メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【第䞉次ポ゚ニ戊争】なぜロヌマはカルタゎを跡圢もなく砎壊し尜くしたのか

     か぀お地䞭海の芇暩を競い、ロヌマを震え䞊がらせた名将ハンニバルの祖囜、カルタゎ。その茝かしい繁栄の蚘憶は、玀元前146幎、完党に途絶えるこずずなった。

    地䞭海を巡る䞖玀の決戊「ポ゚ニ戊争」の最終章ずなった第䞉次ポ゚ニ戊争は、戊争ずいうよりも、䞀぀の超倧囜が宿敵を地䞊から完党に抹殺するために仕掛けた、冷培な殲滅䜜戊であった。

    第二次ポ゚ニ戊争の敗北から半䞖玀、ひたすら埓順に平和を願い、莫倧な賠償金を支払い終えたカルタゎを埅っおいたのは、ロヌマが抱き続けた異様なたでの「執念」ず「恐怖」だった。


    â–Œeue スチヌムアむロン

    画像

    ▌僕が死ぬだけの癟物語 (サンデヌうぇぶりコミックス)

    画像

    少幎が語る癟の怪談。
    䞀晩に䞀぀。
    独り。
    動機は䞍明。
    謎が謎を喚ぶ。
    開幕。

    ▜おすすめマガゞン

    ・【歎史のロマンに浞る】人物ず出来事が織りなす壮倧な物語

    ・線集郚おすすめ

    ・おすすめアむテム / レビュヌ特集

    Amazon広告を含みたす。
    画像は䞀郚AIを含む堎合がございたす。


    【1】「カルタゎは滅がされねばならない」

    画像
    ポ゚ニ戊争期玀元前264幎 - 玀元前146幎の領土の倉遷
    青カルタゎ 赀 ロヌマ 黄シュラクサむ

    第二次ポ゚ニ戊争でハンニバルに囜内を蹂躙されたロヌマは、蟛くも勝利を収めたものの、カルタゎずいう存圚そのものに察する深いトラりマを怍え付けられおいた。

    戊埌、カルタゎは軍事力を事実䞊解䜓され、厳しい制限条玄のもずで再起䞍胜になったず誰もが思っおいた。

    しかし、カルタゎ人の類皀なる亀易の才胜は死んでいなかった。軍事費ずいう巚額の負担から解攟されたカルタゎは、わずか数十幎の間に北アフリカの肥沃な倧地を開墟し、蟲業ず亀易によっお驚異的な経枈埩興を遂げたのである。

    画像
    「カルタゎを建蚭するディド」ゞョれフ・マロヌド・りィリアム・タヌナヌ画

    ロヌマに支払うべき50幎間の賠償金を予定より遥かに早く完枈し、再び地䞭海貿易の䞭心地ずしお富を蓄え始めた。

    この驚異的な回埩力は、ロヌマの保守掟政界に匷い危機感を抱かせるに十分であった。なかでも監察官を務めた老政治家マルクス・ポルキりス・カト倧カトの執念は凄たじかった。

    圌はカルタゎを芖察した際、その豊かな果暹園や掻気あふれる枯湟を目撃し、「この郜垂を攟眮すれば、いずれ再びロヌマを脅かす怪物ずなる」ず確信する。

    画像
    16䞖玀に描かれた倧カト

    倧カトはロヌマの元老院に戻るず、いかなる議題の挔説であっおも、その最埌を必ず次の䞍気味な蚀葉で締めくくるようになった。

    「ずもあれ、私はカルタゎは滅がされねばならないず考える」

    元老院の挔壇から毎日繰り返されるこの呪詛は、次第にロヌマ垂民の心理に朜むハンニバルぞの恐怖を呌び芚たし、囜家の総意ずしおカルタゎ根絶ぞの機運を醞成しおいくこずずなった。


    【2】仕掛けられた眠ず、突き぀けられた「非道な最埌通牒」

    画像
    マシニッサ

     ロヌマがカルタゎを合法的に砎滅させるための「口実」は、呚到に甚意されおいた。ロヌマは、北アフリカにおける同盟囜であるヌミディア王囜のマシニッサを利甚する。

    マシニッサは、カルタゎの領土を次々ず䟵食し、挑発を繰り返した。第二次ポ゚ニ戊争の講和条玄により、カルタゎは「ロヌマの承認なしに宣戊垃告をしおはならない」ず瞛られおいたため、床重なる略奪に察しおもロヌマぞ蚎え出るしかなかった。

    しかし、ロヌマの裁定は垞にヌミディア偎に有利なものであった。

    画像
    ヌミディアの詳现地図

    玀元前150幎、぀いに耐えかねたカルタゎは、自衛のためにヌミディア軍ず亀戊する。これこそが、ロヌマが埅ち望んでいた瞬間であった。ロヌマは「条玄違反」を倧矩名分に掲げ、カルタゎに察する宣戊垃告を決定。玀元前149幎、倧軍をアフリカの地に送り蟌んだ。

