
やめさせる、以外の見方があった
療育で、息子のことを相談した。
手や足が落ち着かないこと。
ご飯中、椅子の座面に足を乗せてしまうこと。
お店で待っている時、
ロープのパーテーションや壁、
ガードレールをつい触ってしまうこと。
小学校まであと少し。
できれば、
もう少し落ち着いて座れるようになってほしい。
そんな気持ちもあって、相談した。
夫はこういう様子を見ていると、
よく注意する。
「触らない」
「ちゃんと座る」
本人が困っているというより、
周りの大人が気になっている場面も少なくない。
だから療育で聞いてみた。
すると先生は、
「感覚探究かもしれませんね」
と言った。
感覚探究。
初めて聞く言葉ではなかったけれど、
この行動にもつながるのかと思った。
触ることで落ち着く。
身体から情報を得る。
無理にやめさせる必要はないかもしれない、
とも言われた。
その流れで、食事の話もした。
息子はお肉やフライを手づかみで
食べることがある。
私はずっと、
フォークが苦手なんじゃないかと思っていた。
カレーや納豆ご飯はスプーンで食べる。
でもフォークはあまり使いたがらない。
大好きなポテトを、
何度もフォークから落としていた時期もあった。
食べたいのに落ちる。
刺したのに落ちる。
もう一度刺して、また落ちる。
だから手で食べる方が早い。
そう思ったのかもしれない。
ハサミも少し苦手そうだ。
ブロックや虫取り網は使うけれど、
フォークやハサミのような細かい道具操作は、
まだ難しいのかもしれない。
そう話したら、
先生は少し違う見方をしていた。
「感覚探究が満たされてくると、
道具を使うところまで行けるようになるかも
しれませんね」
と。
その日の帰り道、
私は少し肩の力が抜けていた。
私はずっと、
どうしたらやめられるだろう。
どうしたら座れるだろう。
そんなふうに考えていた。
でも先生は、
どうしてそうしているんだろう。
を見ていた。
大好きなポテトを食べたいのに、
刺したのに落ちる。
私はその姿を見ながら、
「フォークを使おう」
と思っていた。
先生は、
「どうして手で食べるんだろう」
を見ていた。
同じ姿を見ていた。
でも、見ているものは違っていた。