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美容師を辞めたら、美容師になるしかなかった話

    美容師を辞めたら、美容師になるしかありませんでした。

    一度離れたからこそ、この仕事の面白さに気づきました。

    これは、二十年以上美容師を続けてきた私と、お客様の話です。

    第一章 美容師になりたかったわけじゃない。


    私が美容師になった理由は、

    反抗期だった。

    ……と書くと、全国の美容師さんに怒られそうだけど、本当だから仕方がない。

    「美容師さんって、小さい頃からの夢だったんですか?」

    この仕事をしていると、本当によく聞かれる。
    そのたび私は少し困る。

    「いや、違うんですよ。」

    と答える。

    夢ではなかった。
    憧れでもなかった。

    もちろん美容師という仕事には興味があった。

    ちょうど私が高校生の頃は、『ビューティフルライフ』が大流行していた。

    カリスマ美容師ブーム。

    テレビでは美容師が主役の番組まであった。

    今思えば、ものすごい時代だった。

    だから美容師という仕事は、進路の候補の一つではあった。

    でも、一番なりたい職業かと言われると、そうでもなかった。

    私は勉強が嫌いだった。

    ……いや、正確に言うと、勉強そのものより、「長く覚えておくこと」が苦手だった。

    テスト前になると、本気を出す。

    教科書を開き、テスト範囲だけを必死に暗記する。

    英語なんて特にそうだった。

    単語を覚える。
    文章を丸ごと覚える。

    その結果、八十点くらいは普通に取れる。

    だから先生から見た私は、そこそこ勉強ができる子だったと思う。

    でも。
    模試になると、とんでもない点数を叩き出す。

    世界史なんてわからなすぎて、本気で全部鉛筆転がしてみた。

    16点

    その頃の私は運もなかったようだ。
    笑えない。

    いや、今だから笑えるけど、当時は本気だった。

    テストが終わると、頭の中がきれいさっぱり初期化されるのである。

    消しゴムで全部消したんじゃないかと思うくらい、残らない。

    だから高校生ながら思っていた。

    「あ、私、大学行ってもたぶんついていけない。」

    変なところだけ冷静だった。

    だから大学ではなく、専門学校へ行こうと思った。

    美容、メイク

    建築、ゲームなど

    いろんな学校の資料請求をした。

    特に「これ!」と決めていたわけではない。

    実家だったので、資料は全部家に届く。

    そして、一番最初に届いたのが、美容学校のパンフレットだった。

    それを見た母が言った。

    「美容師はやめておきなさい。」

    母は、とても心配性だった。
    今思えば、娘思いだったんだろう。

    でも当時の私は、そう思えなかった。

    小学生の頃。
    門限を少し過ぎただけで、友達の家へ電話がかかってくる。

    「まだいますか?」

    連絡帳を見て電話したらしい。

    もう、本当にやめてほしかった。
    恥ずかしくて仕方なかった。

    母は昔からそういう人だった。

    「よかれと思って。」
    が口癖だった。

    本人は本気で私のためを思っている。

    でも、その「よかれ」が、たまに私には重たかった。

    だから、美容師を反対された時も、
    素直に「そうなんだ。」とは思えなかった。

    むしろ思った。

    「なんで反対されないといけないの?」

    数日前まで、美容師は進路の候補の一つだった。
    それが母の一言で、

    美容師しか嫌になった。

    人間とは、本当に面倒くさい生き物である。

    ちなみに、その面倒くさい生き物は、私だった。

    母も負けていない。
    「美容師以外なら何でもいい。」

    数日前まで母も美容師じゃなくて〇〇は?とか言っていたのに美容師以外ならなんでもいいに変わっていた。

    こんな所は親子なんだなと思う。

    私も負けない。

    「美容師しか嫌。美容師にしかなりたくなかった」
    嘘つくやん。

    今思えば、親子喧嘩というより、
    ただの意地の張り合いだった。

    結局、姉が間に入ってくれた。

    「近くの美容学校なら。」
    そんな形で話はまとまった。

    こうして私は美容学校へ進むことになる。

    夢を叶えたわけじゃない。
    人生を懸けた決断でもない。

    親子喧嘩の延長線上で決まった進路だった。
    でも、この時の私は知らなかった。

    こんなに長く美容師と付き合うことになるなんて。

    もちろん、
    私自身も思っていなかった。


    第二章 お風呂から出たら、人生が決まっていた。


    美容学校へ行くことは決まった。

    ……決まったと言っても、最後は姉のおかげである。

    あの人がいなかったら、母と私は今でも「美容師」「いやダメ」のラリーを続けていたかもしれない。

    そして次の問題は、

    一人暮らしにするか、寮に入るか。

    私は一人暮らしがいいなと思っていた。
    でも不安もあって少し迷っていた。

    親達はどうするか話していたようだ。

    私はその頃、そんな重大な会議が開かれていることなど知る由もない。

    なぜなら、その会議中お風呂に入っていたからである。

    のんきに湯船につかり、

    「あー。」
    なんて言っていた十五分後。

    お風呂から出ると、

    母が一言。

    「寮にするよ。」

    ……え?

    え、今?