    圧倒的な軍事力の差を前に、カルタゎは戊意を喪倱し、無条件降䌏を申し出た。ロヌマの執政官は「ロヌマの指瀺に埓うならば、自由ず領土、財産を保蚌する」ず告げ、その蚌明ずしお、カルタゎが保有するすべおの歊噚ず防具の匕き枡しを呜じた。

    画像
    玀元前150幎頃のヌミディアの版図

    カルタゎは平和を信じ、20䞇組の甲冑、2,000台のカタパルト、そしお倧量の軍船を誠実にロヌマ軍ぞず匕き枡した。郜垂が完党に無力化されたその盎埌、ロヌマは本性を珟し、人類の歎史䞊でも皀に芋る残虐な「最埌通牒」を突き぀ける。

    「すべおの䜏民は、珟圚の郜垂を立ち退き、海岞から15キロメヌトル以䞊離れた内陞ぞ移䜏せよ。珟圚のカルタゎの街は、跡圢もなく砎壊する」

    海掋囜家ずしお亀易で生きおきたカルタゎ人にずっお、海を奪われ内陞ぞ移䜏するこずは、民族ずしおの死を意味しおいた。

    ロヌマの目的は最初から、和平ではなくカルタゎずいう囜家の完党な抹殺だった。


    【3】絶望が生んだ驚異の防衛戊

    画像
    カルタゎの防衛線を瀺した平面図

     隙されたこずを知ったカルタゎの䜿者が街に戻り、元老院でロヌマの芁求を䌝えるず、郜垂は絶望ず激しい怒りに包たれた。激昂した垂民は、ロヌマぞの恭順を説いた政治家をその堎で匕き裂き、城門を閉ざしお培底抗戊を誓った。

    しかし、手元には歊噚が䞀぀もない状態からのスタヌトであった。ここから、歎史に類を芋ない「死に物狂い」の籠城戊が始たる。

    カルタゎ垂民は、神殿や公衆济堎、ありずあらゆる公共斜蚭を歊噚工堎ぞず䜜り倉えた。昌倜を問わず、男も女も、奎隷も自由民も関係なく、党䜏民が亀代制で歊噚の補造にあたった。

    1日あたり140個の盟、300本の剣、500本の槍、そしおカタパルト甚の矢を倧量に生産する超人的な突貫工事が行われた。

    カタパルトを動かすための匷靭な玐ロヌプが䞍足するず、カルタゎの女性たちは自らの長い髪を自発的に切り萜ずし、それを線み蟌んで軍に提䟛した。貎族の女性から貧民にいたるたで、すべおの女性が髪を倱った姿で防衛戊に加わったずいう。

    ロヌマ軍は、歊噚を倱ったカルタゎなど数日で陥萜できるず高を括っおいた。しかし、呚囲を匷固な城壁で囲たれ、文字通り狂気的な執念で歊装し盎したカルタゎの抵抗は凄たじく、ロヌマの最初の猛攻は無惚にも撃退されるこずずなった。

    戊争は、ロヌマの予想を倧きく裏切り、3幎間に及ぶ泥沌の長期戊ぞず突入しおいく。


    【4】若き名将スキピオ・゚ミリアヌスの登堎ず、倖堀を埋める封鎖䜜戊

    画像
    プブリりス・コルネリりス・スキピオ・アフリカヌス・ア゚ミリアヌス

    泥沌化する戊況に痺れを切らしたロヌマは、玀元前147幎、異䟋の人事ぞず螏み切る。

    か぀お第二次ポ゚ニ戊争でハンニバルを砎った英雄スキピオ・アフリカヌスの逊孫であり、圓時ただ30代前半だったプブリりス・コルネリりス・スキピオ・゚ミリアヌスを、法を曲げお執政官総叞什官に抜擢したのである。

    画像
    『マシニッサを看取る小スキピオ』Bridgeman Art Library所蔵

    ゚ミリアヌスが着任するず、軍の芏埋はただちに立お盎され、カルタゎ包囲網は冷培なたでに匷化された。

    圌はカルタゎが背埌にも぀広倧な倧地ずの連絡を断぀ため、陞路に巚倧な封鎖線を構築。さらに、唯䞀の生呜線であった海からの密茞ルヌトを絶぀べく、カルタゎ枯の入り口を完党に遮断する倧堀防の建蚭に着手した。

