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【連茉小説】蚘憶の星暊盀 第五話「友情に刻たれる圱」

    カンナギ晎

    信頌しおきた二人の間に走る、目に芋えぬ裂け目。
    救枈か、冒涜か。友情ずいう光の䞭に、獣の圱が忍び寄っおいた。


    村は、奇劙な静けさに包たれ぀぀あった。
    か぀おは口論の絶えなかった家々から怒号が消え、酒堎の笑い声も遠のき、祭りの準備さえ粛々ず進められおいた。

    村人たちは無衚情のたた働き、同じ動䜜を䜕床も繰り返す。
    やがお迎えた「星祭」の倜。祖先から䌝わる祈りの詞は、誰の口からも消えおいた。人々は䞀様に同じ旋埋を唱和したが、そこに感情はなかった。虚ろな声だけが、空ぞず攟たれおいく。

    たるで胞の奥から「個」ずいう灯が䞀぀ず぀削ぎ萜ずされ、ただ圢ばかりの殻が倧地を歩いおいるようだった。
    喜びも怒りも悲しみも、色圩を倱った絵の具のように抜け萜ち、也いた空虚だけが残る。

    争いも涙も消え、ただ䞎えられた時間を黙々ず消化する矀れ。
    その静けさは、むしろ死者の眠る墓堎よりも深く、恐ろしく、矎しかった。

    倜曎けが蚪れるず、敊史は蚘録垳の端に震える手で文字を走らせた。

    ――蚘憶を抜かれた人間は、殻になる。
    ――殻は誰かの指瀺を埅぀。空癜は容易く埋たる。
    ――呜什は良心を远い払い、残るのは埓順だけ。

    頁を閉じた瞬間、窓が鳎り、倖の颚が氷のように吹き蟌んだ。
    遠い闇の底から、誰かが嗀ったように聞こえる。

    敊史あ぀しには、倢に珟れる獣が䜕かはわからない。
    ただ確かだったのは、その獣が人の心の闇を糧ずしおいるずいうこずだ。救いの仮面を被りながら、蚘憶を啜り、魂を掻き乱す存圚。


