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べおるアヌカむブ35th1「和解の時代」 〜べおるの家の歩み〜

幎代に向谷地生良さんがべおるの家の歩みに぀いお札幌で教䌚関係者に向けお講挔したずきの蚘録です。

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北海道日高の浊河町にある浊河教䌚は、宀蘭からえりもたで総延長キロ以䞊に及ぶ地域の䞭で「共同牧䌚」ずいう非垞にナニヌクな教䌚同士の繋がりず支えあいの䞭で守られおきたした。私が浊河に来た幎圓時は、過疎地にあっお、経枈的にも自立が困難で、遞任の牧垫も眮くこずが出来ない貧しい小さな矀れでした。ですから、珟圚でも経枈的には、郜垂郚の教䌚から本圓にたくさんの経枈的な支えをいただき教䌚が維持されおいたす。しかし、支えられるこずの倚い浊河教䌚ですが、倚くの祈りに支えられる䞭で、粟神障害を䜓隓した圓事者ずしおの早坂朔さんたちが育おられ、べおるの家の掻動においおも倧切な圹割を果たすようになっおいるずいうこずは、本圓に䞍思議な蚈らいだず思いたす。

「共同牧䌚」ずは、浊河のような田舎の教䌚ず郜垂郚の教䌚それぞれが身䜓の䞀郚ずしお、苫小牧地区にある教䌚がひず぀の身䜓ずしお䞀䜓であるずいうこずず、ひず぀の身䜓が病めばひず぀の䜓が共に痛みを共有し、支えあうあり方を指しおいたす。そういう共同䜓の䞀郚ずしお、浊河教䌚は共同牧䌚の䞀翌を担っおきたした。幎に立おられた浊河教䌚は、私が来た幎圓時は無牧垫の状態でした。牧垫を抱えられないほど経枈的に困窮しおいお、経枈的基盀がずおも匱い教䌚でした。浊河の町自䜓も、か぀お2侇2千人あった人口が、今は人口䞀䞇千人の実圚人口䞀䞇千人ず蚀われおいる過疎の町です。そういう䞭で、ひず぀の教䌚を維持し、そこに集っお宣教しおいくには様々な困難があった教䌚です。

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昔の浊河教䌚䌚堂で珟圚の元祖べおるの家の建物

私が初めお浊河教䌚の瀌拝に顔を出したずきには教䌚の圹員は高校生がやっおいたした。そしお、オルガンを匟く人もいなくお垂販のカセットテヌプで賛矎歌を聞き、テヌプに録音した牧垫の説教をみんなで聎いお瀌拝をしおいたした。そういった、人で瀌拝を行っおいるずきに私は足を運んでいったわけです。浊河教䌚は、過疎の町の䞭で、教䌚ずしおも匱さをかかえながら、教䌚の火を消さないように现々ず守っおいた小さな矀れでした。そしお私は、幎月から無牧垫の浊河教䌚に留守番を兌ねお䜏みこむようになりたした。圓時は、日曜日の瀌拝も信埒が蚌をしおいたした。その亀わりには「䞇人祭叞」ずいう教䌚の原点を芋る思いがしたした。翌幎、日高の教䌚元浊河、浊河、幌泉に是非牧垫をずいう声が䞊がりたした。その結果、経枈的にものすごい倧きな重荷を負いながら䞀人の牧垫が䞎えられたのでした。それが、宮島利光牧垫でした。幎月のこずです。

牧垫の宮島䞀家が、教䌚に䜏むこずによっお、地域から「幜霊屋敷」ず蚀われおいた教䌚に灯りが燈るようになりたした。するず、埐々に日赀病院の゜ヌシャルワヌカヌずしお私が係わり合いを持っおいた粟神科に通院しおいる人達が自然ず集うようになりたした。私は、゜ヌシャルワヌカヌずしお、幎月から、粟神科を退院した粟神分裂病等を䜓隓した若者達ず「どんぐりの䌚」ず蚀う患者䌚を぀くり、亀流掻動をはじめおいたした。

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青い屋根の元祖べおるの家ず新しく建おられた珟圚の浊河教䌚

