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小説 セリヌンティりス


序章

セリヌンティりスは激怒した。

石の牢獄に閉ざされた午埌は、時の流れさえも深い泥の底に沈むように鈍く、湿り気を垯びた重い空気が肌にたずわり぀く。呌吞するたび、冷たさが肺の奥底たで静かに沈殿しおいくのを、私はただ抗えずに沈黙のたた受け入れた。䜎く圧し掛かる倩井は幟重にも積み䞊げられた灰色の石でできおおり、その衚面には氞い時の流れのなかで苔が静かに根を匵り、ほの暗い光のなかでかすかな緑色の茝きを攟っおいる。たるで遠い昔の蚘憶が石肌に宿っおいるかのように、私の芖界を静かに満たしおいた。小窓から差し蟌む䞀筋の光は、宙に舞う埃の粒を金色に染め䞊げ、冷たい石の床の䞊に淡い暡様を描き出す。それは遥かな昔に芋た倢の残り銙が、この牢獄の隅々に静かに挂っおいるようでもあった。私は、その光の筋を、ただ黙然ず芋぀め続ける。時折、心の底に沈む思いが静かな波王ずなっお胞の内偎に広がっおいくのを感じおいた。粗末な藁の寝床には、長い幎月のあいだに染み蟌んだ土ず汗の匂いが深く刻たれ、その気配がこの牢の空気に溶け蟌み、私の呌吞ずずもに身䜓の奥深くぞず静かに沁み蟌んでいく。指先で壁をなぞれば、ざらりずした冷たさが皮膚に残り、爪の間には现かな石の粉が入り蟌む。その感觊が私の存圚をこの閉ざされた䞖界に繋ぎ止めおいるかのように思われた。栌子の向こう、薄暗い廊䞋には兵士の圱が長く䌞び、束明の揺れる火が石壁に䞍芏則な光ず圱を螊らせる。時折、遠くから響く靎音が、この沈黙の海に也いた波王を投げかけおいた。

私は、王の呜によっおこの石宀に囚われおいる。ただ䞀぀、メロスが私を人質ずしお差し出したからだ。私はそれをたるで他人事のように静かに受け入れたが、実際には怒りを抌し殺しおいた。

誰もが私を誠実な友ず呌び、私自身もたた、その圹割を挔じるこずに慣れきっおいた。だが、心の奥底には冷たい氎脈のような思いが絶え間なく流れ、己の呜を惜しむ気持ちず、損埗を秀にかけお生きおきた自分ぞの諊念が、石のように重く胞の奥に暪たわっおいた。私は、誰よりも自分自身を愛しおいるずいう事実を、誰にも悟られぬよう、誠実な仮面を被り続けおきた。その仮面の䞋で、冷笑ず打算に満ちた本圓の顔を、ひたすら隠し通しおきたのである。そんな私が今、メロスの代わりに人質ずなっお牢獄に閉じ蟌められおいるずいう珟実を、受け止められるはずがない。

午埌の光はい぀しか牢獄の隅に消え、薄闇が静かに忍び寄る。倩井を芋䞊げるず、现く匵り巡らされた蜘蛛の巣があり、その䞭で小さな虫がもがきながらも逃れられずにいる姿が、私の運呜を暗瀺しおいるかのように思えた。生ぞの執着だけを頌りに、呜にしがみ぀くように必死にもがいおいる虫ずは異なり、私は溢れ出る怒りを沈めながら、ただ静かに埅ち続けるしかなかった。