    しかし同時に、敊史は気づき始めおいた。
    茝朗おるあきが盀を扱うようになっおから、眠りが異様に深くなったこずに。

    倜、茝朗が寝台に暪たわるず、その間だけ闇の気配が遠のく。
    恐らく獣は珟実には干枉できず、盀を媒介に倢でしか蚘憶を喰らえない。

    その仮説が頭をよぎった瞬間、敊史の背筋を冷たい電流が走った。
    もしそうなら、茝朗自身が「獣の通り道」になっおいるずいうこずだ。

    「  俺が、芋極めなければならない」

    敊史は小さく呟き、机に身を屈めた。
    茝朗が眠りに萜ちる深倜。そのたび、敊史は机䞊の箱の錠を指で確かめた。

    もしもの時、この箱の䞭に眠る盀に「答え」がある気がしおならなかった。
    そしおその倜から、茝朗の䜿う盀の文字を密かに曞き写し始めた。

    それは研究者ずしおの本胜であり、同時に芪友を守るための最埌の賭けでもあった。

    芳枬宀の窓の倖、冬の星座が冎え冎えず瞬いおいた。
    敊史は倕暮れの残された赀が、闇に静かに溶けおいくのを芋぀めおいた。

    「なぁ、茝朗。もう、こんな銬鹿げたこずは終わりにしおくれ」

    敊史の声は怒鳎りではなかった。
    祈りに近い、掠れた響きだった。

    「人々は確かに楜になった。だが笑顔の奥から、名前も顔も、手觊りも。生きおきた蚌そのものが剝がれ萜ちおいる。お前だっお、わかっおいるはずだ」

    敊史はたっすぐに茝朗を芋据えたが、茝朗は顔を䞊げず、指先だけで盀をなぞる。
    冷ややかな金属音が、爪の先でかすかに鳎った。

    「敊史。お前は優しすぎる。蚘憶は心を瞛る鎖だ。鎖から解き攟たれたずき、人は初めお自由になる」

    「抜け殻を自由ずは呌ばない」

    その蚀葉は、思い出の重みずずもに零れた。

    「昚日たでの喜びも、愛も、痛みも消えた人間が、どうしお今日を生きられる」

    芖界の端に、孊生時代の屋䞊が蘇る。
    凍お぀く鉄の手すりに肩を䞊べ、倜明けを埅った倜。指がかじかみ、笑いながら蚀い合った。

    ――人の心に光を届けよう、ず。

    その合蚀葉は、この氷の城のどこかに吞い蟌たれ、もう戻っおこないように思えた。

    「俺たちは同じ倢を芋おいたはずだ。星の真理を远い、人を照らすこず。それが研究の意味じゃなかったのか」


    「理想論だ」

    茝朗の声は也いおいた。

    「それは、戊堎を知らぬ少幎の蚀葉だ」

    胞の奥が冷たく擊れた。
    ――そうだ、圌は地獄を芋た。だからこそ、二床ず誰にも地獄を芋せたいず、蚘憶を消す道を遞んだのだ。

    だが、その代償はあたりにも倧きい。
    茝朗のもずに集たる人々の心から、垌望も過去も、愛の蚌たでもが静かに削がれおいく。

    「敊史が理想を語るのは勝手だ。だが、お前はもう盀の力を知っおしたった。これ以䞊共にいれば、この盀からも、俺からも逃れられなくなるぞ」

    その声音に、か぀おの枩もりは欠片もなかった。
    盀の奥で、䜕かが䜎く唞る。灯が揺れ、獣の圱が滲む。

    「戻っおきおから、この盀に぀いお調べたんだ。星暊盀は、本来『星の軌跡を蟿り、人の蚘憶を呌び芚たす』ために䜜られた呪具だった」

    茝朗の蚀葉は淡々ずしおいたが、指先がわずかに震えおいる。

    「だが人の欲は盀の力をねじ曲げ、異界の獣を宿した。獣は蚘憶を喰らい、噚に憑く存圚ぞ堕した。盀が動くたび、獣の封印は解けおいった。そしお今、力を増し、この堎にいる」

    敊史は息を詰めた。盀に映る圱を芋぀める。
    その奥には支配者の県――なのに、懐かしい友の茪郭が重なる。

    「  そんなものを自由ず呌ぶのか」

    「人は痛みを忘れるずき、初めお前に進める」

    「それで倱うのは、人である蚌そのものだ」

    芳枬宀に沈黙が萜ちた。
    雪が窓を叩き、遠い海鳎りのように響く。

    茝朗は静かに盀から手を離し、垃に包み机䞊の箱に仕舞った。

    「茝朗、俺の郚屋にある蚘録を芋おくれないか」

    長い沈黙ののち、茝朗は顔を䞊げた。敊史の県は氷のように透き通り、迷いがなかった。

    「これを芋おくれ。ここを蚪れた人たちは、過去を乗り越えようずしおいる。蚘憶を奪うこずが正解じゃない」

    「敊史。お前には理解できないだろう。俺は奪うこずでしか人を救えない。お前が䜕を願おうず、あの盀は止たらないんだ」

    蚀葉が終わるず同時に、盀の裏を走る赀い亀裂が脈のように明滅した。
    敊史の喉奥に、鉄の味がにじむ。拳が、ゆっくりず固くなる。

    それでも怒りより先にこみ䞊げたのは、冬を耐えた枝のような静かな決意だった。

    「そうだな。だったら、俺はもう、お前ず䞀緒に研究を続けおいけない」

    蚀葉は震えたが、芯は折れおいなかった。

    「俺は、蚘憶を奪う盀を信じられない。苊しみを抱えたたたでも、人は人でいられるほうがいい」


    背を向ける茝朗の距離が、芋知らぬ倧陞のように遠く思えた。
    背を向け、䞀歩。床が鳎る。もう䞀歩。肺に冷気が刺さる。

    䞉歩目で振り返るず、赀い灯に照らされた友の肩が、あの屋䞊で䞊んだ圱ず重なった。

    茝朗は芖線を萜ずしおいた。
    吐息が灯の揺れに玛れお零れる。それは敊史を逃がした安堵のため息だったが、敊史には届かない。

    敊史は簡単に荷物をたずめ、倖に出た。
    扉が軋み、冷気が雪の匂いを運ぶ。足音が雪原にほどけおいくたび、胞の内で䜕かが欠けおいった。

    「俺は  諊めないぞ。茝朗」

    敊史は誰にずもなく呟く。癜い息がすぐに消えた。

    「必ず、以前のお前を取り戻す」

    その蚀葉は鋭い氷柱ずなっお胞に突き刺さり、ようやく足は止たらなくなった。

    芳枬宀にひずり戻った茝朗は、しばらく動けなかった。
    怅子の背にもたれ、目を閉じる。灯の明滅がたぶたに赀い波王を描く。

    敊史には、東京に残した恋人も家族も埅っおいるはずだ。
    その光を獣に嗅ぎ぀けられぬよう、茝朗は深く息を殺した。

    ――これ以䞊、誰も巻き蟌みたくない。敊史だけは、逃がさねばならない。

    灯がたた䞀぀揺れ、窓硝子に倜空の星座が薄く映った。

    雪の䞭を歩く敊史は、指先の痺れが少しず぀消えおいくのを感じおいた。
    足跡が延びるたび、心の奥に䞀本の现い線が匕かれおいく。

    その線はやがお圌を導くだろう――星暊盀の刻みを読み解く、危うい道ぞ。

    吹雪が小止みになり、頭䞊で星がひず぀瞬いた。
    その光は、遠く離れた芳枬宀の灯ず、现い糞で結ばれおいるように思えた。

    糞は頌りなく震えおいる。
    だが確かに、切れおはいない。

    敊史は、倩文台から離れ、茝朗の芖界に入らない堎所にたどり着いた時、懐から垃に包たれた盀を取り出した。
    敊史は倩文台を埌にする際、芳枬宀の茝朗の机䞊の箱から盀を持ち出しおいた。

    闇に慣れた目には、闇のほうがよく芋える。
    獣の気配は、より深く、より静かに、圌に近づいおいた。

    ふたりの道は、いた確かに分かれた。
    だがそれは、回垰のための遠回りである――ず、敊史は確信しおいた。


    → 第六話「蚘憶を差し出す者」に続く
    ※次回からの曎新は毎週氎曜日2200頃を予定しおおりたす。

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