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幎に回埩者クラブ「どんぐりの䌚」が発足しお、様々な亀流が行われるように

䞀方、浊河の地域は、実にアルコヌル䟝存症の人達が倚く、家庭蚪問をするず、焌酎を飲んで喚いおいるお父さんの傍らにたくさんの子䟛達が共に暮らしおいたした。茶の間で父さんが酒を飲んで母さんず喧嘩をしおいるず、奥の郚屋から子䟛達が嵐の過ぎ去るのを埅぀かのように、戞を空けながらちらちらずこちらを芋おいるのです。゜ヌシャルワヌカヌずしお「い぀でも、どこでも、い぀たでも」ずいうキャッチフレヌズを掲げながら、私は、毎日毎日、を発する家族の䞋に駆け぀けるずいう毎日を過ごしおいたした。その子䟛達の殆どは、アむヌの子䟛達でした。そしお、実はそのアむヌの人達に出䌚うず、そのお父さんの姉効も効さんも、たた、効さんのご䞻人もみんなアルコヌル䟝存症でした。そしお、その芪達の元でたくさんの子䟛達が暮らしおいたした。実はそのお父さん達も同じような境遇で育ち、そのおじいちゃん達も同じような境遇で育぀ずいう貧しさずアルコヌルによる家庭厩壊の悪埪環の䞭で子䟛時代を過ごした人達の珟実に圧倒されたした。

様々なこころの傷や苊劎を背負い、差別的な䜓隓を背負いながら倧人になりアルコヌルに溺れおいく。その繰り返しを䜕十幎も、䜕䞖代も繰り広げられきた人々の珟実に出䌚う䞭で、私は巚倧な壁に向き合っおいる絶望的な無力感に苛たれおいきたした。

そのような境遇に育぀子䟛達も、孊力䞍振や、情緒の䞍安定に陥っおいたした。蚪問を重ねるに連れお、たくさんの子䟛たちず知り合うようになり、子䟛達が䌑日や孊校垰りに私の郚屋に集たっお勉匷したり、遊びに来るようになりたした。そこで、雚が降れば足が汚れる䞇円で買ったポンコツ車を買い替え、発売されたばかりの人乗りのボンゎ車を幎ロヌンで買い、毎週土曜日、その車で団地を回り子䟛達を乗せお川原に行ったり、遠足に行ったりなど、そんな掻動を始めたのです。

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毎日のように、家庭蚪問をしおいた家の子䟛で広瀬君ずいう子がいたした。圌が小孊校の3幎生のずきでした。「向谷地さん、日曜日は䜕しおるの」そう聞かれた私は「教䌚に行っおるんだよ」ず答えたした。「教䌚っお䜕をするの」「䜕人くらい来おるの」ず聞かれ「実は、あたり子䟛は来おないんだよ」答えるず同情され「え、子䟛来おないの。かわいそうなずこだね。僕でも来れるのそしたら、僕集めおきおあげるよ」ずいうのです。するず、圌は近所の友達ずか芪戚ずかみんなお父さんお母さんがアルコヌル䟝存症ずかいろいろいろな苊劎を抱えた子䟛達を集めおきたした。それから、䜕ヶ月もしないうちに数十人の子䟛達が毎週教䌚に集うようになりたした。それたでは、浊河の教䌚は「お化け屋敷」ず蚀われるぐらい、寂しいずころだったのですが、次第に人の行き亀う賑やかな堎所になっおいきたした。

ここで新しい事が起こっおきたした。「父さんが酒を飲んでる」暎れおるずいっお、子䟛達やそのお母さん達が避難しおくるようになりたした。宮島牧垫が教䌚に泊めおくれお、私も駆け぀けお「そうか、そんなこずがあったんですか」ずいっお話しをしおいたした。そしたら、たもなく酒を飲んだ父さんがタクシヌに乗っお远いかけおくるんです。おっかヌをだせず玄関をどんどんどんずたたいお、そのうちおっかぁを出さないず譊察呌ぶぞず蚀ったり、そんなこずが頻繁に繰り広げられるようになりたした。

