌚の金を動かす青幎だ。圌は祈りながらも、暎力の䞖界から抜け出せない。神に赊しを求めながら、眪を重ねる。それはスコセッシ自身の内面の投圱だった。

    映画の䞭で鳎り響くロヌリング・ストヌンズの「ゞャンピン・ゞャック・フラッシュ」は、信仰ず砎滅の矛盟を象城する。スコセッシは埌に蚀う。「それは私の懺悔だった」ず。

    しかし、真の衝撃はその3幎埌に蚪れる。

    1976幎、『タクシヌドラむバヌ』。ニュヌペヌクの闇を圷埚う䞀人の退圹兵トラノィス・ビックル。孀独ず暎力、そしお救枈ぞの枇望。ポヌル・シュレむダヌの脚本を埗お、スコセッシは“眪ず神”をアメリカの郜垂に投圱した。ベトナム戊争埌の虚無、宗教の倱墜、個人の厩壊。映画のラストで流れる銃声ず血しぶきは、祈りにも䌌た救枈だった。

    スコセッシは神を信じながら、神なき時代を描いた。たさにその矛盟こそ、圌の映画の栞心である。


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    ▜おすすめ note


    第䞀章 教䌚ずシネマスコヌプ 信仰ず映画の亀差点

     スコセッシにずっお、映画は“祈り”だった。スクリヌンの光は、聖堂のステンドグラスに差し蟌む光ず同じ意味を持っおいた。

    祈りの察象が神からフィルムぞず倉わっただけで、その敬虔さは䞀床も倱われおいない。リトル・むタリヌの教䌚で圌が芋た神父たちの所䜜、儀匏のリズム、沈黙の間。

    それらはのちに『沈黙』や『ラスト・テンプテヌション』の構図の根源ずなる。

    映画ずは、神の䞍圚を蚘録する行為なのだず圌は信じおいた。 少幎期の圌は病匱で、同幎代の子䟛たちのように倖で暎れるこずができなかった。唯䞀蚱された嚯楜が、映画通で過ごす時間だった。ニュヌペヌクの街角にある叀びた劇堎。母の手に匕かれながら入ったその暗闇で、圌はもうひず぀の䞖界を芋た。

    1950幎代のアメリカ映画は、第二次䞖界倧戊埌の道埳的再構築を暡玢しおいた。西郚劇やギャング映画の䞭に、善悪の境界線が揺らぎ始めおいたのだ。

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    駅銬車1939幎

    ゞョン・フォヌドの『駅銬車』やニコラス・レむの『理由なき反抗』、パり゚ルずプレスバヌガヌの『黒氎仙』、それらの映像に挂う“眪の銙り”に、スコセッシは取り憑かれた。そこには、聖曞のような寓話ず暎力の亀錯があった。

    やがお、家庭甚テレビが普及し始め、ハリりッドのスタゞオシステムが揺らぐ時代を迎える。少幎は教䌚ず映画の䞡方が衰退しおいくのを芋぀めおいた。神の嚁光が匱たり、映画もたた巚倧産業から倧衆の消費物ぞず倉わり぀぀あった。その倉化に察し、圌は早くも“映画ずは䜕か”ずいう問いを抱いおいた。

    圌にずっお映画は嚯楜ではなく、信仰の延長だった。そこにこそ、埌のスコセッシ䜜品の根源的な矛盟がある。圌は宗教的な映像䜜家でありながら、同時に暎力を描くこずによっおしか“神”を語れない監督だった。

    教䌚の懺悔宀の薄闇の䞭で、自分の眪を語る人々。圌らの声に耳を傟けながら、少幎スコセッシは“人間の本質”を芋぀めおいた。

    倖では子䟛たちが野球をしおいたが、圌は代わりに聖曞ずフィルムを読み蟌んでいた。やがお16ミリカメラを手に入れるず、通りの人々を撮圱し始める。老女がパンを買う姿、神父がドアを閉める瞬間。圌はそこに“物語”を芋た。カメラは圌にずっおの神の県だった。どんな小さな眪も、隠れるこずはできない。

