
五芒星霊記 ‐魔を制する力を経た少年は何を手にするのか‐ 妖怪邂逅編 始まり(冒頭)
登場人物
多賀野 凪(たがの なぎ)
美馬 美奈(みま みな)
安部 月希(あべの つき)
蘆屋 天満(あしや あまつ)
八咫 (やた)
あらすじ
何もないと世の中を憂いていた高校生の凪はある日、妖怪「八咫」に接触したのをきっかけに制魔の力に目覚める。
その力は陰陽師(晴明派)たちから恐れられていて、そのことを同級生の晴明派の一人、安部月希から指名手配的な扱いを受ける。
しかし、道満派の蘆屋天満に助けてもらい、彼の提案を受け、焜創と呼ばれる制魔の力を使いこなすために妖怪たちと契約を交わし仲間として共に戦っていくことになる。
1.
「何故だ!!!!何故…貴様なんだ…!!!!私は…ただ、お前を…お前たちと…!」
「そうか…それが…お前の言いたかったことだったんだな…」
『恨みさえした…!私ではない…!貴様が母を…!そして私を…!なぜ…!』
『「いや、違う…」』
ただ、認めて欲しかった。
それだけなんだ―――――――
21世紀、いつかの夏。
俺は何も持っていない。と少年は感じていた。
それはいつも感じているいつもの気持ち。17歳の夏。多賀野 凪(たがのなぎ)は横になりながら、屋根の影を見上げる。
小さい時のことはあまり覚えていない。小学校、中学、そして何もかもうやむやの気持ちのまま高校2年の夏を迎えた。…というより思い出したくはない。
屋上には日よけの屋根がある。屋上と言っても吹き抜けでどちらかと言うとドームに近い。不思議な形状をした学校だった。しかし夏でも涼しく、この吹き抜ける風の下で寝そべるのが凪は大好きだ。
教師、親、その他諸々…誰かの下につきたくはない。なんて思っている。しかし、何かの下にいるのは好き。
安全、安定を求めているのか…
いや、でも本当の自分は…なんて高校生になってこの自分で何とかしなくてはいけないけど、やる気と成績でどうにもならないモヤモヤを抱えながら、こうして寝そべっている。
「…やはり屋上にいた。」出入口から聞き覚えのある声が聞こえる。
凪の顔を覗く女の子。顔なじみ。クラスメイトの女子だ。名前は安部月希(あべのつき)。学級委員長であり、生徒会のメンバーでもある。優秀な女子。凪とは正反対。顔は整ってるし、学校中でやんややんや言われている。と言っても1番言われている理由が…
「おい!代表して呼びにくる私の気にもなれ!」
「うるせぇのが来た…」思ったことがつい声に出る。そう、これはいつもの光景。そしていつものように思うのだ。
気が強い月希。
「うるさくさせているのはお前のほうだ!毎度毎度入っちゃいけない屋上に上がって、呼びに来る度に私まで悪いことをしているみたいで…お前聞いているのか!」突き詰める月希。
「お前だって入ってるじゃん一緒だよ一緒」凪はすかさず言い返す。
「お前が入らなければ入る必要がないのだ!」怒りながら話す月希。
毎回毎回、こうした下りを繰り返している。しかし、嫌ですといえばいいのに、どうして言わないのか。学級委員長としてのプライドなのか。凪はそこだけは分からなかった。
「ほら、終業式がもう始まるぞ!」月希は凪の腕を持ち、引っ張りあげる。
「うわー」凪は棒読みですくっと立ち上がる。ここまでされていつも観念するのだ。というか初めは抵抗してたが、馬鹿力で起こされたのだ。華奢な体なのにものすごい力で上げられるものだから抵抗しても無理だと思ってこうして観念しているわけだ。
今日は夏休みの前日。終業式。なのでしばらく学校には来ない。だからこそここにいる。
終業式なんて出なくても一緒だと凪は考えていた。
この屋上にある唯一の日陰。屋根付きの倉庫の前でゴロゴロするのが俺の楽しみだ。夏は涼しくてたまらない。クーラーの風より心まで洗われる気がする。いつもは昼休みにここを訪れる。しかし今日は午前中に学校が終わるからこうやって朝からゴロゴロ寝ていたのだが。
「ほらっ!さっさと起きる!」
そんな気持ちを拭うかのようにパシッと月希に軽く体を叩かれる。
これもいつもの事。そのまま「へいへい」と話しながら、凪は続けてこう話す。
「別にながーーい校長の話聞いて終わりだろ?だったら居た事にして、チャイムなったらそのまま帰るつもりだったのに」
「その後に、先生から説明があるじゃないか。それに宿題とかもあるし、なにより受験勉強とかも…」凪はそのことを聞いて落胆する。
「勉強か…俺別に大学行かなくてもいいよ…勉強嫌いだし、やりたいことないし」
「でも、今は大学行かないとまともな就職も出来ないからな。将来のためにも、めんどくさいけどやらなくてはな」月希はそう話す。
就職か…学生のうちにみんなそこまで考えているのは偉いと感じる。俺なんかはこうやって気持ちよく屋上の屋根の下で風を浴びていればいいのに…
受験とやらを考えたやつは頭が良い。こういう体たらくで無気力な学生を完膚なきまでに叩きのめして世の中で使える存在だけをふるいにかける。しかし、その中でも社会で通用するのはひと握り。そもそもそのステージにすら立てていない時点の俺が将来なんて…
「あ…」そんなことを考えていた刹那、凪はいつしか夢見ていたことを思い出した。
誰かの役に立ちたい。誰かに認められたい。
…大学に行くことも、就職をすることもその実感は湧かないかもしれない。しかし…
「…じゃあその将来のために出てやるか。終業式。」
そう言うと凪は月希に連れられて、屋上を後にした。もしかすると、少しだけ、ほんの少しだけ、生きることに前向きになれるかもしれない。
いやそんなことは無いか。なんて思いつつも、クラスメイトの優等生にいつものように引っ張られながら教室へと向かうのだった。
教室から、体育館に移動し、終業式が行われる。
凪にとっては終業式の話などはどうでもよかった。気がつくと終業式のながーーい話が終わったらしい。らしいというのは凪は寝ていたからだ。これは別に終業式でなくても普段の授業であっても変わらない。座らせるのが悪い。立っても寝るが。と凪は感じていた。
そして案の定クラスメイトに寝ていたことをいじられる。
「お前また寝てたやんけ」
「ようバレずに済んだなー」いじってくるクラスメイト。
「うるせえ」凪は言い返す。
「あいつは気性難だからな〜」
「なにそれ馬かよ」
「まあ先生の話もあいつにとっちゃ馬の耳に念仏だな」そうクラスメイトにいじられる。
聞こえているが聞いてないふり。
この耳栓術が学生生活で身につけた特技だ。
別にいじめというレベルではないが、こうイジられることも多い。
特段不快ではないが、仲がいい奴でもないのにイジられるのは気の進むものではない。
そもそも、自分なんか仲良い友人を増やしたとて…なんていつものようなネガティブな思考がよぎる。
終業式なのに変わらないな…自分自身、そして取り巻く環境。夏休みに向けて廊下を歩きながら凪はそんなことを考えていた。
ホームルームが始まる。夏休みに関して先生から説明を聞かされる。受験に向けてやら夜遊びはするなやら色々口酸っぱく話している先生。結局いつもと言うことは一緒だろと思っている凪。しかし、一つだけ、いつもは聞き流していたのに何故か引っかかる言葉があった。
「この夏は正念場だぞ。人生がかかっているからな」
将来か… 俺は何になりたいんだろうな。強みも得意なこともないのに。