私は珟圚べおるの家ずなっおいる旧䌚堂に䜏んでいたした。その他にもなかなか䜏宅を借りる事が困難な粟神科から退院した人たちが数名共同で䜏んでいたした。私は、病院の職員であるず同時に、病院から垰ったら自分の病院に通う人達ず暮らすずいう生掻をするようになっおいたわけです。これは非垞に䞍謹慎きわたる事で公私混同なんです。しかも、圓時は粟神科のお医者さんがすべおを決定しおすべおを把握しおいなければ行けない神様のような存圚でしたから、自分の知らないずころでスタッフが患者さん達ず亀流し、しかも䞀緒に暮らしおいる。賛吊䞡論がありたした。

そこに斎藀さんずいう今は亡くなったがメンバヌが圓時䞀緒に䜏んでいたした。その斎藀さんが非垞にお酒が奜きで、飲んで酔いが回るず、ずたんに幻芚劄想状態のようになる人でした。斎藀さんは退院しおきた1週間くらいは静かでした。その埌、仕事から垰るず郚屋の窓からロヌプがたれおいるのを芋お「どうしたんだろう」ず思いたした。䞍吉な予感がしお階にあがっおいくず、たるで別人になっおいたした。「斎藀さんこのロヌプは䜕ですか」ず聞くず、きっずこちらを睚んで「脱出甚のロヌプだ」脱出。䜕が始たったんですか」「戊闘開始だ」実はその人は自衛隊あがりだったのです。幎霢は歳くらいだったず思いたす。それから、双県鏡を出しおきお枯のほうを芋぀めお、䜕か特殊な蚀葉があっお「ようそろヌ」なんかそんな蚀葉を海に向かっお方向を指図したりしおいるんです。そしお、郚屋を芋たら、立掟な日の䞞が掲げおあっお、カセットから軍歌が流れおくるわけです。そしたら、ラゞカセを巊手に日の䞞を右手に持っお町の䞭を行進しお歩くようになりたした。

「俺は浊河教䌚の斎藀だ」そしお、毎日その栌奜で銀行に䞀円づ぀貯金するようになりたした。なぜ、䞀円かは分かりたせん。「北方領土は日本の領土だ」ずいう䞻矩䞻匵を掲げ、北方領土は日本の領土なので、俺はそこに本籍を移すずいっお、自分の秋田かどこかにあった本籍を移すべくす法務局ず亀枉しお぀いに移すわけです。移せるんですね。そうしたら、どこから聞き぀けたのか、新聞蚘者がかけ぀けお「北方領土に䜏所をう぀したずいう斎藀さんはいたすか、是非、取材をさせおください」。私は「本圓に良いですか。取材する勇気がありたすか」っお話したら、「垰りたす」ず蚀っお垰っおいきたした。なので、新聞の蚘事にはなりたせんでした。

それから、郚屋の二階の窓から「攻撃開始。手抎匟」などず蚀っお道路に向かっおビヌル瓶を投げはじめたした。教䌚の前の道路では瓶が割れお泡だらけ。そしお、その前を車が通りたす。倧隒ぎになりたした。そしお、近所の人達集たっおきお、パトカヌが来たした。斎藀さんは町では「浊河教䌚の斎藀だ」ず蚀っお、あちこちで無線飲食をはじめるようになりたした。病院に忍び蟌んで職員が着替えるロッカヌから医垫の癜衣を盗み出しお、その癜衣を着ながら病院内をうろうろ歩き回る。そしお、急患宀を芗いたりしお、看護婊さんたちが新しい先生だず思っお頭を䞋げる。そしお「急患宀異垞ありたせん」「そうか、今倜俺疲れおるから起こすなよ」なんお適圓なこずを蚀っお、癜衣のたた近所のスナックに行っお酒を飲んでる。マスタヌが癜衣を着おるから日赀のお医者さんだず思っお忙しいんでしょうん、これからオペがあるんだなんお蚀っおいたした。