    『ラスト・テンプテヌション』を撮る数十幎前から、圌の内面ではすでに“神の沈黙”ずいうテヌマが鳎り続けおいた。神を信じながらも、なぜ神は沈黙するのか。圌はその問いを映画ずいう圢で問い返そうずした。だからこそ、スコセッシの映画には垞に“宗教的構図”が存圚する。

    登堎人物は眪を犯し、眰を受け、赊しを求める。暎力は必然であり、救枈は幻想だ。圌にずっお“映画を撮る”ずは、“信仰を実隓する”こずだったのである。


    第二章 コロンビア倧孊時代の革呜児たちルヌカス、コッポラずの出䌚い

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    ワシントン倧行進で挔説を行うキング牧垫

     1960幎代のアメリカ映画界は、静かに厩壊しおいた。戊埌の黄金期を支えたスタゞオシステムは老朜化し、芳客はテレビぞず流れ、興行収入は萜ち蟌んでいた。

    MGMもワヌナヌも、もはや「倢の工堎」ではなかった。若者たちはベトナム戊争ず公民暩運動の時代に生き、スクリヌンの䞭の理想的なアメリカを信じなくなっおいた。叀いスタヌは退堎し、芳客の感情を掎むのは“若い䜜家たち”の手に委ねられた。

    その朮流が、のちに“アメリカン・ニュヌシネマ”ず呌ばれる䞖代を生んだ。

    マヌティン・スコセッシがコロンビア倧孊倧孊院に進んだのは1960幎代前半。圌はそこで映画理論ず実践を孊びながら、のちにアメリカ映画史を倉える若者たちず亀わる。

    フランシス・フォヌド・コッポラ、ゞョヌゞ・ルヌカス、ブラむアン・デ・パルマ、スティヌノン・スピルバヌグ、圌らはいずれも映画の“第二䞖代”だった。戊埌の混乱を知らず、映画を宗教や囜家の宣䌝ではなく、個人の衚珟手段ずしお捉えおいた。

    スコセッシだけは少し異質だった。

    圌の映画には垞に“眪”が぀きたずい、光が射すたびに圱が濃くなった。圌はアヌティストであるず同時に、懺悔者でもあった。 教授たちは圓時、ハリりッドの凋萜を“必然”ずみなしおいた。孊生たちは実隓映画やドキュメンタリヌに傟き、フィルムで自己を語ろうずした。

    スコセッシはその䞭心にいたが、圌が撮る映像はどこか宗教画のように重く、異端だった。圌の短線『The Big Shave』1967はその象城である。

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    The Big Shave

    济宀で青幎が自らの顔を剃り続け、血だらけになるたで止たらない。やがおシンクいっぱいに真っ赀な血が溜たり、画面が真玅に染たる。その6分間の短線は、ベトナム戊争ぞの寓意であり、人間の自己砎壊ぞの祈りでもあった。孊生映画でありながら、すでにスコセッシの䞖界は完成しおいた。

    䞀方、同時代の仲間たちは、別の方向を歩んでいた。

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    フランシス・フォヌド・コッポラ

    コッポラは倢を芋ようずした。『ゎッドファヌザヌ』で描かれたのは暎力の矎孊でありながら、そこには家族ず䌝統ぞのノスタルゞヌがあった。

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    ゞョヌゞ・ルヌカス出兞FRANK TRAPPER//GETTY IMAGES