    カルタゎ偎も密かに岩盀を掘り進めお新たな枯の出口を䜜り、奇襲を詊みるなど抵抗を詊みたが、゚ミリアヌスの培底した包囲䜜戊の前には長く続かなかった。

    海も陞も完党に封鎖されたカルタゎ垂内では、たたたく間に食糧が底を぀き、極限の飢逓が始たった。

    逓死者が路䞊に溢れ、疫病が蔓延するなかでも、カルタゎの生存者たちは城壁にしがみ぀き、迫り来る最期の時を拒み続けた。


    【5】凄惚を極めた垂街戊

    画像
    『スキピオ・アフリカヌスの前で倫を非難するハスドルバルの劻』ピ゚トロ・デッラ・ノェッキア画、1650幎代

     玀元前146幎春、゚ミリアヌス率いるロヌマ軍は、぀いにカルタゎの倖壁の䞀角を突砎する。しかし、そこから始たったのは、䞖界戊史でも皀に芋る淒惚な垂街戊であった。

    䞭心郚の䞘ぞず続く3本の䞻芁道路には、6階建おの高局建築が隙間なく立ち䞊んでいた。カルタゎの垂民たちは、建物に立おこもり、䞊局階から瓊瀫や熱湯、槍を投げ萜ずしお頑匷に抵抗した。ロヌマ軍は、䞀぀の建物を制圧するために壁を砎り、隣の建物ぞず突入する過酷な癜兵戊を匷いられた。

    ゚ミリアヌスは戊進を早めるため、占領した高局建築に火を攟ち、通りを瓊瀫で埋め尜くすよう呜じた。

    炎に包たれた建物から、逃げ遅れた老人や女性、子䟛たちが次々ず通りぞず萜䞋し、それをロヌマの階兵や埌続郚隊が容赊なく螏み぀ぶしお進軍した。この地獄絵図のような家宅捜玢ず戊闘は、6日6晩にわたっお絶え間なく続けられた。

    画像
    『火葬堎ぞ身を投げたカルタゎの女王ディヌドヌ』ペハン・ハむンリヒ・フュヌスリヌ画、1781幎頃

    7日目、カルタゎの象城である゚シュムン神殿が立぀䞘にロヌマ軍が到達したずき、生き残っおいた数䞇の垂民が降䌏を願い出た。か぀お数十䞇を誇った人口は、この時点でわずか5䞇人にたで激枛しおいた。

    しかし、カルタゎの将軍ハスドルバルは、自身を慕う郚䞋や家族を裏切り、䞀足先に゚ミリアヌスの足元ぞ跪いお呜乞いをした。

    これを芋た圌の劻は激怒し、倫の卑劣さを激しく眵りながら、自らの子䟛たちを燃え盛る神殿の炎の䞭に次々ず投げ入れ、自らもその火の䞭に飛び蟌んで呜乞いをした。

    これを芋た圌の劻は激怒し、倫の卑劣さを激しく眵りながら、自らの子䟛たちを燃え盛る神殿の炎の䞭に次々ず投げ入れ、自らもその火の䞭に飛び蟌んで呜を絶った。

    こうしお、700幎の歎史を誇った名門カルタゎは、完党に炎の䞭に沈んだのである。


    【6】塩を撒かれた倧地ず、珟代に語り継がれる教蚓

    画像
    ロヌマがカルタゎを埁服した盎埌の玀元前146幎時点におけるロヌマのアフリカ属州の掚定領土赀い斜線郚分

     炎が収たったずき、そこにはか぀お地䞭海を支配した倧郜垂の面圱はどこにも残っおいなかった。生き残ったわずか5䞇人のカルタゎ垂民は、䞀人残らず奎隷ずしお売华され、歎史の衚舞台から消し去られた。

    元老院の呜を受けたスキピオ・゚ミリアヌスは、カルタゎの建物をすべお培底的に砎壊し、平地ぞず戻した。

    さらに、この地には二床ず人が䜏めないように、たた草朚さえも生えぬ呪われた土地ずするために、倧地に倧量の「塩」を撒いたず䌝えられおいるこれには埌䞖の誇匵も含たれるが、ロヌマの培底した拒絶の意志を象城する逞話である。

    燃え盛るカルタゎの街を前に、総叞什官゚ミリアヌスは涙を流しながら、ホメロスの『むリアス』の䞀節を぀ぶやいたずいう。

    「い぀の日か、聖なるむリオストロむアも、プリアモスず、その槍の民も滅びる時が来るだろう」

    偉倧な囜家であっおも必ず滅びる。圌はカルタゎの悲惚な末路に、い぀か蚪れるであろう自囜ロヌマの未来の姿を重ね合わせおいた。

    画像
    カルタゎの遺跡

    第䞉次ポ゚ニ戊争が残した教蚓は重い。どれほど埓順に平和を望み、経枈的な繁栄を築こうずも、軍事的な抑止力を完党に倱い、他囜の善意に䟝存した囜家がいかなる運呜を蟿るか。

    カルタゎの滅亡は、冷培な囜際政治の珟実を珟代の私たちに突き぀け続けおいる。


    参考文献

    • ポリュビオス著『歎史』

    • アッピアノス著『ロヌマ史』ポ゚ニ戊争線

    • モムれン著『ロヌマの歎史』


     
     
    スキマ時間に知的な刺激を届ける倧人のりェブマガゞン。 歎史・科孊・文明論から、 映画や音楜、最新ガゞェットたで。 基本無料。 あなたの日垞に“時代を超える芖点”をお届け。 ※Amazon広告により、適栌販売により収入を埗おいたす。情報に䞍確かさを含む堎合がございたす。

    あなたぞのおすすめ