    私の人生、
    入浴中に決まった。

    相談ではない。
    発表だった。

    「ちょっと待って。」
    と言っても、もう遅い。

    会議は終わっていた。
    議事録もきっと完成していたと思う。

    お金の面もあるし美容学校を押し切ったこともあるので飲み込むしかなかった。

    そんなこんなで、私は寮生活を送ることになった。

    当時は厳しすぎるなと思うことも多かった。

    でも不思議なもので、今思い出すのは楽しかったことばかりだ。

    今でも寮の友達とは会う。
    あの頃は早く卒業したかったのに、

    今では「あの頃に一日だけ戻れたら面白いな」と思う。

    もちろん、一日でいい。
    一週間は遠慮したい。

    美容学校も、それなりに厳しかった。

    いや、

    それなりじゃない。
    かなり厳しかった。

    国家試験の合格率は毎年ほぼ100%。

    入学した頃は、

    「この学校に入れば美容師免許100%もらえるんでしょ。」
    なんて呑気思っていた。

    でも卒業する頃には、

    「そりゃ100%になるわ。」
    に変わっていた。

    それくらい練習する。

    というより、
    させられる。

    先生たちの本気がすごかった。

    当時は、

    「高校もそこそこ厳しかったけどそれ以上とか…」
    「もう勘弁してください。」
    と思っていたけど、

    今では感謝しかない。

    ……しかし
    当時は一ミリも感謝していなかった。

    さて。

    美容学校で一番忘れられない事件。
    それは、

    相モデルカットである。

    授業でお互いの髪を切る。
    なんとも美容学校らしい授業だ。

    でも実際は、

    みんなそんなに髪を切りたくない。
    相手は美容師免許もないただの友達だ。

    だから、

    「毛先だけね。」
    「ちょっと軽くして。」

    やってるフリのそんな平和な授業だった。

    その日、私の相手は髪の量がものすごく多い友達。
    「長さはそのままでいいから、量だけすいて。」

    了解。がってんしょーち。
    任せろ。

    私は軽快にセニングを動かしていた。

    ジョキ。

    ……

    あ。

    この「あ。」には、人生でいろんな種類がある。

    財布を忘れた「あ。」もある。

    約束を忘れてた「あ。」もある。

    でも、
    友達の髪を根元から切った「あ。」は、一生忘れない。

    私は、
    セニングシザーとカットシザーを持ち間違えていた。

    根元から五センチ。
    見事に一直線だった。

    しかも場所が悪い。

    後頭部ど真ん中である。

    二つ結びでもしようものなら、
    そこだけ元気よく飛び出す。

    完全に剣山である。

    終わった。

    私の美容師人生、
    まだ始まってもないのに終わった。

    そう思った。

    震えながら謝る。

    「ごめん……。」
    本当に申し訳なかった。

    すると友達は、
    髪を見て、

    私を見て、

    大爆笑した。

    「ちょっと!何これ!」

    怒るどころか、
    笑い転げている。

    私は笑ってくれている友達を見て安心した反面、
    申し訳なさでいっぱいだった。

    でもその友達のおかげで、

    私は今でもハサミを持つ前に、
    必ず一度だけ確認する。

    もう二十年以上、
    一度も同じ失敗はしていない。


    きっと無意識なんだと思う。

    あの時の恐怖が、
    まだ指先に残っている。


    そして就職して半年くらいたった頃。
    先輩に言われた。

    「あのメンズのセットしといて。」
    「はい!」

