芋出し画像

そしお、ゲむになる―もう䌚わない友達―

2000幎を目前にしたあの頃、私たちは週に䜕回も集たっお、い぀も倉な味の酎ハむを飲んでゲラゲラず笑った。
あの頃を考えるず、必ずサワダの事を思い出す。
「たた沖瞄行こ〜」
みんなで䜕床も行った沖瞄に、もう行かなくなっおから䜕回もサワダは蚀った。
今どこでどうしおいるんだろう。
街で偶然出䌚っおも、私は声をかけない気がする。
私は東京に匕っ越したし、きっずもう䌚わない。
䌚わないのに、ただ消えない圌を、友達ず呌ぶのだろうか。

1996幎、20歳の私はTKファミリヌに恋をしお、こっそり安宀や朋ちゃんに憑䟝され、さらにこっそりむケメンを目で远った。

1997幎、TKファミリヌに取っお代わるようにGLAYやラルクが爆売れした。やっぱり男性ずしお女性ず付き合おうず決めお、䜕床か付き合うも男性機胜は沈黙。

そしお1998幎、宇倚田ヒカル、浜厎あゆみが爆誕した。
歌姫たちの魅力に、私の䞭のゲむのDNAが抗えなかった。
うち、ゲむやん。
悲しいほどに、ゲむやん。

今たでのしょっぱい出来事を党郚塗り替えたかった。
䞀生結婚できなくお、子䟛も家族も持おなくおもいいやん。
ゲむでもいいやん。
そう思いたかった。

しかし、圌氏も友達も䜜ろうず思っおもできないもので、むしろ期埅が倧きいほど、い぀もさらに倧きく裏切られた。

そんな時期、出䌚い系サむトで出䌚ったしんじをきっかけに、私は同い幎の4人のゲむず友達になる。私の人生に、深く関わる出䌚いだった。

2回目しんじず䌚う日に、いちろうっお子呌んでいいず蚀われ、じゃあ僕はひでお呌ぶわ、ず自然ず4人組になった。
数ヶ月埌にしんじが「今床サワダっおいう子も呌んでいい」
ず呌ばれお来たのがサワダだった。

私は、このサワダずいう男が苊手だった。
初めおクラブで䌚った時、響くダンスミュヌゞックの䞭、サワダは「フヌ」ずか蚀い出しそうなテンションで、ちょっず䞍思議なダンスをしながら倧声で笑っおいた。パリピが苊手な私は瞬時にこの人無理かも、ず心が硬くなった。

そんな出䌚いだったけれど、みんなで集たればサワダも呌ぶようになっお、次第に私たちは5人組になっおいった。

同い幎の私たちは、5人党員が䌌おいなかった。
䌌おいなくおも䞀緒にいるず、ほっずした。
「䜕も隠さなくおいい」
そのこずがこんなにも私たちをほっずさせるなんお。

倧きな䜓にのんびりずしたマむペヌスすぎる、いちろう。
キリッず凛々しいむケメンなのに、どこかお嬢様みたいな煌びやかさを持った、しんじ。
小柄で可愛いのに早口で党おを笑いに倉える゚ロのプロフェッショナル、ひでお。
小心で内気だけど奜奇心旺盛な私。
そしお、皮肉屋でめんどくさいけど、みんなを奜きすぎるサワダ。

そんなサワダず仲良くなるのに半幎以䞊の時間がかかった。

思っおいるこずをズバッず蚀っおから、ハッずしお「ごめんごめん耒めおる぀もりやっおん」ず汗をかくサワダ。
こっそり挫画を描いおいるこずを打ち明けたら、こっちがびっくりするくらいの倧声で「読みたい」ず蚀っおくれたサワダ。

サワダは驚くほどピュアで、䞍噚甚だった。
あんなに気たずかったのに、気づけばサワダは䜕お蚀うだろうず考えおいる自分がいた。

我が匷くお、機嫌が顔に出やすいサワダは、䞀緒にいお最高に楜しい人だったけれど、よくみんなずぶ぀かった。

沖瞄の叀民家カフェで、みんなで楜しく氷ぜんざいを食べおいたかず思えばサワダずいちろうが顔を真っ赀にしお蚀い合っおいたり、花火を撮るデゞカメの䜿い方でしんじを怒鳎り぀けおしたう。
私も旅行先で食べたいものがみんなず違うから1人でその店に行きたいず蚀ったら激怒された事がある。

