
「労働は作品たりえるか?─Baronessの働き方実験」
実験タイトルの変遷 「労働は芸術たりえるか?」(気取りすぎて嫌) 「労働は文化たりえるか?」(いや縄文時代から文化だよ) → 「労働は作品たりえるか?」(やっとしっくり来た) ← イマココ
このnoteは、クラウドソーシング「ランサーズ」の
**新しい働き方LAB「研究員制度」**に参加する過程で、
私(Baroness)が行う “働き方実験” について記録・発信していくものです。
実験の目的と背景
私はこれまで複数ジャンルの職種を経験し、
その生き方は「節操がない」という下馬評がほとんどです。
ですが、幼少時からずっと感じてきたのは、
「クリエイターたるもの、一流職人でなければならぬ」
という風潮への違和感です。
たとえば、芸術家が芸術のために仕上げた作品よりも、
学者であるレオナルド・ダ・ヴィンチや南方熊楠が、
“記録”のために描いた写実画に、
私は鬼気迫る説得力と途方もない感動を覚えてやみません。
そうした原体験から、
「記録すること」「労働すること」そのものが
作品たりえるのではないか? という問いが、ずっと胸にあります。
この実験は、分野横断的な労働や記録の行為に内在する芸術性を探り、
いわば“節操のない享楽家”である自分の生き方を、問い直す試みです。
検証したいこと
労働行為や日々の記録そのものは、芸術たりえるのか?
制作者本人の「芸術である」という意図を超えて、
第三者が“作品性”を見出す条件とは何か?既存のクリエイター像に当てはまらない実践や働き方は、
社会的・芸術的にどう評価されうるのか?
活動の概要
この実験は、以下の 3ステージ構成 で進めていきます。
第1ステージ(6〜7月)
ジャンル分けが困難な実践者(例:学者、フィールドワーカー、技術者など)への取材
“作品”と“記録”の境界を横断する既存例の収集・整理
第2ステージ(8〜9月)
自身による「記録=制作」プロジェクトの実施
労働や日常行為の中で生まれる記録を、
文章・映像・図解などの形式で作品として提示する実験
第3ステージ(10〜12月)
note、SNS、クラウドソーシング等を通じて発表・公開
「作品」としてどのように受容されるか、
反応・評価・ジャンル判定を含めて数値的に測定
アウトプット・成果
各ステージごとに noteで中間報告 を行う予定
SNSでの発信により、同様のテーマを持つ人々と対話を促す
最終的には、成果をまとめた レポート+ポートフォリオ を制作
実験の測定方法
発表媒体ごとに
「どのジャンルに分類されたか」「“作品”としてのリアクション数」を数値化コメントや批評など、受け手の反応を記録・分類し、
“作品性”の指標として活用する
スケジュール・進め方
月内容6〜7月取材・資料収集・構想の可視化(第1ステージ)8〜9月記録制作・作品化実験(第2ステージ)10〜12月発表・反応測定・レポート作成(第3ステージ)
最後に
この実験を通じて、
「労働」「記録」「生きること」 が、それぞれ“作品”と見なされる余地について、問い直したいと考えています。
私自身が“節操のなさ”と向き合ってきた経験をもとに、
ジャンルで評価しきれない実践者の価値を、記録を通して浮かび上がらせたい。
……とはいえ、ひとり机上であまりにも大風呂敷を広げたため、
正直いって、もう収拾がつかないのでは? という不安もよぎっています。
数値化?可視化?なんじゃそりゃ? と思いながらも、
乗ってしまった船には、七転八倒しながら舵を取っていく所存です。
(※本記事は連作です。続きはこちら↓)