さっきも脳裏に思い出した話。誰かの役に立ちたい。そう、ヒーローのように。小学生の頃なんかは消防士やら警察官やら、身近なヒーローを夢見てた。しかし現実問題、めんどくさい側面が多々あることを知るとなりたいとは思わなくなっていた。
しかし、誰かの役に立ちたい。認められたいという心情こそは変わらなかった。
…人生、この夏休みで変わるのかな…。
凪はそう考えながらこれから始まる夏のことをただぼんやりと考えていた。
ホームルームが終わると休み時間になる。おのおの友人たちと話し始める。
やれ、有名なテーマパークに行くだとか、海に行くだとかバーベキューだとか、部活が忙しいだとか楽しそうに話している。
そんな中、こんな会話が凪の耳にふと聞こえてきた。
「月希は夏どうするの?」
「一緒に海とか行っちゃう!?」と話す女子たち。
「いや…すまない。家業があるのでどうしても時間が限られているのだ。特に夏は忙しくてな」
そう言って少し笑みを浮かべながらも遠慮がちに返していた。
そう、月希には家業がある。これはみんな知っていた。何をしているかは分からないが。大変なことをしていることはみんな知っている。
それはこの縦浜市に、そして月希の家系、阿部家に由来するものだ。
縦浜は都心に近い大きな町で、日本の主要都市である東都へのベッドタウンの側面もありながら発達した都市であり、テーマパーク、海、様々なところがあり、住みやすい町としても有名だ。しかし、そんな縦浜の地域で、いや日本においてかなり有力な権力をもつ一族がいる。
それが先ほど話していた月希の家。名を安倍家という。なんでも晴明派とかなんとか言って、神仏陰陽道、日本で発達した宗教を統括する大きな組織らしい。かつては西にある帝京で陰陽師として名を馳せていたが、東都が江戸と呼ばれていた時代、将軍を守るために本拠地を変えたそうだ。
そしてこの話は日本に住んでいるものは小学生の頃からずっと言われ続けている歴史なので日本各地、特にその御前に住んでいる縦浜市民はいやでも知っているのだ。
しかし…せっかくの夏休みなのに家のことで潰れちゃうのはちょっと可哀想な気持ちもある。
まあ何も無いってのも辛いが...いや本来はなくはないのだが。
凪にとって月希とは小学生の頃から知り合いだった。何故か阿部家のものが家に訪れる時が何度かあり、その時からよく顔を見合せていた。母は何とか追い出そうとしていたと凪は思い返す。 お母さん…凪はふと寂しくなる。
凪の母はシングルマザーで凪のことをひとりで育ててくれていた。しかし、中学2年の頃に病死した。その時から別の幼なじみで母と仲が良かった美馬家に引き取られたのだ。
しかし、多賀野という旧姓を名乗っているのは今は一人暮らし…といっても美馬家から支援を貰ってはいるが、申し訳なさ…を感じて凪は高校から一人暮らしをしている。
凪はいつまでも甘えるのは申し訳ないなと感じ、バイトでもしようかと思いながら、気がつくとホームルームが終わり夏休みを迎え、校舎を後にした。
ぼんやりと一学期最後の日を終え、皆それぞれ帰路についたり、部活動をやったり、遊びに行ったりなどする。
凪は、もうやることを決めていた。
「家に帰って寝る。」
…バイトはとりあえず保留した。
暑い時期。友人も少ない。特段習い事や部活動もしていない。勉強は…したくない。つまり決まってすることは一つ。昼寝だ。
そんな急ぎ足で帰ろうとした矢先、女子に呼び止められる。
それは聞き馴染みのある声だった。
「ちょっとー!」
「なんだよ?」凪は怪訝な顔でその女子を見る。
この女子の名前は美奈。同級生で別のクラスにいる。
そして、俺の義理の家族みたいなものだ。
彼女のフルネームは美馬美奈。
つまり美馬家の一人娘がこの美奈というわけだ。美奈は幼なじみであり、そして義理の家族みたいになったというわけだ。
それにしても…凪が家を出ていった理由の1つに思春期特有の恥ずかしさがあった。
と言うのもこれまでただの同級生だった女子。しかも、幼なじみとはいえ…正直意識してしまうほど彼女は成長していた。何がとは…言い難い。実際男子の中でも噂が尽きない。ルックスや胸やら。
凪も案の定中学の時いじられまくったので、嫌気がさした…というのもある。
そして、こうして親しく話しかけてくるが正直気まずい。飛び出した身だし、何より…小学生の時みたいに気軽に話しかけて来るが、凪としては異性として意識してしまう気恥しさがあった。
そんな複雑な事情と心象があり、凪は不機嫌な顔をあえて見せる。
そしてその顔を見て凪を呼び止めた美奈も怪訝な顔で話す。
「そんな顔で見ないの!たまにはご飯食べに来なさいって、毎日でも良いけど!」
何故か嬉しそうに話す美奈。やめてくれと凪は思う。毎日なんてお世話になったらそれこそ…いや自立をしたいんだ。そういう話だ。ちゃんと伝えなきゃいけない。
「ご飯…でも俺は自立するって決めたから…それに!忙しいの!色々!」凪は気を紛らわすように話す。
「忙しいって凪が?」美奈は首をかしげて聞く。
「ああ、忙しいね。寝るのに」凪はすんと言う口調で話す。
「全然忙しくないじゃん!!」美奈はむすーっとした表情で話す。
「まあわかった、わかったよ!メシ代浮くし、食いに行くよ!でも…本当に色々世話になりっぱなしで申し訳ないんだよ…」凪は宥めるように話す。
「もう…そんな申し訳なく感じることないのに。だってもう家族のようなもんじゃない!」美奈は嬉しそうに話す。
「そうだけどさ…やっぱ、身寄りのなかった俺を引き取ってもらえたのは今でもありがたいけど、さすがに自分で生活できるようになっていかないとなって…そう言って飛び出したし…」凪は俯く。
「もしかして…ませてる?」美奈は嬉しそうににやついて話す。
「なんでだよ!とにかく、ありがたいけど自分で頑張るから!」そういって凪は駆け出す。
「ちょっと!もう…」追いかけようとするが、凪は昔から足だけは速かった。あっという間にいなくなり、凪の背中を見送る美奈。
「ひとりで何でもやろうとするんだから…」見送りながらそうつぶやくと少し物悲しそうにする美奈。
「(家族…か…)」
自分にはもういない家族。父も母も。
正直、本当に頼れるのは美馬家だけ。
凪はいつものように、複雑な気持ちをまた、思い馳せながら坂道を駆け抜けていた。
家に帰ると凪はその有様をみて嘆いていた。
「うわー…洗い物やってねぇ…」
洗濯物に食器、そのままになっている状態だった。寝る前にこれを片づけなくては…。
先程、自分で生活していくとかなんとか行っておきながらこの体たらく。おまけに眠たい。
自立とはなんだと聞かれるとまあ掃除やら食事やらを自分で完璧にこなすことだと凪は思っている。
自立レベル100点で評価すると20点。赤点だ。
「とりあえず片づけてから寝るか…」そういって朝、トーストを乗せた皿を手に取り、スポンジに洗剤を入れる。
「こうやって一生って終えていくのかな…」そう思い、スポンジを擦っていると先程の教師の言葉がふと頭によぎる。
「(この夏は正念場だぞ。人生がかかっているからな)」
この夏で一生が変わるのかもしれない…か。
いや…そんなわけないか。
自分で変えるしか…ないのかな…
それとも…
外では蝉がけたたましく鳴いている。
この時の凪は知る由もなかった。
この夏、本当に人生が変わることになるとは。
2.
