メインコンテンツへスキップ
見出し画像

おいしくない中華料理屋さん



    「ラジオ体操開始ッッ!!」


    部屋に響き渡るテレビからの号令で起床した。
    すっかり寝落ちしていたらしい。テレビもつけっぱなしで。
    しかも見事に風呂キャン。(お風呂に入らないことを若い子の間ではお風呂キャンセル、略して風呂キャンと言うらしい)
    昨日の夜、朝マックを頼むことを楽しみに布団の上でゴロゴロしてたのに今スマホを見れば11時17分。
    朝マック終わってるやんけ...と思いながら、うーんと思いっきり背伸びをする。足が震える感覚がした。

    カーテンの隙間からうっすらと光がさしこんでいる。しかし、それは今日の天気が晴れであることを意味するものではなく、灰が混じったかのような白くぼんやりとした光で、今日も曇りか....とロクに起きられなかったくせに内心がっかりする。

    どうにも背中が布団と離れない。もうお昼だというのに....いや、まだお昼と捉えるべきか?15時ごろ起きるよりかは罪悪感がない気がするから、良しとしよう。そうでもしないと1日を無駄にした気分になって、どんどん気持ちが沈んでしまうし、日が沈んで辺りが暗くなった頃にはもう、鬱だーーー!と叫びたくなるからだ。
    スマホの画面を縦状態にロック固定して、寝転んだまま横向きでいじる。寝転ぶ時にいちいち画面が横になるの困るからね。通知欄をスクロールすれば、
    1ヶ月前に訪れたばかりの、注文時に強制的に追加された居酒屋からの公式メッセージと、幼稚園児からの幼馴染、妹、メールマガジン、また別の公式アカウントからのメッセージ。
    私の通知欄は【必見!】だとか【お得なお知らせ!】などで埋め尽くされているようだった。なんだかため息のでるような朝だな。(世間的にはもう昼だが)
    公式LINEの通知が鬱陶しく感じ、めんどくさいからブロックでもするかと思いながら画面をいじり続ける。これ、毎朝思うのに、次のアクションを起こす頃にはブロックすることなど大抵すぐ忘れている。

    さすがに布団も背中といることに飽きてきたようで、身体を起こして机に目をやると、昨夜飲んだハイボールの缶と、食べ終わったおつまみいかのパッケージ。昨日の私、片付けておきなよ....。
    なぜ前日の自分は、明日の自分に全てを期待してしまうんだろうか。そんなことを思っていたら、あれ、明日ってなんか予定あったっけ?と、はたまた別の内容が頭によぎり、机の端に置いてあった手帳を手に取って、なんとなく眺めていた。
    明日の予定は、ハローワークへ行くのみ。
    失業保険の認定日だったらしい。求職活動回数足りていたっけ?とまた新たな疑問が浮かんだが、昨日までの私はきちんとやっていたらしく、焦った気持ちはすぐに安心へと変わった。
    昨日までの自分に助けられることもあるもんだな。
    他に決まった予定たちを手帳に書いていたら、思っていたより予定が詰まっていることに気がつき、その瞬間、少し後悔した。予定が沢山あることは、幸せなこと。暇になったらどうせ病むくせに。そんなこと分かっているけれど、自分で立てたその予定に身体がついていかず、どうしてこんなにも詰め込んでしまったんだと後から思うことばかりだ。"なにもしない"をする日を作らなきゃなと思ったが、今日がその"なにもしない"をする日なのかもしれないと気がついて、天井を見上げた。