    ……

    いや。
    “はい!“じゃない。返事だけはいい。

    私、
    メンズセットなんてほとんどしたことがない。

    でもせっかく先輩がくれたチャンス
    分からなくても、やるしかない

    冷や汗をかきながら、
    お客様には悟られないように会話を続け、

    なんとかセットを終えた。

    「できました!」

    先輩が見に行く。

    数秒後、戻ってきた。

    そして隣の先輩に一言。
    「ちょっと見てきて。」

    「ガイル少佐になってる。」

    ……

    私は人生で初めて、
    お客様をストリートファイターにしてしまった。

    もちろん先輩がきれいに直してくれた。
    あの時は恥ずかしくて仕方なかった。
    おかげで今ではメンズセットは得意だ。

    でも振り返ってみると
    あれも笑い話だ。

    美容学校では、
    技術を学んだ。

    美容室では、
    失敗から学んだ。

    そして私は少しずつ、
    美容師になっていった。


    第三章 一度、美容師を辞めた。


    美容師になって数年。
    私は一度、この仕事を辞めた。

    今でもお客様によく聞かれる。
    「美容師さんって、ずっと美容師だったんですか?」

    「いや、一回辞めてるんですよ。」

    そう言うと、大体驚かれる。

    私も当時は、「もう戻ることはないだろうな。」と思っていた。

    でも人生って、本当に分からない。

    あれだけ「もう嫌だ。」と思って辞めた仕事を、気付けば二十年以上続けている。

    だから人生は面白い。

    ……いや、面白いと思えるようになったのは、だいぶ後だけど。

    当時働いていた美容室は、今でいうと昔ながらのお店だった。

    上下関係もしっかり。
    上司が黒と言えばそれは白でも黒。
    営業が終われば練習。

    先輩より早く来て、帰るのは最後。
    先には帰れない。

    それが当たり前だった。

    当時は誰も疑問に思っていなかった。

    だから私も、「そういうものなんだ。」と思っていた。

    でも、友達と遊ぶ約束だけは難しかった。

    「何時に終わる?」
    と聞かれても答えられない。

    「たぶん夕方。」
    「たぶん夜。」
    「たぶん……終われば。」

    我ながら、ものすごく曖昧な返事である。

    友達からすると、一番予定が立てにくい人だったと思う。
    やっと営業が終わった。

    今日は帰れる。

    そう思った瞬間、

    店長の彼氏がお店に来る。
    「ちょっとこれ直すわ。」

    お店の棚だったり、
    設備だったり。

    仕事が始まる。

    すると当然、
    帰れない。

    今なら思う。
    「用があるんで今日は帰らせて下さい」
    と言えばいい。

    でも当時は言えなかった。

    というより、
    そんな空気じゃなかった。

    そういう時代だった。

    私はその店長が好きだった。
    とても尊敬していた。

    その人が独立すると聞いて、一緒について行ったくらいだ。
    だから感謝もしている。

    ただ、お店を持つというのは、本当に大変なんだと思う。

    責任も増える。
    考えることも増える。
    昔と少し変わってしまうこともある。

    それは今なら分かる。
    でも当時の私は分からなかった。

    ある日、その店長の彼氏と揉めた。
    大喧嘩ではない。
    今となっては内容もうろ覚えだ。

    でも、その時の気持ちだけは覚えている。

    私は少しだけ、
    店長に守ってほしかった。


    結果として、それはなかった。
    もちろん、それだけが辞めた理由ではない。

    もし毎日が楽しかったら、
    きっとその出来事だけでは辞めていない。