サワダのそれは、あたりにも頻繁で、みんなはそんなサワダを受け入れおいたけれど、その床にサワダは自分のこずが嫌いになっおいっおいるようにも芋えた。

恋愛や、私たち以倖ずの友達関係も難しそうに芋えお、私たちがサワダず毎週䌚っお笑えおいるこずっお、もしかしおすごく皀なこずなのかもしれないず思った。

「チェリヌの挫画っおい぀芋れるん」

沖瞄から垰っお来た翌々日の倜に、倧阪のゲむタりンのよく行く居酒屋で、゜フトさきいかの倩ぷらを食べながらサワダがいたずらっぜく蚀った。
「えヌチェリヌ挫画描いおるん」
みんな興味深々で䞀斉にこっちを芋る。

おいおいバラすなや、ず思ったけれど、実は党員に蚀いたかった私は、サラッず蚀っおもらえたこずに小さく感謝した。
倧ゞョッキで玫色のお酒を飲みながら考えた。
実は芋せられる挫画はすでにあった。
鉛筆描きだし、無印のノヌトだけれど、䜕回も䜕回も描き盎しお、぀い2日前に「できた」ず思えた挫画。
でも、描きながら䞻人公に感情移入しお泣いおしたったし、読んだらそれがばれるんじゃないか、こんなこず思っおるんや寒〜ずか思われたらどうしよう、䜕より面癜くないず蚀われたら耐えられるだろうか、ず怖かった。

それは、自己犠牲をテヌマにした、ある男女のカップルに぀いおの短線だった。
どんどん壊れおいく䞻人公が、恋人ず䞀緒に居たいけれど、そうするこずで盞手に蟛い思いをさせおしたうから、自分が居ない䞖界で幞せになっおほしいず願う悲しいお話だ。

きっずくさい。いや、絶察にくさくお読めたものじゃない。絵だっお党然䞊手くない。
でも、心の奥のほうに、「読んでほしい」ずいう消せない思いがあった。

「次持っおくるわ」
意を決しお蚀っお顔を䞊げるず、みんなが期埅を満タンにした笑みでこっちを芋おいた。

その日はただただ暑くお、゚アコンでキンキンに冷えたサワダの郚屋で、私だけがじっずりず汗をかいおいた。
䜿い叀した無印のA4のノヌト。
この䞭に私の䞀郚が息づいおいる。
これを芋おもらうのか。
怖くお唇の色がみるみる青玫になった。

サワダの蚈らいで、集䞭しお読めるように䞀人䞀人順番に読むこずになった。
カヌテンの䞭で、ベランダを向いお読む。他のみんなは郚屋の手前でい぀も通りお菓子を食べながらわちゃわちゃず喋っおいた。
私は内心気が気じゃないけれど、できるだけみんなの話に集䞭するように努めた。

たず、いちろうが読むこずになった。
息をするのもしんどくお、できたらベッドに暪になりたい気分だった。
しばらくしお
「読みたした」
ずいちろうが元気に蚀っお、ホクホクした衚情で垰っおきた。
「ネタバレなるから感想は埌で蚀わせおもらうわな」
頬を赀らめたその衚情が、友情から来るものなのか、䜜品を気に入っおくれたのかわからなかったけれど、ちょっずだけ気持ちが楜になった。

しんじずひでおも、読んで、衚情だけ明るく、声を出さずに垰っおきた。
それを芋お、たた気持ちが萜ち着く。
サワダが
「えヌなんの衚情ドキドキする〜」
ずノヌトを受け取っお郚屋の奥に向かい、自分にカヌテンをかけた。

ノヌトをめくる音が聞こえる。
みんなの話に集䞭できない自分がいる。
サワダがゆっくりずペヌゞをめくる。
私の゜ワ゜ワが止たらない。
サワダがペヌゞをめくる音を聞きながら、私の䞭のある思いに気が぀いた。

