
しんどい記憶を抱えて生きるメポ
忘れてしまいたい辛い記憶。ポジティブに変換するには難しいけれど、ポジティブに変える必要があるかもわからないけど、経験への解釈はいつだって自分次第。著者も読者も編集者も私。
先日、「ひつじ探偵団」という映画を観ました。その内容を踏まえますので、ネタバレ避けたい方は裸足のままで飛び出してあの列車に乗っていってください。江ノ電に乗って七里ヶ浜駅で降りると、浜辺がすぐ目の前でオススメです。

吹替が超絶オススメです。
ひつじ達は辛いことを抱えて生きるぐらいなら、その記憶を忘れて、深いことは何も考えず楽しく生きる選択を取っていました。「1、2、3」と皆で数を唱えることで忘れるのです。
世界で最も賢いひつじ、と群れで慕われているひつじ「リリー」も同様で、彼女の両親含め、いなくなった仲間たちが最期どうなったかも、その時の自分の気持ちも覚えていません。彼らが「死んだ」ことを忘れ、「雲になった」と捉えています。
ですが、大好きな羊飼いが殺され、犯人を突き止めるため、今まで避けてきたこと、忘れてしまいたい辛い記憶を抱えることへ向き合います。
その過程で、相棒のひつじ「モップル」は全ての記憶を抱えてきた事が判明します。リリーや群れのひつじ達が忘れてきたこともすべて、1人で抱えてきたのです。楽しい記憶も悲しみも全部。
そんなモップルだからこそできる事があります。羊飼いを失い、辛い現実に向き合って打ちひしがれるリリーの悲しみへ寄り添う事ができます。
辛い記憶を抱えることのしんどさ、偉大さを、モップルは知っている。そこに敬意がある。だからこそ、悲しみも喜びも分かち合うことができる。
忘れちゃえばいいよ、大したことないよ、なんてことをモップルが、私たちが言うはずは無いんです。
しない方がよかった経験、でもしてしまった経験、それはどうすることもできなくて、羨ましいのも当然で、それをポジティブに変えることはできないかもしれないです。
でもそれを抱えた上でどう生きていくかは選べるし、投げ出さずに抱えてきた自分に敬意を払うことは、私たちならできると思います。笑ったこと、笑えなかったこと、笑いたくなかったのに笑ってしまった過去を抱えているからこそ、笑いたいときに心から笑えると思います。共に。