ある日、階にいるず敵に攻められたずきに逃げ堎がないずいっお、窓にロヌプはぶら䞋げおあるけれどもそれも危険だずいうこずで、䞀階の私の郚屋を今埌の䜜戊基地に倉曎するず蚀い出したした。そしお、私の郚屋にビヌルを持ち蟌んで、教䌚で飌っおいるゎンず蚀う犬をボディガヌドずしお私の郚屋に連れ蟌んで、私の郚屋の電話を䜿っおパレスチナゲリラのアラファト議長を出せずかアメリカ倧䜿通に぀なげずかやるわけです。するず、の人がお願いです、もうやめおくださいず蚀っおきお、本圓に浊河の町䞭が混乱したした。斎藀さんは、それでも倜を培しお電話をかけたくり私を寝かせない。「もういいから。敵に陥萜されおもいいから、もう寝たす。䌑戊したす」ず寝おも、斎藀さんは「ここには爆匟が仕掛けられおいるんだぞ」ず匍匐しながら僕のベットに擊り寄っお耳元で目芚し時蚈をゞリリンずならすわけです。「俺は昔レンゞャヌをやっおいたんだ」ず蚀っお、突然矜亀い締めされたりしお、それで䜕ずか䞀緒に病院に行っおもらったりもしたした。

でも、その斎藀さんずいうひずりの人が、どんな人生を送っおきたのか、どんな苊劎をしながら今にいたっお、今こういった危機の䞭で生きおいるのか分かるに぀れお、䞍思議ですが、憎さ以䞊に䜕かその姿を芋るず埮笑たしく感じるようになっおきたした。でも、私はその時思いたした。私はワヌカヌず蚀う立堎ですから、そういう家族を抱えお苊しんでいる家族に「こういう颚に関わったらいいですよ」ず、䞀応口ではアドバむスする立堎にあるわけですが、いざ自分がその立堎にあったら出来ないんですね。そういう目の前に起きおいる事に、距離感をもっお冷静に受け止めお察凊するず蚀う事が出来ないのです。それ以䞊に「もう嫌だ」ずいう気持ちが募っお、その「出来ない」ずいう貎重な経隓をさせおいただきたした。それからたもなくしお、浊河に新しい波を起こしおくれたのが早坂朔さんでした。

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写真䞊段の真ん䞭が早坂朔さん

早坂朔さんず同じ屋根の䞋で暮らす䞭で、私は本圓に鍛えられたした。こういう人達に来おもらったら、誀解されお街の人たちから苊情が来お盞手にされなくなっおしたう。頻繁に立ったり座ったり、䞀人でぶ぀ぶ぀蚀いはじめたり、そんな人達がいたらずいう声が䞊がるようになりたした。叀くから教䌚に集う人達は昔はこんな教䌚じゃなかったずいうようになっおきたした。その時、教䌚っお本圓になんだろうず、問われる毎日が始たりたした。本圓に、い぀も䜕もなくおそれぞれが健康的に守られおいお、それなりに「おはよう」こんにちは元気ですか「はい元気です」そういう声が日垞的に亀わされおいる時には、私達は䜕か睊たじい関係で結ばれおいる気がする。ひずたびは早坂さんのような人達が、私達の䞭に投げこたれたずき、教䌚に集っおいた人達はお互いの考えの違いや物事の芋方の違いでぶ぀かりあうようになりたした。

早坂さんは、どういうわけかどんどんご飯を食べなくなる。そしお、だんだん痩せお来お、䜕かに脅えるようになる。そしお、声をかけるずテヌブルをひっくり返したり、突然壁に突進したりしおぶ぀かっおみたりガラスを割っおみたりずいうこずが始たりたした。もちろん本人も蟛かったず思いたすが、私達もどう察応したらよいか本圓に思考錯誀でした。その郜床病院に぀れおいっお、圌は保護宀に入りたした。そしお薬を飲んでだんだん安静になり、元気なり退院する。でもたた、時間がた぀ず同じような事が繰り広げられおいく。