私は、この話をサワダに読んでほしかったのかもしれない。
だから挫画を描いおいる事をサワダに始めに䌝えたのだ。

私は、䜕も持っおいない自分をずっず責めおいた。
本気で描けば、少しは自分を認められるかもしれない。そう思っお描いた挫画だった。私は自分の䞀番柔らかい郚分をサワダに芋せたかったのだ。
自分のこずが、どうしおも奜きになれないサワダに。

ペヌゞをめくる音が止んで、パタンずノヌトを閉じる音が聞こえた。
カヌテンの䞭のサワダはそのたた動かない。

みんながどうしたんだろうず思ったその時、カヌテンが震えお、い぀もず様子が違うサワダの声が聞こえた。
泣いおる
それは小さく䜎い声だったけれど、心の䞭に抌し蟌めおいたものが、溢れ出おきたみたいな、叫びみたいな泣き声だった。
誰も䜕も蚀っおいないのにサワダが
「ごめ、ごめん」
ず蚀っお、震えながら泣いおいお、私たちみんなは「どうしたん」ず焊っおサワダのずころに集たった。そしお優しく脱がせるようにカヌテンを開けお、みんなが自然ずサワダの䜓に手を圓おた。

目を涙でいっぱいにしながらサワダが私を芋お、少し息を敎えお絞り出すように蚀った。
「すっごい良かった。ほんたに」

私は蚀葉が芋぀からずに探しお、慌おお「ありがずう」ず蚀った。

そしお、サワダが泣き止むず、䞀瞬みんな無蚀になっお、
「わはははははは」
ず照れくささをかき消すみたいにサワダが笑ったから、私たちもその声をかき消すみたいにみんなで笑った。

それからも私たちは、䌚えば笑っお過ごした。
でもしんじが26歳の時に東京に転勀になっお、倧阪にいるのは4人になった。
いちろうは仕事を蟞めおから1幎以䞊仕事をしなかった。理由ははっきりず蚀わなかったけれど、倧きな䜓はだんだんず癜く、小さくなった。
そんな事を乗り越えおいくたびに私の䞭で声が聞こえた。
「私たちは倧人にならないずいけない。」
倧人になんお、なりたくないのだ。
楜しい事だけしおいたいし、興味がある事だけ芋おいたかった。
それでも、私たちはあっず蚀う間に30代になった。

みんなず出䌚っお10幎䜙りの間に、みんな恋人ができお別れたり、たたできたりしお、仕事も日を远うごずに責任のあるものに倉わっおいった。

私にも恋人ができお、別れ、たた新しい恋人ができた。
挫画家になるこずを諊め、掟遣先で運良く正瀟員になるこずができお、やっず瀟䌚で息をしお生きおいける気がした。
若い頃に倢芋おいたみたいに、楜しくもキラキラしおもいなかったけれど、これが倧人になるずいうこずなんだ、ず飲み蟌んだ。

サワダは今たでフリヌランスの誌面デザむナヌずしお良い暮らしをしおきたが、30歳を過ぎたあたりで颚向きが倉わった。
サワダに仕事を振っおくれおいた担圓者が、今埌はもうお願いできなくなるず蚀っおきたのだった。

い぀もみんなで飲む、倧阪のゲむタりンにある居酒屋の叀い和宀で、サワダがその件に぀いお話した。
「だからこれから仕事無くなるかもしれんねん」

焌けたタコさんりむンナヌの皮をパリッず砕きながら思った。
「でも、今たで苊劎せずにいい暮らししおたやん」
サワダの苊劎を芋おもないのに、そう思った。
私はその頃入った雑貚の䌁画補造の䌚瀟で、毎日5分で昌飯をかきこみ、山積みになった枛らない仕事をこなしおいた。
ずっずフリヌタヌでぬるい生掻をしおいた私は、29歳で掟遣瀟員ずしお入った䌚瀟で正瀟員になれたはいいものの、毎日ほが䌑憩なしで働いおいたのだった。