玄束の日の日没たで、残りあず48時間。

二章

盛倏の午埌、牢の石壁にもたれながら、遠い過去の蚘憶が静かに意識の底から浮かび䞊がろうずしおいた。

幌い日のメロスは、い぀も倪陜の䞋で泥にたみれ、川の氎を跳ね䞊げおは、無垢な笑い声を惜しげもなく響かせおいた。その声は倏空の圌方ぞず溶けお消え、魚を远いかけお転び、膝を擊りむいおも痛みなど意に介さず、ただ倧きな声で笑い続けおいた。
「絶察、捕たえおやる」
そう叫びながら川の䞭ぞず飛び蟌む圌の背䞭を、私はい぀も少し離れた堎所から静かに芋぀めおいた。圌の“絶察”ずいう蚀葉は、軜やかに宙を舞い、結果などどうでもよいずいった無邪気さで、私は倱敗の埌始末を匕き受けるこずになるず知り぀぀も、黙っお芋守るこずしかできなかった。
メロスの無邪気さは、時に矚望を呌び起こしながらも、同時に心の奥底でどうしようもなく疎たしく感じられた。圌のように単玔に生きられたなら、どれほど心安らかであろうかず、ふず思うこずがあったが、私は己の損埗を秀にかけ、垞に冷静に立ち回る術を、幌い頃から自然に身に぀けおしたっおいた。

ある幎の村の祭りの倜、提灯の淡い灯りが揺れる现い路地で、メロスは突然立ち止たり
「なあ、セリヌンティりス、俺たち、ずっず友達でいられるよな」
ず、屈蚗のない笑顔で問いかけおきた。その問いかけは、倜空に浮かぶ星のように柄んでいお、どこか儚い。私は埮笑みながら
「圓たり前だろう」
ず応えた。その瞬間、自分の声の響きに、わずかな虚しさを感じおいた。友情ずは、こうしお蚀葉にするほどに脆く、曖昧なものなのかもしれない。私は圌の玔粋さを傷぀けぬように慎重に蚀葉を遞び、しかし心の奥では、己の損埗を冷ややかに蚈算しおいた。
「どうしたんだメロス、たったく倉な質問をするや぀だなあ」
私はそう蚀いながら、内心では疑いず皮肉、そしお小さな優越感を抱いおいた。

そんなメロスは、初めお䌚う人に私を玹介するずき、い぀も「竹銬の友だ」ず蚀った。私にずっお、圌の無垢さこそが郜合のよい食りであり、誠実な友ずしお振る舞うこずで、私は自分の評刀を守っおいた。

やがお私たちは倧人になり、メロスは村を離れ、私は石工ずしお町に残った。圌が村に戻っおくるたび、私は衚面䞊は懐かしさを装いながらも、心の奥底では圌の単玔さず愚盎さをどこか滑皜に感じおいた。
「セリヌンティりス」
倉わらぬ声で名を呌ぶ圌の姿に、私は埮笑み぀぀も、圌の玔粋さを利甚するこずばかりを考えおいた。村人たちの前で誠実な友を挔じるこずに、私は䜕のためらいも感じおいなかった。誰かのために䜕かをするふりをしながら、心の底では垞に己の利益を優先し、損埗を秀にかけおいた。だが、そうしお生きるこずが、この䞖界で賢く立ち回る唯䞀の術だず、私は信じお疑わなかった。

そしお、それから二幎の歳月が流れた。
昚日の倕刻過ぎに、町で耳にしたうわさ話が、胞の奥底に鈍い痛みを呌び起こした。メロスが王に反抗し、捕らえられたずいう知らせを聞いた瞬間、嫌な予感が冷たい汗ずなっお背筋を䌝う。
「王様は、人を殺したす。今日は、六人殺されたした。」
匟子のフィロストラトスが小声で私に耳打ちをした。暎君ディオニスは邪知暎虐で、この䞖の者ずは思えないほどの非道な存圚である。䞇が䞀にも巻き蟌たれれば呜は危うい。その䞀方で、メロスのこずを思うず胞隒ぎがしおならなかった。私は倜のうちにこの町を離れようず決意し、フィロストラトスに䞉日分の食料を手配するよう指瀺をした。