部屋の片づけを何とか終えた後、涼しい部屋で昼寝をして、目が覚めたころにはもう夕方になっていた。
「…こんな時間か。」時計をみて落ち込む。
こうやって寝ているとあっという間に夏休みが終わるんだろうなと凪は思った。まだ初日にすらなっていない終業式の日。
なのにこうも先行きが暗いとやはり落ち込んでしまう。
後悔しないためにも、何かしなくてはと凪は決心する。が特に何も思いつかない。
「…とりあえず飯だ」ご飯はとりあえず食べなければ。凪はそう思った時に先程の美奈との会話を思い出す。
「(たまにはご飯食べに来なさいって、毎日でも良いけど!)」
「…今日行ったら本当に毎日世話になりそうだ。」そう思い、凪は財布に手を伸ばし、外に出る。
外に出てしばらく歩くと凪はふと気がつく。
「あっ…スマホ家に忘れた…」
スマホがないと不安になるが、まあ近所のスーパーに行くだけだし、なんら問題はないだろう。
いつものように買い物に行くだけだ。
そういつものように。
あたりは薄暗くなっていた。凪は道を歩く。
凪の家の周りは昔ながらの住宅街。時折真新しい家が建っていたりするが、基本的には昭和の時代にできたであろう古い建物が立ち並ぶ。凪の家もそんなボロアパートだ。そしてこの時間になると人もあまりいなくて、街灯も少ない。
「スマホがないと不安だな…」まるで自分の今の現状を暗示しているようだ。少しでも頼りになるものがないとどうにもならない。美馬家、そして、毎回起こしに来てくれる月希。
スマホがないだけでこんなに不安なのか…今思うと身の回りにあるものは当たり前にあるものではないのだな…
そんな普段思いつかないことを考えながら、薄暗い道を早足で駆け抜けて、スーパーへと向かおうとした時だった。
「ギギ…」
住宅街の闇に聞こえる不気味なうめき声。気のせいだろうか?何となく薄暗い雰囲気がより深まった気がする。そしてこのうめき声は何なのだろう?凪はあたりを見渡す。
「ギギギギ…ウギギギ…!!」
暗くてよく見えない。不気味な声が響く。
近づいているようにも感じる。
凪に得体のしれない恐怖が襲う。正体がわからない。
こんな時に限ってなぜスマホを忘れたのだろうか?
恐怖ですくみそうになる、とにかくその場から離れよう。
人間というのは本能で明かりの元へ向かうものだ。闇の中、煌々と輝くLEDにすらなっていないだろういつもは乏しく思える街灯に向かって全力で走る。
影が、凪の上を掠める。
凪の足が止まる。
街灯の元に見たこともない生き物が照らされている。
そこには、小さな猿のような、はたまた小さな鬼のような不気味な化け物が立っていた。
丸い頭に大きな細い目、牙を生やし、舌を伸ばしている。爪は長い、そして焦茶色の体街灯で光っている。何やらこの世のものとは思えない雰囲気だ。凪は本能でそう感じた。
凪は驚くが声が出ない。こんな生き物は都心では見ない。というか田舎でも出ないだろう。見たことも聞いたこともないようなまさに化け物だ。
「ウギギギ!!」
そう思った瞬間、その得体のしれない化け物が凪にとびかかってくる。
「うわっ!!!」凪は驚き腰が抜ける。そして後ろに倒れ込んでしまう。
倒れた凪にとびかかってくる化け物。
もしかして…このまま殺されるかもしれない。
何が、人生だ、何が変わるのか…
変わる前に終わるんだろうな…
そう思った。
「(…力を…!!)」
…脳裏にどこかで聞いたことのある声が響く。
…なんだ!?凪は戸惑う。
わからない。
刹那的な同様。
化け物は依然飛びかかってくる。
生きろ…?無理だ!!!
そう思った瞬間だった。
「五星占術!焔下(えんか)!」
蒼い炎が凪の目の前を通る。
その炎からは不思議な力を感じた。
凄まじい勢いで飛んで行ったその蒼い炎は目の前の化け物目掛けて飛んでいく。
「アギ!!!!」そしてその化け物が炎にふっ飛ばされる。
凪は呆然としている。一体なんなんだこれは!?
