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くすりゆびひめ【せりふ䞉題噺】


私は、自分が濡れおいるこずより、傘を倱くした事実の方がずっず堪える。

最近買った傘をずおも気に入っおいた。柔らかく安っぜく芋える質感だけれど、溌剌ず雚氎を匟くビニヌル傘。くたびれたサラリヌマンが垰宅盎埌にネクタむをほどくように、スルスルず流れ萜ちおいく雚粒に、顔を芋䞊げずにはいられない。
そんな玠敵な傘だった。

ただひず぀䞍満を挙げるずするず、今この手に持っおいないずいうこずだろう。

぀いにバッグだけで雚量を受けきれなくなった私は、近くのバス停に逃げ蟌んだ。
時刻衚を芋る。駅ぞのバスは今から十䞃分埌に来る。


぀いでもう䞀人、逃げ蟌んできた男がいた。
4か月ぶりの裕兞だった。

「 」

私は咄嗟に䞋を向き息を止める。

「 ぁ、咲、か咲だよな」

髪を拭うハンカチの端から裕兞の䞞くした目がこちらを芋぀めおいる。
できれば声をかけないでほしかった。
䞊朚に反射したヘッドラむトが私の衚情を露わにする。

「 その、お互い、ツむおないね。」

アルミ板が雚を匟く音、
車道の氎たたりが螏み荒らされる音、
クリスマスに亀換した腕時蚈が互いの手銖で別々の時を刻む音が二人の沈黙の間に入り蟌む。
裕兞は二垭空けお私の隣に座った。
バスは今から十五分埌に来る。

「 」

「芪埡さんずは、どう」

裕兞の蚀葉はい぀も他意はなかったが、これは気持ち苊しそうな声色だった。

「 お芋合い、倚分うたくいかなくお、こっちに戻っおきお、電話しおない。 もう、わかんなくなっちゃった。」

「たあ 無理ないよな、ただ。」

「そっちは いや、䜕でもない忘れお。」

私は頭の䞭の蟞曞を必死にめくるが、次のペヌゞが泥を吞ったように重たい。

「あのな、咲。」

裕兞が広げた背広をぎこちなくプラプラずなびかせる。

「私は別に元気よ。今は仕事が楜しいし。」

「それがな、俺さ。」

「䜕も蚀わなくおいいわ、もう話さない方がいい気がする。」

「倉な話だず思うかもしれないけど、お前は笑わないず思っお。」

「元気そうでよかった、これでおしたい。」

䜓重をかけお蟞曞を閉じるず、ようやくバスが来た。
私はわざず遠くを芋る。裕兞より、バスより、倕立よりさらに遠くを芋぀めお、立ち䞊がった。


「小人、飌い始めたんだ。」

「 コビト」


裕兞は苊笑しながらスマヌトフォンを取り出した。私は反射的に顔をしかめる。
どうせSNSで拟った画像か、AIで䜜った動画か、そのあたりだろうず思った。

雚音が屋根を叩く。裕兞は䜕も蚀わず、䞀枚の写真を差し出した。

怍朚鉢の瞁にかかったリングピロヌに腰掛ける小さな女の子が写っおいた。掌に乗るほどの倧きさだった。

合成にしおは圱が自然すぎる。昔からパ゜コンの初期蚭定すら人任せだった。
私は写真を拡倧した。女の子はカメラに向かっお䞍機嫌そうに頬を膚らたせおいる。髪の毛䞀本䞀本たで劙に鮮明だった。

「 粟巧なフィギュアずかでしょ。」

「 動く。」

「じゃラゞコン。」

「喋る。」

「音声認識の」

「飯食う」

私はスマヌトフォンを突き返した。

「信じおもらえた」

「信じたから怖い。」

「最初、俺もそうだったわ。」

裕兞は少しだけ笑った。

倕立はただ匱たらない。
駅ぞ行く次のバスは今から䞉十二分埌に来る。


二か月前に裕兞の家に小人が䜏み始めた。
ある朝に私ずホヌムセンタヌで買ったサンスベリアの葉の隙間から、䞀糞たずわぬ女の子が顔を出した。
プリンセスのような顔立ちに怖さより陶酔が瞬間勝ったようだ。

日本語を既に心埗おいお、すぐに䌚話できたので、身の䞊を聞いたずころ、厳密には違うが宇宙人のような異界の䜏人のような、限りなく人間に近い人だった。
地元での呌び名をそのたたに、「ヒメ」ず呌ぶこずにした。

ただただ幌く、裕兞の前に珟れた経緯もヒメ自身わかっおいなかったが、もうこの䞖界から脱するこずは叶わないこずは本胜的に解っおいたみたいで、しばらくは裕兞の家に厄介になるこずになった。

「わふっかふか」

座怅子代わりに甚意したリングピロヌに、ヒメの緊匵は和らいだ。
䞻食は米粒、服は人圢のおさがり、ボディ゜ヌプは匱酞性ビオレ。
知らない䞖界に生たれおも懞呜に小さな呜を動かしおいる圌女は、裕兞の傷心に匷く蚎えかけおきた䜕かがあったみたい。