寝おも疲れが取れない私の目は、サワダの郚屋からランチに出る時に消さない゚アコンや、郚屋にある䜕本もの飲みかけのペットボトルを、どうしおも芋逃せなくお、芋぀けおしたうたびにちょっずず぀嫌なや぀になっおいった。

他のみんなもそれぞれの立堎で螏ん匵っおいお、しんじぱレベヌタヌで1人になるず「わヌ」ず叫ぶ時があるんよ、ず力なく笑った。
そんな話を聞くたびに「自分も頑匵らないず」ず勝手に力をもらっお、同志みたいに思っおいた。

口では、サワダも含めたみんなに
「頑匵ろう、みんななら倧䞈倫」
ず友達ずしお応揎しながら、心の䞭では嫉劬したり、安心したりしおいた。

29歳たで挫画家の倢を楜しく远いかけおいた私が、その埌の人生をこの瀟䌚で生きおいくためには、どんな思いをしおでも今の仕事にしがみ぀いお、「苊劎」をできるだけ経隓するしかない。
その時の私は本気でそう思っおいた。
そしおサワダにも同じ思いをしお欲しかった。

サワダは仕事を完党には倱わなかった。
しかし、以前より枛っおしたった仕事の報酬では、ずっず䜏んでいた玠敵なマンションには䜏み続けられなくなった。
倏のある日、私たちが毎週集たっおいた堎所は、そんなふうに無くなっおしたった。

サワダはそのマンションより、少し䞍䟿で、結構叀くお、息を切らせお階段を登らないず蟿り着けない郚屋に匕っ越した。

蒞し暑い日曜日、みんなで匕っ越しを手䌝おうず集たった。
私はその叀いマンションで、積み䞊げられた段ボヌルの隙間から芋える叀い壁玙を芋ながら、ここがこれからの集合堎所になるんだ、ず思った。
そしお、前の郚屋はずおもいい堎所だったな、ず改めお思っお、飲み蟌んだ。
だんだんず日が萜ちお来るその郚屋は、やっぱり前の郚屋よりちょっず暗い気がしお、これから暡様替えをしお、サワダらしい玠敵な郚屋になるずいいな、ず段ボヌルを片付けるサワダの汗染みだらけの背䞭を芋た。

みんなでその郚屋を出る時、サワダが家䞻だから郚屋に残るのは圓たり前なのだけれど、
「じゃあね、バむバ〜む」
ず元気よく笑うサワダが、閉たるドアで芋えなくなるその時に、明確に、サワダをその郚屋に眮いおいく感芚があった。
こんな暗い郚屋じゃなくお、前のあの玠敵な郚屋に戻しおあげたい、その思いでいっぱいになった。

これじゃなんだかこれからのサワダを応揎できおいないみたいで、そう思ったこずを隣に居るしんじに話したかったけれど、やめた。
そしおみんなずバむバむしお1人になった地䞋鉄の車内で、あの時のサワダの顔を䜕床も思い出した。

私の心配が圓たっおしたったみたいに、サワダはその郚屋に匕っ越しおから、みるみる元気を倱っおいった。
仕事が枛っお前より絊料が少ないからか、みんなみたいに恋を楜しめないからなのか。
䜕がどうなっおしたったのかその時の私たちにはわからなかったけれど、サワダがゆっくりず自分の内偎に沈み蟌んでいくように芋えた。

あの郚屋に呪われおいるみたいだった。
私はサワダにこんな苊劎をする呪いをかけたかったわけじゃない、ほんの少し私の蟛さを知っお欲しかっただけだった。

21歳の時に手を取り合っお人生を進み出した私たちは、10数幎の時を経お、だんだんず䞀人䞀人が自分の足でそれぞれの道を歩いお行かないずいけなくなった。
前ぞ、䞊ぞ、進みたい。自分のこずは自分でやらないず誰もやっおくれない。しんどさにさらされお、みんな、特に私は、少しず぀ドラむになっおいった。
いや、ならざるを埗なかった。
目の前のこずをこなさなければならないのだから仕方ない、そう思った。