    自由の無さ。

    将来への不安。

    人間関係。

    毎日の疲れ。

    いろんなものが少しずつ積み重なっていた。

    コップいっぱいになっていた水に、
    最後の一滴が落ちた。

    そんな感じだった。
    だから私は美容師を辞めた。

    意外だったのは、

    辞めた瞬間に

    「やったー!」
    という解放感がなかったことだ。

    もっとこう、
    映画みたいに空を見上げて、

    「ぃいよっしゃぁああー自由だー!」
    ってなると思っていた。

    ならなかった。

    現実はもっと地味だった。
    私が最初に思ったことは、

    「さて、次は何の仕事しよう。」

    だった。

    夢もない。
    感動もない。

    でも、それが本音だった。
    美容師しかしてこなかった私は、

    美容師以外の自分を知らなかった。

    だから一度だけ、
    違う世界を見てみたかった。

    この頃の私は、
    本気で思っていた。

    「もう二度と美容師には戻らない。」

    人生で一番信用してはいけないのは、
    その時の自分の「絶対」なのかもしれない。

    この数年後、

    私は何事もなかったように、
    またハサミを持つことになる。

    その時は、
    まだ知る由もなかった。


    第四章 美容師しかできないと知った。


    美容師を辞めた私は、とりあえずアルバイトを探した。

    次の仕事を一生の仕事にしよう、なんて全然思っていなかった。

    貯金もあまりないし
    とにかく働かなければ。


    そのくらいだった。

    ただ、一つだけ決めていたことがある。

    「美容室とは真逆の仕事をしよう。」

    給料がそこそこいい。

    仕事が終わればちゃんと帰れる。

    友達と遊ぶ約束ができる。

    それだけで十分魅力的だった。

    あともう一つ。

    髪は自由がよかった。

    美容師を辞めたのに、黒髪にしてスーツを着る自分は、どうしても想像できなかった。

    今なら髪色自由の仕事なんて珍しくない。

    でも当時は、まだそんな時代じゃなかった。

    そこで私が選んだのは、パチンコ店だった。
    そこが1番希望の条件に近かった。

    初めて働く美容室以外の世界。

    最初は少し緊張した。
    でも、それは最初だけだった。

    周りの人たちは口をそろえて言う。

    「この店、他店より厳しいよ。」

    私は心の中で思った。

    「……え?これで?まじで?」

    もちろん、そのお店が楽だったわけじゃない。
    きっと普通に考えたら厳しい職場だったんだと思う。

    でも、その前にいた美容室が濃すぎた。

    だから私には、
    ものすごく平和な職場に見えてしまった。

    ある日、同じアルバイトの子と話していた。
    その子も元美容師だった。

    「ここ楽じゃない?」

    「分かる。美容師に比べたら全然楽。」

    二人とも即答だった。

    きっと私たちは少し感覚がおかしくなっていた。
    いや、だいぶおかしくなっていたのかもしれない。

    仕事が終われば帰れる。
    それだけで感動する。

    今日は休み。突然先輩から連絡もこない。
    それだけで嬉しい。

    友達と「何時に待ち合わせする?」という約束ができる。

    美容師の頃は、それすら少し難しかった。

    私は大学へ行っていない。
    だから大学生活は知らない。

    でも、その頃の私は思っていた。

    「大学生って、こんな感じなのかな。」

    仕事が終わってみんなでご飯へ行く。
    休みの日は遊ぶ。
    次の日が休みだから夜更かしする。

    そんな当たり前が、とても新鮮だった。