凪は炎が飛んできた先、真後ろを見ると、見慣れたクラスメイトの姿がそこにはあった。
「月希!?」凪は思わず声を上げる。そう、自分を呼びに来る生徒会長、月希だ。
「大丈夫か!」月希は凪に問いかける。
「大丈夫!…じゃねぇな、助かった…あれ、あの化け物!いったいなんだよあれ!?それにお前…!?」凪は動揺しながら、疑問をぶつける。
「話はあとだ!まずはこの雑鬼(ぞうき)を片づける!」そう叫びながら、月希は御札を構える。
御札からは不思議なオーラが立ち上っていた。
凪はそのオーラの揺らぎを立ちすくみながら見とれている。
「離れろ!」呆然としている凪に月希はそう叫ぶと、凪はハッとなり、すぐ月希の後ろに離れる。
「ウ…ウギギ…ウギャギャ!!!!!」雑鬼と呼ばれていたその化け物は先程の蒼い炎を喰らい、怯みながらも再び立ち上がる、そして怒りながら月希のほうに顔を向ける。
「アギギャー!!!」不気味な鳴き声をあげながら月希にとびかかる雑鬼。
「危ない!!」凪は月希のほうをみて叫ぶ。
凪は怯え、顔を腕で覆うように隠す。
「大丈夫だ」そんな凪の様子を見て安心させるように月希は冷静に雑鬼のほうを見ながら御札を構え、そして詠唱する。
「占術 破魔頼光剣(はまらいこうけん)!」
構えた御札が変化し、光の剣が現れる。
光の剣は蒼く輝いていた。先程の炎のようなゆらぎ。しかし、まるで実態のないような剣だが、しっかりと鋭さをおびている。凪はその蒼き光が腕の間から溢れ出ると、自然と腕が降りて、その剣を目の当たりにする。
そして月希はその剣を構える。腕を締め、剣道のようにしっかりと敵の前に剣を前にするスタイルだ。
そして、飛びかかってくる雑鬼に向かって、半歩下がる月希。
そして飛びかかる雑鬼目掛け、剣を振り下ろす。
「はっ!!」
月希を沿うように真っ二つに斬れる雑鬼。
そして、声を上げないまま、灰のようになって崩れていき、風と共に散っていくのだった。
何事も無かったかのような月夜。
しかしそこに呆然と座り込む凪と月明かりが照らし、凛とした表情で立つ月希の姿があった。
「…すげぇ」凪は驚き、月希の方を見ながら思わず声が漏れる。
「大丈夫だったか?」月希は凪に声をかける。
「あ…ああ。今のは?」凪は動揺しながらも質問する。
「さっきのは雑鬼と呼ばれる低級妖怪だ。時折人に襲い掛かってはその血肉を食らう。私は、いや私たち陰陽師はああいう妖怪を退治するのが使命だ。そしてこうして人を助けている」月希はそう凪に説明する。
「…てことはやっぱ俺は死にかけたって事か…。助けてくれてありがとう…ございます…」凪は照れながらもお礼を伝える。これがクラスメイトの、阿部家の家業というやつか。凪は初めてその活躍ぶりを目の当たりにした。こんな命懸けの仕事をしていたのか。
「気にするな。これが私の仕事…いや義務だからな。大事がなくて何よりだ。」安堵し、微笑みながら月希が話す。
「家業…大変だな」凪は思わず口に出す。俺が進路やら人生やら迷ったり無気力になっている間にクラスメイトの女子はこんな命懸けのことをしている。それに…不思議な力を使って、まるで…かつて憧れていたヒーローのようだ。
「特に夏になると増えるが、なぜか最近活発化してきてな。おそらく毎日祓うことになるから予定は組めそうにない。」月希は凪に対し、そう説明する。それはどこか寂し気な様子だった。
「そっか…大変なんだな。」凪はそんな気持ちを察してか、上手く言い表せないフォローをとりあえず話す。家業とは言いつつも、やはり普通の高校生活を送りたいだろうな。学校にいた時、せっかくの夏休みのイベントも断ってたっけ。なんか…いい言葉はないかな…凪はそう感じた。そして何気なく、先程感じた言葉を口にした。
「でもよ…かっこよかったぜ。さっきの月希。その…ヒーローみたいでさ。すげぇ力使ってるし、なんか現実味がないけどさ、陰陽師?ってこういうことしてるって言われてたけど本当なんだなって。すげぇよ」
「!?…そ…そうか?」照れくさそうにする月希。
「その巫女服?的なのも似合っているし…あ…いや…その…なんか恥ずかしいな…」凪は話す。
「本当か!その…照れるな。面と向かって言われると…」凪に褒められたのが嬉しかったのだろうか頬を赤らめる月希。
「その…ありがとうな…あと、ごめん」
「え?」月希は反応する。
「いつもいつも、俺のために屋上まで迎えに来て、今度はこんな命まで助けて貰って」凪は言う。
「そ…そうだ!私のことを敬え!」月希は得意げになりながらつんと凪に話す。
「だよな…月希さん!…なんてクソ恥ずかしいや。いや…でもほんと…俺も色々改めるよ。あんな命の危機に瀕したのは初めてだし、誰かによって生かされてるんだなって感じたよ」凪は座りながら話す。
「そうか…私もそうだな…」月希は顔を見上げながら、そんな凪の言葉を噛み締める。
「え?」凪は反応する。
「私は養子として安部家に来たのだ。その時からずっと、霊力を鍛えて、妖怪退治のために修行を積んできた。物心ついたときからずっとな。正直、これ以外の生き方は分からない。けど、こうして誰かの役に立っていると思うと嬉しいし、何より…」
「何より?」凪は聞く。
「お前がまともになるなら学級委員長冥利に尽きるからな!」月希は冗談と言わんばかりに笑いながら話す。
「わ…悪かったよ!もう!」凪は照れながら話す。
「凪」表情をにこやかにしながら月希は凪に問いかける。
「ん?」凪は聞く。
「妖怪たちは人を脅かす。さっきみたいにな。その妖怪たちから人々を守るために戦っている。人が安全に、平和に過ごせるような世にすることが夢だ。私はそのために生きていると思っている。ありのままの高校生になりたいとも思った。正直、お前の体たらくは少しイライラしていた時もあったのだがな」月希は凪の方を見ながら話す。
「お前がいるお陰で、学生としても生きていけるし陰陽師もやって良かったと思った」月希は少し照れくさそうに話す。
「そっか…」凪はどこか嬉しそうに顔を逸らす。
「ただ、1つ大事なことがある」月希は表情を変え、冷静に話す。
「前は雑鬼に狙われやすい人間だってわかった。夜道はなるべく出歩くな。雑鬼は質のいい肉を狙う」凪に説明する月希。
「え!?マジかよ!」凪は驚き、そして怯える。
「妖怪をみたことあるような人間は、少なくともマーキングされやすい。だから、気を付けるといい…お前には霊力を感じないから全く分からなかったが…」月希は考え込むように話す。。
「霊力…?まあ俺、霊は見たことないな…」凪は不思議そうな顔をして話す。
「まあ…よく分からないが、とにかく気をつけて帰れよ。また来るかもしれぬ」月希は話す。
「ま、その時は月希様が助けてくれるから安心だな」凪は笑みを浮かべて話す。
「ま…まぁ私の事はこれからもちゃんと崇めるんだな!」照れながら冗談めいた話をする月希。
「とにかく…!夜は出歩くな!このまますぐ、家に帰るのだぞ!」そう話し、立ち去ろうとする月希。
「わかった、もうあんなやつに会うのはごめんだからな」凪は話す。
「わかって貰えたならいい。私はまた、別の雑鬼を探しに行く。」
そう話すと、月希は御札を取り出して、何やら念じ始める。
するとふわっと宙に高く飛び上がり、宙に浮く月希。
「おおっ!!なんだそれ!飛べるのか!?」驚く凪。
「霊遊術だ!陰陽師は飛べるのだ!」自慢げに言う月希。
「では!気をつけるのだぞ!」
ビュン、と飛んで行っては、夜に消えていった。
凪は、驚くような出来事が立て続けに起こったことを改めて噛み締める。しかし、周りはなんて事ない、いつもの近所の道だ。
「…すげぇな」凪がぼそっと言う。
今までの出来事は、本当に現実だったのだろうか?そう感じさせるほど、非現実的な出来事が続いた。凪は頬をつねる。
「いたっ」
現実だ。紛れもなく、変な化け物に襲われて、クラスメイトが不思議な力で助けてくれた。
「すげぇな…」凪は改めてその言葉を口にする。頭の整理がつかない。凄かったとただ感覚で噛み締めることしか出来なかった。
「さて…」呆然とした後、凪は立ち上がる。早く帰ろう。なんか家にあったっけ?…お腹すいた。けど、もうあんな思いはごめんだ。怖い。帰ろう。
そう思い、踵を返して駆け足で帰路に着く凪。
そんな凪の様子を住宅街の屋根の上から見守る影があった。
「…創(きず)のもの。凪か…」
3.
