
爺ちゃんと時計
祖父は、東京の立川で小さな時計店を営んでいました。
商工会の会長を務めたり、立川のパンフレットに載ったりと、地元では少し有名な人でした。
少し前に祖父が亡くなり、跡継ぎがいなかったため店は閉まってしまいましたが、先日、東京に帰省した際にシャッターが閉まったままの店を訪れてみました。
祖父は、かなり腕の良い職人でした。
家電量販店や他の時計屋さんでは「古すぎる」「修理できない」といわれた時計も、垂れ下がった瞼にルーペを挟みこみ、目には見えないほど小さな部品を細やかな作業で直す。
まさに職人技でした。
ある日、一人のお客さんから依頼がありました。
「東日本大震災で海水に浸かってしまった、形見の時計を直してほしい」
どこへ行っても断られ、調べて祖父の元へたどり着いたようでした。
その時計は海水に浸かってしまったせいでサビもあり、最初は祖父も「直すのは難しいかもしれない」と思ったようでしたが、依頼を引き受けたといっていました。
祖父は修理に努め、
止まっていた心臓が再び脈を打つかのように、時計の針がカチカチと再び動き出したのです。
お客さんは涙を流して喜んでくれたといいます。
その出来事が新聞に載り、全国から修理の依頼が来るようになり、
「依頼が増えて困っているんだよ」と笑った祖父のあの誇らしげな顔が、今でも鮮明に浮かんできます。
祖父は亡くなるその日まで、時計を直し続けていました。
文字通り、自分の仕事を全うした人生だったと思います。
それこそが私にとっての祖父の勇姿ですね。
幼い頃、あちこちで時計の音が鳴る中で遊んでいた店内は、今ではガランとしていて、まるで時が止まっているようでした。
寂しいけれど、あのお店は私にとっても大切な思い出の場所です。
私は形見として、お店に残されていた時計を一つもらって帰りました。
この時計は、私の暮らす沖縄で静かに時を刻み続けます。
そして私も祖父のように、誰かのために、自分の仕事を最後まで全うできる、そんな人でありたいと心に刻んでいます。
献杯。