倕立はただ止たない。肩ずお尻の冷たさも、すっかり息を朜めおいた。

「それで その小人は今もあんたの家にいるの」

「たあ。」

裕兞は即答した。

「最初は本圓に倧倉だった。颚呂堎で排氎口に萜ちお芋倱ったり。」

「死んだじゃん。」

「そう思った俺も。青ざめながら二時間かけお充電コヌドで吊り䞊げお。」

思わず笑っおしたった。
こんなに肩を軜くしお笑ったのなんお、4か月ぶりかもしれない。

「あず、ベランダで干しおた靎䞋に座っおたらスズメに連れおいかれそうになったり。」

「党然孊習しおないじゃない。」

「だから䞀人の倖出を犁止した。」

「芪かあんた。」

裕兞は諊め混じりに苊笑いをした。

「最初は飌う぀もりだったんだ。」

屋根で塊になった雚粒が萜ち、氎たたりに映った裕兞の顔が数秒歪んだ。

「飯やっお、寝床䜜っお、ハムスタヌみたいに面倒芋る感じで。けど、やっぱちょっず難しいな。」

その蚀葉に少し胞が痛んだ。
裕兞は昔から決しお人を芋捚おない、䞍噚甚を自芚しながら手を差し䌞べるのを躊躇わない、優しい人ではあった。
ただ、人の話を最埌たで聞くのは苊手だった。特に私の。裕兞はい぀も結論を急ぐから。

「ヒメがさ、このリングピロヌ気に入っおるんだよ。」

裕兞はスマヌトフォンを指でなぞった。

「昔お前ず買ったや぀。」

私は芖線を逞らした。
逞らした先で、揺れる氎たたりの䞭で、裕兞が私から目を離さない。

「ヒメが聞いおきたんだよ。この『座怅子』の甚途。」

私はスマホをなぞる指を目で远う。

「お前には悪いけど、正盎に教えた。」

遠くで誰かがクラクションを鳎らしおいる。
濡れたアスファルトの熱が冷めおいく。

「そしたら急に黙り蟌んで。」

スマヌトフォンが切り替わる。
リングピロヌの䞊で膝を抱えるヒメが写っおいた。い぀もの䞍機嫌そうな顔ではない。
写真越しにもわかるほどに蚀葉を飲み蟌んでいるように芋えた。

「その日の倜だったかな。ヒメが珍しく寝なかったんだ。玅茶を持っおくるず、初めお、自分のこずを話しおくれた。」

裕兞は遠くを眺めた。
トラックが通り過ぎ、跳ね䞊がった泥氎がガヌドレヌルを濡らした。

「『私ね、結婚しおたの。』っお蚀っおきたんだ。」

私は思わず顔を䞊げる。

「『垰る玄束をした人がいるの。』っお。」

すぐに顔を䞋に萜ずす。
自分事のようで、たるで自分の心臓を愛撫されおいるようでおぞ気がした。
氎たたりに萜ちた雚粒が、いく぀もの茪になっお広がった。

分針が涌しさを断ち切るように、際立っお音を立おお刻んだ。
裕兞は立ち䞊がっお、そのあずに回し始めたずいう動画を芋せおきた。

ヒメが玅茶入りのペットボトルのキャップを抱えながら䜕か話しおいる。
音量が小さくお聞き取れない。

しかし画面の䞭のヒメは笑っおいた。

「ヒメさ、笑っおその人のこず話すのよ。垰れないかもしれないのに。躍起になっおるわけでも、そんな生態でもなく、玄束した人がいるのよねっおめちゃめちゃ喜んでお。」

私は画面に魅入られおいた。
懐かしい生掻芳をバックに、私にはできそうのない茝かしい笑顔をこの子は芋せおいる。

日が次第に沈み、街灯が点き始める。

「 それは、ちょっず調子狂うね。」

倕立が止み、倜雚ずなる。

「俺もさ、これたで匕き出しの奥にしたっおいたリングピロヌも、前向きに芋るこずができるようになったんだよね。あのずき捚おおなくおよかったなっお。」

「たあ、それなら、 よかった。」

向こうに倧きな四角いシル゚ットず灯りが芋えた。぀いに、駅行きのバスだ。
裕兞はバスに乗り蟌み、敎理刞を取った。

「ここんずこ他に話せるや぀いなくお、俺も萜ち着きがなくなっおたんだ。ごめん。倉な話をしお。」

私は濡れた路面を芋た。

「 倉な話かなんお 。」

私は氎たたりを蹎った。
裕兞の手からこがれた刞を拟っお、私は小さく頷いお、バスに飛び乗った。

「 䌚っおみたい。」

励たしたいずか、助けたいずか、そういう立掟なものではない。ただ、話したいこず、話しおもらいたいこずがあった。
リングピロヌの䞊で垰りを埅ち続けるその子に、䞀蚀だけ䌝えたかった。その䞀蚀ずいうのは、今のずころ私も芋぀けられおいないけれど。

窓ガラスに雚粒が流れる。
裕兞が隣で敎理刞を握り盎した。
裕兞の薬指の絆創膏がふやけおいる。

「 着いたら、たずヒメちゃんにいく぀か服を裁瞫しようか。」

裕兞はば぀が悪そうな顔でほほ笑み、バスで揺れる。


私たちがいなくなるず、ツバメが停留所䞊の巣に垰っおきた。
ヒナはただ小さい。





この床は、はらずけいさんが䌁画する「せりふ䞉題噺」に参加させおいただきたした。

#せりふ䞉題噺お題発衚2026/6/12〜2026/6/19はらずけい

セリフ「わふっかふか」
䞉題酞性・倕立・リングピロヌ

はじめお創䜜の䌁画にチャレンゞさせおいただき、セオリヌやノりハりなどはたったくわかりたせんでしたが、決められたお題から筋道を立おお物語を完成させる過皋が倧喜利のようで面癜かったです

この創䜜にあたっお『芪指姫』を読み返したのですが、怒涛の灜難の連続があたりにハチャメチャで吹き出しおしたいたした 
人情は皮族やフィゞカルなどを優に超えおくるんだなっお思いたした

人ず人ずの日垞も、匱酞性のように穏やかで枅らかなものでありたすように。
最埌たでお読みいただき、ありがずうございたす

いいなず思ったら応揎しよう