    今思えば、美容師を辞めた一年というより、

    人生で一年だけ大学生になったような時間だった。

    もちろん、仕事もちゃんとしていた。

    でも、どこか心が軽かった。

    美容師だった頃は、

    「仕事が終わった。」
    と思っても、

    そこから練習が始まる。

    でもパチンコ店では、

    「終わりました。」
    「お疲れさまでした。」

    それで終わり。

    私は最初、

    「本当に帰っていいの?」
    と少し不安になるくらいおかしくなっていた。

    誰も追いかけてこない。

    先輩も呼び止めない。

    練習もしない。

    本当に帰っていい。
    それが不思議だった。

    一年ほど経った頃だった。
    ふと考えた。

    「このままはまずいな。」

    仕事は楽しい。

    友達もできた。
    毎日も充実していた。

    でも、一生この仕事をする気はない。

    二十代後半が近づいてきた。

    私は、自分に何ができるんだろう。
    そう考え始めた。

    パソコンはできない。

    特別な資格もない。

    美容師以外の仕事を経験してみて初めて分かった。

    私は美容師以外の武器を、何も持っていなかった。

    その時だった。

    「ああ。そっか。」

    「私、美容師に戻るしかないんだ。」

    不思議と落ち込まなかった。
    悔しくもなかった。

    ただ、妙に納得した。

    若い頃は、
    「美容師を辞めたい。」
    と思っていた。

    でも一度辞めてみると、

    美容師という仕事が嫌だったんじゃなくて、
    あの働き方が嫌だったんだと気付いた。

    そこは大きな違いだった。

    それなら、
    働き方が違う美容室ならどうだろう。

    そう思って探し始めた。

    そして見つけたのが、
    今の働き方につながるお店だった。

    時間にも自由があった。

    働き方も私に合っていた。

    あの日、美容師に戻ることを決めた私は、

    「これから何年も続けることになる」

    なんて、一ミリも思っていなかった。

    人生ってほんと面白い。

    あれだけ「もう戻らない。」と思っていた仕事に、
    結局一番長くいることになる。

    だから私は、

    人生で一番信用していない言葉がある。

    「絶対。」

    あの頃の私は、

    「絶対戻らない。」
    と言っていた。

    今の私は、
    毎日ハサミを持っている。

    人生なんて、そのくらい適当な方が、案外うまくいくのかもしれない。

    第五章 気づけば、私がお客様に育てられていた。


    美容師になって、技術は先輩に教えてもらった。

    カットも。
    カラーも。
    シャンプーも。

    怒られ方も。

    ……いや、最後のは教わりたくなかったけど。

    でも、生活は違った。
    生活は、お客様に教えてもらった。

    美容師になってすぐ、一人暮らしを始めた私は、料理がほとんどできなかった。

    「ほとんど」というより、

    ほぼ壊滅的だった。

    コンビニ。
    パン。
    お菓子。

    お昼のパン選びは安くて大きいが基本だった。

    夜ご飯はお気に入りのアイス2本をお風呂前とお風呂上がりに食べるという意味の分からない日もあった。

    若さとは恐ろしい。

    あんな食生活で、よく生きていたと思う。

    ある日、お客様との何気ない会話で、

    「料理って難しいですよね。」

    そんな話になった。

    すると年配のお客様が笑いながら言った。

    「とりあえずめんつゆ一本あったら何でも作れるよ。」

    私は思った。

    (いやいや。)
    (そんなゲームのチートアイテムみたいな。)