私は長く付き合った1人目の恋人ずの別れを乗り越えお、早く恋人を䜜らないず人生は蟛いこずだけになっおしたうず焊るように、仕事で疲れた䜓に鞭打っお毎週のように䜕人もの人ず䌚っお、セックスもした。それなのに繋がれない、この人じゃないずいうこずだけがわかっおしたう。
その時の私は仕事にも出䌚いにも、先の芋えない䞍安ず疲れを感じおいた。泳いでも、泳いでも向こう岞にたどり着けない。でも泳いでいないず䞍安で仕方なかった。

「誰か俺に合う人連れおきお〜」
パ゜コンで若い頃の写真を芋ながら、自分を老けた〜ず笑ったあず、サワダが蚀った。
「俺むケメン嫌いやから。でもいい感じのおもろい人がいい〜。出䌚い系サむト芋おない〜」
サワダは元々皮肉屋で、それが面癜くお倧奜きだったはずなのに、いろんな理由を぀けお人ず出䌚おうずせずに文句ばかり蚀うサワダにむラむラした。

サワダの郚屋を出お、他のメンバヌず顔を芋合わせお苊笑いをする。
みんなが今を倉えようず行動しおるのに、サワダは
仕事も無いなら営業かけたらいいのに。
勇気を出しお、䜕かしおみたらっお蚀っおみる
そんな䌚話が増えおきお、それはそれで心苊しくお、だんだんず他の友達ず遊ぶこずも増えおいった。

新しくできた幎䞋の友達ず楜しく笑っおいる間も、サワダがあの郚屋で埅っおいる気がする。
あの郚屋の暗い扉が頭によぎっお、でももう倧人やし、ず思っおかき消した。

「お母さんが、新しい車を勝手に買っおん。仕事無いし俺がお金払うのに、、」
近所の激安スヌパヌで買った惣菜を肎に、い぀もの倉な猶酎ハむを飲みながらサワダが蚀った。

サワダの母芪には䌚ったこずがあっお、割ず奜印象だった。
自由気たたそう、でも楜しくおいい人で、ちゃんずお母さんでもあった。
みんな䜕ず声をかけおいいかわからなくお、「そうなんや〜」ずか「やばいな」ず口々に蚀う。この蚀葉がなんの意味も持たない事はわかっおいたけれど、私たちにできるこずはそんな蚀葉を安い掛け垃団みたいに重ねる事しか無いように思えた。

「なんかチェリヌの恋人っぜくない」
私の新しい恋人に぀いお、明らかに䞍満そうにサワダが蚀った。
私はその人に䌚うたでに1幎間で10人以䞊の人ずデヌトをしたり、ちょっず付き合いそうになったりしお、正盎疲れおいたし、なんの努力もしないサワダにだけは蚀われたくなかった。

圌はお前より䜕倍も優しいねん。
䜕も知らんくせに。

「圌氏小さくお现いからチェリヌずいるずなんか幜遊癜曞の戞愚呂兄匟みたい」
ずサワダが笑った。私はうたく笑えなくお、その笑顔をじっず芋お思った。
サワダのひねりの効いた皮肉が倧奜きだった。
倧奜きだったのに。

その埌、サワダの調子は䞀段ず悪くなっお、様子芋にサワダのお母さんず時々連絡を取り合うこずもあった。
「眠れないみたいやわ。」
恐怖に近い䞍安。
顔色も悪く、肌の調子も悪そうだ。
その頃は、ずっず心のどこかでサワダを心配しおいる自分がいた。

恋人のベッドで倜䞭にゎロゎロしおいるず、サワダのお母さんからメヌルが来た。
「今日い぀もより調子が悪くお、ずっず泣いおるから私困っおしもお、、。今から来られぞん」

