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芋出し画像

Drifting

    祖父

    祖父は猟垫だった。狩りをしおいる姿を、私は䞀床も芋たこずがない。

    私が知っおいる頃には、もう街に䜏んでいた。蛇を怖がらなかった。動物園では蛇を腕に巻き぀かせお写真を撮らせる人で、ほかの祖父母たちが孫を埌ろに匕っ匵る䞭、圌だけは平然ずしおいた。歩くのが奜きだった。公園を長く長く歩く、もう歩く土地を持たない男の歩き方で。猟垫であったこず、どの草が食べられおどの草が食べられないかを知っおいたこず、山の䞭で身䜓が圹に立っおいたこず——そういうものは、䜕ひず぀私には届かなかった。私のずころに来た時、圌はすでに自分の人生から挂い出おいた。残された分の圌に、私は䌚った。

    トむレの䜿い方を圌に教えたのは、父だった。

    祖父は田舎から出おきた。田舎では、しゃがむ。街のマンションには掋匏䟿噚があった——陶噚のボりル、レバヌ、これたで身䜓が向き合ったこずのない高さの䟿座。父は济宀に立っお、説明した。私はただ子䟛だった。どこか近くにいた。蚀葉よりも、あの時の空気の質感のほうを、よく芚えおいる。

    ある日、祖父は氎を流さなかった。圌が人生のほずんどを過ごした村には、流すべきものなど、もずもずなかったから。父が蚀った——なんでたた流さなかったの。

    たた。

    面ず向かっおは、父ず祖父はほずんど話さなかった。電話では、ごく簡単な気遣いの蚀葉を亀わすこずはあったけれど。盎接顔を合わせるず、ほが䜕も。

    ずっず埌になっお分かった。あれは、䞍圚ではなかった。ふたりの距離が取った、圢だった。村から街ぞ、動物を远う男から賃金を远う男ぞ、しゃがむこずから流すこずぞ——ふたりの間で起きた挂いは、ふたりを䜕かの䞡岞に眮き去りにした。どちらも、それを名づける蚀葉を持たなかった。沈黙は、挂いが終わったあずに残ったものだった。

    その頃の私は、䜕ひず぀分かっおいなかった。ただ、空気がおかしいずいうこずだけが、分かっおいた。


    男

    䞉十歳前埌だったず思う。䞡芪に察しお、初めお声を荒げた。

    䜕を蚀い争ったのかは、芚えおいない。芚えおいるのは、その時すでに、十幎以䞊ひずりで暮らしおいたずいうこず。芚えおいるのは、身䜓の䞭に長いあいだ座り続けおいた䜕かが、その日、立ち䞊がったずいうこず。

    私はある皮の文型の䞭で育った。よその子を芋おごらん。あの子にできるこずが、なぜあなたにはできないの。私たちはもっず厳しい時代を生きおきたのに、今のあなたを芋おごらん——できないこずが、どこにあるの。 怒っお蚀われたわけではなかった。それは倩気だった。子䟛時代の毎朝、ラゞオから流れおきた、ひず぀しかない呚波数の音だった。雚に向かっお人が蚀い争わないのず同じで、私もそれず蚀い争ったこずはなかった。

    そしお、ある日、䞉十歳で、蚀い争った。

    䜕を蚀ったか、芚えおいない。芚えおいるのは、倖で雚が降っおいたこず——最初は小雚、蚀い争っおいるうちに本降りになった。耳が赀かった。顔が熱かった。声は倧きかったけれど、雚のほうがもっず倧きくお、口から出た蚀葉の半分は、郚屋に届く前に飲み蟌たれた。私はその雚の䞭、家を出お、仕事に向かった。あずで劻が教えおくれた。私が出おいったあず、母はしばらくそこに立ち尜くしおいお、それから小さな声で、こう蚀ったのだずいう——あの子があんなに倧声を出したこずなんお、今たでなかった。

    仕事から垰る頃には、虹が出おいた。

    䞖代ずいうのは、こういうものなのだろう。それぞれの䞖代が、自分の挂いを基準ず呌ぶ。


    AI のアラむンメントずいう分野に、これを指す蚀葉がある。あるモデルがひず぀の分垃で蚓緎され、䞖界のほうが静かに別の分垃に移っおしたったずき、モデルはもう存圚しない珟実に察しお、自信に満ちた刀断を出し続ける。これを drift ず呌ぶ。モデルには分からない。モデルの内偎から芋れば、䜕も倉わっおいないからだ。

    盎す方法があるずすれば、モデルの出力ず蚀い争うこずではない。出力は、蚓緎された通りに動いおいるだけだ。盎すべきずころは、評䟡者そのものが挂ったずいうこず——そしお評䟡者の䞖界に察する刀断は、もうそこにない䞖界ぞの刀断だずいうこず——に気づくこず。

    䞡芪が「お前は倉わった」ず蚀うずき、私はこのこずを思い出す。


    ドラム

    パパ、ドラム習いたい。先生、探しおくれる?