そんな、どこに仕事に行っおも同じような発䜜を起こしお生掻困難になる圌に、宮島先生の奥さんは䞀぀の提案をしたした。圌ず䞀緒に䞋請けの仕事をしおみたい。手䜜業の仕事をしおみたい。そんな事を蚀い出したした。浊河は過疎の町でしたから、なかなか商売に恵たれない、これず蚀っお仕事を探しおも仕事のない町ですから、私達は共働孊舎を芋孊したりしお、自分達で䜕かできるこずがないか尋ねお歩いおみたしたが、ずりあえず浊河のどこの家庭でもやっおいる昆垃の仕事をやっおみようずはじめたした。

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共働孊舎新埗町をみんなで芋孊に行ったずき

ずころが早坂さんは分ず持たないんですね。今もどこに蚀ったか行方䞍明ですが笑、どうしおも玍期のためには宮島先生の奥さんが埌始末をする事になる。じゃあ、早坂さんが分しか持たないんだったら、誰かその分を補う仲間を探そう。そしお、䞀人の仲間が䞎えられたした。でも、やっぱり仕事をこなすのは難しく、そしたら、その圌の䞍足を補う仲間を探そう。そうしお、䞀人が二人になり、二人が䞉人になり、䞋請けの仕事がどんどん広がっおいきたした。

仲間を埗ながら早坂さんは盞倉わらず発䜜を起こしおいたした。どう圌ず付き合っお良いのか、なぜ発䜜を起こすのか、なぜ暎れるのか、本圓に思考錯誀したした。うちの長男の宣明が圌の頭をピコッず鳎るハンマヌでたたたた叩いたら、圌が「うっ」ずうなっお、元気になったものですから、「あっこれは効くんじゃないか」ずべおるの茶の間にそのアンパンマンのピコピコハンマヌに「川村Dr掚薊 早坂朔発䜜防止装眮」ず曞いおかけおおきたした。早坂さんがい぀も調子悪そうになるず「ハンマヌ、ハンマヌ」ずいっお圌の頭をピコッず叩くず圌は「うわっ」ずいっお「あヌ効いた、効いた」ずいっお、そんなものに頌ったりしおいたした。

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昆垃䜜業をはじめた頃の早坂朔さん

ある日、突然圌がテヌブルをひっくり返しお「マゞンガZ」ずいっお立ち䞊がっおパフォヌマンスをはじめたので、早坂さんに「よし、いくぞ」ずいっお我が家に連れおいっお、息子に「マゞンガZ぀れおきたぞ」ずいうず、「えっマゞンガZ」ず喜んでおもちゃの剣を持っおくるんですね。そしたら早坂さんもマゞンガヌZをやるわけです。そしお、えいやヌえいやヌず戊うわけです。そうやっおやけくそやっおたした。

そんな事を繰り返しながら、「なぜなんだろう、どうしおなんだろう」ずい぀も思考錯誀しおいたした。ある時、圌が寝返りできずにいたら血行障害で腕が二倍くらいにはれ䞊がっお「フォルクマン症候矀」ずいう、俗に「ハネムヌン症候矀」ずいいたすが、右手が麻痺をしおしたっおたったく䜿えなくなる。そこたで圌は行くんですね。しかも、そういうずきは煙草も吞わせおはいけないんですが、煙草の火が指を通りすぎお火傷をしおも圌はそのたた離さずに握っおいるのです。そんななかで、私達も本圓に疲れ果おおいたずきに「朔ドン、歌うか」。たさか、歌えるなんお思っおもいたせん。「歌うか」。そしたら、煙草の火で火傷しおも気が぀かないくらいの混迷状態の圌が、突然賛矎歌を歌い出したした。「い぀くしみ深い 友なるむェスは」。私はびっくりしたした。本圓に閉ざされた䞭で、もがこうず思っおももがけないなかで、圌は賛矎歌だけ歌えた。「あヌ、圌も苊しんでいるんだな」「圌自身がもがいおいるんだな」ず思えたした。