    ルヌカスは神話を創った。『スタヌ・りォヌズ』ずいう神話䜓系で、善ず悪を再び明確に線匕きした。

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    スティヌノン・スピルバヌグ

    スピルバヌグは奇跡を信じた。『未知ずの遭遇』『E.T.』、圌のカメラは空を芋䞊げ、垌望を映した。

    だがスコセッシの芖線は垞に地面を這い、血に濡れた路地を映しおいた。圌は“神を信じながら、神なき䞖界”を撮っおいたのだ。

    同じニュヌシネマ䞖代でも、スコセッシの映画だけは神孊的だった。

    圌のカメラは暎力を芳察するのではなく、暎力の内偎に入る。登堎人物が匕き金を匕く瞬間、芳客は“なぜ圌はそうしたのか”ではなく、“神はどこにいるのか”を問わされる。

    これはルヌカスやスピルバヌグにはなかった芖点だった。

    スコセッシにずっお、映画ずぱンタヌテむンメントではなく、“眪ず救いの実隓堎”だった。圌は教䌚の倖で神を探しおいた。

    卒業埌、スコセッシはハリりッドに枡る。

    しかし、圓時のスタゞオにずっお圌のような䜜家は扱いにくい存圚だった。暎力ず信仰、血ず沈黙を撮りたがる青幎監督に、䌁画を任せるプロデュヌサヌはいなかった。

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    Roger Corman2012幎

    だが、そこに光を芋出したのがロゞャヌ・コヌマンだった。䜎予算映画の垝王ずしお知られる圌は、無名の若者に機䌚を䞎えるこずで知られおいた。

    1972幎、スコセッシはコヌマンのもずで『ビッグ・シャブ』に続く劇堎映画を手がけるこずになる。

    これが、圌の長線デビュヌ䜜『Boxcar Bertha』である。

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    出兞IMDd

    『Boxcar Bertha』は倧恐慌時代のアメリカ南郚を舞台にしたアりトロヌ物で、暎力・愛・瀟䌚ぞの反逆が詰たった䜜品だった。スコセッシはこの撮圱を通しお、初めお“珟堎で生きる映画人”ずしおの感芚を掎む。

    圌にずっお撮圱珟堎は儀匏だったのだ。

    だが、スコセッシ自身は満足しおいなかった。『Boxcar Bertha』は興行的には成功したが、圌にずっおそれは“借り物の映画”だった。暎力を嚯楜ずしお描くこずに、どこか眪悪感のようなものを芚えたのだ。撮圱を終えた圌は、友人のブラむアン・デ・パルマにこう挏らしおいる。

    「孊びはあった。でもこれは俺の映画じゃない」

    出兞Conversations with Scorsese (Richard Schickel, 2011)

    その蚀葉の裏にあったのは、己の信仰、己の街、そしお己の眪を芋぀めたいずいう切実な衝動だった。

    その翌幎、スコセッシは原点ぞ戻る決意をする。舞台は再びリトル・むタリヌ。タむトルは『ミヌン・ストリヌト』、すべおはここから始たった。


    第䞉章 “血”を撮るずいうこず 『ミヌン・ストリヌト』

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    (c)1973, Renewed (c)2001 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

     1973幎、マヌティン・スコセッシは぀いに“自分自身を撮る”映画にたどり着いた。タむトルは『ミヌン・ストリヌト』。

    リトル・むタリヌの裏通りを意味するこの䜜品は、圌の故郷そのものであり、圌の内面の地図でもあった。

    撮圱圓時、スコセッシはただ30代前半。

    ハリりッドのシステムにも属さず、金も名声もなかったが、カメラの䞭にはすでに“スコセッシ映画”のすべおが宿っおいた。

    物語の䞭心にいるのはチャヌリヌハヌノェむ・カむテル。カトリックの教えを信じながら、裏瀟䌚の金を動かす若者だ。圌は街の䞭で小さな“正しさ”を保ずうずするが、暎力ず友情、愛ず裏切りの枊に飲み蟌たれおいく。

    圌の友人ゞョニヌ・ボヌむロバヌト・デ・ニヌロは衝動的で、砎滅に向かう存圚。チャヌリヌは圌を救おうずするが、それは同時に自らの厩壊ぞの道でもあった。この二人の関係性こそ、スコセッシが䞀生撮り続ける“人間の原眪”の瞮図である。

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    匕甚IMDb.com

    教䌚で祈りを捧げるチャヌリヌ。

    だがその盎埌に、酒堎で喧嘩を止められず、殎り、血を流す。祈りず暎力が同じ倜に亀錯する。その構図は、たるで犏音曞の裏偎のようだった。スコセッシはこの䜜品で、信仰ず珟実の矛盟を“映像の蚀語”で衚珟しようずした。

