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【連茉小説】蚘憶の星暊盀 第䞉話「雪割草の映す未来」

冬の終わり、雪の䞋から芜吹いた䞀茪の花。
その花を芋぀める茝朗おるあきの瞳に、優しさず笑顔が蘇る。
静寂ず闇のあわいで、敊史あ぀しはただ茝朗の回埩を心で願い続けた。


冬に向かう、灰色の曇倩が続くある日のこずだった。
敊史は教授の柏朚に呌び止められ、研究宀の奥の応接間に案内された。

窓蟺に吊るされた叀い気象芳枬甚の硝子管が、颚に叩かれお柄んだ音を響かせる。
その音に呌応するかのようにストヌブの鉄が唞り、也いた熱が挂っおいた。

「氎沢、信州に新しい倩文台が建぀のは聞いおるだろう。助手ずしお我々ず共に赎く気はないか」

その声は穏やかに響いたが、どこか重苊しい気配を孕んでいた。
孊問の新倩地を瀺すはずの誘いが、敊史には奇劙に冷たく、運呜を揺さぶるような響きずしお届いた。

傍らには助教授の野口が立っおおり、来客甚の゜ファに敊史を促した。
痩せた頬には戊地で負った焌痕が刻たれ、赀い圱のように顔半分を芆っおいた。

柏朚は真剣な県差しを敊史に向けた。

「君の今埌の研究にも必ず圹立぀はずだ」

柏朚は敊史が入孊した頃から、研究を応揎しおくれた恩垫だ。
野口も続いお柏朚の隣に腰を䞋ろすず、䜎く声を添えた。

「  私自身も、氎沢がいおくれるず心匷い」

ストヌブの熱気に包たれおいるはずの研究宀で、その蚀葉だけが氷片のように冷たく響いた。
淡々ずした声色に、敊史の胞はわずかにざわ぀いた。


信州――遠い山奥。
新しい倩文台ずいう響きに心は高鳎るが、䞍安が胞の底に沈殿する。

思わず問いが口を぀いた。

「  私だけではなく、盞銬も䞀緒に行けたせんか」

柏朚はしばし沈黙し、眉を寄せた。

「もちろん。圌は優秀だ。しかし、盞銬はただ䜓調が良くないのだろう」

教授の憂慮を垯びた声を切り裂くように、野口が重く蚀い攟った。

「確かに。圌ず私は郚隊は違ったが、䞊海の任務は過酷だった。  あれをほが無傷で垰れたのは、奇跡に近い。心の回埩には、かなりの時間を芁するだろう」

その蚀葉の裏には、苛烈なものが朜んでいた。

敊史は、野口が垰還した日の光景を思い出しおいた。
野口は茝朗ず別の郚隊にいたが、同じく䞊海戊線を生き延びた男だった。焌けただれた頬はその蚌であり、飢えず寒さに震えながら「どうやっお生き延びたのかわからない」ず呟いた姿を、敊史は今も忘れおいない。

その圌でさえ蚀葉を倱うほどに、䞊海は人を容赊なく削る戊堎だった。
だからこそ、䞉か月埌にほずんど無傷で垰還した茝朗を芋たずき、敊史は喜びず同時に、蚀い知れぬ違和感を芚えざるを埗なかった。

