ろくでもないわたしたちへ
拝啓 ろくでもないみんな
いきなり悪口みたいに言ってごめんね。びっくりしちゃったと思うけど、少しだけ話を聞いてほしいんです。
みんなは、注射って受けたこと、ありますか?
きっとありますよね。赤ちゃんの頃も、小学校に上がってからも、中学校に上がってからも。おたふくかぜ、風疹麻疹、インフルエンザ、コロナ。名前を出せばキリがないけれど、私は『双極性障害』という病気で注射を打ってもらっています。
注射にはいくつか種類があって、静脈に打ったり筋肉に打ったりします。私が打ってもらっているのは筋肉注射の方で、毎回とても痛い思いをするのです。
そんな私の話を少しだけさせてください。
本格的に鬱になったのは、大学生の頃でした。ハイテンションなときの自分が授業にバイトにと予定を詰め込みまくって、あとから疲弊し切った私がキャパオーバーになってしまいました。そうなってしまえば自分一人でどうすることもできなくて、両親と祖父母を頼って実家に帰りました。
何ヶ月か何もしないでいるうちに少し気持ちが上向いて、自動車の普通免許を取ってパートで働き始めました。一年半くらいが過ぎて、手に職をつけようと思い立ちました。看護学校に入学しました。それが私の人生における最も大きな間違いでした。
入学してから、ずっと楽しい日々が続きました。馬の合う友人もできたし、家族と旅行にも行ったし、本当に楽しかった。カラオケに行ったのも、海を見に行ったのも、コメダでやいのやいの言いながら課題をやったのも、本当に楽しかったんです。
けれど、楽しい時間はそう長く続きませんでした。
一年生の、冬休みの一ヶ月前くらいから、畳み掛けるように課題とペーパーテストと実技試験が重なるようになりました。私はいっぱいいっぱいになってしまって、かかりつけの精神科に駆け込みました。それまでも服薬治療を続けていたのですが、そこへ新たに睡眠薬が加わることになりました。私は、「ああ助かった」なんて、微塵も思えませんでした。助かりたくて精神科に行ったのに。すがる先なんてはじめからどこにもなかったのだと悟りました。
それから年が明けて二回目の病棟実習が始まりました。私はなんにも手につかず、そこで、ぽっきり、気持ちが折れてしまいました。
決定的なことなんかはないけれど、「向いてないな」という諦念が蓄積されていって、私は大学に続いて二回目の『中退』を選ぶことになったのです。
そこからひどい鬱が続いて、先生には入院をすすめられましたが、精神科の入院となると気が引けて「入院はしたくないです」と返答しました。そして、冒頭にあった通り、筋肉注射での治療が始まりました。
ねえ、みんな。
みんなはどうですか。お注射、好きですか。
注射が無条件に好き、なんて人はあまりいないと思うのですが、私にとって注射は希望でした。痛いのはもちろん嫌だけれど、「ろくでもない私」を「まともな私」へと引き上げてくれるような気がして仕方ないのです。「まともな私」になったからといって完全無欠の聖人君子になれるわけではなく、プラスマイナスでいうところの±0になるだけなのですが。それでも私は注射を打って、服薬を続ける私を肯定したいのです。ろくでもなくても、まともじゃなくても、「何者にもなれない」自分を愛したいのです。
特に、精神科に通っていると、世間から冷たく扱われることがあると思います。自分のペースで働いたり勉強したりすることが難しくなったり、そもそも雇ってもらえなかったり、学校に通えなくなったり。それでも、私はみんなに、「精神科に通っていること」を負い目だと思ってほしくないのです。「精神科」は、そこに通うみんなにとってのお守りです。大幅なマイナスを大幅なプラスにすることはできなくとも、「±0」にすることは可能かもしれない。「±0」にできなくても、大幅なマイナスをちょっぴりのマイナスにすることは可能かもしれない。通い信じ祈れば、ひょっとすると救われるかもしれない。そういう、静かで凪いだお守りです。
お守りさえあれば無敵、なんてことはきっとありません。ただ、通い信じ祈った先に少しでも「マシな自分」がいてほしいと願うことは誰でもいつだってできます。
ろくでもない、まともじゃない、何者にもなれないみんな。私と同じように、心がギシギシと音を立てて今にも崩れてしまいそうなみんな。みんなにとってのお守りが、みんなとこの世を繋ぐ命綱になりますように。
北の滅びゆく片田舎から、最大限の愛を込めて。
敬具 茨嶋