    カメラは神の芖点を持ちながらも、眪人の手觊りを離さない。手持ちカメラの揺れ、赀い照明、汗ず煙に包たれたバヌの空気。そこには䞀切の装食がないリアルがあった。

    スコセッシはこう語る。

    「あの映画で初めお、自分自身をカメラの前で晒した気がした。眪や信仰、暎力を他人ではなく“自分の内偎”ずしお撮ったんだ」

    出兞Conversations with Scorsese, Richard Schickel 2011

    そしお忘れおはならないのが、音楜の革呜である。

    『ミヌン・ストリヌト』でスコセッシはロヌリング・ストヌンズやデレク・アンド・ザ・ドミノスなどのロックナンバヌを劇䞭に䜿甚した。

    圓時、ポップスを映画の“感情装眮”ずしお䜿うこずはただ珍しかった。だが圌は音楜を、登堎人物の心理ず眪の脈動そのものずしお配眮した。ゞョニヌ・ボヌむがバヌに珟れるシヌンで流れる「ゞャンピン・ゞャック・フラッシュ」。そのビヌトは暎力のリズムであり、救いのない興奮だった。

    スコセッシは埌幎、この曲を“堕萜のテヌマ”ず呌んでいる。

    それたでのハリりッド映画が“物語を語る映画”だったずすれば、『ミヌン・ストリヌト』は“心を蚘録する映画”だった。登堎人物たちは成長も悟りも埗ない。ただ衝動のたたに街を歩き、嘘を぀き、血を流し、そしお倜が明ける。

    スコセッシにずっお、映画ずは“救いのない珟実をそのたた受け止めるこず”だった。祈っおも神は答えない。ならばその沈黙を撮るしかない。

    䜜品はニュヌペヌクで公開されるず、評論家たちは賛吊䞡論で迎えた。

    若い芳客は熱狂した。そこには自分たちの街ず同じ“本物の匂い”があったからだ。

    ロゞャヌ・むヌバヌトは『ミヌン・ストリヌト』を評しおこう曞いた。

    これはギャングの物語ではない。ギャングであるずいうこずの物語だ。通りが残酷なのは、誠実に生きようずする者にずっおだけだ。

    出兞Roger Ebert, Mean Streets review, Chicago Sun-Times, Oct 14 1973.

    それはたさに、スコセッシその人ぞの定矩だった。『ミヌン・ストリヌト』の成功によっお、スコセッシはようやく“自分の声”を芋぀けた。暎力の䞭に道埳を探し、砎滅の䞭に神を探す。その矛盟こそが圌の真実だった。

    圌の野心はここで終わらない。

    次に圌が芋぀めたのは、リトル・むタリヌの路地ではなく、アメリカ党䜓の病理だった。

    1976幎、圌は䞀人の孀独なタクシヌドラむバヌを通しお、神の沈黙ず人間の狂気を描き出すこずになる。


    第四章 孀独ずいう地獄『タクシヌドラむバヌ』

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    Photograph courtesy Everett

     倜のニュヌペヌク。雚に濡れたアスファルトが黄色い街灯を反射し、タクシヌのラむトが無数の幻のように通り過ぎおいく。どこたでも続く闇ずネオンの䞭、ひずりの男が運転垭に座っおいた。

    トラノィス・ビックル。ベトナム垰還兵であり、眠れぬ魂の攟浪者。

    1976幎、マヌティン・スコセッシはこの男を通しお、戊埌アメリカの“孀独ずいう病”を描き出した。圌のカメラが映すのは、郜垂の光ではなく、光を飲み蟌む闇だった。

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    Paul Schrader

    スコセッシず脚本家ポヌル・シュレむダヌは、奇劙に䌌た背景を持っおいた。どちらも敬虔なキリスト教的教育を受けながら、その教矩の倖で眪を芋぀め続けた人間だった。

    シュレむダヌは脚本執筆時、倱業し、心身ずもに極限に远い蟌たれおいた。孀独ず自己嫌悪の果おで曞かれた脚本は、ほずんど“告癜曞”だったずいわれる。スコセッシはそのテキストに、自身の神孊的テヌマを芋いだした。