しかし、それから半時も立たぬうちに、王城からの䜿者が重い足音ずずもに珟れ、私は無蚀のたたすべおを受け入れるしかなかった。

「セリヌンティりス、わが友よ。実は  」
メロスの真剣な県差しず切実な声に、私はただ静かにうなずいた。暎君ディオニスを前に、拒むこずなど到底できるものではなかった。唇を噛みしめながら、はらわたが煮えくり返る思いを必死に抌し殺しおいた。

メロスが暮らしおいるのは、家畜の匂いず汗ず土埃が染み぀いた、文明の端っこにも匕っかからないような田舎町であり、ここ王郜シクラスからは十里ほど離れおいる。ゆっくり歩いたずしおも、片道十時間皋床の距離だ。効の結婚を祝犏し䞀晩ゆっくりず過ごしたずしおも、二日もあれば十分に戻っおくるこずができる。

遠くで雷鳎が蜟き、やがお牢獄の屋根を激しく打぀雚音ずなっお響き枡る。この倩候には䞍安がよぎるものの、野山で鍛えたメロスならきっず倧䞈倫だ。そう自分に蚀い聞かせ、せめお気持ちを萜ち着けようずする。

玄束の日の日没たで、残りあず30時間。

䞉章

倜明けの淡い光が石牢の隅々に静かに満ちおいくずき、私は重い鉄栌子の向こう偎に䜇む看守たちの無衚情な暪顔を、たるで生気を倱った圫像のように、冷ややかなたなざしで芋぀めおいた。圌らは呜じられるたたに芏則正しく歩みを進め、忠実さずいう名の殻に自らを閉じ蟌めおいる。己の損埗も顧みず、ただ䞊䜍者の意志に身を委ねるこずに安堵しおいるのだず、私は心の底で蔑みを隠さずにいた。時折、牢のさらに奥からは、他の囚人たちの呻き声や怒号が、石壁に吞い蟌たれ、やがお静寂に溶けお消えおいく。圌らの絶望や怒りの叫びは、私の耳には遠い異囜の鐘の音のように、どこか珟実味を欠いお響く。私は決しお圌らず亀わろうずはせず、同情や連垯感を抱くこずは匱さの蚌でしかないず、自らに蚀い聞かせおきた。

やがお、重い足音ずずもに王の䜿いが牢に珟れる。昚晩、私のもずぞやっおきた兵士だ。昚倜の薄暗がりでは気づかなかったが、今こうしお改めお顔を芋やるず、癜髪混じりのハゲ頭が隠しようもなく露わになっおいる。
「セリヌンティりス、王が呌んでいる」
私は感情を顔に出さないたた、指瀺に埓い立ち䞊がり、その忌々しいハゲ頭の埌ろを歩いた。

王の間に導かれ、私は己の本心を芆い隠すこずに党神経を泚ぐ。王の県差しは氷のように冷たく、底知れぬ残酷さを湛えながら、私の魂の奥底たで芋透かそうずするかのようであった。
「お前は、友を信じるのか」
王の問いかけに、私は静かにうなずき
「信じおおりたす」
ず答える。

暎君ディオニスにずっお、これはただの気たぐれな遊戯。答えを誀れば、すぐさた呜を奪われるだろう。今この堎所で、決しお気を抜くこずはできない。

王はわずかに満足げな笑みを浮かべた。
「人は、信じるに倀するものか。」
私は声を抑えお答える。
「人は、信じるに倀したす。」

自分の回答に手応えを感じた矢先、暎君ディオニスの鞭が、ハゲ頭の額を鋭くはじいた。私の立ち䜍眮からは詳现は芋えない。しかし、それは䜕かの倱態ぞの眰ではなく、ただ私に恐怖を怍え付けるための理䞍尜な暎力であるず悟らされた。ハゲ頭は右足を匷く石床に打ち぀け、改めお盎立䞍動の敬瀌の姿勢を取る。暎君ディオニスは静かに背を向け「䞋がれ」ずだけ呜じた。

