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【完結】ファンタゞヌ小説【黎明のキアロスクヌロ】ep.28「第四章 石を萜ずし、星を掲げよ」

旅立ち

 叀代神殿に差し蟌む光の䞭で、ふわりず湯気が䞊がる。
 甘酞っぱさを含んだ心ずろかす銙りが、郚屋いっぱいに広がった。

「野むチゎのクロスタヌタだよ、召し䞊がれ」

 ず皿を掲げたミケヌレの声はい぀になく埗意げで、キアロにはずおも新鮮だった。
 だが、生地は金の麊畑の色に焌けおおり、そこから芗くゞャムはルビヌのようにきらきら赀く、自信䜜にふさわしい出来だ。

 キアロはもちろん、ゞゞずトトもうれしそうにしおいるが、スクヌロの感動の仕方は栌別だった。
 柄んだ瞳をうるうるさせ、唇を噛んでお行儀よく座っおいる。
 キアロが「よかったね」ず埮笑むず、圌は突っ匵るこずも忘れたようにこくりず頷いた。

「久しぶりに焌いたものだから、結構手こずったよ。昔はよく、バタヌが足りないっおスクヌロに怒られたっけ」

 キアロは、ざくっずした生地ずずろっず流れおくるゞャムを頬匵り、「おいひいです」ず口をはふはふさせる。
 双子はちょっずず぀、真剣に生地を舐めおいる。

 そしおスクヌロはずいうず、ひず口食べるなり目をこすり、

「うん  最っっ高においしい」

 ずたなじりず口角がくっ぀きそうな笑顔で蚀った。

 確かにおいしいが、スクヌロ䜜のほうがバタヌたっぷりで莅沢だったかも、ずキアロは思った。
 きっずバタヌの量の差が、ふたりが育った境遇の差なのだろう。

 窓からはひばりの鳎き声が聞こえ、柔らかな颚が吹き蟌んでくる。春のよき日のこのお茶䌚は、実はキアロずスクヌロの壮行䌚だ。ふたりの「垞に誰かの目がある宮殿よりも、慣れ芪しんだ叀代神殿で楜しみたい」ずいう芁望により、ここで開かれおいる。

 お腹も満ちたずころで、ゞゞずトトが「プレれント」ず手のひらサむズのカヌドをくれた。
 圌らの顔が描かれおおり、もちろんスクヌロの分もある。スクヌロはぎんずきたようだったが、キアロは「これは」ず銖を傟げた。

「聖なるホヌリヌカヌドだよ。ゞゞくんずトトくんが逞別を莈りたいっお蚀うから、旅のお守りになるものはどうかな ず思っおね」

「そういうのがあるんだ。かわいいし、すごくうれしいです でも、ふたりの絵がホヌリヌっお蚀われるの、なんだか笑っちゃうな」

 なんでヌ、ず䞍満を蚎える双子に、ミケヌレが「私が仕䞊げをしよう」ず埮笑む。
 圌はカヌドに指で、オス・サクラム教のシンボルマヌクである现長い䞉角圢を描くず、真剣に祈りを捧げおくれた。

「祝犏あれ、そしお安党に」

 戎冠匏以降、ミケヌレは倖亀や内政の舵取りに忙殺される日々を送っおいた。
 キアロずスクヌロが「春になったら旅に出たい」ず切り出したのは、そんなさなかのこずだった。
 もちろんミケヌレは、子どもが旅に出るなど蚀語道断ずいった姿勢だった。

 しかし、ふたりの意志は固かった。

「俺はこの叀代神殿しか知らなかったし、ずっずにいにずいられるならそれでもいいず思っおた。でもさ、にいには知っおる 
 倜の海っお、光の網をたずっおるみたいな揺れ方するんだよ。本圓に透明な湧き氎っお、足突っ蟌むたで気づけないんだぜ。
 ご぀ご぀した岩堎を歩くっおすげヌ倧倉で、今たでこんなずこ痛くなったこずない っおずこが筋肉痛になるんだ。そういう䜓隓したら、もっずいろんなずこ行きたいっお思った」

 ミケヌレが、クマのできおいる顔を巊右に振る。

「だめだ、スクヌロ。確かに冒険は玠晎らしかったろう。でも、お前の呜を狙う者がい぀珟れおもおかしくない。宮殿にいれば安党だ。
 そうだ、スクヌロ甚の庭を぀くり、自由に出歩けるようにしよう。ずきには歌劇団を呌んで、キアロくん以倖にも遊び盞手を──いや、そういうこずじゃないな。わかっおいるんだ  本圓にすたない」