夏休みが始まった。しかし終業式の夜の出来事が嘘のように過ぎて、気がついたら夜になっていた。そして日中は…嘘のように何もしていない。
「くそ…眠たい」
多賀野 凪。趣味は寝ること…くらいしかない。なんか眠りの凪なんてクラスメイトにいじられている。教室では本当に眠っている時もあれば、うつぶせになって寝たフリをしているだけの時もある。クラスにあまり仲のいいやつがいないからだ。いやそもそも仲のいい親友がいない。
中学生の時は割と人並みに友人もいた。しかし、同時に気に食わないやつも多かった。さらには、最終的には1人になってしまった。というのも、その頃に母を亡くし、気性が荒れていたからだ。
身長は割と高い方で少しばかり図体がデカいせいでスクールカーストが上のグループに目をつけられた事もあった。その時だ。片親だのなんだのといじめられたのは。しかし、殴り合いにまで発展し、いじめようとするやつは居なくなった。不良のような扱いを受けたが、意味がわからなかった。あっちから喧嘩をふっかけて、虐めようとしてきてのだから。それに抵抗するのは当たり前の話だ。一人だからといって抵抗しないわけではない。数で攻められてもあの時は上手くいったというか、普段は大人しかったからか、あそこまで大暴れするとは思わなかったらしい。その結果、そいつらすら寄り付かなくなった。
そこで環境を変えようと勉強を頑張り無理をして、進学校に入学した。といっても全国的に見れば自称進学校と言うやつでどういう訳かそういう学校には「自分はできる」的な浮かれたやつが多かった。そういう奴らとはなかなか馬が合わず、その結果というのか親しい友人ができず1年が過ぎた。
そのため、基本的にはぼっちというやつで、なかなか学校が楽しいとは言えない日々を過ごしていた。
「(この夏は正念場だぞ。人生がかかっているからな)」
正念場か…。何もしていないと本当に人生が終わるのかな…
たった3年で今後80年、いや下手をすると100年近く生きる人生がすべて決まるなんて馬鹿げている。
だが、月希や先生の言う通り大学に行けないと就職やら何やらも上手くいかない…そんな世の中になってしまっている。
生きる気力のないやつでも、生きるしかないのだ。別に死にたいとまでは思わないし、それでいて生きたいとも思わない。まるで魂を抜かれたように空っぽの自分…凪はそう感じながら、歩いていた、するとふと終業式の日に言われたことを思い出す。
「(だってもう家族のようなもんじゃない!)」
それは、幼なじみで義理の家族になった美奈の事だった。
生まれた時には父親はおらず、母親が一人で育ててくれていた。
しかしそんな母も中学の時に病気で他界してしまう。
凪はその時、人生というものはどうしようもない、絶望的なものだと感じた。
親戚とも何故か疎遠になっていた。理由は分からなかった。身寄りがないような状態であった。 このまま施設に行くかもとなった時に、美馬家が引き取ってくれることになった。
母の生前から凪の家、多賀野家と仲良くしていて、そもそも学生時代からの付き合いだったらしい。美奈とは幼なじみとはいえ顔なじみ程度の付き合いだったが、その時から家族のようになった。
ようにというのは凪がそう思い込んでいる。もちろん美馬家は家族同然で面倒を見てくれているが、どうしても両親や兄妹(同級生なら妹が良いと凪は思っている)として見ることはできなかった。
「(お母さん…)」
よく枕元で思い出しては泣いていた。それでも、優しく面倒を見てもらえたのでここまで大きく育つことができた。とは言え、うまく甘えられなかったのだ。部活などは当然のようにやらず、勉強もそれほど真面目にはやらなかった。が、いじめの件、そして、美馬家への申し訳なさから勉強をしたのだ。
しかしそこで凪は燃え尽きた。美奈は優秀だったので同じ学校にすんなり入っていたが、地元では成績がいいとされている高校…まあ自称進学校レベルだがそこに入れただけでもう十分に思えた。
しかし、そんな努力も人生においては全然足りないらしい。俺はもう人生に飽き飽きしているのに。
将来のことを考えても何も浮かばない。なぜなら俺は何も持っていないのだから。そう凪は感じていた。
「…とりあえず美奈のとこで飯、ご馳走になるか」
とはいえあれこれ考えていても現状は変わらない。自分一人でやることが美馬家の為だと思っているが、この体たらく。今日ぐらいはお世話になってもいいだろう。
凪はスマホを取り出し、美奈にメールを送る。
「今日はご飯、お世話になります。よろしくお願いします。」
敬語。定型文のような文章。いつも敬語を使っていた。どこか申し訳なさを感じて凪は自然と美馬家に対しては敬語を使ってしまう。文面上では美奈に対しても敬語になってしまっていた。
凪はその文章を見返すと、送信ボタンを押す手が止まる。
「家族のようなもの…か」
そう思い少し考えて、文面を書き直す。
「今日、ご飯食べに行くから、よろしく」
家族のような文章。なんて言うとぎこちなく思える。やはりどこかで気を使ってしまうのだ。 送信ボタンを押し、準備をする。そしてそれはどこかへ、そして他人に会うかのようにしっかりと。
「…家族に会いに行くはずだけど…やっぱりちゃんとしなきゃって思うな」
。凪は気を使わないようになれるにはまだ遠そうだと思ってしまった。
あたりはすっかり暗くなっていた。着替えを済ませ、外に出る。今日は暗くなるのが早い気がする。凪は空の様子を見て昨日の非現実的な出来事を思い出す。
あの化け物に見られてるような気がする。気のせいだと思いたいが、あれほど怖い思いをしたのだ。恐怖は拭えなかった。
「…怖い」
凪は早足になる。おばけの類は信じたことはないが、現実で見てしまうと信じざるを得ない。もう走りながらでも美奈の家に向かうことにしよう。凪の足がだんだんと速くなる。
そして空を、周りを、なるべく見ないように急いでいたのだが、ふと凪の足は止まった。
暗い道に、一人の青年が立っている。
その青年は着物のような羽織を着て、銀色の綺麗な髪をしていた。しかし、人ではないことにすぐ気がついた。
「…翼…?」
凪は思わず口に出す。
そう、その青年の背中には黒い翼が生えていた。
まるで、烏のような黒い翼。
…まさか雑鬼ってやつの仲間…?