茝朗の瞳からは、か぀おの光が欠けおいたのだ。

「  東京を離れた方が、圌の心は、少し晎れるのかもしれたせん」

敊史の蚀葉に、柏朚は頷いた。


だが翌日、柏朚の呌びかけに、茝朗は銖を暪に振った。

「私は  行けたせん。今の状況では、皆さんや氎沢の足手たずいになりたす」

硬く決意を垯びた声だった。

するず野口が、わざず机を指で叩き、䜎い声で挑発した。

「なあ、盞銬。気持ちはわからんでもないが  氎沢に無理をさせおも構わんのか 氎沢は身䜓が匱い。お前がいなければ、遠からず朰れおしたうぞ」

敊史の名を出された瞬間、茝朗の胞は匷く疌いた。
野口は昔から、胜力のある者を陰湿に匕きずり䞋ろそうずする男だった。特に敊史の才胜には執着しおいた。

もし、圌がいる郚隊に自分が所属しおいたなら、生還できなかっただろう。
その底意地の悪さを悟りながらも、敊史を芋捚おるこずだけはできなかった。

そしお――野口の片県に宿る冷たい光が、茝朗を決断ぞず远い蟌むように射抜いおいた。

柏朚は、野口ずは逆に、思いやりに満ちた蚀葉を重ねた。

「君に、無理をさせる぀もりは無い。私たちも最倧限力になりたいず思っおいるんだ」

「  わかりたした。  私も行かせおいただきたす」

承諟の蚀葉は、たるで石を沈めるように重く萜ちた。
野口の胞䞭は蚈り知れない。

䞀瞬、獣の存圚が脳裏を掠めた。
だが珟実に、敊史を守るこずが先決だった。

運呜の扉が開いた瞬間だった。


こうしお教授の柏朚、助教授の野口、敊史、そしお茝朗の四人は、冬の信州ぞず旅立った。

雪深い山あいに建぀新蚭の倩文台は、癜銀に閉ざされた孀高の砊のようだった。
凍お぀いた空気は鋭く柄み、どこか神聖な気配さえ挂っおいた。

「すごい  」

倜空を仰ぎ、敊史は思わず息を呑んだ。
無数の星々が挆黒の倩幕に匵り぀き、東京の空では決しお芋られぬ光景が胞を打぀。

その茝きに、茝朗の瞳もわずかに光を宿した。

やがお季節は春ぞず移ろった。
ある日、山道を歩いおいた茝朗がふいに足を取られた。

「危ない」

ずっさに敊史が肩を支える。

「危うく螏んでしたうずころだった」

茝朗が芋぀める足元には、雪の間に凛ず咲く䞀茪の花があった。

「ああ  これは雪割草だ。雪解けに咲く、春を告げる花なんだ」

敊史はしゃがみ蟌み、手袋を倖しお花びらをそっず撫でた。

「なるほど。その通りの名前だな」

茝朗は小石を拟い、花を囲うように眮いた。

――花の名前を知らずずも、小さな呜を倧切にする。
茝朗の優しさは、ただ倱われおはいなかった。

もしこの山の空気が、圌から少しず぀戊火の圱を削ぎ萜ずすなら。
雪割草のように、新しい芜吹きが心に蚪れるなら。

敊史は、それで十分だず願った。

だが、穏やかな日々は長くは続かなかった。

ある晩、芳枬宀の隅で野口が震える声を䞊げた。

「  黒い獣がいる。そこだ、すぐそこに みんな芋えないのか  」

あたりに唐突で、敊史も茝朗も息を呑んだ。
柏朚は「疲劎のせいだ」ず笑ったが、震える野口の手は机を掎み、骚が浮き出るほどに匷匵っおいた。

翌朝、野口の姿は応然ず消えた。
机䞊には黒い圱を描いた走り曞きだけが残されおいた。
煀のように滲み、たるで生き物が蠢くかのようだった。

捜玢は尜くされたが、圌は戻らなかった。

さらに柏朚たでもが「圱が来る」ず譫蚀を繰り返し、急遜東京ぞ戻されるこずずなった。
䞀人、たた䞀人ず、芋えぬ䜕かに確実に心を蝕たれおいった。

しかし、茝朗だけは違った。

「二人が居なくおも倧䞈倫だ。装眮の操䜜は任せおくれ」

その声は淡々ずしおいた。
だが、その萜ち着きが敊史には逆に䞍安を呌んだ。

茝朗の瞳には光が戻り぀぀あった。
雪解けの土を割り、顔を出す雪割草のように。

だが敊史は、その光の奥に朜む圱を芋逃さなかった。
茝朗の沈黙の裏に、暗い「䜕か」の痕跡が挂っおいたのだ。

春の雪がただ溶け残る山あいに、䞍気味な静けさが忍び寄る。
倜半、廊䞋から「コツ、コツ」ず足音が響く。

敊史は寝台の䞊で息を殺した。
茝朗の郚屋を芗けば、圌は安らかに眠っおいる。

だが――足音はなお続く。
たるで倱螪した野口の圱が、ただ廊䞋を圷埚っおいるかのように。

やがお、茝朗の机䞊の盀が小さく震えるのを、敊史は䜕床か目撃した。
盀は呌吞を刻むように、カタカタず埮かな音を立おおいた。

敊史は背筋に冷たいものを感じた。
闇に朜む「䜕か」が、確かにそこに息づいおいる。

それでも敊史は、声にしなかった。
もし真実を口にすれば、自分の目に芋えぬ「䜕か」が、完党に圢を埗おしたう気がした。

静寂ず闇のあわいで、敊史はただ心で願い続けた。
どうか、あの雪割草のように、茝朗に小さな垌望がたた芜吹くように、ず。

その祈りは、凍える倜気に吞い蟌たれ、答えのないたた消えおいった。


→ 第四話「静寂の代償」に続く
※曎新は毎週氎曜日2200頃を予定しおおりたす。

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