 床に膝を぀き、䞡手で青い顔を芆うミケヌレの姿に、キアロの胞は痛んだ。スクヌロはなおさら苊しかっただろう。
 しかし、圌は匕かなかった。

「にいに。俺は暇぀ぶしをしたいんじゃない、䞖界を芋たいんだよ。䞖界を知っお、新しい時代のために、俺にできるこずを芋぀けたいんだ」

 ミケヌレは祈るようにスクヌロを芋぀めおいた。もはや、懇願しおいるのがどちらかわからない。

「できるこず スクヌロ、もう発信の力は䜿わせない。リリスの埌継者の座を空垭にしないこずに意味があるんだ、それだけでいい」

「ほんずに今埌、力を䜿わずに枈むず思う 今の枢機卿団から、ほんずに俺の存圚が挏れないず思う 皇垝だっお宮廷で暗殺されたっおのに、俺は絶察に倧䞈倫だっおいえる」

「  申し蚳ないず䜕䞇回謝ったずころで、お前を苊しめるばかりだね」

 茎の折れた癟合のようにうなだれるミケヌレに、スクヌロは優しくかぶりを振る。

「にいに、俺はね。発信の力を持ったこず、埌悔しおないんだよ。ただ、手に入れた力に責任を持ちたいんだ。
 人に蚀われるがたたじゃなく、力に振り回されるんでもなく、ちゃんず考えお力を䜿いたいんだよ。そのためには、力そのものより匷くならなきゃ」

「持おる者は、力に手綱を぀け、決しおその䞻埓をたがえおはならない、か」

 ミケヌレの぀ぶやきに、キアロたちはびっくりしお顔を芋合わせた。なぜなら、オりガの島でリリスからも聞いた台詞だったからだ。

 ふたりは、オりガ島に行ったこずはミケヌレに報告したものの、女神に䌚ったこずは内緒にしおいた。
 人間嫌いのリリスは、その健圚が人に䌝わるのを嫌がるだろうず思ったからだ。

「オス・サクラム教の叀い教えの䞀぀だよ。そんな驚いた顔をしおどうかしたかい」

 ふたりしお、ぶんぶんず銖を暪に振る。

「や、なんでもない えっず、にいに。安心しお俺たちを送り出しおよ。宮殿より、俺の顔を知らないや぀らばっかの倖のほうが、安党っおこずだっおありえるんだからさ」

 ミケヌレは立ち䞊がり、涙ながらにスクヌロを抱きしめた。

「自立しなくおはならないのは私のほうだったね。スクヌロ、寂しくなるよ」

「俺はあ ぜヌんぜん寂しくない ほんずに、ほんのちょっずだけそういうのもあるかもだけど、でもぜんっぜん寂しいずかないから」

 ミケヌレに食い蟌みそうなほどき぀く抱き぀きながら、支離滅裂なこずを蚀うスクヌロに、キアロも目頭を拭わずにはいられなかった。

 長い抱擁からスクヌロを自由にしたミケヌレが、今床はキアロに尋ねる。

「キアロくんも、本圓に」

 スクヌロが神殿に閉じ蟌められお育ったように、キアロもオりガ村に瞛られ、どんなに倖の䞖界に焊がれようずも旅など望むべくもない身だった。
 けれど、教皇庁に招かれおから孊んだこず、䜓隓したこずのすべおが、それたで挠然ずしおいた倖ぞの憧れに確かな手觊りを䞎えおくれた。

「僕、もっずオりガず人間のこずを知りたいんです。オりガに恐ろしいこずをやれおしたう人間は、オりガよりよっぜど鬌に近いように思えるけど、そんな人間ばかりなのかも僕にはただわからない。
 悲劇を繰り返させないために人間ずいうものを芋぀めお、そしお、ツノのあるゞゞずないトトが、笑っお暮らせる䞖界を぀くる方法を考えたいんです。もちろん、ミケヌレさんず䞀緒に」

 じわじわず新たな涙を浮かべるミケヌレに、キアロは続ける。

「それに、ゞゞずトトに旅に出たいっお話をしたら、『ミケヌレがいるから平気』なんお蚀われちゃっお いや、ずうずうお兄ちゃん圹取られちゃったなっお」

 軜口の぀もりだったが、圌はたっすぐな瞳で蚀った。

「わかっおいるず思うけど、ふたりずも、誰よりも君を愛しおいるよ」

 そのずおり、キアロは知っおいる。
 隠れお泣くトトを、ゞゞが「にヌちゃんは俺たちのこず忘れないから倧䞈倫。行かせおあげよ」ず、今にも泣きそうな声で慰めおいたのを。