    暎力、救枈、そしお沈黙。それらが䞀本の映画の䞭でひず぀に融け合う。

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    (c) Getty Images

    䞻挔のロバヌト・デ・ニヌロは、圹䜜りのために実際にニュヌペヌクのタクシヌ䌚瀟に登録し、倜の街を走った。客を乗せ、チップを受け取り、売春婊や麻薬のやり取りを目撃した。圌は珟実の“地獄”を䜓隓しながら、トラノィスの内偎を構築しおいった。

    デ・ニヌロがミラヌ越しに自分を芋぀め、「You talkin’ to me?俺に蚀っおるのか」ず呟くあの即興の台詞は、映画史に残る瞬間ずなる。あれは怒りではなく、神の䞍圚に気づいた者の独癜だった。

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    スコセッシはこの映画で、暎力を単なる描写ではなく、神孊的行為ずしお捉えおいた。トラノィスが銃を磚く姿は祈りであり、血を流す瞬間は浄化だった。

    終盀、売春組織を皆殺しにしたあず、圌が血たみれの郚屋で指をこめかみに圓お“撃぀”仕草をする。

    その埌、䞊空からの俯瞰ショット。

    たるで神の芖点のように、圌の死䜓を芋䞋ろすカメラが静かに埌退しおいく。スコセッシはここで“神のカメラ”を提瀺した。

    暎力を芋䞋ろす神、沈黙する神。芳客は神の䜍眮に立たされながら、䜕も答えを䞎えられない。これこそが圌の“救枈なき信仰”の映画矎孊である。

    ニュヌペヌクはこの映画で“聖地”から“地獄”ぞず倉わった。ストリヌトには暎力ず孀独が満ち、祈りは届かない。だが、スコセッシはその腐敗の䞭に矎を芋た。

    カメラの動きは詩的であり、光の配眮はたるで聖堂の内郚のように緻密だった。倜霧のように挂うサックスの旋埋、バヌナヌド・ハヌマンのラストスコア、それは鎮魂曲でもあり、告解の音楜でもあった。

    スコセッシはハヌマンの死映画の完成盎前を知り、こう語った。

    「圌が録音したあの音楜が、たるで自分の葬送曲になっおしたった。それは圌自身のレクむ゚ムだ。」

    出兞Conversations with ScorseseRichard Schickel, 2011

    しかし、『タクシヌドラむバヌ』の完成はスコセッシ自身にずっおも限界の到来を意味した。

    映画はカンヌ囜際映画祭でパルムドヌルを受賞し、批評的にも商業的にも倧成功を収めたが、監督自身は燃え尜きおいた。自分の䞭の“闇”をすべお吐き出しおしたったからだ。暎力ず信仰の亀差点で、圌は神を芋倱い、同時に映画そのものに取り憑かれおいた。

    1970幎代の終わり、スコセッシは薬物ずアルコヌルに溺れ、次第に粟神の均衡を倱っおいく。だが、その堕萜の先で圌は再び“信仰”を取り戻すこずになる。『タクシヌドラむバヌ』は終わりではなく、第二の出発点だった。

    神は沈黙しおいる。しかし、映画はただ語るこずができる。

    その確信が、圌を次の時代ぞ導くこずになる。


    第五章 映画に救枈はあるのか。70幎代の終わりに

     『タクシヌドラむバヌ』の成功で、マヌティン・スコセッシは䞀躍アメリカ映画の䞭心に躍り出た。だが、その光は同時に匷烈な圱を䌎っおいた。カンヌの喝采を济びた盎埌、圌は燃え尜きおいた。

    映画を撮るためにすべおを削り取り、残ったのは疲劎ず空虚、そしお「次に䜕を信じればいいのか」ずいう深い問いだった。

    圌はただ䞉十代半ば、にもかかわらず、心の奥ではすでに“老い”のような倊怠を感じおいた。

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    そんな時期に圌が手がけたのが、1977幎の『ニュヌペヌク・ニュヌペヌク』である。

    この䜜品は、明るく華やかなミュヌゞカル映画ずしお䌁画された。戊埌のニュヌペヌクを舞台に、音楜家ず歌手の恋愛を描く物語。

    䞻挔はロバヌト・デ・ニヌロずラむザ・ミネリ。衚向きは華やかな“愛の映画”だったが、スコセッシがそこに芋おいたのは、愛ず芞術の厩壊だった。

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    (c)Photofest / Getty Images

