
田舎の男子校、ロンドンへ行く①
1995年11月末。
ちょうどクリスマスシーズンを迎えようとしていたロンドンに私はいた。
狂牛病が拡大し「英国産牛肉は危ないぞ」と世間が騒いでいた頃。
おバカな私立男子高なのに当時は異常な円高(1ドル80円くらい)の恩恵で、修学旅行先がロンドン・パリとなった。
男ばかりで何のトキメキもない旅行だが、私は浦沢直樹の『パイナップルARMY』や『MASTERキートン』の単行本を小中学生の頃から読みふけっており、漫画の舞台となっている欧州に行けるんだと最高にワクワクしていた。
初めて降り立った異国の地。
金融の街ロンドンの洗練されたビル。追いつけない速さで歩くビジネスマン、ウーマン。
夜はオレンジ色の街灯で照らされ、黒、金、赤で彩られる歴史ある街並み。
ピカデリーサーカスには「SANYO」や「TDK」の大きなネオン。
裏路地で座り込む赤い髪のモヒカンカップル。
どんと構えるタワー・レコードのビル。
全てがイメージ通りだった。
嬉しくて、まるでこれから人生が始まる幼児のように何もかも吸収したくて、テムズ川沿いの何でもない廃倉庫前で写真を撮ったり、ホテルの従業員用の非常階段を覗いたり。
落として割った食器や、放置されたゴミを見て「見られない場所を見た」と悦に浸っていた。
ウィンザー城よりも、そこに行くまでのロンドン郊外、『外国の風景』に惹かれた。
整備された観光地より「その国のローカル」を見たかった。
そんなある日、お土産を買っているクラスメイトを店外で待っていると、道端に箱が落ちていた。
暇だったのでなんとなく踏みつける。
バリバリッ。
中のプラケースが割れる音が気持ち良く、ジャンプするように何度も踏んだ。
バリバリ、バリバリ。
バリバリ、バリバリ。
ガッシュガッシュガッシュガッシュ。
その時だった。
「ン!……ンン!」
誰もいないはずなのに、大きな咳払いが聞こえた。
自分の真横の脚立に気付き、見上げるとオジサンがこちらをじっと見下ろしている。
手には、これから飾るクリスマス用の電飾。
「コノアジアジン、ナニヲシテイル??」
と言っているような視線が刺さる。
私がゴミだと思って踏みつぶしていたのは、オーナメントを取り出したばかりの、現役の箱だった。