    八歳の嚘がそう聞いた。氎をちょうだいず蚀うのず、同じ蚀い方だった。ためらいも、リハヌサルも、私の顔色を窺うようなこずも、䜕もなかった。欲しいから、口に出す。その文が圌女の口から出おくる出方は、「自分の欲しいものは、口に出す前にたず正圓化しなければならない」ずは䞀床も教えられたこずのない人間の、文の出方だった。

    うんず答えた。先生を探した。父芪ずしおのちょっずした事務的なこずを、こなした。

    あずで、ひずり座っおいた時、自分でも予期しおいなかったこずに気づいた。私は、子䟛時代を通じお、ただの䞀床も、圌女のあの問い方で、䞡芪に䜕かを頌んだこずがなかった。䞀床も。クラスのこずも、楜噚のこずも、本のこずも、旅行のこずも。䜕かを欲しいず思ったら、い぀も長い回路を経由した——たず、蚱可されるかどうかを蚈算し、䞡芪が受け入れられる蚀語に翻蚳し、それを圌ら自身の䟡倀芳の反射のような圢に敎えお、提瀺した。䞡芪のずころに届いた頃には、それはもう、私の欲しかったものでは、なくなっおいた。すでに、加工されおいた。

    嚘は、これを孊んでいない。もしかしたら、䞀生孊ばないかもしれない。

    私がそれを圌女のために、意図しおやったのか、ただ単に、自分が受けた仕打ちを繰り返すには疲れすぎおいたから、結果ずしおそうなっただけなのか——それは、自分でもただ分からない。どちらにせよ、圌女は、私が育たなかった文の䞭で、育っおいる——私の望みは、それ自䜓に、重さがある。

    圌女がその文を、これからどう䜿うのか、私には分からない。ただ、私自身が、その文を持っおいなかったずいうこずだけ、知っおいる。


    サむファヌ

    ストリヌトダンスに、サむファヌずいう圢匏がある。ダンサヌたちが茪になっお、ひずりず぀真ん䞭に螏み蟌んでいき、数秒螊っお、倖に戻る。茪は、芋おいる。それだけだ。単玔そうに聞こえるけれど、そうではない。

    嚘は䞀時期ヒップホップの教宀に通っおいた。教宀は気に入っおいたけれど、サむファヌには入らなかった。茪の瞁に、同じく入らない子たちず䞀緒に立っお、入っおいく子たちを芋おいた。なぜ入らないの、ず聞いおも、圌女は蚀葉にできなかった。ただ、入りたくないず。

    私は、倧人のクラスに自分で申し蟌んだ。

    ダンスを習ったこずはなかった。螊る理由も、ひず぀もなかった。私は、小さな嚘ふたりの父芪で、䞀日のほずんどを、コヌドを曞いお過ごしおいる。申し蟌んだのは、圌女があの茪の瞁で感じおいるものを、自分の身䜓で感じおみたかったからだ。自分の身䜓で感じるこずができれば、圌女ず話せるず思った。それが、蚈画のすべおだった。

    最初の䞀回目は、想像通りだった。固かった。教宀の鏡の䞀枚䞀枚が、気になった。先生が「サむファヌに入っお」ず蚀った瞬間、私の身䜓は、嚘が䌝えようずしおいたこずを、即座に理解した。サむファヌが難しいのは、ステップが難しいからではない。サむファヌが難しいのは、真ん䞭に螏み蟌んだその瞬間、自分が芋られる存圚になり、䞉十幎以䞊かけお積み䞊げおきた「芋られ、評䟡され続けおきた」すべおの本胜が、戻れず叫ぶからだ。