いやそれにしてはあまりにも人間に近い。というか翼が無ければ人間そのものだ。
…とにかく見なかったことにしよう。
周り道をして、少し時間がかかるけど遠回りで美奈の家まで行くのだ。
そう思い、そのままその場を立ち去ろうとした時だった。
「まて、創(きず)のもの」
その青年は凪に声をかけてきた。
凪は思わず立ち止まる。
話せる…?化け物ではないのか?
それに…きず…?どういうことだ?凪は昨日の件があったとはいえ怪我はしていない。
「凪、貴様のことを追って、そしてここで待っていた」青年は凪に話しかける。
「え…!?なんで…俺の名前…知ってんの…?」凪は動揺する。
もちろん、こんなやつは知らない。何故、自分の名前を知っているのか…?
「あんた、あったことある…?」
「ああ」
「いつ…?」
「そうか…そうだな」青年はガッカリとした表情を見せる。
凪はやってしまったと焦る。いや本当に知らないのだが、もしかすると子どもの頃にあった事のある叔父とかなのかもしれない…いやこんな翼の生えている親戚なんて聞いたことない。ましてや俺は人間だ。
「すみませんが…全然分かんなくて…ごめんなさいあと…きず?って言ったけど…俺怪我してないです…」
凪は謝罪しながら説明する。
「ああ、創はまだ、発現していないからな」その青年はそう話すと手を凪の方向へ向ける。そして手を開くとそこから黒い炎が現れる。
「…え?」凪は驚く。こいつはやはり人間ではない。そう確信した。俺の名前を知っている知らない人ならざるもの。そして意味深な言葉。創が発現していないとはどういうことだろうか?
「この炎は、人が触れれば即死に至るほどの妖力だ。そして」
「死を迎えた時、その力は発現する」
そう話した瞬間、青年は黒い炎を凪にぶつける。
「!?」
凪は声を出す間もなく炎に包まれた。
「なんだよこれ!!」炎に包まれながら叫ぶ凪。
「…」青年はその様子を見守っている。
「…?」凪も異変に気づく。
明らかに炎に包まれている。黒炎は燃え盛っている。しかし、熱くない。痛くもない。何故だ…?人が当たると死ぬとか言ってた。それに、力が発現するとかなんとか…そう思った刹那、凪はあることに気がつく。
炎は凪の体に触れていない。
「なんだ…これ」さらによく見ると自分の周りが光り輝いている。やんわりとした光。しかし力強く、凪のことを包み黒炎から守っている。
「創のものは、死の淵に発現する。貴様は選ばれたのだ」そう話しながら青年は凪の右手を指さす。
「どういうことだって…なんだこれ!?」凪は右手を見て驚く。
凪の右手の甲には光輝く黄金の紋章が浮かび上がっていた。それは3つの三叉槍のような模様のしたにダイヤのような模様がついている。美しい、それでいて、確かに傷にも見える。
見たことのない紋章。もちろん今まではこんなものは右手にはなかった。
「これはなんなんだ!!お前…誰だ!?教えてくれ!」
凪は青年に向かって叫ぶ。
凪を包む黒炎は消えていた。
「その力は焜創(こんそう)。魔を討ち、征する力だ。そして…私の名は八咫(やた)。私はこうして貴様とは出会いたくは無かった…」青年は話す。
「八咫…?」凪は聞いたことのない青年の名前に驚く。やはり、知らない男だ。しかし、何故か自分のことを知っていて、それでいて自分の知らないこの謎の力についても知っている…
「焜創…って言ったよな…魔を討ち…って?」凪は質問する。
「それはこれから、貴様自身で確かめるものだ、それに…いずれ嫌でも理解することになる」
そう話しながら八咫は自身の翼を羽ばたかせると、ものすごい音とともに嵐のような風が吹き荒れる。
「うわっ!!」凪は思わず顔を覆う。
「また会おう、凪」八咫はそう話しながら飛び去ろうとする。
「おい!!待ってくれ!!」叫んで呼び止めようとする凪。
「私は貴様を…そして…を…見守っている」
バサッ!
「おい!!!」凪は上へ去りゆく八咫へと叫ぶが、目の前にはもう、八咫と名乗った青年は消えていた。先程までの嵐のような風は、嘘のように消えていた。
「なんだったんだ…?」昨日と同じ、いや昨日を超えるような非現実的な出来事に凪は動揺する。そして夢ではないかとまた右手を見ると、創のような紋章はやはり刻まれていた。
「魔を討ち…制する力…?」凪は呟く。
一体、これはなんなんだ…?
凪は手の甲を試しにつねってみた。
しかしまるで刺青のようにしっかりと刻まれている。
「魔を討ち…討つって?」
凪は右手を見ながらある妄想を、いや推測を考えていた。もしかして、この力で月希のようなことができるかもしれない。得体のしれない化け物から誰かを守れる力…
守れる…かもしれない…いや…守れる。
凪はそう感じ、確信した。それは凪の勘ではあったが本能でそう感じるものだった。
「でも、結局わからないことだらけだな…なんだったんだろう、八咫…」この力はもちろん人生の今の今まで発現したことはない。死の淵とかなんとか言ってたけど、死にたくなるくらい嫌な思いは沢山してきた。あれは本当に死ぬ出来事では無かったということだろうか?