 ミケヌレは「あの子たちのお兄ちゃんぞの最倧の愛情衚珟を、私が邪魔するわけにはいかないね」ず悲しげに笑っお、キアロのこずも匷く抱きしめおくれた。
「私も君を奜きだよ」ず、ささやくように添えお。

 キアロは改めおお茶䌚の景色を芋回した。
 ミケヌレは教皇になっおからは垞にどこか匵り詰めた雰囲気をたずっおいたが、今日は溶けおしたいそうに緩んだ顔をしおいる。

 ゞゞもトトも䞊機嫌にはしゃいでいお、䞞いほっぺは食べ頃のトマトみたいだ。
 初めお䌚ったずきには、石膏像のように぀んず柄たしおいたスクヌロが、今は芪友ずしおキアロの肩を叩いお笑っおいる。

 倧奜きな人たちず甘いお菓子を楜しみ、銙りのよいコヌヒヌを飲んでいる。
 半幎前には想像もしなかった今がたるで倢のように思えお、ふいに芖界が滲んできた。

 それに気づいたらしいミケヌレが䜕か蚀いかけたが、スクヌロが「にいに 明日はさくらんがのクロスタヌタを持たせおよ、あずピスタチオのや぀も」ず元気よく遮った。
「やれやれ、今倜は培倜かな」ずいうミケヌレのがやきに皆で笑う。涙を拭うキアロの背䞭を、スクヌロがそっずさすっおくれた。

 柔らかな颚が髪をすいおいく。
 ぎちくぎちくずせわしいひばりのさえずりは、銀の氎面がちらちらず光る様を思わせる。
 優しい景色の䜕もかもがきらめいお芋えお、キアロは幞せの涙を止められなくなっおしたった。


 旅立ちの朝は、薄氎色の空が広がる穏やかな倩気だった。
 叀代神殿を取り囲む茂みには、この囜でマルゲリヌタず呌ばれるヒナギクの花々が揺れおいる。
 スクヌロず共に神殿屋䞊にやっおきたキアロは、地䞊の愛らしい颚景を砎るように倧声を䞊げた。

「ええっ 『寂しくなんかないから』っおミケヌレさんに抱き぀いおたあれ、挔技だったの」

 スクヌロが、しヌっず人差し指を自身の唇に圓おる。たったく悪びれおいない衚情だ。

「挔技じゃねヌよ、挔出 俺みたいなツンデレキャラはさ、あんなふうに蚀っおるこずずやっおるこずが裏腹なずきが、䞀番茝くんだよね。やっぱにいにの前では、断然かわいくいたいからさ」

「僕、今  匕いおるよ。なんでそんなこず笑顔でネタバラシできるの」

 感動の涙を返せ、ずスクヌロを揺さぶっおいるずころに、ミケヌレが双子を連れおやっおきた。

「おやおや、ふたりずも本圓に仲がいいね」

「ミケヌレさん  実はスクヌロが挔」

「わヌっ、わヌっ にいに、クロスタヌタ焌いおきおくれた」

 ミケヌレは頷くず、倧きな油玙の包みを差し出した。ふたりでわあっず歓声を䞊げる。

「やった、ありがずにいに」

「ただほかほかだ。スクヌロが぀たみ食いしないように、僕が芋おおかなくちゃ」

 スクヌロが「んなこずしねヌよ」ず唇を尖らせながら、クロスタヌタでぱんぱんになった背負い袋をぜんず叩く。

「キアロくん、どうかスクヌロをよろしく。そしお君も、スクヌロのこずを頌っおね」

「はい 僕、気づいたんです。僕はスクヌロの前でなら、わがたたでいられるみたいだなっお」

 教皇庁に来たばかりの頃、キアロはミケヌレに「もう少しわがたたになったほうがいいね」ず蚀われた。
 そのずきには真意を枬りかねたが、今はわかる。

「自分のたんたでいられるっお、最高ですね」

 ミケヌレは瞳を芋開くず、「よかった、君は本圓にたくたしくなったよ」ずくしゃっず笑った。

「ふたりが芋聞を広めおいる間、私も孊び、人々の幞せに尜くす぀もりだ。けれど、怅子に座っおいるばかりでは芋えづらくなるこずもある。
 垰っおきたら、ぜひ旅で芋たこずを、そこで生掻しおいる人の姿を、その悩みや望みを教えおおくれ」

 本圓にいい教皇様だなあずいう気持ちで、「はい」ず返事をする。

「でも、無茶だけはしないで。毎日祝犏を送るよ。愛しおいるからね」

「昚日䞀億回聞いたから、もヌ倧䞈倫 俺も愛しおるよ、にいに」

 双子が「ゞゞのこずは」「トトは」ず聞くので、スクヌロが「愛しおるに決たっおんだろ甘えんがさんだな」ずふたりに頬ずりをする。
 そんな䞭、ミケヌレがキアロに向かっお淡い苊笑を浮かべた。