それから少しず぀、圌が自分の思いを倖に出すずいう事がもしかしたら倧切なのかもしれないず思うようになりたした。今たでは圌は「分裂病だ」ずか、いろんな病気を蚀われおいたした。実は、圌の䞡芪はい぀も喧嘩が絶えなくお、父さんは酒を飲んでは暎れ、子䟛の前で母さんを殎ったりしお、その母さんもたたアルコヌル䟝存症でした。そんな䞡芪は兄匟を分けお離婚しおしたった。そしお、䞀緒に暮らしはじめた母さんもたもなく癌で亡くなりたした。孊校では、他の子䟛達ず離されお特殊孊玚に入れられおしたった。それがものすごい劣等感になっお「ちきしょう、負けおたたるか、バカにされおたたりか」ずいう、そういう闘争心で自分を支えお生きおきお、自分の寂しかった気持ちをずっず抌し殺しお生きおきた人なんだずわかっおきた。その自分の抱えた思いが衚に出ないずきに、圌は発䜜を起こしおいたずいうこずが、だんだんずわかっおくる。それが、圌自身が我が事ずしおわかっおくるたで幎かかりたした。それたでに圌は回の入退院を繰り返したした。

アルコヌルの子䟛達、その芪たち、斎藀さんのような人達、そしお早坂さん達が教䌚に来たずき、普段私達が「隣人」ずいっおいた、「祈っおいる」ずいっおいた、「隣人を愛する」ずいっおいたこずの内実を私達は問われたした。本圓に「信じる」ずいうこずは、決しお信じやすい圢で、信じるに倀する圢で私達のずころには絶察来ないずいうのが私の孊んだ事です。「信じる」ずか、「愛する」ずかは、もっずも愛しにくい圢で、もっずも信じにくい圢でしか私達のずころには来ない。もっずも愛しにくい、もっずも信じにくい圢でもたらされた事のなかで、私達は「にもかかわらず」その䞭でそれを信じぬく。それを愛しぬくず蚀う事が私達のなかで問われおいるわけです。私達は、どちらかずいうず、愛しやすい事を愛したり、信じやすいこずを知らず知らずのうちに信じたり、それが愛する事、信じる事だず思っおしたいたす。しかし、私達が孊ばされた事は決しおそうではなかった。決しお愛せない圢でしか私達のずころには愛は来ないんだ。決しおこの人は信じられない。そういう䞭で信じる事を私達は詊されるんだ、そう考えるようになりたした。それは決しお私達が立掟だからずいうのではなく、むしろ早坂さんずか斎藀さん達が「それは、そういうもんなんだよ」ず教えおくれたように思いたす。

私は病院で医療盞談をしおいるものですから、町の䞭のいろいろな困った人の苊劎が抌し寄せおくる堎所で仕事をしおいるわけです。単玔に珟圚、幎間盞談件数千件を二人のワヌカヌこなしおいたす。浊河に来お様々な珟実に出䌚っおいるうちに、私は浊河に来お幎で胃朰瘍になったんですが、それず同時に、ものすごい無力感を味わった。絶望感に近い、無力感ず、力の抜ける時期がありたした。この北海道で幎以䞊に枡っお繰り広げられおきたアむヌの人達の苊劎の珟実。そういう人たちがたくさん地域にいお、この巚倧な苊劎の壁を前にしお、ちっぜけな自分がその䞭でぞたり蟌んでいるような感じがしたした。

病院では私は圓時の粟神科の先生にずっおも嫌われおいたした。地域の盞談䌚がいろいろあっお、その先生ず䞀生懞呜行っお、いろいろな盞談にのる。なかなか話がうたく進たない。「向谷地君、䜕かないかい」ず先生がいう。私は自分なりに「◯◯ずいうのはどうでしょうか」ずいう。そしたら、その堎が「それはいいこずですね」ずがらんず倉わったら、その埌が倧倉でした。埌からその先生に呌ばれお「俺の顔に泥を塗った」ず叱責されたりしお倧倉でした。幎目には先生に「やめおほしい」ずいわれ、私は粟神科に出入り犁止になるんですね。その先生は私を蟞めさせようず院長に掛け合ったりしおいろいろ努力しおいたした。そんな様々なこずがあったずきに、私は絶望感みたいなものが自分の䞭に実感しおいくのが分かったんです。その埌の自分は、これは私の偉いずころでしおね、「もしかしたら、これが本物の絶望感かもしれない」、『絶望感』ず蚀う深い鉱脈を掘り圓おたかのような感慚ず蚀いたすか、感動が自分を襲うようになりたした。「あ、これが本圓の行き詰たりなのかな」、「自分は良い経隓をしおいるな」ず思えたんですね。私の前に、自殺未遂を図ったり、様々な生き蟛さを抱えおいる人達がいるわけですが、「こういう気持ちになるのか。そうか。そうか。こうやっお、人は心が蝕たれたりしお、病気になっおいくんだ」ずいう颚に思えたし、思うようにしたんですね。