そんな記憶もぐるぐるさせながら、現実に戻るようなことを思い出す。
「あっ!そうだ!美奈のとこ早く行かないと…!」凪はハッと思い出す。先程までの非現実的な出来事に呆気にとられてしまったがそもそもご馳走になりに行くのだった。
急いで行かなくてはと凪が走り出そうとした時、1つの不安がよぎった。
「これ…タトゥーだと思われたらたまったもんじゃないな…」
間違いなく、怒られる。というか、退学になるかもしれない。隠すにもグローブとかするしかない。絶対バレる。最悪だ。あいつ、八咫とか言ったな。元々持ってたとかふざけたこと言いながらとんでもないものを残していきやがった。
なんて言い訳をするか…そもそも消えるのか…凪がそんな不安を抱えていたその時だった。
「大丈夫だったか!?」聞き覚えのある声が上空から聞こえてきた。それは月希だった。
「わ!?あ!月希!」凪は飛んできた月希に驚く。
「とんでもなく強い妖気があったから助けに来た!大丈夫だったか!?」月希は凪を心配する。 「あ…ああ!!だ、大丈夫!」凪は慌ててその右手を隠しながら返事をする。
「しかし…妖怪の姿が見当たらぬが…あれだけの妖気を持っていて…跡すら分からぬとは」月希は疑問を持つ。八咫は凄い妖気を放っていたが、それが一瞬のうちに感知できなくなるのは通常ではあり得ないことだった。
凪は一番会いたくないやつと出会ってしまったと思った。夏休みにいきなりタトゥーを入れたなんて思われたらただでさえ決まりにうるさい月希がどんな怒りを露わにするか考えたくも無かった。
…いや待てよ。凪はふと思いつく。
先程のやつは間違いなく妖怪だろう。というか妖気とか言ってるし多分妖怪だ。この紋章のことも月希は何か知っているのではないか?
そう思い、凪は月希に尋ねることにした。
「月希…実はさっき変な妖怪にあってさ…いや人だと思ったんだけど、黒い翼が生えてて、で、何故か俺の名前知ってて…」凪は月希に説明する。
「変な妖怪?黒い翼…?」月希は聞く。
「そうそう。そいつにさ、黒い炎で焼かれたんだけど、助かったんだ。なんか変な紋章が手に浮かんで…」
「変な紋章…?」月希はその紋章という言葉に反応する。
「そうそう、これ。あ、言っとくけどタトゥーじゃねえよ!さっき…八咫とか言ってたなそいつにさ…」
「お前!!!…見せてみろ…!」月希は凪の話を遮って反応する。
「やっぱり!知ってるのか?これなんだけど…」凪は月希に右手に発現した紋章を見せる。
「待て…そんな…」月希の顔が青ざめていく。
「え!?これ…ヤバいやつ…?」凪は動揺し、月希に質問する。
しかし月希はその質問に答えることなく、御札を構え始める。
「五星占術!援鎖縛(えんさばく)!!」
慌てた様子で術を唱えると、光が地面からほとばしり、輝いている鎖が飛び出す。
そしてその鎖は凪の体を縛り付ける。
「!?おい月希!なんだこれ!?ちょっと…待ってくれ…!」体が縛られ、身動きが取れなくなる凪。
「何故…」月希は言葉を一瞬つまらせる。そして
「いや…もう、貴様と言葉を交わすのはやめた方がいいかもしれないな…」そう冷たく、凪に言い放った。
その話す月希の表情は怒りと悲しみに満ち溢れていた。
突然の出来事。焜創の発現と、豹変した月希。
「…マジで…なに…!?月希…説明してくれ…!」
「その力はな…」月希は唇を噛み締めながら話す。
「人に…災いをもたらす力だ…!」
4.
「 災いを…もたらす…!?」動揺する凪。どういう話か皆目見当がつかなかった。突然発現した力。魔を討つと聞いていたのが今度は災いをもたらすと言われた…。本当にわけがわからない。月希達とはまた違う力なのか…?
「ああ…その力を…焜創を発現させたものは…歴史上、人類に仇なす存在になっている…!」月希はどこか悔しそうな顔で凪にそう話す。
「嘘だろ…?俺、そんなつもりないぞ…!?辞めてくれよ…!」凪は困惑し、そして鎖の攻撃を止めるよう懇願する。
「私もそうしたいのだが…我々晴明派には掟があってな…」続けて月希は話す。
「焜創を発現せしものは人の世を乱すものなり、汝焜創を持つものが現れし時、その身を捕え、処すべし」
「え…?」凪は掟の話が上手く入ってこなかった。世を乱す…?処す…?なんでだ…?
「日本の歴史において、焜創を持つものが現れると乱世になるのだ。晴明派がその都度、焜創を持つものと戦い、征して来た。そしてその力は、妖怪を率いる能力を秘めている…!その力で百鬼夜行を率いて、国を滅ぼそうとしたものまでいる」月希は強い口調で説明すると、持っていた御札にさらに念を込める。
「がっ…!」鎖が体に食い込むように縛り上げられ、凪は苦しむ。
「すまない…お前が創(きず)のものに選ばれたなら…例え知人であろうと掟には逆らえない…!お前一人の命と日本全体を比べたら…お前の命を犠牲にするしか…ない」月希は俯きながら話す。その表情は悔しげだった。凪も突然発現したこの力に対して理解が及ばない。オマケに月希に殺されそうになっている…。
「がっ…はっ…!頼む…!俺、なんもしないって…!!解いてくれこれ!!!」凪は声を振り絞って必死に訴える。
「私も…お前を信じたい…!信じたいが…!無理なのだ…!阿部家の、晴明派の人間としては…創の発現した人間を…見逃すことは出来ない…!」つらそうな顔をしている月希。
「そんな…!」凪は落胆する。
「正直…私はお前に手を下すことは出来ない…!情が湧いてしまうから…!だから…身柄を晴明御殿に移して…そこで処刑してもらうことになるだろう…」
月希自身も辛いのだ。掟を破る訳には行かない。しかし、相手は顔なじみ、しかも悪態をつくやつとはいえ、大事なクラスメイトの一人だ。それに…昨夜、月希自身も勇気付けられた。その矢先に、このようなことが起こるとは…まさにそんな複雑な表情を月希は浮かべている。
「最後に発現者が確認されたのは戦前の頃だったから…現代ではどのような処分になるかは分からないが…前例を考えると…処刑の可能性が高い…」
「処刑って…現代でそんなことするんかよ…!それに…!急に死んだってなったらさすがに…!」凪は動揺しながらも、理不尽な話であることを突きつける。
「今は夏だからな…海で溺れたとかにされ行方不明にされて終わりだろう…揉み消しならいくらでも出来る…我々晴明派は…」月希はもはや感情がなくなったかのように話す。
「そんな…!」凪は絶望した。訳もわからない力が突然発現したと思いきや、クラスメイトの女子に突然突きつけられる死刑宣告。様々な葛藤が頭の中で巡る。
「すまないが、晴明御殿へと連れて行く…私も…辛いのだ…凪」そう言いつつ、今度は鎖縛の力を手に宿し、凪の元へ飛ばす。
「ぐっ!」凪の体に新たな鎖が巻き付く。
そして地面から伸びていた鎖が解けると、まさに囚人のように凪は月希に連行される。
「凪…私は…いや…やめよう…」月希は何か言いたげにするが、表情を暗くし、その言葉を飲む。
「月希…」凪は涙を浮かべていた。
死の淵、2回目。1日で2回も死を宣告されることは今後一生ないだろう。いや、本当は既に死んでいたかもしれない。
というか、こんな力、発現せずに八咫の攻撃で焼死してしまった方がまだ気が楽だったのではないか…?