ハゲ頭の先導で牢に戻るず、看守たちは倉わらず無衚情のたた、芏則正しく廊䞋を埀埩しおいた。その重く也いた足音は、石の床に䞀定のリズムを刻みながら、冷えきった空気の䞭に淡々ず溶け蟌んでいくようだった。
敬瀌しかけた看守の腕を、ハゲ頭は譊棒で匷く叩き、無蚀の圧力を送った。私を再び牢ぞ閉じ蟌め、ガチリず鍵をかけるその手には、どこか苛立ちが滲んでいた。
「  そう、かっかずするな」
私はわざず軜口を口にする。立ち去ろうずした圌の足が、その蚀葉にわずかに止たる。腫れた額を手で抌さえ、聞き取れぬほどの声で䜕かを呟いたその口元には、ぞわりず背筋が寒くなるような、䞍穏な笑みが浮かんでいた。

牢にひずり取り残され、ディオニスの顔が脳裏によぎった瞬間、氷の刃でも突き立おられたような恐怖が党身を貫いた。䜓がひずりでに震え、肩が小さく揺れおいるこずに、自分でも気づかぬほどだった。
「ちょっずおくれお来るがいい。」
メロスが立ち去るずきに、あの男が蚀い攟った蚀葉だ。それず重なるように、ハゲ頭の䞍気味な笑みがふず脳裏をかすめ、胞の奥に生たれた䞍安が音もなく波王を広げおゆく。

正午が近づいおいるずいうのに、メロスはただ姿を珟しおいない。昚晩の豪雚は朝方には小雚になり、今は倪陜が濡れた地面を照らしおいる。時間はただ十分にある。焊る必芁はない、倧䞈倫だ。
「走れメロス」
その蚀葉が、知らぬ間に唇からこがれおいた。呟きは誰に届くこずもなく、厚い石壁に吞われるように消えおいった。

日没たで、残りあず8時間。

四章

やがお傟き始めた午埌の陜が、鉄栌子越しに鈍色の光を萜ずし、牢の奥をほのかに照らした。無蚀で扉を開けたのは、右目のあたりに暗い痣を垯びたハゲ頭だった。無蚀の誘導で、私は凊刑堎ぞ向かうのだず悟る。

遠く、矀衆のざわめきが波のように響き、足元では看守たちの足音が也いた音を石畳に残しおいく。

「メロスは来ない」
ハゲ頭は俯いたたた、䜎く぀ぶやく。だが私は耳を貞さぬふりをしお歩みを進めた。
「お前は、ディオニスの恐ろしさを䜕も知らぬのだ」
その声は、私の䞍安を焚き぀けるように冷たく響く。忌々しいや぀だ。
「メロスは山賊に襲われおいる」
その蚀葉を耳にした瞬間、私は頭の䞭が真っ癜になった。しかし、事態を飲み蟌むのに時間はかからなかった。私は深く息を吞った。動揺を悟られおはならぬ。
「う、嘘だ。俺を䞍安にさせようず、でたらめを蚀っおいるんだろう」
力なくそう吐き捚おる私に、ハゲ頭は䜕も答えない。う぀むいたたたの圌の衚情は芋えないが、髪の薄い埌頭郚越しに、かすかな嘲笑の気配が䌝わっおくる気がした。

私は凊刑台ぞず歩きながら、初めお自分が本圓に凊刑されるかもしれないずいう珟実に思い至った。これたで、メロスの身勝手な行動に巻き蟌たれたこずぞの怒りは感じおいたが、圌が戻っおこないずいう可胜性に぀いおは、䞀床たりずも疑ったこずがなかった。その無意識の確信に気づいたずき、足元がほんのわずかぐら぀いた気がした。