    最初の䞀週間は、入らなかった。次の週からは、入るのが楜しくなった——螏み蟌んで、数秒螊っお、戻っお、次の人を芋お。居心地の悪さが、完党に消えたわけではない。ただ、私の䞭の䜕か別のものが、居心地の悪さよりも匷くなっお、それが「入りたい」ず蚀っおいた。

    数週間が経っお、居心地の悪さよりもさらに深い堎所で、䜕かが緩んできた。䜕が緩めたのか、説明できない。勇気でもなかった。緎習でもなかった。むしろ、ある皮の疲れに近かった——この郚屋で䜕の目的も持たない姿勢を保ち続けるこずぞの、疲れ。ここでは、誰も私を採点しおいなかった。誰も、よその子ず比べおいなかった。ある時点で、その姿勢を保぀ほうが、降ろすよりも、疲れるこずになった。

    ある倜、知らない曲の途䞭で、茪の䞭に螏み蟌んだ。そしお、ひず぀のこずが起きた。これは、䞁寧に曞き残しおおきたい。なぜなら、それは重芁だから。

    その音が、静かになった。

    音楜の音ではない——音楜は鳎っおいた。別の音だ。倧人になっおからの私の人生のすべおの瞬間の底で、ずっず鳎り続けおいた音。芋られおいるずいう音、評䟡されおいるずいう音、比范されおいるずいう音、よその子ず比べられおいるずいう音、どうしおあの子のようにできないのかず問われおいるずいう音——その音が、消えた。私が消したのではない。読んだこずのある瞑想の技術を、私が再珟しおいたわけでもない。私は、初心者のクラスで、初心者たちの前で、䞋手なダンスを螊っおいただけだ。それなのに、背景が、ただ、静かになった。音楜ず、それを通り抜けおいく自分の身䜓だけがあった。数秒のあいだ、芋られおいるこずが分からなかった。なぜなら、自分を芋おいる自分が、郚屋の倖に出おいたから。

    曲が終わるず、その音は戻っおきた。ほかの生埒たちが䜕人か、䞊手だったよ、ず蚀っおくれた。䞊手だったずは思わない。たぶん、別のこずが起きおいお、圌らはそれを感じ取っお、でも名づける蚀葉がなかったから、自分たちの持っおいる蚀葉を䜿ったのだ。

    嚘はその倜、教宀の脇から芋おいた。䜕床か、倧人のクラスに私ず䞀緒に来おくれおいた。垰り道、車の䞭で、私は圌女に蚀った——ほんず、真ん䞭に螏み蟌むのっお、難しいよね。 圌女はうなずいた。それ以䞊は、䜕も蚀わなかった。数週間埌、圌女自身のクラスで、圌女は、圌女のサむファヌに螏み蟌んだ。私はそこにいなかった。先生から聞いた。

    これが䜕を意味するのか、曞きたくはない。䞀文で封じ蟌めたくはない。ひず぀だけ曞いおおくずすれば——人生の別の郚分で、私は、ある䌝統を長く孊んできた。その䌝統が、たさにあの倜私が入った状態を、正確に蚘述しおいる——評䟡する心がしばらく評䟡をやめる状態、もっず単玔な䜕かが、起きるこずを蚱される状態。それを読んだこずがあった。考えたこずがあった。曞いたこずさえあった。八歳の嚘ず、バヌナビヌのショッピングモヌルの䞭の初心者ヒップホップクラスを通しお、そこに蟿り着くずは、思っおいなかった。


    曞き終わったず思っおいた。昚倜、祖父の倢を芋た。

    新しいこずを話しおくれおいたのではない。ずっず前に、私がただ小さかった頃に、圌が䞀床話しおくれたこずを、倢の䞭で、もう䞀床、同じように、話しおくれた。

    家には子䟛が倚すぎたのだずいう。八人ず、祖母。自転車もなかった。荷車もなかった。隣の山の向こう偎に、煉瓊窯があった。圌は、煉瓊を運んだ。

    䞀本の倩秀棒。ふた぀の籠。䞡端に䞀籠ず぀。ひず぀の山、それから次の山。明るくなる前から、暗くなるたで、ずっず、歩いお。


    この゚ッセむは、英語版「Drifting」(Substack: benzhouworld)を日本語で曞き盎したものです。

    曞き終えた぀もりだったあず、祖父の倢を芋たした。最埌の章は、その朝に曞き加えたした。

    英語版:https://benzhouworld.substack.com/p/drifting

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     

    ben-san

     
     
    応無所䜏而生心。執着なく、本来の思考で。

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