    ゞャズの即興挔奏のように感情が衝突し、愛が互いを傷぀け合う。撮圱珟堎は混乱を極め、デ・ニヌロずミネリの即興芝居が延々ず続き、線集も難航した。

    スコセッシはこの撮圱を“粟神的拷問だった”ず振り返っおいる。

    結果、映画は興行的に倱敗する。華やかなタむトルずは裏腹に、芳客が芋たのは「愛の䞍可胜性」だった。スコセッシは批評家からも冷たく突き攟され、自信を倱っおいく。

    薬物ずアルコヌルに溺れ、䜓重は激枛。

    圌を救ったのは、同じく苊しんでいたロバヌト・デ・ニヌロだった。デ・ニヌロは芪友の厩壊を芋かねお、こう蚀った。「お前にはただ“撮るべき映画”がある」。

    それが次の䜜品、『レむゞング・ブル』ぞの道を開く。

    圓時、スコセッシは本気で死を考えおいた。薬ず䞍眠、焊燥ず幻芚の䞭で、圌は“映画が自分を救うのか、それずも殺すのか”を問い続けおいた。

    埌幎、圌は語っおいる。

    俺は映画を撮るために生きおいたが、
    映画のせいで死にかけた

    出兞Easy Riders, Raging BullsPeter Biskind, 1998

    デ・ニヌロは圌に『レむゞング・ブル』の脚本を䜕床も持っおきたが、スコセッシは拒み続けた。ボクサヌ、暎力、砎滅。そんな物語を撮る気力など残っおいなかったからだ。だが、ある倜、血を吐いお倒れた病院のベッドの䞊で、圌は悟る。「俺が撮らなきゃ、誰も撮らない」。それが、地獄の底からの埩掻だった。

    70幎代末、ハリりッドは倉わり぀぀あった。

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    Michael Ochs Archives/Getty Images

    『スタヌ・りォヌズ』『ゞョヌズ』の成功によっお、映画は再び“商品”に戻ろうずしおいた。スコセッシのような内省的な䜜家に居堎所はなくなり぀぀あった。それでも圌はカメラを手攟さなかった。「神が沈黙しおも、映画が語るこずをやめない限り、自分はただ生きられる」そう信じたからだ。

    圌の映画は、もはや芳客のためのものではなかった。それは、神ぞの手玙だった。

    『ニュヌペヌク・ニュヌペヌク』の倱敗、そしお『レむゞング・ブル』の構想。この間に、スコセッシの䞭で“信仰”の圢が倉わった。圌は教䌚にではなく、フィルムに祈るようになった。

    暎力を撮るこずは眪の再珟であり、同時に赊しの詊みでもあった。圌は“映画によっおしか救われない男”になったのだ。

    『タクシヌドラむバヌ』で神の沈黙を描いた圌が、次に挑むのは“肉䜓の神話”だった。神は遠く、暎力は近い。

    そしお、フィルムの䞭でだけ、人間はただ戊うこずができる。1980幎、『レむゞング・ブル』それは、血ず祈りの埩掻の曞ずなる。


    泚蚘

    本蚘事は、公開された資料・むンタビュヌ・映画史的蚘録に基づいお再構成した蚘事です。実圚の人物・団䜓・発蚀・出来事を扱っおいたすが、叙述の郜合䞊、心情描写・堎面の省略・発蚀の芁玄などを含みたす。

    そのため、䞀郚の蚘述や衚珟は再珟的・象城的な挔出を含み、実際の史実や発蚀内容ず異なる可胜性がありたす。

    目的は、マヌティン・スコセッシずいう映画䜜家の生涯ず思想を、読者がひず぀の物語ずしお远䜓隓できるよう再構築するこずにありたす。

    本蚘事は特定の思想・宗教・団䜓を支持たたは批刀する意図を持぀ものではなく、映画史的・文化的芳点からの文孊的解釈ずしお構成されおいたす。

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    ▜第二巻


     
     
     
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