ふず心は過去ぞず泳ぎだす。
倕暮れの桟橋、少幎だった私は虚勢を匵っお滝぀がに身を投げた。氎面に浮かび䞊がれず、暗闇に呑たれそうになったずき、呚囲の友は叫び惑うばかりだったが、ただ䞀人、メロスだけが迷わず飛び蟌んできおくれた。激しい流れに揉たれながら、圌は己の呜など顧みず、必死に私を匕き䞊げおくれた。氎の冷たさず恐怖が心を蝕む䞭、その腕の枩もりが鮮やかに胞に刻たれ、私は初めお友情の匷さず優しさに涙した日のこずを思い出した。

遠く霞む空に祈るような思いで目を向け、メロスの苊悩を想像した。いた、圌は山賊に捕たり、その荒々しい手によっお幟床も地に叩き付けられ、身䜓の痛みよりも、果たせぬ玄束ぞの絶望で魂をすり枛らしおいるこずだろう。血にたみれた顔で、心の奥底にただ誓いの重みだけを抱きしめ、䜕床も苊しみに歯を食いしばっおいる。きっずメロスにずっお、肢䜓の傷より、友ずの玄束を裏切る悔しさこそが、䞀局鋭く胞を裂いおいるに違いない。

その悔しさは、次第に暎君ディオニスぞの怒りずしお胞にせり䞊がっおきた。友ず自分をこの苊しみぞず远い蟌んだ者ぞの、静かな憀激が心臓の奥深くを匷く脈打っおいる。

時間はゆっくりず流れ、倕暮れの翳りはただ遠く感じられる。
日没たで、残り2時間。

五章

凊刑台の呚囲には、すでに人だかりができおいた。にわかに抌し寄せる声の波は、ざらりずした土埃のように空気を満たし、ひやりずした奜奇の目が無数にこちらを貫いおいた。誰かが倱笑を挏らし、別の誰かは口元に手をあおお囁く。どこか浮き立぀ような身勝手さず、他人の運呜をただ愉快な芋䞖物ずしお消費する無関心が、そこかしこで枊巻いおいる。

暎君ディオニスが私の前に姿を珟した。氷のような芖線が私を貫き、沈黙の緊匵があたりを支配する。
「もうじき、玄束の刻限だ。どうやら君の友は戻らなかったようだな。」
その声は矀衆党䜓に向けお攟たれ、堎に冷たい波王を広げる。続けお王は、䞀時間埌に凊刑を執行するず無慈悲に宣告した。最埌に皮肉げな高笑いを響かせ、闇にたぎれるようにその姿を消しおいった。

思わぬ王の登堎で矀衆のざわめきがいっそう激しくなった時、その声が聞こえた。
「犬死するくらいなら、䞀矢を報いおみないか」
抌し殺した笑いず芋䞋しの入り混じる、異様な響きを垯びお私の耳に絡み぀いた。足元に線を萜ずすず、ハゲ頭の県差しがたっすぐ私を射抜いおいた。たるで、私の胞奥の匱さず焊りを芋透かすかのように。

凊刑が執行される盎前に、私がハゲ頭の腰に差しおある短刀を奪い取り、暎君ディオニスの胞を貫く、それが奎の提案だった。その決行の瞬間、奎は腰ひもをわざず緩め、私の身䜓の拘束を解いおくれるずいう。あずはすべお、䞀瞬の機を぀かむだけだ。
タヌキめ、悔しいがこのたた黙っお犬死をするなんおごめんだ。

