ラーメンとおじさんの話。
ラーメンを食べていると、ときどき思い出す断片程度の話なのですが、(たいしたオチもない話なのですが)、書いてみました。
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もう、20年以上前の話です。
上海で中国語を学び始め、まだ数週間ぐらいのときに、親戚のおじさんが上海に仕事で来ました。
語学留学というのはけっこう暇なもので、私は授業がない時間はおじさんの仕事をまともな通訳と程遠いレベルで手伝ったり、会食のご相伴にあずかったりしました。
ある日の午後、上海の観光のメッカで「南京東路歩行街」という大通りから、おじさんの気まぐれで路地に入りました。

路地には、地元民が客のほとんどを占める味わいのある食堂がありました。
おじさんは、外から食堂を覗き込むと、「中々いい雰囲気じゃない。」と店に入って行きました。
どうやら生来庶民派のおじさんは、毎日続いていた中国企業のおもてなし的・非大衆的な食事に飽きていたようです。
席に着くなり、読めないメニューなど気にせず、「ラーメン頼んでよ。」と私に言いました。
ラーメン一杯、ぐらいなら何とか言えます。
「私たちはラーメン二杯を食べたいです。」とぎこちなく注文しました。
ほどなく、供されたのは、具なしのラーメンでした。

おじさんは供されたラーメンに一瞥をくれると箸も取らず、きょろきょろと店内を見渡します。
「あの肉を、もらってきてよ。」
おじさんが指差す先を見ると、厨房へと通じる扉近くの棚にいくつかの皿が並び、その中に茶褐色の肉の塊が盛られていました。
もらってきてよ、と言われても、注文の段取りとして正しいのか、よくわかりません。
何より、言葉に自信がありません。
肉はたしか「ロウ」だけど、豚肉や牛肉の発音はまだおぼつかない。しかも、ぱっと見、その茶褐色の肉が何の肉なのかも、わかりません。
それでも、何とか「この肉、持っていってもいいですか?」と無愛想な店員さんに伝えると、無愛想なままそれでも小皿に取り分けてくれました。
当時は、ぶっきらぼうで無愛想な接客が当たり前でした。
私は受け取った小皿を手に席に戻り、おじさんに渡しました。
おじさんは皿から肉の塊をラーメンの上に滑らせ、箸で肉を持ち上げかぶりつきました。そして、「これ、魚だ!」と驚きの声を上げました。

あとからわかったのは、その肉は「爆魚(バオユゥ)」という、魚を揚げて甘塩っぱいタレに漬けたもので、おかずとして食べても良し、麺に乗せても良し、という料理でした。
「爆魚」も今思うと美味しい筈なのですが、当時は私も驚きましたし、肉好きのおじさんには、口に合わなかったようです。
私は「肉」はないかと別の小皿を探し、どうやらさっきのと見た目が違いより肉らしい「大排(ダーパイ/豚ロースの甘辛味ソテー)」を取り直しました。
おじさんはこれは「旨い、旨い。」と食べていました。

見た目、似てますよね。

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あれから二十年以上が過ぎ、一緒に魚乗せラーメンにびっくりしたおじさんはすでに他界してしまいました。
言葉も通じないのにずかずかと路地に入っていく、どローカルな食堂にも臆せず入っていく、「見る前に跳べ」という感じのアグレッシブな面白いおじさんでした。
<おまけ>
私は今や、田鰻ラーメンや豚レバラーメンなんてのも好物になってしまいました。


上海のラーメンは、麺・スープ・具材が渾然一体となったものを楽しむ、というよりは、上に乗せる具材は単独のおかずでも楽しめる、という感じのように思います。
<おまけ2>
あの、おじさんと入った食堂、どこだったかなと時々さまようのですが、どこもピンとこないんですよね。もうなくなってしまったのかもしれません。

レストランが立ち並ぶ道ですが、おじさんと歩いたのは、もっと細い道だった気がするんですよね。