    半信半疑だった。
    でも帰りにちゃんとめんつゆを買った。

    私って、意外と素直なのである。

    まず作ったのは教えてもらった牛丼。

    できた。

    親子丼。

    できた。

    肉じゃが。

    できた。

    「あれ?」

    「めんつゆ、最強じゃん?」

    そこからしばらく、

    我が家は、
    めんつゆ全盛期に突入した。

    冷蔵庫を開ける。
    めんつゆ。

    鍋を見る。
    めんつゆ。

    今日何食べた?
    めんつゆで作った〇〇。

    先輩にも言われた。

    「まためんつゆでしょ?」

    はい。
    まためんつゆです。

    その頃の私は、
    めんつゆ教に入信して信仰していた。

    でも二十年以上経った今でも、
    忙しい時に作る料理はめんつゆで作っている。

    たった一言の会話が、
    何年も続くレシピになるなんて、

    あの時は思ってもいなかった。

    でも教えてもらったのは料理だけじゃない。

    安くて美味しいお店。
    お得なスーパー。
    掃除のコツ。
    洗濯の知恵。
    節約。
    子育て。
    人生相談。

    美容室って、

    私がお客様の話を聞く場所だと思われがちだけど、

    実際は半分くらい、
    私が勉強している。

    いや、半分どころじゃない。
    たぶん七割くらいは教えてもらっている。

    そんなある日。

    一人のお客様に言われた。

    「私、美容師さんって、前と同じにしてくださいって言ったら、誰が切っても同じになると思ってたんです。」

    その瞬間だった。

    私の心の中の私が、

    ものすごい勢いで立ち上がった。

    「そうなの!!!」

    危なかった。
    あと一歩で声に出るところだった。

    お客様は続ける。
    「でも違ったんです。」

    「前回よかったから、同じでお願いしますって言っても、なんか違うんですよ。」

    私は心の中で何度もうなずく。

    そう。
    本当にそう。

    髪は毎日伸びる。

    量も違う。

    季節も違う。

    乾燥もする。

    同じ人でも、
    毎回同じ髪じゃない。

    だから、
    「前と同じ。」

    って、実は結構難しい。

    いや。
    結構じゃない。

    かなり難しい。

    だから私は毎回、
    前回のカルテを見る。

    切った長さ。

    量。

    カラー。

    会話まで思い出す。

    「前回、この辺がはねるって言ってたな。」

    「湿気で広がるって言ってたな。」
    そんなことを思い出しながら切っている。

    でも、そんな裏側は、お客様には見えない。
    それでいい。

    美容師は、
    裏側を見せる仕事じゃない。

    だから、
    そのお客様が続けて言った言葉は、

    今でも忘れられない。

    「でも、あなたは毎回ちゃんと前と同じにしてくれる。」
    「だから、もし遠くへ引っ越しても通います。」

    嬉しかった。

    「今までで一番です。」
    も嬉しい。

    「ずっとお願いします。」
    も嬉しい。

    でも、この言葉は少し違った。

    私が一番大変だと思っていたことを、
    ちゃんと見てくれていた。

    それが嬉しかった。

    たまに貰える飛び上がるくらい嬉しい言葉。

    また頑張ろうと思えた。
    要望に応えていけるようにレッスンもしようと
    改めて思う。

    お客様に私は育ててもらっているのだ。


    第六章 時代は変わる。でも、お客様は変わらない。


    美容師を始めた頃。

    熱が出ても仕事へ行くのは、珍しいことじゃなかった。

    「三十九度あるけど、解熱剤飲んだから大丈夫。」
    そんな会話も普通にあった。

    今思うと、全然大丈夫じゃない。
    でも当時は、それが普通だった。

    指名のお客様が待っている。
    今日しか来られないお客様もいる。

    だから簡単には休めなかった。

    私も何度か、風邪をひいたまま仕事をしたことがある。

    マスクをしたい。

    でも、マスクをすると、

    「あれ?風邪ですか?」
    と思われる時代だった。

    マスク=風邪だ。
    今ではマスク=予防もあるが当時はそうでもなかった。