西陜に照らされ、圱が足元から遠ざかるようにのびおゆく。
日没たで、残りわずか。

六章

再び暎君ディオニスが凊刑堎に姿を珟した。
勝利の確定したゲヌムにすでに飜きおいるようにも芋える。遠い西偎の空を眺め、刑吏であるハゲ頭に無蚀の指瀺を呜じた。

瞄を銖にかけるために、私の方に向かっおくるハゲ頭の右腰には、玄束通り短剣が垯びられおいる。王ずの距離はおよそ2メヌトル、その間に障害物はない。
いよいよだ。足元から熱が這い䞊がっおくるような感芚、それが恐怖なのか、興奮なのか、自分でも刀別が぀かない。心臓は速く、しかし劙に静かに鳎っおいる。指先がびり぀き、党身の筋肉が、匵り぀めた匓のように研ぎ柄たされおいく。目の前を歩くハゲ頭の足取りが、やけに緩やかに芋える。時間が、たるで粘り気を垯びお匕き延ばされたかのようだ。頭の䞭で段取りを反芻する。足を䞀歩螏み出し、右手で柄を握り、振りかぶっお心臓を突く。たったそれだけで、すべおが倉わる。血が隒ぎ、喉が枇く。息を吞い蟌み、党神経が、いたたさにその瞬間を埅ち構えおいる。

やれる。やらなければならぬ。
私は、決意ずずもに、静かに右足を螏み出そうずした。

倕日の最埌の䞀片の残光が消えようずしたその瞬間、矀衆のざわめきが䞀際倧きくなり、誰かの叫ぶ声が空気を切り裂いた。

「埅お 私だ、刑吏 殺されるのは、私だ。メロスだ」
私は思わず顔を䞊げる。人混みをかき分けお、泥ず汗にたみれた男が、必死の圢盞でこちらぞ駆け寄っおくる。その姿は、か぀お倪陜の䞋で川蟺を駆けおいた少幎のたただった。メロスは凊刑台に駆け䞊がり、私の䞡足にしがみ぀いた。
「間に合った   セリヌンティりス、私は玄束を守ったぞ」
私は蚀葉を倱い、圌の顔を芋䞋ろした。その目には疑いも打算もなく、たっすぐな信頌ず歓喜が宿っおいた。胞の奥に熱いものが蟌み䞊げ、これたで凍り぀いおいた心のなかに、初めお䜕かが溶け出すのを感じおいた。メロスは泥だらけの姿で凊刑台に駆け䞊がり、荒い息ず血ず汗ず土の匂いを党身にたずい、苊難の道のりを物語る無数の傷ず、それ以䞊に鮮やかな生呜の茝きを湛えおいた。
「セリヌンティりス。」
メロスは私の䞡肩を匷く掎み、たっすぐに私の目を芋぀める。その瞳の奥には、疑いも蚈算もなく、ただ玄束を守ったずいう誇りず、私ぞの揺るぎなき信頌が宿っおいた。私は、その枩床に圧倒され、これたで誰よりも冷たく、孀独であるこずを誇りずしおきた自分のすべおの蚈算が、今や無意味なものぞず倉わっおいくのを感じおいた。胞の奥で䜕かが厩れ、熱いものが蟌み䞊げ、私は蚀葉を倱い、ただメロスの姿を芋぀めるしかなかった。

「私を殎れ。ちから䞀ぱいに頬を殎れ。私は、途䞭で䞀床、悪い倢を芋た。君がもし私を殎っおくれなかったら、私は君ず抱擁する資栌さえ無いのだ。殎れ。」
私は、すべおを察し、刑堎䞀ぱいに鳎り響くほど音高くメロスの右頬を殎った。殎っおから優しく埮笑ほほえみ、今床は私が䌝えた
「メロス、私を殎れ。同じくらい音高く私の頬を殎れ。私はこの䞉日の間、たった䞀床だけ、ちらず君を疑った。生れお、はじめお君を疑った。君が私を殎っおくれなければ、私は君ず抱擁できない。」
するずメロスも腕に唞うなりを぀けお私の頬を殎った。

「ありがずう、友よ。」
二人同時に蚀い、ひしず抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を攟っお泣いた。

矀衆が静かに二人を取り囲む。その䞭からすすり泣く声が挏れ始めた。暎君ディオニスは、矀衆の背埌から二人の様子を、たじたじず芋぀めおいたが、やがお静かに二人に近づき、顔をあからめお、こう蚀った。
「おたえらの望みは叶かなったぞ。おたえらは、わしの心に勝ったのだ。信実ずは、決しお空虚な劄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れおくれたいか。どうか、わしの願いを聞き入れお、おたえらの仲間の䞀人にしおほしい。」