凪は悲しみを抱えて月希の近くまで歩く。
「やはり…私は…」月希はそんな凪の様子を見て、迷いを口にしそうになった時だった。
「ちょっとすみませんねぇ」
2人の前に妙な男が突然姿を表す。
その男はどこか飄々としていた。
着物の上に羽織物を着て、チューリップハットのような奇妙な帽子を被っている。そして腰には見た事のない形状の短刀がある。
その男は、月希に話しかける。
「申し訳ないですが、ここでその創(きず)の人を死なせるわけには行きません。」男はそう話すと、手を凪の方にかざす。するとオーラが立ち込める。
パァン!
大きな音を立て、鎖がみるみるうちに崩れていく。
「何!?鎖縛が…!?何者だ!!」月希は動揺しながら男を問い詰める。
「私は蘆屋天満(あしやあまつ)と言うものです。いやはや、焜創の霊力を探知したので、慌ててここまで来ましたよ。ギリギリセーフってとこでした」男は淡々と話す。
「蘆屋…!?貴様…!そうか…」月希は動揺を隠せない表情を見せる。
「あの…蘆屋…さん?いや…助かりました!」凪は目の前の男にお礼を言う。助かった。救世主あらわる。2回も死にかけて、2回とも助かった。
「私はですね、焜創が発現したらその人を連れて色々としたいことがあったんですよ。ですので…あなたを…ここで死なせるわけにはいかない」 そう話しながら、腰にある短刀を抜く天満。
「待て!何をする気だ!蘆屋の者!」月希も御札を構え、臨戦態勢を取る。
しかし、月希より圧倒的に素早く、天満は術を唱える。
「占術 繭蘭(けんらん)」
天満が術を唱えると花びらのような物体が地面から現れ、月希を瞬く間に包み込む。そして繭のようになるとその中に月希は閉じ込められてしまった。
「な…!?」月希は焦るが間に合わない。
「閉じ込めた…!」凪はその繭のような霊術を見て、驚く。
「しばらく、足止めさせていただきます」天満はそう月希に話す。
「さて…創の人、名前は?」天満は凪の方を振り向いて尋ねる。
「あ…えと…凪です。多賀野…凪!」凪はそう返事する。
「凪くん…なるほど…やはり、焜創に選ばれたのは運命ですね」名前を聞いて天満は微笑む。
「え?」凪は不思議そうに天満の顔を見る。
「いや…なんでもありません。凪くん、ここから逃げます。そして、疑問が沢山あるでしょうから逃げながら説明します」
天満がそう話しながら、袖から御札を取り出すと念を込め始める。そしてそのまま呪文を詠唱する。
「汝、我の御霊を持って力を顕現せよ 星霊獣 光梟!(ふくろう)」
天満がそう話すと、太極図が地面に描かれる。するとその間が扉のように開き、その中から光とともに大きな鳥のような生き物が現れる。その鳥は大きく、自動車くらいのサイズがあった。まるで神話に出てくる不死鳥やガルーダのような見た目をした黄金色の鳥は光とともに静かに現れる。
「わぁー!」凪は驚いてその輝く鳥を見上げる。
「光梟さんです。僕の使い魔と言うやつでしょうか?この子に乗って逃げましょう」そう天満は説明する。
「霊獣だと!?待て!!」繭の中で叫び、呼び止める月希。
「あなた達晴明派は掟や過去の事のばかりでその人そのものを見ていない。私は…可能性に賭けたいのです。現代に発現した焜創…彼こそ、今度こそ、この国を、この世界を良い方向に導ける、人々のための創(きず)の者になると」天満は月希にそう言い放つ。
「それは…!」月希はうまく言い返せなかった。確かに、掟を優先させてしまった。凪は確実に焜創について知らない。掟ばかりを重んじて、その人そのものを見ていなかった。
「俺が…導く…?」凪は不思議そうに天満を見る。
「そうなるように、私は努力します。もちろん、凪くんもね。さぁ!乗って!」天満は凪にそう話しかけると、凪の腕を掴み、光梟の背中目掛けてほおり投げる。
「うわぁ!」凪はほおり出されて思わず叫ぶ。
そしてそのまま、背中に倒れ込むように乗ると、凪は体制を整えて座る。
「私は…凪を信じたい…が…わからない…だが、晴明派の連中は許すことはないだろう…ここで逃げてもいずれ…」繭の中でその様子を見ながら天満に向かって話す月希。
「だからこそ、彼には強くなってもらいます。妖怪、陰陽師…全てを統べる…!そんな存在に…させてみせますよ…!」そう言うと天満も光梟の上に飛び乗る。
「さぁ!行きますよ!これから大変ですが、死ぬよりマシでしょう!」天満は凪に檄を飛ばす。
「は…はい!なんだか分かんないけど!色々聞きたいし!死にたくないし!それに…!」凪は言葉を少し溜めて、こう答える。
「俺…変わります!」
「いいですね」天満は嬉しそうに頷くと光梟に捕まる。
「凪くんも捕まって!飛ばされないように!!」
「わっ!」凪は慌てて捕まると光梟は瞬く間に羽ばたき始める。
「わぁ!!!」凪はそれに驚き叫ぶ。
「さて…月希さん…!また…会いましょう」天満は月希に別れを告げる。
「…!?何故私の名を…?」月希が驚き呼び止めるが、答えることなく、天満と凪を乗せた光梟は空へと飛び上がる。
沈黙。繭の中で月希は俯いていた。しばらくすると繭を形成していた花びらがヒラヒラと落ちていく。それはまるで、月希の心を写しているようだった。
つづく