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昔の浊河赀十字病院の粟神科病棟

そしお、その先生ずうたく行かない。これも深い人間関係の課題です。私は、早坂さんや䜐々朚さん達のような病気を経隓した人たちず出䌚っお、この人達は、人間関係ずいう関係に傷぀いお、関係の䞭で自分を芋倱っお、関係を閉ざしおきた人達だ。それを回埩する豊かな関係が必芁なんだ。自分は人間関係に苊劎しおいる、じゃあこの苊劎をどうやったら豊かな関係に倉えおいけるか、これは倧事な宿題をもらったず思ったんです。特に、その粟神科の先生に嫌われれば嫌われるほど、その先生を嫌わないで、憎たないで、その先生ず䜕か和解する方法を探す事が、関係䜜りのお手䌝いをする私の仕事のもうひず぀のテヌマではないかず思ったんです。その先生ずは幎目にやっず和解できたした。「君には負けたよ」っおいわれお、握手したした。

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浊河赀十字病院に就職した頃の向谷地さん

朔さんずか、いろいろな人達が地域の䞭で䞀芋トラブルを起こしおきたした。しかし、朔さん達がだんだん蚀葉を取り戻しおきお、「さみしかったんだよ」「こんな苊劎をしたんだよ」っお、その苊劎を語れば語るほど、だんだん呚りずの関係が回埩しおきたんですね。

私は、本圓に自分がこの非垞に倧倉な時期に、ふ぀ふ぀ず湧き䞊がっおきたむメヌゞがありたす。それは、む゚スが匟子達ず旅をしおいた颚景です。沢山の優秀な人達がむ゚スの匟子になりたいず抌し寄せおきたなかで、遞ばれたのは優秀さずはたったく正反察の人達でした。「䜕で圌奎らなんだ」「なんで俺が遞ばれないであの人が遞ばれるのか」「そんなこずありえない」そんな声が䞊がったず思いたす。ずころが、む゚スはその匟子達ず旅をしたした。そしお、「順調に」いろいろなトラブルが起きたした。む゚スが䞀番支えおほしいずきに匟子たちは眠りこけり、この䞭で誰が䞀番偉いかなどず争ったり、名誉や暩力に執着したり、む゚スを欺いたり、逃げ出したり、最埌にはむ゚スは䞀人孀独のうちに人々から唟を吐きかけられ、眵声を济びお十字架ぞず向かっお行くわけです。

ずころが、ここに自分は唟を吐きかけられお殺されるんだよ、みんなから本圓に汚い蚀葉を济びせられお、蟱められお自分は死ぬ、「それで順調なんだよ」ず蚀っおいるように思いたす。そしお、その匟子達がその埌の教䌚の土台ずなっお、本圓にむ゚スの蚀葉を䌝えるものずしお甚いられおいくわけです。これもすごいですよね。教䌚の土台ずは、たさにその混乱や疑念にかられた人達によっお䜜られおきたんだな。そういう意味で、教䌚が混乱したずき、匱りそうになったずき「教䌚ずはそういう事の䞭で育おられおきたんだ」ず思うわけです。

べおるはい぀もい぀も問題だらけです。アルコヌル䟝存症だったり、分裂病だったり、過食拒食だったり、薬物だったり、いろんな苊劎を抱えた人達によっおなりたっおいたす。

今日も問題だらけ。明日も問題だらけ。もしかしたら、ずっず問題だらけかもしれない。でも「順調だよね」ず僕たちはいいあっおいたす。


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向谷地生良さん幎 フィンランドで撮圱


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近幎のべおるの家のメンバヌたち

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