    手帳のページを捲ると、"記念日"と書かれていた。拓也とは付き合って6年経つ。来月で7年目に突入することが分かっていた。拓也は大学卒業後に新卒で勤めた職場の同期で、性格も顔も普通に良く、普通の私と普通の拓也は、側から見たらとてもお似合いの普通のカップルなんだと思った。ゆくゆくは同棲もしたいねとは言いながらも、お互い自分のテリトリーは守りたいタイプだったので、物件をだらだらと探しているうちに、もうこんなに経ってしまっていた。私も拓也も29歳。今年で30になるが、多分、来月の記念日が来ても、プロポーズとかないんだろうなとうっすら思っている。もう6年も付き合っていれば分かること。典型的な、ただ時間だけを重ねている恋人同士が私たちなのだ。
    友達からは、もう安定だねと言われたり、いつ結婚するの?なんてことも聞かれたりするが、長く付き合っているからと言って、全てがうまく順調に進んでいるとは限らない。でもそんな私が、人には人の地獄があるんだと説けば、側からしたらただの嫌味にしか聞こえないだろうから、いつも私はそんなことないよと笑いながらその場をやり過ごすのである。
    いつから友達の結婚報告を素直に喜ぶことができなくなっただろう。24歳くらいの頃は、キラキラしていて、顔面もスタイルも良くて、いわゆる爆美女と言われているインフルエンサーをみていると、同い年なのにこうも住んでる世界が違うのかと、SNSのおすすめ欄を見るたびに落ち込んだ。同じ年にこの世に生まれて、同じように時間を過ごしているはずのに、私は普通の会社員、画面の向こうの美女はひと月に何百万も稼ぐ、今をときめくインフルエンサーだ。そんな彼女たちをSNSで見かけるたびに自分の生活と比べて落ち込んだりしていたけども。今では、結婚しました!子どもができました!の報告の方が、私の心をどこまでも落ち込ませる。この歳になればもう2人目、3人目くらい生んでいるしな。みんなは順調にライフステージを歩んでいくのに、私はずっとここで止まったまま。そんな事実から目を背けたくてInstagramが見れなくなってしまった。自分1人だけ取り残されて、みんなが進んでいくように思えてしまい、いっそその場で沈んで、深く深く誰も気が付かないところまで沈んで、誰にも見つからない場所で1人で悠々自適に過ごしていきたいとまで思う。なんならもうマントルまでいったかもな。
    そんなことを思いながら手帳を閉じて、スマホに目をやると、公式LINE以外にきていた幼馴染からのメッセージを開いてみた。


    チナツ「もしくは晴れだったら星観に行くのアリ(*^^*)」


    星?チナツとなんの話をしていたんだっけ。と、思いながら人差し指で画面をスクロールして辿る。


    「地元帰るかも」


    そうだった。私、来週地元に帰省するんだったな。新しい仕事探さなきゃだとか、拓也との今後とか、なんだかもう全部嫌になってきて、1週間くらい地元に帰っちゃおうかなと思い、その場で新幹線を予約したのである。その流れで地元にいるチナツに連絡したんだった。


    チナツ「飲みでもいきますか?」

    私「行こう!ガッツリ平日だけどチナツは大丈夫?」

    チナツ「大丈夫!」
    チナツ「もしくは晴れだったら星観に行くのアリ(*^^*)」


    そうか。この流れだったんだ。
    いや、そんなことよりも、これはなんて、なんて魅力的なお誘いなのだろうか。
    29歳、なんなら今年で30になるのだが、それでいてなお、星を観に行こうなんて提案してくれる友人がいることに心底感謝したい気持ちになる。星を観に行くのなんて何年ぶり?というか、これまでの人生で星を観に行ったことなんてあったっけ。私の脳内に天体観測のイントロが無限ループで流れ出す。
    さっきまでマントルにいたのに急に地上へ飛ばされたみたいな気持ち。浮かれた気持ちでチナツへ返事をし、約束の日を楽しみに帰省することとなった。
    会話の流れで、ひとまず夕飯を済ませてから、星を観に行こうという話になったので、事前に夕飯処を探し、星を観に行くスポットもいくつかピックアップする。
    一応天気予報を調べてみたら、その日はなんと晴れのち曇り。次の日からは雨らしい。ラッキーだねと思いながら、来週私は新幹線で地元へと帰ることになった。




    「はぁ、あっついなぁ。」
    退勤後のチナツが車で私を迎えに来てくれるらしく、集合場所の駅前で待っていた。今日はあのLINEが来た日から1週間と2日。チナツとの約束の日。
    「おまたせー!残業回避!」と、口角を思い切り上げて、颯爽と現れたチナツの助手席に乗り、お疲れ様と声をかけたら、事前に調べておいたお店へと車を走らせる。
    チナツとは頻繁に連絡を取っているため、特にあれやこれやとビッグニュース的に話すことはないのだが、前の車がウィンカーを出さずに曲がった!ありえない!ということや、ここのパン屋さん来月で閉店するんだって、など、とりとめもない会話をしながら目的地へと向かっていった。行きたい場所はチナツも私もずっと気になっていた和食屋さん。この歳になると洋食より和食の方が魅力的に思えるんだな。数年前の私たちだったら絶対に焼き肉だった!と笑い合いながら車を走らせた。