    だから私は言う。

    「いや、鼻炎なんです。」
    「今年から花粉症かな?」

    毎回、花粉症デビューしていた。

    一年に何回デビューしたか分からない。


    それくらい、風邪をひいていると思われることがタブーだった。

    というより、美容師はみんなお客様を不安にさせたくなかった。

    だから隠した。

    もちろん今思えば、
    隠す方がよっぽど危ない。

    でも、それが当たり前の業界だった。

    ある日、アシスタント時代。

    ものすごく体調が悪かった。

    しんどい。
    お腹も痛い。
    立っているのもつらい。

    それでも我慢して仕事をしていた。

    あまりにもしんどかったので少し嫌そうな顔をされながら早退し、病院へ行くと、

    胃腸炎だった。
    しかもストレス性。

    先生に言われた時、

    「あ、けっこうな病気だったんだ。」

    と思った。
    そのくらい、「休む」という選択肢がなかった。

    だからコロナ禍になった時、

    世の中は本当に大変だったけど、

    美容師として一つだけ変わったことがある。

    「体調が悪かったら休みましょう。」

    それが当たり前になったことだ。

    昔なら、
    「インフルエンザだけど頑張ります。」
    なんて人もいた。

    今では考えられない。

    今はお客様にも正直に話す。
    「申し訳ありません。インフルエンザでお休みさせてください。」

    昔の私なら、
    そんな電話をするだけで胃が痛くなっていたと思う。

    時代は変わった。
    働き方も変わった。

    美容師という仕事も少しずつ変わった。

    でも、一つだけ変わらないことがある。

    四年に一度くらい。
    本当に、とんでもないお客様が現れる。 

    それはもうメンタルがズタボロになるくらいの
    しんどいお客様だ。

    私はこれを勝手に、
    「オリンピック開催」

    と呼んでいる。

    もちろん、口には出さない。
    心の中だけである。

    「今回は金メダル級だった。」
    と思う日もある。

    帰り道、

    今日の出来事を思い返しながら、
    「いやぁ、強かった。キツかった」

    と、一人反省会をする。
    その日のメンタルはズタボロだった。

    たぶん、そのお客様は普通に帰っている。

    こちらだけが、
    勝手に決勝戦を終えている。

    でも不思議なことに、

    次の日にはまた、
    いつもの美容室に戻る。

    笑ってくれるお客様。

    差し入れをくださるお客様。

    「前回、旦那に髪型褒められた!」
    と報告してくれるお客様。

    「職場で美容室どこ?って聞かれたよ。」
    と嬉しそうに話してくれるお客様。

    そんな人たちがいる。

    だから私は思う。

    四年に一度のオリンピックより、
    毎日の普通の一日の方が、ずっと大事なんだと。

    私は、そんな毎日が結構好きだ。


    最終章 美容師を辞めたら、美容師になるしかなかった。


    私は今のお店が4店舗目のお店だ。

    最初のお店は大好きな先輩がお店を出すのに
    誘ってもらってついて行った。

    次が自分で探したお店。

    そして今、働くお店はオーナーがお店を出す時に好条件で引き抜いてくれた。

    前回のお店を辞める日だった。


    最後くらい、のんびり終わるんだろうなと思っていた。

    予約表を見る。

    新規のお客様が一人。
    最後の日に新規。

    できれば一人でも多く指名のお客様を担当したかったがその時間私だけ空いていた。

    なんだか私らしい。

    いつも通り話をして、
    いつも通り髪を切って、
    いつも通り鏡をお見せした。

    すると帰り際、そのお客様が言った。

    「次もお願いしたいです。」

    私は少し困った。

    「あ……すみません。」
    「今日でここ最後なんです。」

    するとそのお客様は少し驚いて、

    すぐに言った。

    「よかったら次のお店、教えてもらえますか?」

    正直、その時はそこまで深く考えていなかった。

    でも、そのお客様は今でもずっと来てくださっている。
    大好きなお客様の一人だ。

    人生って本当に不思議だ。

    最後の日に、