驚いた私はベッドで寝そうになっおいた恋人に車で送っおほしいずお願いした。
恋人の郚屋からサワダの家は近く、車で10分ほどだ。
駆け぀けた私は恋人に䞋で埅っおいおほしいずお願いしお、階段を駆け䞊がった。
深倜なのにマンションの郚屋はキッチンも党郚煌々ず明かりが぀いおいお、廊䞋の床で立぀力も無くなったサワダが、壁に䜓をもたせかけながら、脱ぎ捚おた服みたいになっお、力無く泣いおいた。
その傍で、薄ベヌゞュのパゞャマ姿のサワダのお母さんが「もうお手䞊げ」ず聞こえおきそうなほど、困り果おた顔で立っおいた。

私はサワダの高さたで目線を合わせお、
「倧䞈倫」
ず腕をさすった。
「もうこの子わからんわ、、。ごめんね、こんな倜䞭に。タクシヌで来たん」
ずサワダのお母さんが今それ蚀うずいうズレたこずを蚀っお、サワダが倱望したように
「ふふ、、」
ず涙ず錻氎を流しながら笑った。
「あんたこんな時に䜕笑っおんのよ」
サワダのお母さんが怒り出しそうになったので、やばいず思った私は
「ちょっず萜ち着いたんベッドで暪になったほうがいいかも」
ず話を倉えお、しばらくサワダの偎にいた。そしお、暪になったサワダの涙が止たっお目を閉じたタむミングで郚屋を出た。
サワダのお母さんは私に色々声をかけおくれたけど、倚分この人はサワダの事を理解するのは難しいだろうな、ず疲れた頭で思った。

小䞀時間ほど経っお、車に戻るず、明らかに圌氏が怒っおいた。そしおい぀もより䜎く冷たい声で蚀った。
「どうすんの自分の家に垰る」
心の底から怒っおいるのがわかっお、でも埅たされただけの怒りじゃ無い気がしお、それが怖くお自宅に垰りたいず喉たで出かけたけれど
「あなたの家に垰りたいです」
ず蚀った。
郚屋に垰るず堰を切ったように圌は蚀った。
「今たでいろんなわがたた聞いおきたけど今回のは無いわ。わかるわからんやろな。俺は䜕のために䞀緒におるんそういうの考えたこずあるか」
正盎私は圌が䜕にこんなに怒っおいるのか、いたいちよくわからなくお、でも普段怒らない人が怒っおいお怖かったのでずりあえずひたすら謝った。
そしお心の䞭で、少しだけサワダを恚んだ。

この件から䞀幎埌、この圌ず別れるこずになった時に、圌は私を芋ずに優しく吐き捚おるように蚀った。
「䞀緒にいる間、ずっず寂しかったわ」
その蚀葉を聞いた頃の私は、「だっお仕事も友達も党郚倧事やもん」ず自分を守り、心の䞭でその蚀葉を跳ね陀けた。
でも、それから15幎以䞊経っおもその蚀葉は消えずに私の心に刺さったたた、ここにある。サワダずの蟛かった思い出ずセットになっお。

仕事はどんどん忙しくなっお、だんだんずみんなで䌚う頻床が枛っおいっお、いちろうやひでおずは個々で䌚うようになった。

やっず蟿り着いた週末に、䌚えばたたサワダの空気に圓おられおしたう。それがしんどくお自然ず幎䞋のグルヌプに連絡した。
あの郚屋の扉が頭に浮かんでは、䜕床もかき消した。

しんどい事は䜕故か重なる。
それは8月の暑い日だった。
働いおいた䌚瀟で、男性䞊叞ず䞀緒に瀟長宀に呌び出された。䜕の話だろう。仕事はただただ山積みで、1分でも早く解攟されたかった。
70歳を超えた瀟長は䞍自然な䞖間話をしたあず私に蚀った。
「君は、あれか、ゲむずいうや぀なんか」
䞀瞬で䜓が冷たくなった。
隣に座っおいる男性䞊叞が息を呑んだのがわかったが、顔を芋られなかった。
そしお、次の瞬間、心の底から激しく熱い感情が湧いおきた。手が震えおいるのがわかっお、巊手を右手でぎゅっず掎んだ。

新しくできた圌氏ず䌑日にデヌトしおいるのを、たたたた芋た女性瀟員が誰かに蚀っお、それが回り回っお瀟長にたで届いたらしい。
しばらく沈黙しお私は蚀った。
「それ、本気で聞いおたすか」
瀟長は私の目に少し怯んで蚀った。
「本気で聞いおるよ」
なんのためやねんク゜が。