    意外にも早く、もうお店に着いたかと思えば、なんと臨時休業の札がかかっていた。事前にInstagramで調べた時は、営業していると書いてあったのに。田舎では店主も気まぐれのようであった。
    どうしようかねとなった時、チナツが「あっ」と声を出し、その近くに最近できたのか、なんなのかよくわからないような、ぼやっとした中華料理屋を発見した。そこは以前は回転寿司屋だったはずだ。
    Googleで中華料理屋のクチコミを調べたところ、星5のレビューと星1のレビューが半分半分。なんてこった。最高のレビューと最低のレビューが入り混じっている様子がなんだか面白くおかしかった。
    しかしここまで来たならば....!と思い切ってチナツとそちらの中華へ向かうこととなった。
    中に入ると客は1組のみ。寿司が流れてくるレーンや、席配置も寿司屋そのもので、回転寿司屋の名残りしかないそのお店の様子は、やっぱりなんだかとても面白い。カタコトの日本語で喋るお姉さんに席を案内され、私とチナツはメニューをみて、何を食べようか、と今夜食すものを選んでいく。
    少しの前の私であれば、すぐさまセットメニューにして、ラーメン+飯物という炭水化物に炭水化物を合わせるという、わんぱく食いしん坊ぶりを発揮していたが、アラサーにもなると自分の胃のキャパシティを理解するようになるため、慎重にメニューとにらめっこしていく。どれも美味しそうに見えて、う〜んと頭を悩ませてしまった。
    「ねえ、セットメニューを1個頼んでさ、他にも単品を1.2個くらい頼んでシェアするのはどう?」
    チナツってば、さすが私の幼馴染だ。
    いつも天才的な提案をしてくれる。
    「ノッた!」と言いながら、チナツの提案通り、麻婆豆腐とチャーハンと油淋鶏のセットと、単品でエビマヨと餃子を頼むことにした。なにが胃のキャパを理解している、だ。そこにはわんぱく食いしん坊が2人いるだけである。
    客が少ないからか提供も早く、チナツと談笑しながらも綺麗に平らげていった。なるほど、私たちはまだ若い\( ˆoˆ )/中華の油にも余裕で勝てるらしい。ふふん♬と愉快な気持ちになった。
    肝心のお味だが星3.5といったところ。まあまあ美味しいと感じた。

    お腹も満腹になって、今回のメインである、星空観測へと向かうこととなった。





    地元、飛騨高山は空気が澄んでいて、星がとても綺麗に見える。だからか、夜景スポットも多く、自然と触れ合える場所もかなり多い。この日は三日月も綺麗に出ており、星空観測には打ってつけの天気だった....かのように思えたけれども、月の光があまりにも神々しくて星がハッキリと見えない。もはや星空観測というより、れっきとした天体観測かもしれない。まあこんなこともあるよねとチナツと談笑しながら、星が見えるスポットへと車を走らせていく。

    道中でスターバックスのドライブスルーに寄ってドリンクをテイクアウトしてから向かおうという話になった。SNSで、スターバックスの新作いちごミルクが美味しいと話題だったため、そちらを入手することにした。夕飯で中華を余すことなく食べ尽くしたため、私もチナツももうお腹がいっぱいの満腹状態であったのに、ここでスターバックスのスタッフさんからの素敵な一言。
    「甘いフードはいかがですか?現在フードロス対策により、通常より大変お安くなっております。」
    そんなことを言われちゃあ、買うしかない。
    小さなシュガードーナツがカップに何個か入っているものを注文することにした。満面の笑みの店員さんから「ご協力ありがとうございます。」という一言をもらい、私もチナツもつい、にっこり顔になっていた。
    さあ手筈は整った。完璧なまでの星空観測の準備ができたところで再びドライブがスタート。目的地まであと少しである。

    今回訪れたのはスカイパーク。広大な飛騨高山の街を一望することができる高台の公園で、高校生の頃や、大学時に帰省した時によく母や友人と遊びに来ていた。今見ても変わらない景色に安心し、チナツの車を降りる。月があまりにも綺麗に輝くから、やっぱり今日は星空観測というよりも、天体観測をしに来たかのようだ。チナツからのLINEが来た時、脳内で天体観測のイントロが流れたことを思い出す。
    さすがは山に囲まれている街。山の奥は真っ暗だ。暗闇で奥の方は目を凝らしてもみることができない。
    東京でも夜景を何度も観てきたけど、都会の景色とは全くと言っていいほど違っていて、目立ったビルもなく、自分が今山々に囲まれていることを実感せざるを得なかった。
    街の光がキラキラと夜の暗闇の中でただ煌めいていた。遠くから見るとそこに人々の生活があることを目の当たりにする。街の光は人々が生きて暮らしている証であった。
    「人々の暮らしが綺麗な夜景になるなんて、なんだか面白いよねぇ。」
    皮肉めいたことをチナツは言う。
    うん、確かにそうかもしれない。普段必死に生きている私たちの生活が、遠くから見た誰かにとっては、キラキラと煌めいて見えるんだ。
    拓也とのことで、私が全て順調にいってるかのように決めつけられることが、なんだかすごく嫌だった。
    けれど私もまた、この夜景を観ている時みたいに、SNSをみて勝手に誰かのことを幸せだと決めつけている。なんだかバカらしく感じた。

