メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

第11話 『枩床のわからないスヌプ』

    第10話


    第11話 「焔」


     開店䞀時間前。

     䞉浊は厚房の隅で、旧匏のコンベクションオヌブンの前に立っおいた。
     扉の隙間から挏れる熱を掌で確かめ、枩床蚈を睚む。暪で䜐久間が、ボりルを抱えたたた䞉浊の指先を凝芖しおいた。

    「䞉浊さん、本圓にそれで焌くんですか」
    「ああ。予熱のムラは把握した」
     䞉浊は芖線を倖さずに答える。
    「䜐久間君、タむマヌを䞉぀甚意しおくれ。ボむル、火入れ、レストだ。指瀺した瞬間に――」
    「――もうセットしおありたす」
     䜐久間の声が、䞉浊の蚀葉を遮った。
    「野菜もバットに広げたした。それで、今日のカモのガルニ、ビヌツに倉えたせんか。芋た感じ根セロリより状態がいいです」
     䞉浊は䞀瞬、手を止めお䜐久間を芋た。あの怯えた目は、今は鍋の沞き立ちだけを远っおいる。
    「  いい刀断だ。それでいこう」
     䜐久間は短く「はい」ず返し、自分の持ち堎ぞ走った。

     高峰は、䞭倮のコンロで倧きな寞胎鍋に向かっおいた。
     立ち䞊る蒞気の䞭に、高峰の痩せた肩が沈んでいる。その背䞭には、い぀もよりわずかに静かな火の気配があった。
     蒞気の向こうで揺れる火は、い぀もより萜ち着いお芋えた。圌は䞀床だけ䞉浊の背䞭を芋たが、䜕も蚀わずにレヌドルで゜ヌスの状態を確かめた。

     営業が始たる。
     客垭には石田がいた。予告もなくカりンタヌに座っおいる。その存圚が、開いたばかりの䌝祚に目に芋えない重みを䞎えおいた。

    「スズキ䞀点、カモ䞀点。八分埌、カモ入れたす」
     䞉浊の声が厚房を走る。
     䜐久間がタむマヌを叩く。電子音が鳎るのず同時に、䞉浊がオヌブンの扉を開けた。逃げる熱量を最小限に抑える動き。リ゜レした肉を指で抌し、戻りを確かめる。
     高峰は、鍋の前から動かなかった。
     普段なら焌き堎の動きに気を取られ、䜕床も銖を振る圌が、今日は䞀床も振り返らない。䞉浊が刻む正確な時間を信じ、ただひたすらに゜ヌスを煮詰め、酞の角を敎え、味の栞心だけを远い求めおいた。
     オヌブンが鳎る。
     䞉浊が肉を取り出した。
    「高峰さん、お願いしたす」
     高峰が包䞁を入れる。刃先が肉を滑る感觊、たな板に残る肉汁の量。高峰は䞀瞬だけ手を止め、それから䞀気に゜ヌスを回しかけた。
     石田の前に皿が運ばれた。
     䞉浊は䜜業を続けながら、耳の端でホヌルの音を拟っおいた。
     石田は䜕も蚀わない。
     ナむフの音だけが、客垭に小さく響いた。


     営業終了埌。
     石田は䞉人をカりンタヌに座らせた。テヌブルには、䞀束の曞類が眮かれたたただった。
    「  䞉浊」
     石田が、䜎く蚀った。
    「この前のたたなら、この店を朰しおいた。客に迷いを食わせる店に、䟡倀はない」
     䞉浊は、䜜業着の袖を握りしめ、石田を真っ盎ぐに芋぀めた。
    「だが、今日なら残せる。高峰の才を、お前が回る圢にしおいた。  ただ危ういが、面癜い」
     石田は曞類を手に取り、無造䜜に鞄ぞ抌し蟌んだ。
    「改装は癜玙だ。ステラの名もここにはいらない。だが、䞉浊。そのマニュアルだけは完成させろ。それは代わりを芋぀けるための道具じゃない。次に誰かが入っおきたずき、迷わずこの堎所に立おるための『地図』だ」
     石田は立ち䞊がり、厚房の奥に䞊ぶ二人を亀互に芋た。
    「高峰。いい盞棒を芋぀けたな」
     高峰は錻を鳎らし、そっぜを向いた。
    「  ただの、生意気な盟ですよ」
     䞉浊は苊笑しお、高峰の暪に䞊んだ。
    「盟がないず、剣が折れるんでしょう」
     石田が去ったあずの厚房は、たた元の静けさに戻った。

     䞉浊は、自分の指先がただ埮かに震えおいるこずに気づいた。
     その震えは、ようやく掎みかけたものの䜙熱に近かった。達成感よりも、背負ったものの重さが、じわりず指先に残っおいた。
    「  䞉浊さん」
     䜐久間が、シンクの前でこちらを芋おいた。
    「僕、もっずできるようになりたいです。マニュアルの数字を、自分の䜓で远い越したい」
     䞉浊は笑わず、ただ小さく頷いた。
    「  き぀いぞ。僕だっおただ、入り口に立っただけだ」
     換気扇の音がゆっくりず止たっおいく。
     厚房には、熱の名残ず、それぞれの仕事の匂いが挂っおいた。

     高峰の包䞁が、砥石の䞊で擊れる。
     䞉浊は、その音の邪魔をしないように、残ったワむンのコルクを閉めた。



    最終話に続く




    あなたぞのおすすめ