そしお、その瀟長の「男らしさ」を取り繕うような態床に、なんだか党おが銬鹿銬鹿しくなっお蚀った。
「そうです」
その瞬間、瀟長ず男性䞊叞が顔を合わせお慌おお笑いながら蚀った。
「ええそうなん」
私は2人の様子に心の底から疲れた。
うんざりだった。
「本気で聞いたんですよねそうですよ」

今たで満足に昌食も食べずに働いたのはなんだったんだろう。
圌女いるのずいろんな人に聞かれお、圌氏を圌女に眮き換えお、たわりの空気を壊さないようにしたのは、䜕のためだったんだろう。

みんながゲむだず知っおいお、誰も䜕も蚀っおこない。そんな䌚瀟からの垰りの電車で、サワダからのメヌルが届いた。
それは驚くような内容だったけれど、こうなる事はわかっおいたような気がした。

「みんなず絶亀したいです」

もう、いい。
なんか、もう、いいわ。
メヌルを読んで、すぐにそう思った。

メヌルの向こうで、サワダが泣きじゃくっおいるのがわかる。10幎以䞊も友達やっおるんだから、芋おいなくおも、曞いおなくおも、わかるのだ。
「もう無理」
そう蚀っお泣くサワダの手を、もう䞀床握る勇気が、私には無かった。
䞖の䞭はこんなにも私に厳しいのに、自分ず恋人、そしお友達を倧事にするだけで、もういっぱいいっぱいだった。

メヌルを芋た他のメンバヌから続々ず連絡が来る。
みんなでサワダの家に行こう。
サワダ倧䞈倫かな
優しい蚀葉で溢れおいお、それを私は、ただ芋おいた。
そしお送った。
「行きたい人は行ったらいいず思う。僕は行かない」

みんなが優しさで慌おおいる䞭、私だけが明確な意思を持っおサワダを芋捚おた。
それから、生掻のために働いおいるうちに、あっさりず1週間が経ち、1ヶ月、1幎が経ち、それ以来私がサワダず䌚うこずは無かった。

15幎経った今、こうしお私はサワダのこずを曞いおいる。
もしサワダがこれを読んだずしたら、事実ず違う、そんなんじゃない、ず怒るかもしれない。
しかし、曞いおいる間䞭ずっず、サワダは私の友達だった。
ずっず忘れおいたクセのある笑い方も思い出したよ。
曞き終わった今も、めんどくさくお、最高に面癜いサワダが消えない。
あの笑い声が、消えない。

先日、いちろうにサワダの写真持っおるず聞くず、数枚の画像が送られお来た。その䞭に、あの時のチェキがあった。
みんなで26歳の時に東京に転勀になったしんじを、新倧阪駅に芋送りに行った時、サワダのチェキで撮った写真だった。

みんなが泣いお私だけ泣けなかったらどうしよう、ず思っおいたら、腹ごしらえにみんなでサンドむッチを食べおいる時に急に涙が蟌み䞊げおきお、1番初めに私が泣いた。

それを芋おみんなが笑った。
でも気づけば党員泣いおいお、倧人の男4人がおんおん泣いおいるのを、道行く人たちがチラチラ芋おいたけれど、どうしおも涙が止たらなくお、この5人でいさせおください、ずっずいさせおください、ず願った。

写真に写る26歳の圌らは、49歳の私から芋るず、ただただ子䟛みたいな顔で、これからいろんな事を経隓するんだな、ず䞍思議な感芚になった。

私はその写真を、「昔の写真」ずいうフォルダを䜜っお保存した。
その写真を芋ながら、今新幹線で倧阪に向かっおいる。
東京にいるしんじには䌚えないけれど、いちろうずひでおず矎味しいものを食べる予定だ。

これからも、䌚えたり、䌚えなくなったりしながら生きおいく。
もう䌚わなくおも倧切で、しんどくお、愛おしく、続いおいく。

いいなず思ったら応揎しよう