    チナツとベンチに座り、スターバックスで買ったいちごミルクを啜りながら談笑することにした。それは車の中でしていた会話と特に変わらない。趣味の話とか、推しのアイドルの話とか。まるで昨日も会っていたかのような話題でとにかく会話が尽きない。

    ふとスマホの時計をみたらもう22:30になっていた。
    あっという間に2時間も話していたのかと驚く。飛騨高山は涼しい地域だが、この時期はさすがにだんだん暑くなってきていて、昼はもう30℃超えであった。
    ただ夜はかなり冷え込むので昼のままの装いでTシャツ短パンでいる私たちも、さすがに肌寒くなってきていた。そろそろ戻ろうか、と駐車場へ向かっていると、いつのまにか街並みの光は少なくなっていた。もうみんなお家に帰ったのかな。

    チナツが運転する車に乗り込み、帰宅ルートへと向かう。外はとても静かでひんやりとしているのに、私たちの車内だけはポカポカと暖かく、相変わらずの話題で会話も絶えなかった。見事なまでに幼馴染ぶりを発揮していたと思う。
    私は東京で、チナツは地元。普段頻繁に会うことはやはり難しい。でも、会うと、まるで昨日会ったかのように自然に会話が弾み、会話のない時間でさえも心地良くいられる。言うならば私にとってチナツは親友である。
    チナツはいつのまにか道を遠回りしてくれていたようで、その間もこんなにも私と沢山話をしてくれていた。
    いつまでも話した。いつまでもいつまでも。
    途中コンビニに寄って、飲み物を調達し、またその飲み物を飲みながら、話し続けていた。



    家に着いたのはなんと0時。チナツが車で家まで送ってくれたのだ。あっという間の1日だった。
    「今日はありがとね!また帰ったら連絡して。」
    「こちらこそありがとう。地元帰る時は連絡するよ。また遊ぼうね。」
    おやすみ、またねと声をかけて、チナツの車は発進していった。
    距離的にもすぐには会えなくなるというのに、私たちの別れはいつもこうで、まるでまた明日も会えるかのような、あの頃と変わらない挨拶をし続けている。
    数年立てば人は変わる。環境が変わるのだから当たり前だと思っていた。それは良いようにも悪いようにも。拓也ともまわりの友人とも、変わらないように見えて、実はひっそりと変わり続けていて、ある日突然何かが噛み合わなくなって、そのまま別々の道へ進んでいく。それは悪いことじゃない。
    一緒に過ごした日々が通過点になってしまうことは少し寂しいけれど、きっとあの時必要な出会いだった。必要な時期にそばにいてくれた拓也にも、まわりの友人にも感謝しなければならないんだと、きっとあの時の時間は無駄じゃないから、これからの自分に必要なものだったから。
    けれど、全てが変わるわけじゃない。変わらないものもある。私にとって、チナツはあの頃のまま、会えばずっと変わらず時を忘れて一生に過ごすことができる存在である。きっと、これからずっと先、時が来たらお互い変わってしまうこともあるのかもしれない。それでも今日これまでの間、変わらないままそばにいて、笑い合えている時間は一生の宝物として私の中に残り続ける。


    帰宅後、すっかり日付を跨いだと言うのに、母がリビングで私の帰りを待ってくれていた。
    「おかえり。楽しかった?」
    「すごく楽しかった。星を観に行ったよ。曇っていてあんまり観られなかったけどね。」
    母も私も、あちゃーと言う顔をして笑う。
    「国道沿いの、あの中華屋さんへ行ったよ。なんだっけ、名前。なんかThe中華っぽい名前。」
    「あー、もしかして、たんぽぽマーケットの隣の?」
    母が続けて、
    「あそこの中華、おいしくない中華料理屋さんで有名なのよ。」

    まあ、言われてみたら確かに、そんなにめちゃめちゃ美味しいというわけじゃなかったけども。
    なんだかんだ星3.5だと思ったな。星5にはいかないしな、と思いながら
    「チナツも美味しいって言ってたけどなぁ。」と笑って呟いた。
    「チナツと一緒に、楽しく食べたから美味しかったんじゃない?チナツもあんたと一緒に食べたから美味しかったのかもね。」
    母がふふっとほほえんでいた。



    この記事が参加している募集

    あなたへのおすすめ