    最後のお客様として出会った人が、
    気付けば何年もの付き合いになる。

    こんなこと、誰が予想するだろう。

    人生って、
    計画通りにならない。

    でも、計画通りじゃなかったから出会えた人がいる。

    高校生だった子が社会人になった。

    恋人ができた。

    結婚した。

    お母さんになった。

    「彼氏が電話しても起きないんです!」
    と花火大会のヘアセットで来ていた浴衣姿の半泣きの女の子は、

    寝坊の彼氏が旦那さんとなり

    その子どもの髪を私が切っている。

    時間って面白い。

    私は髪を切っているだけだと思っていた。

    でも気付けば、

    誰かの人生の節目に、
    少しだけ立ち会わせてもらっていた。

    成人式。

    結婚式。

    七五三。

    就職。

    転勤。

    失恋。

    出産。

    美容室は、

    髪型だけじゃなく、
    人生も少しずつ変わっていく場所だった。

    もちろん、

    いいことばかりじゃない。

    四年に一度くらいのペースで
    オリンピック級のお客様もやって来る。

    できれば次の開催は、
    もう少し先でお願いしたい。

    でも翌日には、また日常に戻る。

    だから、
    また頑張れる。

    そんなことを繰り返していたら、
    二十年以上経っていた。

    娘が七五三の時、

    日本髪を結ってあげられた。
    当日は私も娘も少し緊張した。

    でも完成した日本髪は、
    親バカを抜きにしても、
    ものすごく可愛く、似合っていた。

    ……いや。
    親バカ込みでも、
    ものすごく可愛かった。

    「何てものを生み出してしまったんだ。」
    「私の全遺伝子の中でも選び抜かれた子だわ」

    本気で思った。

    親バカ以外の何者でもなかった。

    でもあの日だけは、

    「美容師やっててよかったな。」
    と素直に思った。

    息子は息子で、
    髪が伸びてくると、
    「ちょっと座って。」
    で終わる。

    美容室の予約は取らなくていい。
    家族に美容師がいると便利らしい。

    たぶん本人は、
    カットはお菓子とジュース飲みながらYouTube見せてもらえるお得なもん
    くらいに思っている。

    なので私の好みにカットして、
    毎回可愛さに悶えている。


    そんな日常も、
    私は結構気に入っている。

    でも、
    そんな日も含めて、
    美容師人生だった。

    もし今、

    高校生だった頃の私に会えるなら、

    一つだけ言いたい。
    「そんなに意地張らなくても大丈夫。」

    ……いや。

    たぶん聞かない。

    あの頃の私は、
    人の話を聞くタイプじゃなかった。

    だから、もう一つだけ言って帰る。
    「安心して。」
    「思ってるより、ちゃんとやってる。」

    美容師になりたかったわけじゃない。

    一度辞めた。
    戻るつもりもなかった。

    でも、

    美容師を辞めたからこそ、
    美容師になるしかなかった。

    そして今は思う。

    あの時の遠回りは、
    たぶん必要だった。

    今日も私は、

    いつも通り、

    「今日はどうしますか?」
    と聞く。

    明日もたぶん聞く。明後日も聞く。

    十年後は分からない。

    でも、
    分からないくらいが、

    人生はちょうどいい。

    髪は少しずつ伸びる。
    人生も少しずつ進む。

    どちらも思い通りにはならない。

    だから面白い。

    私は今日も、

    ハサミを持つ。

    たぶん明日も。

    そしてきっと、

    「前と同じで。」
    と言われたら、

    また少し嬉しくなる。

    そのくらいが、
    今の私には、ちょうどいい。





     
     
    美容師歴20年以上。 このnoteでは、長い美容師人生で出会った「ヤバいお客様」「伝説のスタッフ」「思わず笑った出来事」「美容室の裏話」などを、個人が特定されないよう脚色を交えながら綴っています。 笑って、驚いて、たまにドン引きしてもらえたら幸いです。

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