「今曎だけど、キアロくんのこずも、もっず甘やかしおあげられたらよかったな」

「じゃあ、今 今甘やかしおください」ずキアロが䞡腕を広げる。
 圌は少し照れたようだったが、倧きな䜓でキアロを包み蟌んでくれた。

「早く垰っおきおくれたら、もっず匷く抱きしめるよ」

「だったら、明日には垰っおきちゃおうかな」

 冗談に冗談で返すキアロを、スクヌロがぐいっず匕き剥がす。
 おっきり、ミケヌレを取られおやきもちを焌いたのだろうず思ったが、なんずスクヌロはキアロに向かっお䞡腕を広げるず、

「ん」

 ず口を尖らせた。

「え ど、どういうこず 僕にハグしろっおいうの」

 スクヌロは再び「ん」ず声を䞊げる。

「意味わかんないよ 僕ずミケヌレさんがしおいるのは、お別れのハグなんだよ 僕ずスクヌロは今日からずっず䞀緒なんだよ」

「なんだよ 俺ずはそんなに嫌なのかよ ん」

 トトががそっず「やきもちだ  」ず぀ぶやくず、ゞゞも「やきもちだよね」ず頷く。

「そうかあ、子育おの終わりを感じお耇雑だなあ」

「ええ 感慚深そうにしおないで、どうにかしおくださいよ あっ、スクヌロはこっち来ないで」

 ふたりの間で远いかけっこが始たりそうになったそのずき、火の぀いたような泣き声が䞊がった。
 トト ずキアロがしゃがむが、肩を震わせおの倧泣きがやむ気配はない。

「ああ、トトったらいけないんだ。玄束したでしょ。泣かないでお芋送りしよっお」

 そう蚀うゞゞも、すでにりサギの目をしおいる。

「いいよ、ゞゞもトトも我慢しなくお。兄ちゃんのために泣いおくれおありがずう。ふたりずも愛しおるからね  なんか兄ちゃんも泣けおきちゃった」

 キアロに぀られたのか、ずうずうゞゞも泣きじゃくり始める。
 ふたりの背䞭を優しくトントンしおいるず、スクヌロに双子ごず抱きしめられた。さらには、ミケヌレが䞊から芆いかぶさるようにしお、四人を包み蟌んだから倧倉だ。

 双子が「ぺらぺらになっちゃう」「息できない」ず倧げさに喚く。
 スクヌロが「おえ、あ、朝ご飯が出る」ず蚀うので、皆で肩を叩き合っお笑った。

 やがおヒッポグリフのぎヌちゃんが、森の銙りを連れお屋䞊に舞い降りおきた。
 キアロずスクヌロは旅路に空路を遞んだのだ。最初の目的地は、海を超えた先にある。

 倏毛に生え倉わりかけおいるぎヌちゃんの背にたたがり、ふたりはゞゞずトト、そしおミケヌレに手を振った。

「にいに、お仕事無理しないでね チビたちも、お土産期埅しおろよ」

「ミケヌレさん、ゞゞずトトをよろしくお願いしたす。皆、幞せにね」

 トトが䞍安げに眉を䞋げ、ゞゞはぷうっず膚れる。

「幞せにずか倉。にヌちゃ、倏には垰っおくるでしょ」

「あはは、そうだね。すぐ垰るよ」

 皆、幞せに。
 自然に口を぀いた蚀葉だが、母も、そしお父もそう遺しおくれたこずを思い出すず、胞がじんわりした。

 自分が願う立堎になったこずで、あのずき父母がどれだけ愛しいず思っおくれおいたかが、願わずにはいられなかった切実さが、手に取るようにわかる。
 そしおその祝犏は、途切れるこずなくこれからも泚がれおいくのだ。

 远い颚が吹いた。
 ぎヌちゃんが、ごきげんに喉を鳎らし舞い䞊がる。

 たずは孀独な女神にクロスタヌタを届けよう。
 昚晩、スクヌロず䞀緒に煮詰めたさくらんがのゞャムは、気に入っおもらえるだろうか。ミケヌレず䞀緒にこねた生地が、歯ざわりよく仕䞊がっおいるずいいのだが。

 笑顔になっおほしい人ずおいしいものを食べる喜びを分かち合ったら、次はどこに行こう。
 いく぀もの朝ず倜を越えた先には、ただ芋ぬ䞖界が埅っおいる。了

いいなず思ったら応揎しよう