その瞬間、矀衆の静けさが砎られた。抑えおいた感情が䞀気に爆発するように、倩地を揺るがすほどの歓声が巻き起こる。歓喜ず感動の声は枊ずなり、倧地を震わせるほどに広がっおいった。

「䞇歳、王様䞇歳。」

だがその時、メロスず熱い握手を亀わすディオニスのすぐ傍らで、死んだ魚のような目をした犿げ頭の男が、音もなく短剣を鞘から抜くのが芋えた。

私はすかさず、近くの少女が手にしおいた緋のマントをひったくるようにしお奪い、その垃でメロスの䜓を包み蟌むように芆い、矀衆からの芖界を遮った。

誰もが感動の䜙韻に酔いしれ、歓声ず涙に溺れるそのただ䞭で、メロスの背埌に立っおいた王の身䜓が、かすかに、小刻みに震えおいた。

゚ピロヌグ

「䞇歳、王様䞇歳。」
矀衆は、抑えきれない熱気に沞き立぀奔流のようだった。あちこちで歓声が䞊がり、手を叩き、抱き合い、感極たっお涙を流す者もいる。

その熱狂のただ䞭で、ハゲ頭の短剣は、王の脇腹に沈み蟌んでいた。ディオニスは驚愕に芋開いたたた、苊悶のうちに声もなく震えおいるが、その異倉に気づく者は誰ひずりいない。

さすがは近衛兵、狙いは正確。䞀撃で急所を穿っおいる。だが、幎老いた腕では力が足りなかったのか、臎呜傷には至っおいない。

私は、興奮ず期埅に満ちた矀衆を暪目に、玠早くハゲ頭から短剣をひったくるように奪い取り、それを頭䞊高く振り䞊げた。

ディオニスの瞳が、倧きく芋開かれたたたかすかに揺れる。傷の痛みに必死に堪えおいたその目に、今床は確かな「恐怖」が浮かんだ。

あれほど傲慢䞍遜だった男が、今や石像のように立ちすくみ、喉の奥から埮かな呻き声をもらしおいる。その芖線は、たるで死を目前にした獣のようにう぀ろで揺れ、助けを求めるように圷埚っおいた。

私は、ためらいなく短剣を振り䞋ろし
ハゲ頭の咜元ぞず突き刺した。

鈍い音ずずもに剣先が肉を断ち、鋭く裂けた頞動脈から鮮烈な血飛沫が宙に舞う。空気が䞀瞬にしお玅く染たり、矀衆の間に凍り぀くような静寂が流れ、やがお割れるような悲鳎が広堎党䜓を切り裂いた。

歓喜に沞いおいた熱狂は、䞀瞬にしお恐怖の隒然ぞず姿を倉える。護衛の兵たちが剣に手をかけ、䞀斉に王のもずぞず駆け寄った。王を囲むようにしお隊列を組み、身を挺しおその身を守ろうずする。

返り血を济びた私の口元が、わずかに歪む。
友情を蚌明した名誉、そしお王の呜を救ったこの劇的な手柄、それらがもたらすであろう砎栌の耒矎ず栄光を思えば思うほど、喜悊が䜓の奥から沞き䞊がっおくる。我慢しきれず、私は぀いに声を䞊げお笑い出した。

それは埐々に加速し、぀いには広堎䞭に響き枡る倧きな高笑いずなった。矀衆のどよめきも、兵たちの譊戒に満ちた芖線も、もはや私の耳には届かない。あるのはただ、勝利ず栄光を確信する悊び。それだけだった。


最埌たで読んでいただきありがずうございたした
このような長文を曞くこずにチャレンゞをしたのは初めおです
ゞェむムズを読んだのりで曞いおみたした、お粗末様でした

いいなず思ったら応揎しよう